141.婚約者
「詩季様、お2人で休憩なさるなら私も――」
「今は、お友達モードでいいですよ。それに、用事があるのは、春乃さんの方なので」
春乃さんは、僕と羽衣が座っている向かい側に座った。
「春乃さんは、今、僕の従者と言う事になっていますが、間違い無いですか?」
「うん。間違いないよ」
「では、従者となる前は、僕とはどのような関係性になる予定だったのでしょうか?」
「え、詩季にぃさん。何、言ってんの?」
羽衣は、戸惑った表情をしている。それは、仕方が無いだろう。
春乃さんは、少し、どうしたらいいのか解らない様子だった。
「色々と引っかかる点があったよ。まぁ、剣くんの様子を見るに、剣くんに、嘘を教えていたのか、もしくは、知っていて演技をしたのか。それは、どっちかな?」
「ノーコメントは、無理?」
「出来れば、友人モードの時に、教えて欲しいかな。春乃さんに、主従関係で話させる事はしたくない」
春乃さんは、逃げ道を探していたようだが見つからなかった。だから、ノーコメントを要求してきたが、僕は拒否した。
「剣様に関しては、清孝様が、従者の一族だと嘘を教えていました」
「なるほどです。続いて、陽翔くんに、好意を抱いているのは、本当ですか?」
「それは、本当!」
陽翔くんに、好意を抱いているのは、本当なのだろう。なら、最初に、僕に恋して、陽葵さんに叶わないと思って飽きられた事が、次に引っかかる。
春乃さんは、真面目だ。清純派と言える女の子だと僕は評価している。そんな女の子が、失恋してすぐに、別の異性……しかも、失恋相手の友人に恋するだろうか。
「誤解を与えないために伝えますが、春乃さんを責めるつもりはありません。僕の仮説が本当の事なら感謝しないといけないと思ったから聞いています」
僕の仮説が正しければ、今、陽葵さんに、恋出来ているのは春乃さんの頑張りだと思う。だからこそ、恩義を返さないといけない。
「私は、本来は詩季くんの婚約者となるべく呼ばれました。お父さんは、黒宮系列企業で働いていて、黒宮家側は優秀な人材の引き止め。お父さんは、生活の安定と言う利害が一致したんです」
「……何で、詩季にぃさんは、解ったの?」
「引っかかるポイントが幾つかあったからです」
僕は、羽衣と春乃さんに、気が付いた理由を話す。
「まずは、松本先輩……松本優花さんが秘書の一族と言う点です」
秘書の一族とは、何だ。何だか、無理矢理取って付けたように思えた。
まぁ、仕事は秘書。私生活は、従者と分けているなら分かる。
しかしこの前、黒宮邸に訪問した際に、清孝さんの回りに居る人からも自己紹介を受けた。清孝さんの従者と言う方は、清孝さんと同い歳位のおじいさんだったのに対して、秘書は、清孝さんより20程離れた男性だった。
秘書の方は、10年前から前任者が家庭の事情で退職したため任命されたと言っていた。
つまり、秘書は雇っているという事だ。
それなのに、松本先輩は、秘書の一族と紹介されていた。
「本当は、従者の一族が松本優花さんだったのでしょう?」
従者の一族なのが、松本先輩。婚約者の予定だったのが、春乃さん。
これが、本来の立ち位置だったのだろう。
「うん。よく、気が付いたね」
「僕の身辺調査が甘かったからですね。陽葵さんと奈々さんにバレて、不穏な関係になった事を思い出したらこういう結論になりました。そもそも、従者の一族として黒宮に仕えているなら、黒宮本家がある兵庫にずっと住んでいるでしょうし」
僕の説明に不足点は、無かったのだろう。春乃さんは、小さく頷いた。
「でも、何がどうなって、春乃ちゃんは婚約者から従者になったの?」
当然の疑問だろう。
春乃さんは、悩む事なく教えてくれた。
「私が、詩季くんの隣に立つべきでないと思ったから。好きになろうとして、実際に好きになったけど
陽葵ちゃんとの絆は壊せないと思ったの。それに、陽翔くんに恋したから。私の恋心と詩季くんと陽葵ちゃんと仲良しさ。勝手に、お互いの利害が一致したと思ったの」
「まぁ、ある意味、清孝さんの掌の上で動かされているんですね、僕と春乃さん」
春乃さんは、最初は家の為に、僕が黒宮に戻った際には、僕と婚約するつもりだったようだ。しかし、僕と陽葵さんの相性の良さを見て、家の事情だけで割って入ってはいけない。そして、陽翔くんに恋をした事で、親と清孝さんにわがままを言ったそうだ。
清孝さんは、そのわがままを了承して、僕が、黒宮と復縁した際には、従者として近くに居るようにと言ったそうだ。
陽翔くんとのデートも本当は、お互いの事を知りたいと思っていたようだが、自分のわがままで親に迷惑をかけた手前、まずは、従者の仕事をしっかりしようとした結果、経験値の浅さが露呈した結果だそうだ。
「まぁ、僕から言う事は1つですね」
僕は、春乃さんに対して頭を下げた。
「今の僕が、陽葵さんに恋する事が出来るのは、春乃さんの行いのお陰があると思います。ありがとうございます」
今、陽葵さんに恋が出来ているのは、春乃さんが清孝さんに事情を話いしてくれていたからだ。もし、話していなければ、黒宮と復縁したと同時に、春乃さんと言う婚約者問題が出てきてしまったからだ。
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