14.1番学んだこと

「病院、行かなくて大丈夫?」

「大丈夫です。ただの擦り傷なので」


 運転席から西原母が、心配してくれている。


 病院に関する心配をさっきから何度受けた事か。


 そりゃ、額から出血していたら心配される。今も陽葵さんのハンカチを傷口に当てている。


 今度、新しいの買って返してあげたいと思うが、何時になるのかな。


 傷は浅かったみたいで、出血も直に止まるだろう。


「陽葵さんに、陽翔くん。助かりました。ありがとうございます」

「全然、大丈夫」

「大丈夫だけど、あいつらは?」


 どう話したらいいのだろうか。


 恐らくだが、ある程度、事情は察しているはずだ。


「陽翔!ごめんね、詩季くん。無理に、答えなくていいから」

「いえ、あの人は、僕の実の両親ですよ」


 僕の言葉に、西原母は、何か思う所があるようだ。


 恐らく、僕がこうなった要因に関して面と向かって話さないといけないとでも思っているのだろう。


「別に、今更、僕の両親に会わなくて良いですよ」

「詩季くん、それはダメなんだ。私たちとしてもケジメは、付けないといけないから。にしても、本当、詩季くんは、人をよく見てるね」


 やはり、西原両親は、筋を通す人だ。


「では、補償に関しては、祖父母と話し合いは付いている事だけは、忘れないでください」

「どうして?」

「僕の両親は、あまりいい人間ではないので」

「それは、入院している時に会いに来なかったこと?」


 やはり、理由として1番に思い至るのはそこだろう。


 でも違う。


 両親あのひとたちは、仕事優先人間だ。


 人間と言うのは、極限状態に陥った場合は、誰でもクズ人間になる。


 極限状態になった際に、人間の本質は出てしまうのだ。


 あの短気な父親の事だ。お仕事関係で、上手くいかなくなった時に、過去のネタで西原さん一家に、お金を寄越せとも言いかねない。


「僕が、嫌なんです。西原さん一家とは、仲良くして貰ってますので、金銭トラブルで縁が切れるのが嫌なんです」


 西原両親に、陽葵さん・陽翔くんと仲良くなるきっかけは、陽菜ちゃんを助けた事だ。


 その代償として右足の自由は失ったが、陽葵さん・陽翔くんという友達が出来たし、新たな交流関係が広がっている。


 これだけで、僕としては十分なのだ。


「それに、陽葵さんと陽翔くんの高校生活を僕の介助で、ある一定時間奪ってしまうのが、心苦しいので――」

「違うよ、詩季くん」


 突然、助手席に座っていた陽葵さんが僕の言葉を遮って話し出した。


「私は、詩季くんと一緒に居たいから居るの。そこは、間違えないで」

「そうだぞ、詩季。俺もそうだけど瑛太も奈々ちゃんもクラスメイトの皆も詩季の人柄が好ましいと思ったかは仲良くしてるんだ。自信を持て」


 2人が、責任感から一緒に居てくれる訳で無いことはわかっていたが、自信を持てなかった。


 だけど、2人の言葉で自信を持つことが出来そうだ。






「ただいま」

「おかえ――どうしたのその傷!」


 出迎えてくれた、静ばぁは、僕の顔を見ると血相を変えて近づいて傷を確認してきた。


「静ばぁ大丈夫です。ただのかすり傷です」

「――転けたの?」

「私の口から説明します」


 リビングに移動して、静ばぁに絆創膏を貼って貰う。


 静ばぁは、僕の手当をしながら何があったかを陽葵さんから聞いていた。


「――」

「――」


 静ばぁも健じぃも黙り込んでいるが、2人の空気は良いものではない。むしろ、怒りを通り越して呆れた空気を感じる。


 そして、僕の前でそう言った空気を出さないように心掛けて必死に我慢しているように見える。


「詩季、今から話す、2つの中から選びなさい」


 静ばぁは、少し考えた後に以下の提案をしてきた。


・この家に残って両親と対峙する


・一時的に、西原さんの家に避難する


 今日、学校で両親達と顔を合わせたので、僕がここに居る事は、確実に、バレている。そして、僕に対して執着を見せている以上、今日中にここにやってくると。


「貴方は、詩季の決断を聞いたら今日は帰ってね」


 静ばぁは、西原母に対してそう言った。


 恐らくは、現状、僕の家庭問題が解決していない中での顔合わせは、余計に事態が拗れるからだろう。


 日本に帰って来た両親が、僕の不在に気が付いたら関係各所に連絡を取るなどして探す事は、容易に想像出来た。


 ただ、僕が、来てほしかったタイミングは、今では無かったのだ。そして、両親に直接会う時間を少しでも遅らせたかった。


 だから、学校の先生方を含めて色々相談して回った。もし、両親から連絡が来たら「旅に出ている」と言ってくれと。


 両親に対しての今の感情は、ただ僕を産み落としてくれた人間。育ての親は、静ばぁと健じぃだ。


 西原母も理解したようで「わかりました」と一言だけ言って、皆の視線が僕に集中する。


 どうするべきか。


 ただ、僕としてはそんなに悩まずに答えを出す事ができた。


「僕も両親と対峙します」


 今、西原さんの家に避難した所で、何時かは、対峙しないといけないのだ。


 今か後かの問題なら早いうちに対処しておかないと問題が面倒臭くなってしまうだけだ。


 だったら、今、対峙しておこうと思った。


「私たちは、帰りますね」


 僕の答えを聞いた、西原母は、陽翔くんと陽葵さんを連れて家を後にしようとする。


 陽葵さんは、僕の事を心配してくれたのだろう。西原母に「気持ちはわかるけど、今は帰る時」と説得されるまで立ち尽くしていた。


 2分もしないうちに、車の発進音が聞こえなくなった。


「陽葵さん、いい子だね。あんたの元カノとは大違いだわ」


 祖父母は、僕が高梨さんと交際していた事も知っているし破局した事も理由も知っている。


「男女交際に関しては、慎重にならないといけないと学びました。特に、妥協はしてはいけないと」

「そうだよ、詩季。妥協で付き合ったらダメ。妥協するからあんな目にあうんだよ。いくら、幼馴染だとしてもね」

「静ばぁ、わかったよ。心配させてごめんなさい」


 高梨さんとの交際で、1番学んだ事は、妥協をしてはいけない事だった。


 空気を読めるのはいい事だが、読みすぎてもいけない。

 つまりは、空気を悪くしても捨てなきゃいけない物は捨てないといけない。


 今の僕の中の1番の判断基準だ。


 ピンポーン♪


 インターフォンが鳴った。


 静ばぁが、モニターで誰が来たかを確認して僕に目を合わせてきた。


 時が来たのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る