72.警察署②
「……そろそろ、雑談も終わろうか」
僕が、丁度サンドイッチを食べ終えたタイミングで、井原さんが、水本さんに声を掛けた。
水本さんは、机上にノートを出して記録を取る準備を始めていた。
「……大変なんですね」
正直な感想だった。しかし、井原さんは、暗い表情を見せていた。
「……申し訳が無いよ」
井原さんは、そう言って、深々と頭を下げていた。
突然の事で、驚いてしまった。
僕は、2人を労わるつもりで言ったのだが、井原さんと水本さんは、重く受け止めたようだ。
「そ、そんなに重く捉えなくても……」
「警察官としては、重く捉えないといけない事なんだよ」
どうやら、僕は、発言する内容を間違えてしまったようだ。無自覚に、2人のプライドを傷つけてしまったようだ。
ただ、ここで僕が、謝ってしまえば、2人のプライドを更に傷つける事になるのは、間違いないので、流れに身を任せるしかない。
「未だに、君を車で跳ねて逃げて行った犯人を捕まえられていないんだ。これは、こっちの大きな過失だ」
僕が、陽菜ちゃんを助けた際に、車に轢かれた。そして、右脚の自由を失った。
その事故は、警察では、今、事件として捜査されている。
僕を轢いた車は、僕を救護すること無く走り去ったそうだ。
幸いな事に、陽菜ちゃんのお友達のお母さんが、直ぐに、救急車を呼んでくれた事で、一命を取り留めたみたいだ。
このひき逃げ事件に関して、捜査の上で、数多くの不運が起こっているようだ。
事件が起こった場所近くには、ショッピングモールがあり、そこの防犯カメラの映像を参考にしようとしたそうだ。
しかし、事件現場を映しているはずの入口近くに設置されているカメラが故障していたそうだ。
現場近くの防犯カメラは、そこだけだったらしく、周辺住民への聞き込み、そして、少し離れた位置の防犯カメラ映像を集めて調査していたそうだ。
近くのカメラ映像から、その時間帯に通っていた車を割り出して、証拠として採取したサンプルに照らし合わせたりしていたとか。
状況証拠が少ない事件のため、捜査において、冤罪を出さないためにも慎重な捜査を行っているようで時間が掛かっているみたいだ。
事件を担当する警察官として、時間が掛かっている事に責任を感じているようだ。
「ところで、僕を呼んだという事は、何か、捜査において進展があったのではないですか?」
進展速度が、鈍化していた捜査において被害者の立ち位置の僕を呼び出すという事は、捜査に進展があったので、協力して欲しいからだろう。
「話が早いな」
井原さんは、ファイルか3種類の車が印刷された紙を僕の前に置いた。
「時間が掛かったが、事件を起こした車種は、この3種類の可能性が高い。白村くん、見覚えが無いか?」
井原さんが、見せて来た車の写真は、左から白色のワゴン車、赤色のミニバン、青色のセダンだった。
井原さんは、事故に遭った僕の記憶の中の片鱗を聞いた上で、車種を特定して捜査を進めて行きたい算段だろう。
だが、申し訳が無い。
事故に関しての記憶は、殆ど無いのだ。辛うじて覚えていたのが、陽菜ちゃんを助けて何らかの車に轢かれたという事だ。
その時に、一瞬だが突っ込んできた車を見たが、その車は、記憶を思い出そうとすると車だけぼやけてしまう。
「すみません。事故の記憶は、殆ど残っていないので……思い出せないです」
「……そうか、仕方ない」
井原さんは、3枚の写真をファイルに戻した。
「水本、また、地道に聞き込みだ」
「はい」
お役に立てなかったのは、申し訳ないが、口には出さない。出してしまえば、2人のプライドを傷つける事になるからだ。
「すみません。事故の詳細に関して話せる範囲で教えていただけませんか?」
僕は、2人に事件の詳細に関して、話を聞いた。だけど、内容はこれまでに聞いたことと同じだった。
そして、その後に軽く質疑を行って今日の話し合いは、終了した。
井本さんが、先に部屋を出たので、僕も続いて出ようとすると、水本さんが肩をトントンと叩いて来た。
「白村くん。陽葵ちゃんが、君の前で、スカート捲ったりシャツ直したりしているのは、少なくとも君の事を信じているからだから、変に考えたらダメだよ」
雑談の時に、話していた事に関してのアドバイスをくれた。
まぁ、僕と一緒の時にしかしない(シャツ直しは、僕+女子の時にはしている)ので、陽葵さんの中で、僕が信頼されている事は痛い程わかる。
「ありがとうございます」
ロビーに戻ると、陽葵さんがおばさんと一緒に待っていた。
「お待たせしました」
「お疲れ様、詩季くん」
「詩季くんおつかれぇ~~」
僕は、車に乗り込むと僕が座っている側の窓を開ける。
「白村くん。元気に過ごすんだよ」
僕は、2人に手を振りながら警察署を後にした。
「詩季くん、陽葵。軽く、昼食食べに行こうか?」
おばさんは、コンビニでおにぎりを食べていたようだが、僕と陽葵さんは、水本さんセレクトのサンドイッチをつまんだだけなので、お腹は空いている。
「行く!ねぇ、詩季くん」
「わかりました。行きましょうか」
おばさんは、ショッピングモールに向かって車を走らせて行った。
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