第2話 鶯とカエルの簪
時がたち、
「ほんのちょっと前は、こぉーんな小さかった
彼が幼かった頃からの常連は皆、口を揃えてそんな冗談を言う。その度に、豆豆はこう返した。
「お客さん、大豆でも小さすぎますぜ」
さて、ある日の八つ時、店の二階の一室で父の弟子・
ひょいと窓から顔を覗かせると、昼間から白粉を塗りたくった妓女がひらひらと手をふっていた。地味めの白い花柄の黄みがかった緑色の衣を纏っている。ここから二軒先の中堅妓楼「小鳥楼」の「
豆豆はうげぇと、舌を出しかけた。父ではなく自分を呼んでいること、そして、風呂敷包み。確実に厄介ごとの臭いがする。豆豆は顔を引っ込めた。
「小豆! 居るんだろ! 早く出てきな!」
ばれている。仕方なく彼はガツガツと粥をかきこんだ。
「
男性の身体に女性の心を持った
「鶯姐、人使いが荒くねぇか?」
「うるさいな。妓女ってのは時間がねぇんだよ。呼ばれたら飯食ってようが、寝てようが待たせるんじゃあないよ」
「時間がねぇなら
「禿には禿でやることが、たんっまりとあるんだよ。お前、そういうのは『はい、わかりました。
「はいはい、わかりました。
豆豆が言われたとおりに返せば、鶯は「よろしい」と満足そうに頷いた。
「ところで今日は何の相談?」
「あぁ、そうそう」と彼女は手にした紺色の包みを解いた。
螺鈿の鶯が金の波の中を飛んでいる黒漆の箱。その蓋を開けると、横を向いた白銀のカエルと連なった
「ある客から貰ったんだけど、どう思う?」
「どうって……センスがないなぁと」
「同意。あたしも箱までは良いじゃん、良いじゃんって思っていたのに、中がこれだからガッカリしちゃった」
鶯が肩を落とした。鶯のいる「小鳥楼」の妓女たちは皆、鳥の名を源氏名としている。そのため、この見世に通う客は妓女に贈り物をする際、鳥もしくは妓女の名の鳥をモチーフにしたものを贈る。
いわゆる暗黙の了解ではあるが、鳥にカエルを贈るとは食い物にでもしてくれということだろうか。冗談めかして、豆豆が言うと鶯がケラケラと笑った。
「あたしもさ、そう思って、すぐ質屋に入れたんだよ。そしたらさ、三日して質屋の野郎が血相変えて来たんだよ」
「鶯姐、こいつ、動きやがるんだ」唇まで青くさせて、質屋は見世に来た。
「もちろん、あたしはそんなの知らないし、それで、返すからお前も金返せって言われてさ、もう大喧嘩だよ」
「結局、どうなったの?」
「おばばに箒で叩かれようが何されようが、土下座するもんだから根負けした。せっかくあの金で、
繍眼とは鶯の禿である。今月の末、確か、初見世となる舞と歌が得意な小柄の愛らしい娘である。そりゃ、ちょっとでも良い物で着飾ってやらねば。
「だろう? だからさ、小豆、今日の夜、『寧国』に行くんだろう? だったらさ、ちょっと、こいつをどうにかしてくれよ」
豆豆はぎょっとした。なんで、自分のシフトを知っているんだ、この女。
「ふふーん! 妓女には妓女の情報網ってのが、あるのさ。さぁ、可愛いあたしの禿のために頑張っとくれ!」
バンバンと背中を叩かれ、豆豆は大きな溜息をついた。
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