62.離脱と後悔
「久しぶりだね」
母親が、幼馴染達の両親と対峙していた。
母親は、中等部の方で、羽衣の編入試験から編入の際の注意事項を聞きに行った帰りだろう。
幼馴染達の両親たちは、先程の教室での1件で守谷先生からの注意を受けた帰りだろう。
僕は、物陰に隠れた。
幼馴染達の両親に見つかれば、マズい予感がしたからだ。
「し、しずか。帰って来てたの!?」
「知らなかったの?日本への異動願い人事部に出していたんだけどね。知らないのかな?」
「そ、それは、人事部の部長から聞いてるけど……」
母親の問い掛けに、会社の社長を務めている石川父が対応している。
「それで、私は日本に帰れるのかな?」
「その前に、何で日本に居るんだよ……イギリスでの仕事は……」
「羽衣が日本に帰る事になったからね。この学校に編入するからその手続きをしに帰って来たんだよ」
両親の会社は、学生時代から仲の良かったメンバーで設立した。つまり、両親を含めた人物は、会社の重役なのだ。
「それで、私は、日本に帰ってもいいのかな?」
母親は、この場で異動願の答えを求めているように感じる。
「頼む。俺らの中で、英語を話せるのはしずかと聡だけなんだよ」
石川父は、深々と頭を下げていた。
初耳だ。
イギリスに支社を作ると言うのだから、創設者である両親達は、全員英語が話せるものだと思っていた。
一部の人間しか英語が話せないのに、英語圏への支社作りは無茶苦茶だろう。
どおりで、1年以上も両親がイギリスでの支社作りをしていても上手く行っていない訳だ。
「知らないよ。なら、英語が話せる人を雇えばいいじゃない」
「違う。英語が話せたとして、信用という問題が――」
「学生の頃、英語の勉強から逃げてたのはあんた達じゃん。知らないよ、そんな事」
両親達の学生の頃は、あまり知らない。
話を聞いた感じだが、僕の両親だけが英語を話せるのだろう。
だから、イギリスへの支社作りの代表に選ばれたという事か。
「頼むよ、イギリスに残ってくれ。聡は、聞き取りは、出来るけど話せないじゃんか。しずかが居ないと成り立たないんだよ」
「ふぅ〜ん。じゃ、異動願は、却下という事でいいのかな?」
「そのつもりだ」
「じゃ、辞めるわ。別の会社で働くよ」
バッサリと切り捨てた。
多分、僕の性格は、母親譲りな気がする。
「ちょっと待ってくれよ。しずかが、居ないと会社としてのプロジェクトが」
「そもそも、こんなクソ甘体制でイギリスで支社作ろうとしたのが間違いなんだよ。私は、日本に帰りたい。認められないなら別の所で働く」
「す、少しは会社のために――」
「――だったら、あんたらも私達のために何かしろやぁ!」
一応、母親達がやり合っているのは、学校の外なので1万歩譲って見逃そう。
ただ、母親があそこまでキレているのは初めて見た。
「会社のため。会社のため。ってさぁ、私達だけイギリスに行かされて、詩季も連れて行きたかったのに、あんたらの都合で残されてさぁ」
初耳だ。
僕だけが、日本に残されたのに、幼馴染の両親達が絡んでいたのか。
これは、聞き物かもしれない。
「なぁ、誠に、葉月。お前らの娘が詩季と付き合いたがってる。詩季の日本での事は任せてって言うから、信頼したんだよ。それが、何で、こうなってんだよ!」
色々と情報が出てくるな。
これは、羽衣の日本帰国が落ち着いたタイミングで、色々と聞かないといけないな。
「私は、後悔しかないよ。大事な息子を赤の他人に任せて、詩季が困ってる時も誠と葉月の報告を鵜呑みにして向こうで仕事してた事をね」
これは、大事な情報かもしれない。いや、大事な情報だ。
母親には、頭を整理する時間が必要だろうから、羽衣の日本帰国までは、自分なりに情報を集める必要がありそうだ。
「自分で詩季の面倒を見なかった事を後悔した。自分じゃなくて他人を信じた私が馬鹿だった」
僕が、入院している時に、両親が日本に帰ってこなかった事に、高梨さんの両親が絡んでいる?もしかしたら、石川くんや岡さんの両親も?
考える情報量が多すぎる。
今は、この状況を見ておこうか。
「ねぇ、お願い。一緒に、会社を」
「ごめん。日本に、戻れるならそのまま働こうと思ってたけど、私は、もう無理だ。辞めさせてもらう」
「頼むよ!しずかが居ないと……」
「私は、家族が大事だし子ども達との時間を大事にしたい。この会社は、私の考えに合わない。だから辞める」
母親は、キッパリと退職の意向を伝えていた。
母親の実力なら今以上の会社への転職する事は可能だろう。
「……お願いだよ」
石川父は、土下座をしてお願いしていた。
「ムカつくなぁ」
母親のこの言葉に、石川父は、顔を上げた。そして、後方に、尻もちを着いていた。
「結局の所、信じた私が悪いんだけどさぁ。あんたらは、私の信頼と信用を裏切ったんだ。特に、葉月と誠。そんな奴らの会社で働けるか。まだ、聡は、在籍させるからそれだけでも有難いと思え。何で、騙したのか理由を聞きたいけど、今聞いた所で、冷静で居られる自信がねぇ」
記憶にある母親では無かった。
恐らく、幼馴染達の両親も初めて見ているのだろう。
「お前らは、日本で子どもと一緒に楽しく生活していた中、私らは、家族が崩壊したんだ。それも、信頼していた人に裏切られてなぁ。もう無理なんだよ。私はなぁ!」
母親は、持っていた鞄の中から、色々、会社の備品らしきものを取り出すと床に乱雑に置いた。
そして、最後に、その上に退職願を置いた。
「じゃぁね。私は、子ども達との時間を大事にしたいから」
母親は、そう言うと幼馴染の両親達から離れてこっちに歩いてきた。
丁度良いタイミングで、おばさんが車で到着した。
僕は、隠れていても無駄だと思ったので、おばさんに一礼してから、母親の前に姿を表す。
母親は、驚いた表情でこっちまで駆け足で近づいてきた。
「詩季、居たんだね」
「そりゃ、ここの生徒ですから。西原さんのお母さんに家まで送って貰う予定なので一緒に乗りませんか?おばさんも、話したい表情していますので」
僕の言葉を聞いた母親は、おばさんの方を向いた。
「この後、時間ありませんか?詩季くんの事で改めてお話をしたいです」
「分かりました」
おばさんは、自宅に連絡を入れた。
その間に、僕と母親に陽葵さんと陽翔くんは、車に乗り込んだ。
おばさんが、車に乗り込んで、僕の家に向かって走りだした。
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