164.第2の矢

「星川~~星川愛理をよろしくお願いします!」

「橋渡~~橋渡剣をよろしくお願いします!」


 生徒会長選挙が、始まった。


 初日の朝には、校門前で登校してくる生徒に対しての挨拶運動が始まっている。


 校門前の左右に別れて、星川先輩と橋渡先輩が挨拶運動をしている。


 星川先輩には、彼女の友人が応援に来ていた。人物的に、星川先輩が中等部時代に生徒会長を務めていた時の役員が応援に駆けつけていた。橋渡先輩の応援には、古河先輩が初日から出てきている。松本先輩は、来ていない。


 僕は、校舎の入り口前に立って挨拶運動をしている。


 春乃さんと奈々さんに近くに立ってもらっている。奈々さんは、生徒会長候補の推薦人として、選挙期間の間は、部活よりこっちを優先してくれている。


 すると、眠そうな表情をしながら松本先輩が校門を通って登校してきた。古河先輩は、松本先輩を呼び止めていたが、軽くあしらって校門前にやって来た。


 松本先輩は、僕と目が合うと軽く手を振ってから校舎内に入って行った。


 近くには、生徒会長選挙の動向を調査しているだろう新聞部の人がいるが、松本先輩の態度に驚いているようだった。


 波が立っている。


 状況が動いている。


 僕は校舎近くで、名前をアピールする事は無く「おはようございます」と言うにとどめていた。


 昼休みも昼食を食べ終えると選挙活動に向かう。


 看板近くには、橋渡先輩と古河先輩が演説をしていた。松本先輩の姿は見えなかった。その近くで、星川陣営が演説をしている。


 恐らく、この場が演説において人気の場所なのだろう。そして、橋渡・星川両陣営は昼休みになってすぐに演説に来たのだろう。


 両陣営が、こんなにも演説に力を入れるのは理由が有る。


 生徒会長選挙において、全校生徒の前での立ち会い演説は行われないのだ。全校生徒の前で演説する場合があるとしたら、決選投票に残った2人が決戦投票前にするだけだ。


 だからこそ、今の選挙運動期間中は候補者が自身の公約を述べたりして支持を集めているのだ。


 僕も、両陣営の人だかりの恩恵にあやかろうと思って近くに立って「こんにちは」と言って挨拶運動を行った。






 放課後になった。


 生徒会長選挙期間は、生徒会運営は実質的に停止する。


 一応は、生徒会室に顔を出さないといけないので、春乃さんと奈々さんと共にやって来ている。


 生徒会室には、既に、陽葵さんと松本先輩が到着していた。


 生徒会室に入ると、それぞれの名前の所に本日の活動内容を記す所があったので、『生徒会長選挙運動』と記しておいた。


 陽葵さんは、『広報誌作成』。松本先輩は、『フリー』と書いてあった。


 僕が、ホワイトボードに活動内容を記した後に、古河先輩と橋渡先輩が生徒会室にやって来た。星川先輩は、既に、選挙運動に向かったようだ。


「優花、放課後は演説に来てもらうぞ」

「はい。はぁ〜い」


 古河先輩は活動内容に、『生徒会長選挙』と記してから松本先輩にそう告げた。

 対する松本先輩は、適当に返事をしているようだ。


「では、僕達も選挙運動に向かうとしましょうか」

「おぉ〜〜途中までついて行くよ〜ん」


 松本先輩は、そういうと僕の傍にやって来た。


 古河先輩と橋渡先輩は、面白くなさそうにしながらも仕方がないと言った表情だ。


 敵対候補の2人が、一緒に選挙運動の場所に向かっている様子は、学校内にいる生徒にも不思議に映ったのだろう。ヒソヒソ話が聞こえてきている。


 ただ、古河先輩と松本先輩が2人で歩いている姿は、生徒の目を集めるようだ。


 遂に、古河裕大と松本優花の校内1のベストカップルが、橋渡剣の応援演説をするものだと思っているようだ。


 僕達が歩いている後ろに、橋渡先輩の支持者だろう生徒が着いてきている。


「よし、ここで演説をしよう」

「はい!」


 古河先輩が、橋渡先輩の演説場所を決めたので、橋渡先輩は、歩みを止めて準備に入った。


 つまりは、僕達と離れると言う事だ。


「お、おい!」


 古河先輩から僕達の誰かを呼ぶ声がした。


 僕達陣営が振り向くと、古河先輩は冷や汗をかいた様子でこちら……いや、松本先輩を見ていた。


「何でしょうか?」

「お前じゃないよ。優花!なんで、そっちに着いていくんだよ」


 この人、本当にカリスマ生徒会長なのだろうか。カリスマ性さえ作れていない。カリスマと言う才能を持っているなら、生徒の目のある部分で、こんな小さい事で声を荒らげたりしない。


「何でって、私は、白村詩季くんを次期生徒会長として応援するから」

「んなっ裏切ったな!」

「裏切ってないよ。私は白村くんが、次期会長に相応しいと判断したから応援すると決めたの。それに、古河くんから橋渡くんを応援して欲しいなんて一言も言われてないよ。だから、裏切ったとか言わないで貰える?」

「はっ?俺が、橋渡を応援するって決めたら彼女のお前も応援しなきゃいけ――」

「うるさいですよ。古河先輩」


 馬鹿だ。


 馬鹿としか言いようがない。


 今の自分の行いこそが、僕陣営に対する追風ならぬ追波になる事がわかっていない。


 周りには、古河先輩を経由して橋渡先輩を支持している生徒に、新聞部の生徒も居る。


 なるほどね。


 古河先輩のカリスマ性を演出していたのは、松本先輩だったのか。


「何だよ!」

「周り見てくださいよ。これ以上、ここで声を荒らげる事がどうなるか……バカでもわかりますよ?」

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