53.ははおや

「可もなく不可もなくで、過ごしていますよ」

「そう」

「それで、今回は何時まで日本に居るんですか?」


 母親が、目の前に居ると僕の中で緊張感が高くなっている。


 家に帰ってきた時に、女性物の靴が2セットあったのとリビングには、4人がけテーブルセット以外の椅子があった時点で、察してはいた。


 羽衣もバレバレな嘘をつくものだ。小悪魔にも程がある。


「羽衣の試験が終わったら一旦、イギリスに戻る。羽衣がこっちの学校に通うタイミングで私も日本に帰る予定」

「そうなんですね。よく、父親が認めましたね」


 僕にとって、あの父親が妻と妹の日本帰国をよく認めたなぁと思う。


「んまぁ〜〜崩壊した家族がこれ以上、崩壊するなんて嫌だと思うよぉ〜〜」


 なるほど、拒否出来なかったんだ。


 4月に、僕と父親の仲が冷めきったのは、感じ取ったのだろう。

 その矢先に、羽衣が日本に帰国すると言い出して、母親もそれについて行くと言った。


 断ってしまえば、息子と崩れた家族という関係性が、妻と娘にも広がってしまうと危惧したのだろう。


 そうなれば、2人の申し出を拒否することは、出来なくなるな。


「それで、あの人は向こうに残るんですか?」

「うん。あの人が働かないと、詩季と羽衣のお金を稼げないから」


 僕は、祖父母の顔を見た。


 静ばぁが、1回頷いた。


 以前に、祖父母は、母親に選択させると言った。僕の学費を払うのか払わないのかを。本当に、僕の親として生きたいならどうすべきかを考えさせると。


 そして、母親は僕の学費も払うと決めたようだ。


「私は、日本で働く予定。まぁ、勝手に日本に帰ってきたのに受け入れて貰えるかだけどね」


 母親も学生時代の友人同士で立ち上げた会社で働いている。


 母親の日本帰国は、会社側の辞令でなく完全な家庭の事情による帰国だ。


 最悪の場合、退職する事も視野に入れていそうだ。


 母親曰く、会社の人事部に事情を伝えているらしく、上層部――つまりは、友人達の判断待ちだそうだ。


「どこに住むかは、決めたのですか?」

「羽衣は、お父さんとお母さんさえ良ければ、詩季と一緒に住んで欲しいと思ってる。私は、1人であの家に住もうと思ってる」


 僕とは、ゆっくりと時間を掛けて距離を縮めて行きたいそうだ。


 こちらとしても、有難いと思う。


 急に、心を整理しろと言われても無理だと思う。


「羽衣ちゃんが良いなら、家に住みな」


 静ばぁは、羽衣も一緒に住むことを了承していた。

 この時、健じぃは頷くだけなのは、この家の序列が表れているように見える。


「ねぇ、詩季。学校ではどう?琴葉ちゃん達とは……」

「母さん!」

「――あっ、ごめんなさい」


 母親としては、いつも通りに学校の話題を聞こうとしたつもりだったが、地雷を踏み抜いたと思った羽衣に、止められていた。


 この時の羽衣の声は、さっきまでの緩い感じから尖っていた。


「う〜ん。彼ら彼女たちが、今の状態になった責任の一端は、僕にあると思うので、その贖罪の途中ですかね。贖罪が終わったら、距離を置きます」


 3人の家庭の事情は、一緒に居たから知っていた。


 特に、石川くんに関しては、同情心もあって度を過ぎた助けをしていた。


 俗に、これは助けるではなく、ただ、甘やかしているだけだったのだ。

 彼が、努力をしたと勘違いする環境を作った一端は、僕なのだ。


 本当に、陽葵さん達と一緒になるまで気が付かなかったのは、反省だ。


「琴葉ちゃんとは、別れたのよね」

「うん。もう、高梨さんとは深い仲にならないよ」

「サバサバしているのは、お父さんに似たのかな」

「どうでしょう。もう、あの人に関してはあまり、思い出せないんですよね。僕の中では、血の繋がった父親である事と、杖を取り上げて転けさせて来た人って記憶しか無いんです」


 事故を境にしてなのかは分からないが、父親に関しての1部の記憶が曖昧だ。


 顔が分からないとかではない。顔写真を見せられれば父親だと認識出来るし、彼の性格が短気だと言うのも覚えている。


 実際に、4月にすれ違った際には、父親だと認識出来た。


 曖昧なのは、父親がどういう生き方をしてこういう人間になったのかの部分だ。


 そんな、状況下だったからなのか、杖を蹴飛ばされたり取り上げられて転けさせられた事が、印象強く残っている。


(何で、大事な所を思い出せないかな)


 母親としても難しい判断になるだろう。


 合わせるべきか、合わせないべきか。


 ここは、僕から話題を変えるべきだ。と言うか、今日2人が来た理由の主な理由が、これだろう


「これ、入校証です」


 僕は、祖父母、羽衣、母親の分の入校証をカバンから取り出して机の上に置いた。


「おぉ~~お母さんの入校証も発行できたんだねぇ~~」


 本当に、ここだけの場面を切り抜くと空気の読めないダメな妹と見えてしまうが、この妹は、変な所で頭が切れるので時と場合を弁える。


 まぁ、それを知っている側の人間からしたら多重人格なんじゃないかと思ってしまう程には、変わってしまう。


「……貴方は、学校側から要注意人物にされていますから、少しでも変な行動を取ったら警察案件になります。ですので、注意してください」

「わかった」


 母親に、学校側からどういう風に見られているかの話をしておく。それと、僕と羽衣の学費を払うと言うならこの件は、伝えて置かないといけないと思う。


「羽衣が、中等部に編入してくるとしたら制服に関しては、買わなくてもいいかもしれません」


 中等部3年に、2学期から編入してくるなら一から制服を揃えたとしても半年ほどで着なくなってしまう。そして、高等部の制服を買う事になる。


 なら、保管している人に借りれば良いと思う。

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