16.兄妹と味方

 母親は、祖父母宅から家に帰って行った。


 妹の羽衣は、僕が話したいと思ったので、この機会を逃したら当分話せなくなると思い呼び止めた。


 静ばぁと健じぃは、母親を見送るとこっちに帰ってきた。


 母親が帰り際に、「旦那としっかり話しな。自分の考えを隠さず話しな。それで、しっかりと自分の結果を出しなさい」と言っていた。


 何だかんだで、母親の事を気にしているみたいだ。


「私たち、席を離そうか?」

「お願い出来ますか?久しぶりに、羽衣と2人でお話したいので」

「わかった。じぃーさん行くよ」


 祖父母は、リビングから2階に上がっていった。


 足腰が悪いんだから、1階の別部屋で良かったのだが、2人なりに気を使ってくれたのだろう。


「久しぶりだね、羽衣。元気にしてた?」

「うん、元気だったよ。詩季にぃさんは――」


 僕は、何が起こったかを話した。


 事故に遭って右脚の自由を失い歩行には杖が必要になったということ。


 事故は、車に轢かれそうになっていた子どもを助けたため起こったと。


 助けた子どもは、学校で、僕の近くに居た人の妹だと言うこと。


 全て話した。


「そんな事があったんだね。詩季にぃさん。傍に居られなくてごめんね」

「別に、羽衣は、悪く無いですよ。羽衣の歳で、何か出来る訳でも無いですから」


 羽衣は、今年、中学3年生になる。


 昨年は、14歳だった。14歳の女の子が何か出来る問題でもないし、どうせ、両親が揉み消していたのだろうから羽衣に対しては、両親に向ける感情は、一切持っていない。


「それより、イギリスではどうでしたか?以前、ボーイフレンドが出来たと聞きましたが?」


 交通事故に遭う前、羽衣との電話で、イギリスでボーイフレンド――彼氏が出来たと報告を受けた。


 向こうで、慣れない環境で戸惑っている中、手助けしてくれた同い歳の男の子と聞いている。


 事故に遭ってからは、時間が無くて羽衣とメッセージアプリで、お話していなかった。


「うん、交際は順調だよ。詩季にぃさんの話をしたら、会いたがってた!」


 彼氏の話をする羽衣の表情は可愛らしいものだ。人を好きになるとこうも変わるのか。


「そうなんですね。交際が順調で良かったですね」

「うん!」


 羽衣相手なら、敬語を崩すことが出来ているかもしれない。


 こんなに可愛い妹が選んだ男の子なのだ、1度会ってみたいと思う。その時に、羽衣に相応しい男の子か見極めてやろうでは無いか。


 心の中で、羽衣の交際相手の男の子に念を送っておいた。今頃、イギリスでくしゃみをしているだろう。


「詩季にぃさんは、どうなの。琴葉ねぇさんとは?」


 やはり、この話題になると思った。


 羽衣の彼氏の話になった時に、僕も日本で高梨さんと男女交際おつきあいを初めた事を言っていた。


「何か、琴葉ねぇさんと喧嘩してるみたいだけど?」


 喧嘩か。


 高梨さんがどう思っているか知らないが、僕の中では、既に、別れている。


 特段、隠す必要性も無い。むしろ、羽衣に隠して可愛い妹に嫌われる方が嫌だ。


「高梨さんとは、別れましたよ」

「え、嘘。て言うか、呼び方まで変わってる?」


 羽衣の反応を見るからに、高梨さんは、僕との今の関係性を「恋人であり喧嘩中」とでも説明しているのだろう。


「本当だよ。高梨さんの方から振ってきたからね。僕は、何も悪い事してないのに、勝手にきめつけてね」


 別れた経緯についても話した。


 羽衣からは、高梨さんが僕の事をどう思っているのかを教えて貰ったが、僕の予想通りの答えが帰ってきた。


「詩季にぃさん、呼び方が変わったのも?」

「正直に話すとね、んだよ。高梨さん達と一緒に居るのが。だから、距離を取るという意味でも呼び方変えたの」

「そうなんだ」


 羽衣は、何かを考えているようだ。


「でもね、新しいお友達も出来たんだよ。学校で、僕の近くに居てくれた人。本当に仲良くしてくれているんだぁ」

「詩季にぃさん、楽しそう!」


 やっと羽衣は、安心した表情になった。


「まぁ、色々ありましたけど、今は楽しいので、今を楽しもうと思います」

「そうだね!私、日本に帰ることにする」

「え?」


 僕は、耳を疑った。


 羽衣が日本に帰ると言った?本当に?


「日本に帰って、詩季にぃさんのサポートする。これは、今、決めたけど、私がこうしたいって思ったから」

「学校は、どうするのですか?」

「詩季にぃさんと同じとこ入る」


 羽衣は、これと決めたらやり切る女の子だ。


 イギリスに、両親と一緒に行き僕だけ日本に残ることになった時も、最後まで両親に抗議していた。


 そんな羽衣が言っているのだ。僕が止めても止まらないだろう。


「向こうの成績は、どうですか?」


 羽衣に、成績を聞いた。


 イギリスの名門中学に通っていてしかも、英語で授業を受けているので、学力があるのは知っている。


 成績表を見せてもらったが、やはり、好成績を収めていた。


「うん。成績的にも編入試験は問題なく通れると思います」

「やった!」


 僕に褒められたのが余程嬉しいのか、今日1番の笑顔を見せている。


「だけど、両親にしっかり話して説得する事。羽衣1人の我儘でどうこうなる問題じゃないですからね」

「わかってるよ!」


 あと、大事な事を認識させておかないといけない。


「日本に戻る事は、彼氏くんと遠距離になるか、別れる事になりますよ。それは、大丈夫なのですか?」


 そう、羽衣の彼氏の存在だ。


 お互いが、想いあって交際しているのだからしっかりと彼との関係を考え欲しい。


「話し合うよ。と言うか、彼とは結婚してない訳だし、家族優先だよ。彼が遠距離が嫌だと言うならきっぱり別れる」


 やっぱり、羽衣は、物事の判断基準を明確にしている。


 恋人<家族


 。それが、無理なら別れる。


 羽衣の口からそう言われて、僕は嬉しかった。


 羽衣を手招きして呼んで、抱きしめる。


 羽衣の交流関係を壊してしまう恐れがあるのは申し訳ないと思うが、祖父母以外の家族に初めて自分の味方をしてくれたのが嬉しい。


 気持ちを込めて抱きしめる。


 羽衣も僕の事を抱きしめてくれた。


「ありがと、羽衣」

「うん。私は、詩季にぃさんの味方だから」

「でも、羽衣自身の幸せも掴んでね」

「わかった」

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