コンサルタント
増田朋美
コンサルタント
最近は5月というのに暑い日々が続いている。それでは、おかしいという人もいるが、もうこうなってしまったので、諦めるしか無いという人もいるようだ。そんな中で、みんなどう生きていけばいいのか、わからないで困っている人が多いのが、今の現代と言うものなのではないだろうか。多分、そういうことなのだろう。
その日、伊能蘭が、いつも通り、お客さんを送り出して、さて、ちょっと休もうかと思った蘭であったが、それと同時に、インターフォンがなったので、びっくりする。とりあえず受話器を取って、はい、どちら様ですかと聞くと、女性の声で、
「伊能さん、浜崎です。覚えていらっしゃいませんか?浜崎、浜崎朱実です。」
と、言う声であった。蘭ははて、浜崎朱実さんなんてどこかの有名人でもあるまいし、どんな人だったのだろうかと思っていたら、
「あの、伊能さん。旧姓は、小磯です。小磯朱実ですが、覚えていらっしゃいませんか?」
と聞いて、蘭はやっと、この人が、自分が小学生の時に、同級生だった小磯朱実さんという女性だったんだと思い出すことができた。
蘭はちょっとまってくださいと言って、急いで玄関へ行きドアを開ける。
「あ、あ、あれ?」
蘭が見たその場に立っている人は、とても美しい人で、有名な女優さんにそういう顔がいそうだなと思われる顔であるが、蘭が知っている小磯朱実さんは、もっと自信がなさそうで、いつもしょぼくれていたような女性だった。
「蘭さん、覚えていらっしゃいますか?あたしの前の顔なんて、みんな覚えてないだろうなと思ってたけど。やっぱ蘭さんは、記憶力がいいんですね。」
朱実さんの声は、とてもはりがあって明るかった。
「それで、今日は何の用事で来られたんでしょうか?」
蘭が朱実さんに聞くと、
「ええ、実は、ちょっと蘭さんに入ってもらいたい組織の紹介をしにまいりましたの。ちょっと上がらせてもらっていいですか?」
と朱実さんは答える。
「は、はあ、わかりました。じゃあお入りください。」
蘭はそう言って彼女を家の中に入れた。なにか魂胆があるのかなと思ったけれど、それは言わないでおいた。とりあえず蘭は、朱実さんにテーブルに座ってもらい、今お茶持ってきますからと言ってお茶を出した。
「それで、なんですか?僕に入ってほしい組織なんて。」
と、蘭がいうと、
「ええ。こちらなんです。」
と朱実さんは、パンフレットを差し出した。なんでもNPO法人言葉の卵と表紙には書いてあるのであった。
「なんですかこれは。」
蘭が聞くと、
「ええ。あたしたちが主催している、カウンセリングというか、悩み相談に乗ってる人で結成しているグループです。」
と朱実さんは答えた。
「それで、今、悩み相談に乗ってくれる人材が不足しているので、蘭さんに相談員として、来てもらいたいと思ってるのよ。週に一度だけで良いわ。手伝ってもらえないかしら。」
「そうですか。ですが僕、カウンセラーとか、そういう資格を持っているわけではないのです。僕はただ、困っている人に刺青をして、助けてあげるだけですよ。」
朱実さんの発言に蘭はびっくりした。
「それでも良いのよ。どうせ、カウンセリングの資格なんて、机の上で勉強して取るだけのことでしょう。そうではなくて、直に話を聞いている人に手伝ってもらいたいんですよ。もちろん、報酬だってちゃんと出すわ。ねえ、週に一度だけで良いから、来てもらえないかしら。」
そう言われて、蘭は、困ってしまった。確かに自分のことを必要としてくれるのは嬉しいが、だけど、こういう人間が悩み相談に乗ってあげられるかどうか、疑わしいからである。
「そういうことなら、静岡に住んでいる古川涼さんに話をしたらどうですか。彼であれば、ちゃんと心理療術師の資格もあるし、ちゃんと悩んでいる人の相談にも乗ってくれますし。」
「いいえ。駄目です。ちゃんとここに書いてあるじゃありませんか。富士市内に住んでいる人でないとだめなんですよ。この組織の売りの一つとして、遠方までいかないで、近くで相談を受けられることっていうルールがあるのよ。ちなみに相談する場所は、新富士駅から歩いてすぐのところ。」
朱実さんが言う通り、相談所になっている公会堂は、新富士駅から歩いてすぐのところにあった。車椅子の蘭でも、すぐに入れそうな場所にある。
「だから、蘭さんだって、歩けなくても、来れるでしょう。カウンセリングを必要としている人は、車にも乗れないことが多いのよ。だから、駅からすぐの場所にしなくちゃ。ねえ、週に一回で良いから、手伝ってもらえないかなあ。報酬はちゃんと出すわ。交通費が必要なら、こっちで負担したって良い。お願いできない?」
朱実さんは蘭に懇願するように言った。
「そうですねえ。じゃあ、週に一度だけなら、言っても構わないかなあ。」
と蘭がいうと、朱実さんはやったという顔になった。蘭は明日から行きますと朱実さんに言った。
翌日。蘭は、朱実さんから渡された地図を持って、その公会堂へ行ってみた。建物も新しく、足の不自由で車椅子に乗っている蘭であっても、すぐに入れる建物である。蘭が入口の前ですみませんというと、朱実さんの声で、どうぞ入ってという声が聞こえてきたので蘭は中に入った。朱実さんの案内で、蘭は小さな部屋に通された。ここで、相談を一時間するという。朱実さんは、相談員が一人増えたので、もうお願いしたいと言ってきた女性がいると言った。10時に来訪するという。ということは、もう5分くらいしたら、やってくるということであった。蘭は、部屋の中で待たせてもらうことになった。
「こんにちは。大塚と申しますが。あの電話で予約した大塚です。大塚晴海です。」
数分して、入口のドアを開ける音がした。この人が、予約してくれたクライエントさんだろうか。とりあえず、朱実さんに連れられて、大塚さんは、部屋の中に入ってきた。
「へえ、車椅子の人だとは知りませんでした。やっと私の相談に乗ってくれる人ができたと思ったら。」
大塚晴海さんは、にこやかに笑って、椅子に座った。
「それでは、今日相談したいことはなんですか?」
蘭はすぐに言った。まだ若い女性だから、出会いが少ないとか、失恋したとか、そういうことを言うのかなと思ったけど、彼女が発言したことはまた違うものだった。
「ええ、あたし、朱実さんとおんなじことをしたいんです。」
「それは、どういうことですかね?」
蘭がいうと、
「まあ、先生、ご存じないんですか?あの、朱実さん、浜崎朱実さんが、あんな顔をされているのは、なんでああなのか。」
と、晴海さんは言った。
「ということはつまり、、、。」
蘭は言葉に詰まってしまう。
「ええ。あの、浜崎朱実さんは、整形しているんです。整形してああして美人になったんです。なんでも、旦那様が、美容整形の権威みたいな人で、それで新しい整形方法を試してみたいからって、朱実さんをターゲットに選んだんです。」
と、晴海さんは説明した。蘭は思わず、
「そうか。今は、刺青に頼らなくても、そうやって美しさを獲得できる時代になってしまったのか。」
と、言ってしまった。
「それでも甚大な費用がかかるのでは?」
蘭はそういったのであるが、
「ええ、でも、お金さえ払えば、何でもできる時代でもあるんですよ。だから私も、この顔を変えたいんです。顔を変えて、もっと美しくなって、幸せになって結婚するの。そうすれば親や他の家族を見返してあげられるでしょ。」
と晴海さんは言った。蘭は朱実さんが、事業所を開いた理由がだんだんわかってきたのであったが、
「そうですか。でも、整形というのは、簡単にできるわけでは無いですからね。」
と言った。しかし、晴海さんは、
「ええ、だからこそ、うちの家族をどうやって負かしたら良いのかとか、そういうことを相談に来たんです。整形なんて、誰もが反対してるし、特に年寄りは、そんな整形をしても意味がないって、怒鳴り散らしますしねえ。あたし、悪事をしているでしょうか。」
というのだった。
「それでは、顔のせいでいじめられたりとか、そういうことがあったのでしょうか?」
蘭は、そういいかけたが、いじめを受けたことは確かだろうなと思って、言うのをやめた。
「ああ、すみません。それはあって当たり前ですよね。それで、ご家族が反対しているわけですか。少なくとも僕は、悪事をしているとは思いません。だって、それは、刺青をいれる人だって同じこと考えているはずです。この傷跡さえなければ、このあざさえなければ、もっといい人生を歩めたと主張する人は、本当に大勢いますからね。それは、どうしても変えることができないから、代わりに刺青したりするわけですけど。だから、整形したいという気持ちを悪事とは思わないですよ。」
「そうですか。先生はわかってくださるんですね。私が、この顔のせいで、ずいぶん嫌な思いをしてきたことを。」
そういう晴海さんに、蘭は、
「でも、美人であれば人生すべてうまく行くかということはありませんよ。」
と言ってしまった。
「例えばですね。晴美さん。あなたは卵型の顔で、ちょっと能面の小面にもにてますよね。それは、平安時代の美人をモデルにした顔です。だから、それを思えば、着物がすごく似合う顔になると思うんですよ。だからね、洋服を着るのではなくて、着物を着るようにしていけば、また変わってくるんじゃないのかな?こういうふうに、服装を変えることで、違う結果が得られることだってあるのではありませんか?」
蘭は、思わずそう言ってしまう。
「まあ、先生。ずいぶん古臭いことを言ってらっしゃるのね。着物なんて着付け教室に行く余裕も無いし、余計な部品とか、そういうものをかわされるだけの商売でしょ。そんなの、行く気になりませにんよ。」
晴海さんは嫌そうに言った。
「でも、それでも、着物を来て人生観が変わったという人はいっぱいいます。」
蘭はそう言うが、心のそこでは、整形したいと言うのならそれなりに費用が支払えるのだと思ったので、着付け教室に行くというのは、ただの偏見なんだなと思った。
「着付け教室にいかなくても、独学で着付けを学んでいる人もいますし、それに、意外に難しくないんですよ。着物の着付けというのは。着物だってリサイクルで変えば、1000円程度で買えてしまうこともありますし。」
蘭が急いでそう言うと、
「でも、古いものはもうあっても何の役にも立たないでしょ。それに古いもののせいで、私達の生活が便利になっていくのを邪魔していると思うのよ。これからは、他の国家に倣って、政治的にも軍事的にも強いところにならなくちゃね。それなら、古いものを見直そうなんて考えは、必要ないのよ。」
と、晴海さんは言った。
「そんな意味で言ったわけでは無いんですけどね。」
蘭はそう言うが、晴海さんは、変な人というだけであった。
「ほんと、私にアドバイスしてくれるのかと思ったら、着物の話なんか持ち出されて変な人にあたっちゃったものだわ。なんであたし、朱実さんとおんなじことしたいだけなのに、どうして邪魔されなくちゃいけないんだろう。まあいいか。今日はこれで帰るわ。」
そう言って、蘭の眼の前に5000円札をおいていき、晴海さんは部屋を出ていってしまった。まあ確かに、その5000円札は、蘭が彼女の話を聞いたお礼の額であるということであるが、なんだかもらっても嬉しくない気がした。その金は、持って帰っていいと朱実さんに言われたので、蘭は、それを持って自宅に帰ったが、やはり自分にはカウンセリングと言うより、刺青を入れたほうが向いているなと思うのであった。
蘭が、自宅に帰ってしばらくすると、またインターフォンが五回なった。この鳴らし方は杉ちゃんだと蘭はすぐわかる。そして、杉ちゃんという人は、すぐに家の中に入ってしまう人だと蘭は知っていたので、良いよ入れというと、杉ちゃんの車椅子の音だけではなくて、もう一人誰かが入ってくる音がした。ガチャンとドアが開いて、
「玄関の扉から、下駄箱まで五歩。」
という声が聞こえてきたので、蘭は思わず、
「涼さんでは無いですか?」
と言ってしまった。
「はい。そうです。蘭さんこんにちは。」
涼さんは目線を合わせることができない。なぜなら、視力が無いからであった。ちょっと蘭の顔からはずれているけれど、ちゃんと頭を下げて挨拶してくれた。
「しかし、そういうことなら、連絡くらいくれたら、迎えに行きましたのに。今日はまたどうして静岡から富士に来られたんでしょうか?」
蘭は思わず涼さんに聞いてしまうが、
「ええ。製鉄所の利用者さんのコンサルテーションのためにこさせてもらったのです。」
と涼さんは言った。
「そうですか。製鉄所の利用者さんの。確かに、製鉄所を利用している方であれば、お話をしたいという方もいるかも知れませんな。どんな方とお話しているのですか?」
と、蘭は、涼さんに聞いてみる。
「別に、家族の話とか、ペットの話とか、そういうことばかりですよ。彼女たちは、自分で怒りやわだかまりを処理できないから、それでこうして、話をしなければ行けないのですよ。定期的に。」
そう答える涼さんに蘭は聞いてみた。
「あの、涼さん。それでは、ちょっと教えてほしいんですが、そういう女性たちと話をするにあたって、気をつけなければならないことはなにかありますか?」
「そうですね。」
ちょっと考えている涼さんに、
「あ、それでは、蘭も傾聴のアルバイトを始めたのか?」
と、杉ちゃんが口を挟んだ。杉ちゃんと言う人は思ったことを何でも口に出し、答えを聞くまで質問を変えない。それが迷惑だという人が多いが、蘭は杉ちゃんの生まれ持った特徴だと思っている。
「ええ。まあ、あの、浜崎朱実さんが主催する小さなNPOですが、そこで傾聴の仕事を始めたんですけど、かえってクライアントさんを怒らせてしまいました。」
蘭がそう言うと、
「蘭さんは、黙ってきくというより、刺青師ですからね。そういう女性たちの話を聞くのではなくて、そういう女性たちのコンプレックスになっているところを消すのが仕事ですから。傾聴の仕事には向きませんよ。」
と涼さんが言った。
「そうですね。確かに僕は、そういう仕事しかできないかもしれない。」
蘭は涼さんにそう言われて、そう言ってしまったのであるが、
「じゃあ、成功するためにはどうすれば良いんだ?」
と杉ちゃんが割って入った。
「そうですね。例えばこれは善でこれは悪とか、クライエントさんの話を断定してしまうのはもちろん行けないし、克服しなければだめだというのもだめです。そういうことは、信頼関係をある程度作れたらすることで、まずはクライエントさんの信頼関係を作らないとね。誰だって、赤の他人に自分の悩みを打ち明けるというのは相当勇気がいると思いますよ。だからまず、それをしても良いんだっていう環境を作らないと。例えば医者は薬を出すことができますが、コンサルタントはただ話を聞くだけです。だから何かを処方することはできない。それを、まず考えてあげないとね。」
涼さんは、蘭と目線を合わせることができずに、そういったのであった。
「そうなんか。つまり、薬を出してやれないから、代わりにどうしてやれば良いんかな?」
と、杉ちゃんがいうと、
「ええ、だからひたすらに彼女たちの話を聞くことです。彼女たちは、悩みがあるから時間もそこで止まっている。その時計の針を無理やり動かすために、僕たちは彼女たちの話を聞くのです。彼女たちが欲しがっているのは提案でもなければ例え話でもありません。」
涼さんは静かに言った。
「じゃあ、何が必要なんだ。提案も例え話もしてはいけないってなったら、何を提供してやるのが、コンサルタントの仕事になるんだよ?」
と、杉ちゃんがでかい声で言った。
「ええ。コンサルタントのしごとはね。単に、ああそうかお前もそうだったのか、おんなじこと考えている仲間がいるんだって安心させてあげることなんですよ。」
涼さんは、見えない目でちょっと笑うように言った。
「そうなんですか。おんなじ考えを持っている仲間がいるってことか。その安心感が、大事なことなのか。なるほどねえ。難しいねえ。人の話を聞くって。」
杉ちゃんが、でかい声でいうと、
「ええ、だって、人に悩みを打ち明けることは、本当に勇気がいることですからね。それは病気の人ばかりではありません。どんな人でもそうです。特に日本人はどうしても他人に力を借りるということは、難しい民族であるという性質がありますのでね。それを変えるというのは本当に難しいんですよ。」
と涼さんは言った。
「今日あってきた、水穂さんもそうでした。自分は、同和地区の出身であるということで、二度と愛されないと思っていて、それが、どんなにほどこうとしても、ほどけない結び目と一緒なんです。由紀子さんがそばについて、ほどいてあげようとしていますが、それが通じるのも無理ですよね。もう、容態が回復することも無いんじゃないかな。きっと、そういうことだと思います。水穂さんは。」
「そうだよなあ。水穂さんも日本に暮らしている限り、同和地区の出身であることはほどけないよ。」
杉ちゃんと涼さんが、そう話しているのを聞いて、蘭はなんとも言えない無常観というか、悲しみを感じてしまうのであった。なんで、水穂さんには、そういう当たり前のことが得られないのだろう。もし涼さんが言った、安心感を得られるのが本当の幸せなら、水穂さんはそれが得られないということになる。
「だから、コンサルタントという事業も、なかなか難しいものですよ。」
と涼さんが言った。杉ちゃんたちは、本当にそうだねという顔をして、苦笑いしたのであった。蘭は、ちょっとため息を付いて、朱実さんから紹介された仕事は、やっぱり自分には向いてないなと思うのであった。5月の爽やかな風が吹いている日であった。
コンサルタント 増田朋美 @masubuchi4996
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