73.となり

「涼しぃ〜〜」


 駐車場に車を停めてから、空調が効いているショッピングモール内に入ると、陽葵さんが、生き返ったかのような、表情になっている。


「陽葵さん、子どもみたいですよ」


 僕は、苦笑いを浮かべながら答えた。


「あぁ〜〜詩季くん。笑った」

「はい。笑いましたね」


 僕と陽葵さんは、通常運転だ。


「お母さん、何処で食べる?」

「私は、もう食べたから。2人の食べたい所でいいよ!」

「わかった!」


 陽葵さんは、フロア案内を見て、今は、何舌かを照らし合わせながら、場所を選んでいる。


「陽葵。詩季くんが居るの忘れたらダメよ」

「わかってるってぇ〜〜ねぇ、何処食べたい?私はぁ〜〜」


 陽葵さんは自分の世界に入り込んでいるようだ。


 僕に、質問しているつもりでいるが、僕は、隣ではなく後方に居る。


「あはは、ごめんね。詩季くん」

「いぇいぇ、何処で食べても、あんまり、量は食べられませんので」


 すると、陽葵さんは、目星を付けた店を発見したのか、スマホで調べだした。


「よし、やってる!」


 陽葵さんは、ガッツポーズをして、僕たちを手招いた。


 僕とおばさんは、陽葵さんに着いていく事にした。


 陽葵さんに、案内されたのは、イタリアン料理を提供しているお店だった。


「ここですか?」

「うん!美味しいのに、値段が、お手頃価格で有名なんだよ!」


 陽葵さんと一緒にお店に入ると、予想以上に店舗の面積は、狭かった。


「私は、コンビニで済ませたから、2人で好きなの食べて。お金は、置いとくから」

「自分の分は、出しますよ?」

「いいから。いつも、このバカがお世話になってんだから。ここくらい出させて」


 おばさんは、そう言うと有無を言わさずに、お店から出て行った。

 陽葵さんは、何処か不満気な表情をおばさんに向けていた。


「どうしたんですか?」

「大丈夫。注文しよ!」


 座席にあった、タブレットで、食べたいメニューを選択していく。


「私は、カルボナーラに、サラダセット!詩季くんくんは?」

「僕は、マルゲリータピザで」

「また!校外学習の時も食べてたじゃん!」

「食べ比べですよ。それに、パスタは、完食出来る自信がありません」

「んもぉ〜〜食べないと元気になれませんよぉ〜〜」


 久しぶりに、あなたは、僕の母親ですか?とツッコミを入れたくなってしまった。


 陽葵さんは、タッチパネルで、注文を送信し終えた。


 注文した料理を、昨今、導入が進んでいると言われている運搬ロボットが運んで来てくれた。


 陽葵さんが、机の上に料理を並べ終えた後に、取り皿を取ってきて、自分の分のサラダを少し入れて、僕の所に置いてきた。


「食べられなかったら、私が食べてあげるから、少しは食べてみたら?」


 何だか、陽葵さんに、年下に見られているように感じる。


「じゃ、文化祭の事は、今度、皆と一緒の時に聞くとして……気分悪くさせたらごめんね。石川くんたちの詳しいこと教えてくれない?」


 陽葵さんは、幼馴染達の事を聞いて来た。


 そう言えば、陽葵さんたちには話していなかったな。


 あんまり過去の事は、話したくないが、陽葵さんには話したいと思ってしまう。


 これは、僕の我儘だが、陽葵さんなら一緒に背負ってくれると思ったから。


「幼馴染達と言うよりかは、主に、石川くんなんですよね――」


 僕は、話した。


 頼んだ、メニューを口に運びながら、話すことにする。


 彼の家庭環境の事。それに、同情して甘やかしていた事。それが、事故に遭うまでは普通だと思っていた事。陽葵さんと出会って新しい世界を知れた事。


 そして、僕は、幼馴染との世界より陽葵さんたちの世界の方が居心地が良かった事。


 自分が甘やかしてこうなった幼馴染を簡単に見捨てる事は出来た。偉そうだと思われるかもしれないが、幼馴染達に、今の自分たちに足りない物を教えてあげるのは、最低限の置き土産だと思ったこと。


 それに、陽葵さんたちを巻き込んだことを謝った。


「全然、いいよ。詩季くんなりの禊か儀式みたいなものだよね」

「ごめんなさい」

「謝らなくっていいよ。それで、石川くんは、詩季くんの中でどういう評価なの?」

「能力はある。だけど、能力を発揮する方法を知らないんですよ。と言うか、自分1人で力を発揮できる人間なんていませんよ」


 僕だって、僕1人でこれまでの結果を残せたわけではない。祖父母のサポートや陽葵さんたちとの交流があってこその今の僕が居るのだ。


「つまりは、石川くんが一番欠如しているのは、視野の広さですよ」

「視野の広さ?」

「人は人と、協力しないと能力を発揮できません。僕が、天才的な采配をしようと、それを言語化して人々に伝えてくれる人が必要ですし、僕の采配の下で動いてくれる人たちも必要。それに、今、僕が生活できているのは、祖父母や陽葵さんたちのサポートのお陰ですから」

「えっへん。私も、詩季くんが居てくれたから、期末で、瑛太くんに勝てたからね!」


 人は1人では、出来る事は少ない。


「石川くんに、必要なのは、僕に変わって支えてくれる人」

「岡さんでは、無理なの?」

「無理でしょう。岡さんは、石川くんにNOを言えません。文化祭でも証明されたでしょう」

「まぁ~~確かにね。これからも遠回しに関わるの?」

「もう、関わりませんよ。僕は、あのグループから抜けたんです。彼らには、大きな挫折を味わせました。今後、どうするかは、彼ら次第です」

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