35.今

「じゃ、行こ?図書館だよね」


 高梨さんが、石川くん達と一緒に行こうとする。


「少し、待ってください」


 僕は、まだ帰りの準備が終わっていなかったので待って欲しかった。

 そりゃ、終わりのHRの時間に同時並行で帰りの準備をしていた貴方たちは、終わっているだろうが、僕は、まだ終わっていないのだ。


 こういう時、中等部時代なら石川くんから「遅せぇよ」なんて言われていたっけ。


 今もそんな事を言いたげな表情だが、我慢しているようだ。流石に、陽翔くんと瑛太くんが、目を光らせている空間では出来ないか。


「そう言えば、御三方は、放課後お暇なのでしょうか?」


 一応、陽葵さんと陽翔くんには、放課後の事を伝えて同行してもらう事になっている。


 しかし、瑛太くんと奈々さんに、春乃さんのスケジュールは、聞いていなかった。


「私は、アルバイト」

「私達は、用事ないからついて行く。ついでに、ひまりんとまとめたいしねぇ〜〜」


 春乃さんは、アルバイトがあるらしくここで、お別れとなった。瑛太くんと奈々さんは、用事が無いという事でついてくる事になった。


「お、おい、何でそいつらまで――」

「別に、良いでしょう。それに、石川くんと岡さんだって本来は、関係が無い側の人ですから」


 丁度、僕も準備が出来たので図書館に向かう事にする。


 杖を持って立ち上がり、陽葵さんに支えてもらいながら、リュックを背負う。


 靴を履き替えて、校門を出たタイミングで、陽葵さんが、僕の隣に立つ。これは、高等部に上がってからの定位置になりつつある。


 前方で高梨さんが、何やら意味深な目線を向けてきているが、無視して図書館に向かう。


 学校から徒歩10分圏内にある図書館に、移動するにしても、僕は時間が掛かってしまう。


 石川くん達は、僕の歩くスピードに慣れていないだけなのか、それとも無自覚なのか、自分達のペースで行こうとしては、途中で立ち止まったりしていた。


「なぁ、待てないなら先行けば?」


 珍しく、陽翔くんが声を上げた。失礼だが、こういう時は、大体、瑛太くんか奈々さんが、行動を起こすものだと思っていた。


「な、何だよ」

「見て分からないか?詩季は、歩くスピードをそんなに出せないんだ。お前らのその行動自体、詩季に対しての煽りとも見えるんだけど」


 なるほど、僕が、煽られていると思っての行動だったのか。


「ま、まだ、慣れてないん――」

「君たちが、知っている詩季じゃないんだよ。今を見ろよ。今を」


 僕は、陽翔くんの肩を掴む。


 もう、良いよという意味を込めて、僕の目を見てくる陽翔くんに、1回頷く。


 陽翔くんに、注意された幼馴染達は、僕達の後ろに移動してついて来る形になった。






 図書館について、空いている席を見つけて、僕と高梨さんが、隣同士で座り向かい側に石川くんと岡さんが座ろうとした。


「すみませんが、向かいには、陽葵さんと奈々さんでお願いします」

「な、何でだよ。調べ学習なら一緒にすればいいじゃないか」


 図書館の場所柄、これ以上、騒がしくしたら学校側に通報されかねない。学校近くの図書館である以上、桜宮の制服は把握されている。


 仕方が無いので、向かい側に、2人を座らせて、僕の隣に陽葵さんと奈々さんペアが座る事になった。その向かいに、陽翔くんと瑛太くんが座った。


 そこから、学校で途中になっていた調べ物の続きを始めた。


 学校とは違って、書籍の数も多く必要な資料を取捨選択するのが大変だったが、いい調べ物を出来たと思う。


「後は、僕の方でまとめます」


 高梨さんに、そう言ってコピーした資料を含めてファイルに入れてカバンにしまった。


 高梨さんに、任せて自分の想像から斜め上の方向でまとめられる位なら、ここからは、僕でまとめた方がいい。


「なぁ、終わったんなら俺の課題を手伝って――」

「嫌です」


 僕のやる事が終わったのを見た、石川くんが、自分の資料を渡して来ようとしたが、拒否した。


 経験からわかる。


 石川くんの手伝い=やってくれなのだ。


 手伝いという言葉を都合のいいように使っているだけだ。


 がっかりだ。


 何も変わっていない。


 正解だった。


 彼らから距離を取ると決めた僕の判断は間違っていなかった。


 石川くんは、まさか、断られるとは、思っていなかったようで、目を見開いている。


「僕が、課題している間、ずっとスマホ見ていたでしょう。その時間を使えば、進める事が出来たはずです」


 これまで、言い返して来なかった人間が、言い返した時、人というのは、黙ってしまうものなのだろう。


「詩季くん、私達も終わったから帰らない?丁度、お母さんが買い物帰りで車で送ってくれるって」

「わかりました。では、お言葉に甘えさせて頂きます」


 立ち上がり、リュックを背負って幼馴染の方に顔を向ける。


「では、失礼します。有意義な時間を過ごせたと思います」


 僕達は、幼馴染達に一例をしてから図書館を後にした。


 図書館の前には、西原母が車で待っていてくれた。


 恐らく、これは、買い物帰りでは無い気がする。


 多分だが、陽葵さんか陽翔くんが仕込んでいたのだろう。だけど、これは、話さないが吉だ。


 瑛太くんと奈々さんは、放課後デートをすると言う事で、ここでお別れだ。


 車の後部座席に乗り込み、家に向かって走り出した。


「なぁ、詩季。君が、中等部時代どれだけ苦労してきたか。よくわかった気がするよ」


 助手席に座った陽翔くんが、語りかけてきた。


 だが、陽翔くんは、何処か距離があるように感じる。


 言葉には、表しにくいが、陽葵さんの方が男友達の距離に近い感じで接してくれて、陽翔くんは、男女の友達の距離感に感じる。


「あの頃は、それが当たり前になっていましたからね。当たり前になると言うことは、怖いことですよ」

「今は、私たちが、付いてるよ!」


 本当に、2人に出会ってからだ。僕の人生が変わったのは。


「そうですね。陽翔くん1人では、陽葵さんの暴走を止めるのが大変だと思いますので、僕も協力致します」

「ねぇ、詩季くん。それ、どういう意味?」


 車内には、みんなの明るい空気が漂っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る