174.悔しい

「この度、皆様からの貴重な一票によりご信託頂いて、生徒会長になりました――」


 生徒会長選挙は詩季くんが、決選投票で、圧勝した。新生徒会長に選ばれた詩季くんは、舞台のマイクの前に移動をして、勝者の演説をしている。


 その演説を聞きながら、私はスカートを手で握っている。


 強く握っている。


 確実にシワになるだろう。


 生徒会選挙が終わり、一般生徒は帰宅する事になっている。


 詩季くんは、一緒に残る事になっている春乃ちゃんに、今日はお家まで送って貰う事になったので、陽翔と共に先に帰る。


 これからは、こういう日が続くのだろうか。


 詩季くんから、今日は先に帰って欲しい旨の連絡が来た時に、新生徒会に、私も入れるのかを尋ねた。

 だけど、詩季くんからの返事は、「悪いけど、考えていない」だった。


 分かっていた。覚悟していた。


 生徒会長選挙に、詩季くんが立候補すると聞いて、その陣営に私が入れなかった時点で、詩季くんが勝ったとしても生徒会に入れる可能性が低い事。


 悔しい。


 悔しい。


 本当に悔しい。


 お母さんに、詩季くんの隣に居続ける為に努力しないといけないと言われた。


 そして、詩季くんにとって大勝負の生徒会長選挙に、私は、何も協力する事が出来なかった。


 夏休み前に、詩季くんに悪い事があれば遠慮なく言うと大口叩いた上なのに、私はこのザマだ。


「陽葵、大丈夫か?」

「……」


 陽翔の問い掛けに、私は反応せずに無言のまま家に帰って行く。陽翔は、私の事を心配してくれている事は、解っている。心配して貰ったのに、反応しないのは良くないと思うが、反応したとしても上手い言葉で話せる自信がない。

 もしかしたら、汚い言葉を話してしまうかもしれないので、黙っていた。


 家に到着して陽翔が鍵を開けてくれたて、家に入る。


 鍵の音で出迎えてくれたお母さんは、私の顔を見て、明るい表情から心配をしている表情になった。


「どうしたの?」


 お母さんのこの言葉に、私が2学期の始業式から抱えていた〖悔しさ〗が崩壊した。


 お母さんに抱き着いて、思いっきり泣いた。


 泣いている理由を何も言わずに号泣している私をお母さんは、抱きしめてくれている。母親の温かみを感じることが出来て安心する。


 納得のいくまで泣いて、落ち着くことが出来た。


「何があったの?」


 お母さんは、私に問い掛けてきた。


「詩季くんが、生徒会長選挙に挑んで、当選した」

「そう、詩季くん。頑張ったんだね」

「そこに、私は、何も協力出来なかった。詩季くんに、斬り捨てられた。お母さんに言われて成長しないといけないと頭では解ってたけど……心や精神的には甘えがあったし、解ってなかった。慢心があった。だから、大事な時に隣に居れなかった」


 好きな人の大事な時に、一緒に居ることが出来なかった。


 その事が、本当に悔しかった。


 改めて、私の力不足を実感したし、好きな人からそれを突きつけらた現実がある。


 詩季くんから気持ちを伝えられて、恋人前提になった事で、慢心があった。私は、成長しようとしている、している事を伝える事が出来なかった。


「これからが、大事だよね」

「うん」

「あ、あのさぁ……」


 陽翔が、スマホを見ながら、私たちに語りかけてきた。


「奈々からメッセージ来てよ、詩季が陽葵を生徒会選挙及び新生徒会に入れなかった理由を教えてくれた」


 陽翔から聞かされたのは、私には生徒会に入るだけの能力は無い。そして、能力の無い人間を入れて活動していて、もしも、私が足を引っ張っていると全校生徒に知れ渡れば、私に対して非難の集中砲火が起こるかもしれない。


「最後にな、大切な人を大事にするという事は、斬り捨てる事も必要になるんだよ。本当に、その人を守りたいのなら、必要があれば突き放す必要はある。何も、ずっと傍で守る事が守るという事にはならない。って詩季が言ってたって」

「流石だね、いい男だよ詩季くん」

「「お父さん!?」」


 平日のこの時間に、家に居ることは珍しいので、私たちは驚いた。


「今日は、一旦、出社してからリモートワークのテストをしてたんだよ」


 なるほど、だから家にいたのか。


「お父さん、どういう事?」


 私は、お父さんがこれまでで1番詩季くんの事を褒めた事を疑問に思ったので聞く。


「常に、隣に居るという事は、共倒れをする恐れもある。詩季くんの中でその覚悟が、陽葵に見えなかったのだろう。だから、自分以外の人間たちが、辛い思いをするなら一旦は突き放して、陽葵の成長を待とうって事だと思うよ」

「つまりは?」

「陽葵もわかっていると思うけど、詩季くんは、完全に見捨てた訳では無い。待っているんだよ、陽葵が追いついてくれる事を」


 お父さんの言葉で、落ち込んでいる場合ではないと思った。


 詩季くんは夏休みに、家庭環境が変わったりした中で、進んできたんだ。

 私も進んでいかないといけない。その中で、新たな覚悟を力強くしないといけない。


「頑張らないとな。近々だと、体育祭じゃないか?詩季の脚の事情を見ると、指揮官になると思うけど……」


 私は、そこだと思った。


 期間的には、短いと思う。だけど、頑張るしかない。

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