142.甘い蜜

「ねぇ、詩季にぃさん。私達が黒宮と復縁する際に、婚約者とかは強要しないみたいな事入って無かった?なのに、何で婚約者を用意してるの?」


 まぁ、そこの矛盾点は気になるよね。


「羽衣、言葉と言うのは使い方によっては、人を騙せるの。詐欺師とか、言葉巧みに人を騙すよね」


 僕は、清孝さんから提示された条件について話す。


「黒宮との復縁の条件に、まず、『今までの生活は、保証する』と書かれている。今までという事は、復縁後に関しては含まれていないよね?」


 羽衣は、僕の指摘にハッとしていた。


 今までの生活を保障するという事は、復縁後の生活は保障されていないとも捉えられる。わざわざ、書面で条件提示をしている所を見ると、額面通り捉えていたらダメだろう。特に、清孝さんの長男である父親の長男の僕ならなおさらだろう。


「そして2つ目の条件で、『黒宮家と復縁する際には、他の黒宮の人間と同じ扱いになる(詩季、羽衣の両名に無理矢理な婚約者やお見舞いは、用意しない)』とあったでしょう。書類を見て()部分は、後付けで付け加えたんだと思ってね」

「付け加えた?」

「最初は、()の部分は無かった。つまりは、復縁後に提案と言う形で、春乃さんを婚約者候補として紹介するつもりだった。だから、高校1年生のタイミングで、こっちに転校させて復縁するまでに、関係を築けさせるつもりだったんだろうね」

「詩季くんの言う通りだよ」


 僕の仮説は、正しかったようだ。


「だから、今、僕が陽葵さんに恋出来ているのは、春乃さんが清孝さんに、しっかりとした情報を伝えてくれたから。まぁ、その頃の僕は、好きと言う感情が解らなかったんですけどね」

「で、でもさ、私達が黒宮に戻るとは、限らないよね?」

「清孝さんは、父親達の会社の生殺与奪の権利を、僕達が産まれる前に掴んでた。設立資金の援助に始まり、設立後の主要な取引先にもなった。そして、その窓口になるように母さんに接触した。清孝さんの綿密な下準備が、今に生きてきているんだよ」


 少々、省いた説明をしたが羽衣ならこれで理解するだろう。


 黒宮系列企業から、設立資金の援助して会社を設立させて、主要取引先となる。

 父親達の会社の経営に、黒宮系列企業の存在なしには経営出来ない状況に追い込む。


「でも、企業として成長したら、黒宮系列に――」

「それは、試されていたんだよ。最初に、甘い蜜を吸わせて、それが甘い蜜なのか自分の才能なのか判別が付くかどうかのね」


 才能がある人なら、これは実質的に初期投資と見るだろう。片や、この幸先の良さが自分の才能だと思い込んだ場合は、甘い蜜を吸わないと動けなくなる。


「だから、設立した時に、甘い蜜が罠だと気が付かずに、ここまで吸い続けた。もう、父親達の会社は、黒宮の手駒だよ。だから、母さんは見切りをつけた。そして、今、僕だろうね。僕を黒宮の中枢辺りに組み込むために、駒として利用されている。世の中、お金だもん。お金が無いと何も出来ない」


 お金が無ければ、何も出来ない。


 母さんは、父親達の会社に未来が無いことは見抜いていただろう。そして、僕の一件で、僕達を守るための決断をした。


 僕と羽衣を黒宮と復縁させたのも、金銭的なメリットを取ったのだろう。


「詩季にぃさんは、黒宮家を継ぐつもりなの?」

「それは、今は、白村ですからね。それが、ストッパーです。僕が、黒宮家の誰かの養子になって、黒宮姓になったらその可能性が高いでしょうね」

「それってさぁ、清孝さんは、私達……詩季にぃさんを利用するために近づいて来たって事?」

「僕を黒宮に戻したかった半分。孫と縁を結びたかったが半分でしょう」


 僕は、半々だと見ている。


 再会してからのお話の時間は、初めて会う長男の孫達の顔を嬉しそうに見ていた。その時の、清孝さんの瞳は、穏やかだった。

 しかし、復縁の話になると瞳には、ハート型のハイライトが浮かび上がっていた。


「祖父としてと顔もあれば、黒宮の当主という顔もあるんです。特に、黒宮が崩壊すれば、黒宮に関わる何万……いや、何百万の人の生活が危うくなりますからね。全てを、祖父目線では進められないのでしょう」


 大きな家ほど、その周りには沢山の人が集まる。だからこそ、責任も大きくなると言うものだ。


 まぁ、そんな難しい事は、もう考えなくても良いだろう。


「とりあえず、春乃さん。これからは、相棒としてよろしく!」

「うん!」

「でもさぁ〜〜2人とも、想い人にしっかり説明しないとね。最初は、黒宮は伏せるでしょ?」


 羽衣のなんの気の無い一言が、僕と春乃さんの心を抉る。


「それが簡単なら、苦労しないんだよ」


 僕の一言に、春乃さんも頷いた。


 コン♪コン♪コン♪


「すみません、そろそろ、パーティー会場に出発のお時間です」


 色々と話している間に、出発の時間になったようだ。

 黒服さんを部屋に入る事を許可して、準備を整えてパーティー会場へ向かうのだった。

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