27.ジェンガ

「お邪魔します」

「詩季くん、久しぶりだね。ようこそ」

「お久しぶりです」

「入って。陽菜も会いたがってるから」


 西原さんの家に上がると、西原父が、出迎えてくれた。


 西原母とは、先週の校外学習の送り迎えで会って話していたが、西原父とは、時間が合わない事もあって会えていなかった。


 専業主婦の西原母に、会社勤めの西原父。時間が合わないのは、仕方が無い。


 西原母は、今、買い物に行っているようで、もうすぐ、帰って来るそうだ。


 西原さんのお家は、10階建てマンションの8階で、5人家族で生活しても十分な広さのある部屋だった。


 3人の子どもに、大きなお家に住んでいる。そして、中高一貫校の桜宮学院は、まぁまぁの学費が掛かる。


 僕と春乃さんは、特待生枠に入っているため、学費が免除されているが、通常の生徒は、かなりの学費を入学から払っている。


 陽翔くんと陽葵さんの2人を同時に、桜宮学院に通わせられている事を見ても、西原父の勤め先の会社は、相当大きな会社と見て取れる。


「お邪魔します」

「あっ、詩季にぃちゃん!」

「あわわ、陽菜ちゃん、お久しぶりです」


 僕の存在を認識した陽菜ちゃんが、抱き着いて来た。


 こういう時は、勢いよく抱き着いて来るのが定番の流れだが、陽菜ちゃんは、ゆっくりと抱き着いて来た。


 優しい性格は、西原兄妹にそっくりだ。


「陽菜ちゃん、元気にしてましたか?」

「うん、元気だったよ!もっと、撫でてぇ〜〜」


 僕は、陽菜ちゃんの要望に応えて、頭を優しく撫でてあげる。


「あわわぁ〜〜極楽浄土〜〜」

「陽菜ちゃん、小学1年生ですよね、どこでそんな難しい言葉を覚えたのですか?」


 ソファに移動して座らせてもらうと、陽菜ちゃんもついてきて僕の隣に腰掛けた。


「詩季にぃちゃんの隣は、私の!」


 いけない。


 陽菜ちゃんの妹パワーという可愛さに押しやられそうだ。このパワーに、抗わないと、将来的に、羽衣にフルボッコにされかねない。


 でも、陽菜ちゃんの可愛さは、反則級なのだ。羽衣の可愛さは、殿堂入りということで、手を打ってもらいたい。


 ビクッ!


 こんな展開だからこそ、陽菜ちゃんの妹パワーに抗う要素は、近くに居たようだ。


「うむむ〜〜」


 後方から、まるでターゲットを狙う猛獣のような視線を感じる。


 この視線の主は、陽葵さんだろう。


 この視線からは、「陽菜可愛い」が、主だが、「そこ変われ」だとか「陽菜、羨ましい」という感情が、所々に混ざっているように感じる。


 僕との時間を増やそうと陽翔くんに今日の事を隠し通した陽葵さんだ。対応を間違えれば、陽葵さんは、拗ねてしまうだろう。


 さて、どう対応するべきか、僕は、頭を回転させる。


「あっ、痛!」


 突如、陽葵さんが、変な声を上げた。


 その声に反応するように、僕と陽菜ちゃんは、後方を見た。


「あんた、何、陽菜に嫉妬してんの。普段から、詩季くんの隣に居るんだから今日位は、陽菜に譲りな。詩季くん、おはよう。ゆっくりしていってね♪陽菜も詩季くん困らせたらダメだよ」


 買い物に出ていた西原母が、帰宅したようだ。手には、エコバッグに、定番とも言える長ネギの上の緑の部分がひょっこりと出ていた。


「ママ、おかえりぃ〜〜」

「お邪魔しています。おばさん」


 父親に母親。子ども達が仲良く暮らしている(陽翔くんは、まんまと羽目られている)。


(こんな家庭、憧れるなぁ〜〜)


 率直な感想だった。


 僕の過ごしてきた家庭は、西原一家に比べると程遠いと思う。


 今日は、西原家の温かい空気。そんな空気を味わって行けたらと思う。


 でも、今は、陽菜ちゃんと遊ぶ事に集中しましょうか。






「あわわ、倒れるぅ〜〜」

「陽菜ちゃん。ここに置いてみてください」

「ここ?」


 陽菜ちゃんは、僕の指示した所に、ブロックを置いた。


 僕達は、今、ジェンガをして遊んでいる。


 事前情報で、陽菜ちゃんは、おままごとが好きと聞いていた。


 だから、おままごとをリクエストされると思っていたら、まさかの、ジェンガのリクエストに、僕は、ある種のカウンターパンチをくらった気分だ。


 僕→陽葵さん→陽菜ちゃんの3人で、順番に組み上げたタワーからブロックを1本取り出して上に乗せていく。


「よっと、次は、陽葵さんですね」

「よぉ〜〜し。せめて、陽菜には勝つよ。あわわ!」


 ゲームも終盤に差し掛かっている。


 一度のミス = 負けの緊迫した空気が漂っている。


「う〜ん」


 陽菜ちゃんは、何処からブロックを取るか考えているようだ。


 陽菜ちゃんは、ジェンガが上手い部類に入ると思う。


 たた、小学1年生と高校1年生では、どうしても力の差は出てしまうものだ。


「陽菜ちゃん、ここに、慎重に抜いてみてください」

「うん!」


 実質的に、陽葵さんVS 僕VS 陽菜ちゃん(僕のアシスト付き)の構図になっている。


「ねぇ〜〜ずるくない?」

「ずるくないもぉ〜ん!」


 陽菜ちゃんは、僕のアドバイス通りにブロックを置いて、僕も置く。


 ガチャン♪


 陽葵さんが、ブロックを抜いた瞬間、タワーが崩れた。つまり、ジェンガ勝負は、陽葵さんの負けという事になった。


「お姉ちゃんの負け!」

「むぅ〜〜何か納得出来ない」

「あはは」


 陽葵さんは、納得の出来ないご様子だが、陽菜ちゃんは満足気なのでよしとしよう。


「じゃ、負けたお姉ちゃんは、おままごとで猫役ね!」

「え、猫?!」

「そう、陽菜がママで、詩季にぃちゃんがパパ!」


 僕と陽菜ちゃんが夫婦役で、陽葵さんが、猫役だそうだ。


「ねぇ、陽菜。私、2人の子ども役じゃ~~ダメ?」

「ダメ!」

「なんでぇ~~」


 陽葵さんは、役柄に少し不満はあるようだが、可愛い妹のお願いに、これ以上の不満は示せないようだ。


「それでねぇお姉ちゃん!」


 陽菜ちゃんが、陽葵さんの近くに移動すると何やら耳打ちをしていて、陽葵さんの表情がニヤニヤして来た。それと同時に、僕に何か寒気を覚えたのは、気のせいなのか。


「よしっ、詩季くん。おままごとやろうか!」


 さっきまでの表情が一転し、この中で1番、おままごとに乗り気になっている。何だか、変な予感がするのは、僕だけな気がする。


「はい、はい。おままごとの前に昼食にしましょう!」


 気が付くと、リビングにいい匂いが漂っていた。


「グゥ~~」


「詩季にぃさん。お腹空いたの?ママの料理美味しいよ!」


 空腹を刺激するような美味しそうな匂いだったみたいで、お腹が鳴ってしまい陽菜ちゃんに聞かれてしまった。


 恥ずかしくて、穴があったら入りたい。

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