168.舞台袖

 あれから、橋渡先輩は演説ができていない。星川先輩からの情報だと、教室でも肩身の狭い思いをしているようだ。


 幸いな事に、警告制度のおかげで陰湿ないじめは起こっていないようだが、空気が相当重いらしい。


 公の場で、松本先輩に対して大きな声を上げた事が、先日発行された新聞の信憑性を増す結果となり、その人の推薦を受けていたという事は、こいつも同類と言う見方をされているようだ。


 一方の当事者の古河先輩は、学校で松本先輩に接触を試みようとするも松本先輩の友人やクラスメイトからガードに合っているようだ。


 そして、あの報道がなされても謝罪をせずに接触しようとしている事で、クラス内の立ち位置は、失墜しているようだ。


 カリスマ生徒会長と言う皮が剥げてしまい、別のレッテルが貼られているようだ。


 僕と星川陣営は、今の状況で手を緩める訳が無い。今、演説する事で橋渡陣営から離れた票の獲得に動いている。


 生徒会長選挙は、一度立候補して選挙期間に入ってしまうと辞退が出来ない。今は、以前の星川陣営VS橋渡陣営と言う構図から星川先輩VS白村陣営に、様変わりした。


 投票日までの演説は、両陣営同じぐらいの人が集まり舌戦を繰り広げた。






 投票日当日。


 立候補者は昼休みの間に、投票を済ませて講堂に集まって舞台袖に待機している。

 壇上には、前日に運動部の方が準備してくれてた、各候補の推薦人が座る席が用意されている。


 星川先輩は、推薦人の2人の男女と共に来ていて、橋渡先輩は、古河先輩と来ていた。2人は、かなりやつれた表情になっていた。相当、クラス内の冷たい空気に耐えてスタミナを消費しているようだった。


 僕は、春乃さん・奈々さん・松本先輩と待機している。


 そう言えば、松本先輩と古河先輩が教室以外で顔を合わせるのは、大分久しぶりだろう。


「なぁ、俺の何がダメだったんだよ。優花」


 やはり来たかと言わんばかりに、古河先輩は、松本先輩に話しかけてきた。しかし、相当精神をすり減らしているのだろう。声は弱々しい声だった。


「はっきり、言ってなかった私も悪いけど。もう、古河くんとは終わり。別れるから」

「頼むから!言ってくれれば直すなら、今からでも、こっちに来てくれ」

「……そういう所だよ」

「…………え?」


 松本先輩の雰囲気に、古河先輩は、声が出なくなっている。初めて見るのだろう。自分に対して怒っている松本先輩を見るのは。


「自分勝手。自分が中心に世界が回ってるって思ってるナルシスト。誰のお陰で、カリスマ生徒会長だって担ぎあげられたと思ってるのかな。どうせ、自分の実力だって思ってんるだろうけどさぁ」

「…………」


 女の子を怒らせたら怖い。


 今の僕の陽葵さんに対する接し方は、正しいのだろうか。


「Hだってさ、最初に受け入れてから盛りまくってるさぁ。体調的に、断っても恋人とか訳分からん理由で強引に迫ってきてさ。そう言う所が、もう限界。もう、君とはただの同じ学校の人だから。馴れ馴れしく名前で呼ばないでね。以上」


 松本先輩は、これ以上何も聞くつもりが無いという意志を込めて会話を強引に切っていた。


 今、この場で、学校一のベストカップルと言われた2人の関係性が完全に切れた瞬間だった。






 全校生徒は、まず教室で最初に誰に投票するかを記入して各クラスの選挙管理委員に用紙を渡してから講堂に移動してくる。


 5時間目の開始を告げるチャイムが鳴ったが、まだ全校生徒が講堂にやってこないのはこれが理由だ。


 今現在、教室で生徒会長に相応しいと思う人物の名前を記入している所だろう。


 橋渡陣営は、居づらさを感じているようだ。舞台袖に置かれたパイプ椅子に弱々しく腰掛けている。


「奈々さん。緊張してますか?」

「んっな、大丈夫だもん」


 何時もの奈々さんでは無いので、緊張しているのだろうと思って聞いていみたが、強がっている部分もあるのだろう。


「スカート捲ってシャツ直すなら今のうちですよ?まさか、大勢の前でするつもりです――いだァ!」


 奈々さんから激しめのチョップを喰らった。なるほど、羽衣は、同じ感覚を味わっていたのか。


「しきやん。私たちは友人だから、ボケとツッコミで済んでるけど、ギリギリすぎるよ」


 そう言いながら、忘れてたと言わんばかりにスカート捲ってシャツ直しを開始したのだった。


 それを見て、僕は安心した。


「やっと、何時もの奈々さんですね」

「何時もの私?」

「はい。瑛太くんに、鋭いツッコミを入れる姿は、凛々しいなと思っていました。一時的に、相手が僕になったのは瑛太くんに申し訳無いですが、何時もの奈々さんを見れて大丈夫だと確信しました」

「…………」


 奈々さんは、スカートから手を出して制服を整えてから何かを考えていたかと思ったが、すぐにクスクスと笑い出した。


「1本取られたよ、しきやん。それにしても、私らしさを引き出すために、身体張りすぎでしょ!」

「だって、そうでもしないと大事な場面でロボットになられたら困りますからね」


 春乃さんと松本先輩は、黒宮家関連でこういった事には慣れていると思うので心配していない。唯一の心配だった奈々さんもこれで大丈夫だろう。


「候補者の皆さん。生徒が入ってきます」


 選挙を運営している生徒から投票を終えた生徒が、講堂にやって来ていると伝えられた。


 各陣営緊張感が走った。


 一応、奈々さんの緊張を解しておこうか。


「陽葵さんも僕の前だとシャツ直しするのですが、何か変わるんですか?」

「動いてるとシャツ上がってくるんだよね。男子だって、シャツ押し込んでる時あるじゃん?同じ感覚だよ。女子の場合はスカート&体操ズボン履いてるから捲って直すだけ」

「あら、再度、緊張しているかと思いましたが、大丈夫そうですね」

「同じ手は、喰わないよ」


 どうやら、奈々さんも平常運転に戻ったようで一安心だ。

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