30.欲しかったもの

「陽菜〜〜詩季くん、もうすぐ帰る時間だから起きなさぁ〜〜い!」


 陽葵さんのお部屋で、恋愛観を話した後は、他愛の無い雑談をしていると、夕方の4時になっていた。


 陽葵さんの小学校時代の卒業アルバムを見させてもらったが、陽翔くんが、今と変わらずに、陽葵さんの振り回されていたようで、心の中で、慰めておく。歳の近い妹に好き放題やられる事には、共感できるのだ。


 時間もそろそろいい時間になったので、帰宅する事にする。


「ふぁ〜〜もう、そんな時間?」


 陽菜ちゃんは、眠そうな目を擦りながら起きてきた。


「陽菜ちゃん、ぐっすり寝ていましたね」

「あぁ〜〜お昼寝しなかったらもっと遊べたのにぃ〜〜」

「あはは、でも、陽菜ちゃん。お昼寝する程、本気で遊んだとも言えますよ!」

「――!私は、本気で遊んだ!」


 本当に、純粋に喜ぶ姿は、陽葵さんをそのまま小さくしたようだ。


「それに、また遊べますよ♪」

「ほんと!詩季にぃちゃん約束だよ」


 嬉しそうな笑顔で、小さな小指を出してきたので、僕も小指を出して指切りげんまんをして約束をする。


「指切りげんまん、嘘ついたら、お姉ちゃんが、1発芸するぅ〜〜」

「ねぇ、何で、2人の約束なのに、私が、罰を受けないといけないの。ねぇ!」

「「指切った!」」

「ねぇ、詩季くんもノリノリなの何で!」


 これは、陽菜ちゃんが、「詩季にぃちゃん、独占しないでね」という意思表示だろう。


 本当に、仲のいい姉妹だと思う。


 ガチャ♪


 玄関の扉が、開いた。


「ただいまぁ~~ん?」


 玄関から陽翔くんの声が、聞こえた。


 小学校時代のお友達と遊び終えたようで、帰ってきたようだ。陽葵さんは、平然としている様に見えて、少し笑顔が引きつっている。どうにも、バツが悪そうだ。


「母さん、知らない男物の靴あるけど、誰か来て――」

「どうも、陽翔くん。お邪魔しています」


 陽翔くんと目が合ったので、一応、お家にお邪魔している挨拶をしておいた。


 陽翔くんは、陽菜ちゃんが、僕に甘えている状況を見た後に、陽葵さんを見て状況を把握したようだ。


「なるほど、まんまと陽葵の策略にハメられたな」

「さっさぁ~~なんのことやら」


 陽葵さんは、吹けていない口笛を吹きながら陽翔くんから顔を背けている。本当に、妹に好きに扱わられている姿は、可哀そうだと思う。


「お兄ちゃん、おかえりぃ~~」

「ただいま。詩季に、沢山遊んでもらったか?」

「うん♪途中で、お昼寝しちゃう位本気で遊んだ!」

「そうか、そうか」


 陽翔くんは、陽菜ちゃんの頭を撫でている。その時の陽翔くんの表情は、ずっと見ていたい程に、爽やかな表情だった。


「詩季、大変だったな。陽菜の相手は、楽しいだろうが十六歳児の相手は、疲れたろ?」

「なぁ~~陽翔――」

「そうですね、陽菜ちゃんより十六歳児の方が、手が掛かったかもしれないですね」

「詩季くんまでぇ~~」


 まぁ、陽葵さんも陽菜ちゃんが、居る前で、学校みたいなおふざけは無かった。というか、陽葵さんがおふざけをするのは、僕と2人きりの時だけな気がする。


 西原両親は、僕たちのやり取りを遠目で、微笑ましく見ていた。まるで、僕もこの一家の家族の一員だと認めてくれるようだ。


「では、陽翔くん。今日は失礼しますね」

「もう、帰るのか」

「はい。初めての訪問ですし、昼食もご馳走になりましたので、夕食までは遠慮しておこうと思います」


 初の訪問で、昼食をご馳走になるだけでも有難いのに、夕食までは有難すぎると思ったので、丁重にお断りした。


「別に、夕ご飯も食べて行ってもいいのよ?」

「ありがとうございます。では、またの機会にでもお願いしますね。陽菜ちゃんとの約束もありますから」

「わかった」


 玄関に移動して、靴を履き終えると西原父も出掛ける用意をしていた。


「詩季くん、帰りは車で送らせて欲しい。疲れただろうからな。主に、陽葵の相手で!」

「もう、何で、お父さんまで言うの!」


 西原父が、車を出すために、先に玄関から出て行った。陽葵さんも付いて来るようだ。陽菜ちゃんとは、お家でお別れなようだ。


「陽翔くん。また、月曜に、学校で」

「おう、また月曜な」


 楽しかった、西原家への訪問は、今回は、ここで終わりだ。


「陽菜ちゃん、またね」

「またねぇ~~」


 陽菜ちゃんに、バイバイして西原さんのお家から陽葵さんと共に、家から後にした。


 エレベーターに乗って下に降りる。


 陽葵さんは、僕と歩くときは、僕のペースに合わせてくれる。本当なら、男の僕が、陽葵さんのペースに合わせないといけないんだろうが、逆転してしまっている。


 1階に降りて、西原父が準備してくれていた車の前に移動して、後部座席に乗り込む。僕たちが、乗り込んだ事を確認して、発進させた。


「陽葵、しっかりと詩季くんのサポート出来ているんだな」

「それは、もちろんだよ!」

「コラッ、自画自賛しないの陽葵」

「上げて落とすの止めてくれない?お父さん」


 年頃の女の子は、父親との関係性がぎこちなくなると聞いたことがあったが、陽葵さんは、父親との関係は良好の様に見える。


「詩季くん、どうだい?」

「はい。陽翔くんと仲良くさせて頂いていますし、沢山、サポートして貰っています。陽葵さんは、時折、暴走する時がありますが、基本的には献身的にサポートしてくれています」

「そうか」

「まぁ、それも陽葵さんの良い所だと思います。陽葵さんと接して、まだ、日は浅いですけど………本当に、楽しい日々を送らせて貰っています」


 子どもの事を聞いている、西原父の表情もずっと見ていたい思う表情だった。


 あぁ、そうか。


 僕が、向けられたかった表情や感情は、これなんだ。


 実の両親から僕に向けて欲しかった表情西原父が見せている、これだったんだ。幼馴染達から僕に向けて欲しかった表情は、今日の陽葵さんや陽翔くんが見せてくれた表情だったんだろう。


 良かった。


 新しい出会いで、欲しかった感情を味わうことが出来ている。


 ここからは、過去の精査も含めて前に進んで行けたらと思う。


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