12.警告の使い方

「白村、この段差は厳しいよな?」

「登れない事は無いですが、時間が掛かるので、舞台袖に待機させて貰った方が良いかと思います。終了後に関しては、時間を掛けて自分の席に移動しますので」


 担任の先生と、入学式担当の先生と高等部新入生代表の挨拶の打ち合わせをしている。


 僕の脚の状態もあり、例年通り、クラスの自分の席から壇上に移動するとなると数段のひな壇を登らないと行けなくなる。


 登れない事は無いと思うが、かなりの時間を要する事になり式の進行に支障が出る事も加味して舞台袖に待機することが決まった。


「わかった。舞台袖に待機して挨拶終了後も舞台袖に退場にしよう」


 入学式担当の先生も事情を理解してくれてこの流れに決定した。


「先生、私も詩季くんの介助で一緒に待機しても良いですか?」


 これまで、隣で話を聞いていた陽葵さんが、守谷先生に申し出た。


「詩季くんの脚の状態的に中で何かあった時にすぐに助けを呼べない恐れもあります」


 最初は、介助の名のもとに人目の無い所に避難する算段だと疑った自分に怒りたい。


 しっかりとした理由はあったみたいだ。


「う~ん、確かに西原の言う通りかもしれないな」

「ですよね。陽葵さんにしては、まともな事言ってますね」

「そうだな」

「ねぇ、詩季くんに守谷先生酷くないですか?」


 陽葵さんは、少しばかり不満があるのだろうジト目で僕の事を見てくる。


「そうですね、僕としても段差の上り下りにはまだ慣れていませんので、補助の人が居ると大変助かります。式中は、先生方も忙しいでしょうし陽葵さんにお願いしてみてもいいのではないでしょうか?」


 陽葵さんは、交渉において相手に関するメリットを提示する事を覚えた方がいいだろう。


 今回は、僕の介助に関してだが、極論先生方でも出来てしまうのだ。だからこそ、自分が居る意味を提示しないといけない。


 今回は、先生方が入学式の運営に注力出来る事が一番のメリットだと提示した。


 陽葵さんが提示したもしもの時+自分達は、式の運営に集中出来る。


 このメリットは、先生方も大きいらしく守谷先生と入学式担当の先生は話し込んでいる。


 正直に話すと、先生とずっと2人で舞台袖に待機するのは居心地があまり良くない事が想像出来るので、陽葵さんが居て欲しいと言う思いも少しある。


 本当に、少しだよ。


「どうでしょ、先生!」


 おぉ〜と、美味しい所持っていきやがった陽葵さん。さも、私の意見ですと言わんばかりに。


「わかった。西原も白村の補助として舞台袖への待機とする。守谷先生、2人が座りやすい席順に変更お願いします」

「わかりました」


 結果、2人でひっそりと(挨拶まで)舞台袖で高等部の入学式を受ける事になった。


「陽葵さんと2人ですか」

「楽しそうだね♪」

「2人ともうるさくしたら即警告だからな?西原は、白村の介助という事を忘れるな」


 早速、警告と言う釘で刺されてしまった。


 にしても、何か違和感を覚えるな。


「わかっていますよ守谷先生。ところで、もう警告を誰かに発したのですか?」


 覚えた違和感の正体はこれだ。


 警告は、5回貯まれば退学処分を受ける生徒にとっても先生にとっても繊細な問題。


 なのに、すぐに警告をチラつかせた。つまり、そうせざる得ない事情でもあると思ったのだ。


「あぁ、石川にな。HRの進行妨害に小原に対する暴力行為。警告を発するには十分だよ」

「なるほど。だからナーバスになっているのですね。いきなり、学級崩壊が起こったら教師としての評価下がりますからね」

「んだぁ〜〜白村。中学時代のお前の評価とガラッと違うじゃねぇか」


 一体、中等部の先生は、僕に対してどのような評価をしていたのだろうか。


 中等部時代は、真面目ちゃんで通していたと思うのだが。


 まぁ、色々あって変わろうと思ったから中等部の先生からしたら印象が変わったと言われても仕方ないか。


「守谷先生、警告の使い方――間違えないで下さいね。警告と言う麻薬に依存しないで下さいね」

「そうだな、守谷先生。君は、若くして進学クラスの担任になった。圧倒的に経験が足りない。警告に頼ったクラス運営をするなよ」


 やっぱり、ベテラン先生は、凄い。


 僕が言いたかった事の解説を丁寧にしていた。それは、僕が恐れていた事でもある。


 若手の経験の浅い先生がプレッシャーの掛るクラスの担任は期待の裏返しだ。


 しかし、経験が浅い分クラスをまとめる上で警告という手段を用いて欲しくは無い。


 生徒にとってナーバスな所である警告を多用されては、それに怯えて守谷先生の言いなりロボットが多数生成される恐れがあるからだ。


 そうなれば、守谷先生にとっては良いかもしれないが、生徒にとったら過ごしにくいクラスになる。


 つまりは、見えにくい学級崩壊――しかも、教師主導という最悪な学級崩壊が起こりうるのだ。


「まぁ、白村が居るので上手いことまとまりそうな気がしますし、俺が、警告頼りになっていると判断されれば、白村に引きずり降ろされると思ってます」


 守谷先生にとっては、僕からの警告と捉えたようだ。

 もちろんだが、そんなクラスの空気になるようなら動くと思う。


 その時の気分次第だが。


「今日に関しては、もう終わりでいいだろう。白村・西原陽翔・西原陽葵、残って貰って助かった。今日は帰って大丈夫だ」

「はぁ〜い」

「守谷先生、さようならです」


 僕の荷物は、陽翔くんが持ってくれて体育館を後にする。


「陽葵、お母さんに連絡して来てもらえ」

「わかってる」


 下駄箱に来たタイミングで、靴を履き替えつつ陽葵さんがお母さんに連絡をして迎えの車を呼んでくれる。


「――わかった。お母さん、今から向かうから十五分位でこっち来るって」

「では、校門前で待ちましょう。わざわざ、校舎内の駐車場まで来てもらうのも申し訳無いですし」


 陽葵さん達のお母さんは、HR終了後に静ばぁと健じぃを家まで送ってくれていた。


 杖をついて、校門前前の目立つ位置に立つ。一応、陽葵さんにメッセージを入れて貰っているが、わかりやすい位置にいた方がいいだろう。


「――詩季、やっと出てきた」


 目の前に、姿を現してきたのは、正直、今、1番顔を合わせたくない人物だった。

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