第6話 殺戮の始まり
十五歳になれば元服と言って神降ろしをする。
そして元服をすれば日本酒に限って飲酒を認められる。
霊力補給の手段として御神酒の経口摂取は有効だから。
夜出歩く際に身に付けるのは黒いニット帽と警察官から貰った黒い軍用ジャケット。
腰にはカップ酒を幾つか携行出来るポーチを付けたベルトを巻く。
今宵、僕が用意した御神酒は三つ。
剣腕で僕が遅れを取るとは思えなかったが念には念を入れて三つ。
戦闘時の霊力補給用に一つ。
不意に発生する可能性がゼロで無い別の祟りの発生に備えての予備として一つ。
万が一の敗走時に使う緊急用として一つ。
銃使いである平坂から借りた、世界中の法執行機関で使われているとかいう黒いフルサイズハンドガンを右の太もものホルスターに差し。
僕専用の打刀である村正バアちゃんの作品を左腰に差す。
五月二日のこの日の夜は蒸し暑くなかった。
だから軍用ジャケットを着る事も苦では無かった。
気怠く咳き込む様な程に濃厚な空気の中を歩く事こそ意味があると言うのに。
この日の夜は小雨の降る皐月らしい肌寒さを孕んでいた。
眠れない日は夜の星空を見る事にしている。夜の冷たい風が身体を包み込み、身体に纏わりついていた睡魔をどこか遠くに連れ去って行く感覚が嫌いじゃない。遠くでキラキラと光る星々の輝きは街灯の少ない旧市街の夜を淡く照らし、月の無い夜道を解放感溢れる天文台へと変えてくれる。何処かで僕じゃない誰かが同じように眠れずに同じ空を見上げているかも知れないと言う何の根拠も無い共感覚が、ほんの少しだけ僕の孤独を和らげる。吹きつけるような寒さを感じる夜は空が広い。控えめで人見知りなキラキラ星も今日は主役となっていた。
先行きの見えない未来を連想させるこの暗闇を、優しく照らす星々。
その控えめな輝きを希望だと思う程に温い人生を僕は送って来ちゃいないが。
頭上の星空に手を伸ばす。
そしてこの同じ空の下で、同じ空を見上げているかも知れない誰かごと。
ぐしゃりと、握り潰す。
潰れたその誰かの血が、僕の腕を垂れた。
そんな錯覚が見えた。
そんな、優しい錯覚が見えた。
そんな、優しくて狂おしい幻覚が視えた。
刃向う先はいつもキラキラと燦然と輝いている世界。
僕の欲しいモノが全部詰まった夢のような世界。
でも、もう良い。
僕が欲しいモノは全部思い出の中に落っことした。
覆水盆に返らず。
僕が夜空を見上げるのは確認作業だ。
何を無くして、誰を奪われて、何処を閉ざされたのか。
夜の冷たい風は黒く滾り熱くなる僕の肉体を良い感じに冷却してくれる。全身の血管が膨れ上がり胸の奥から刃物でも飛び出してくるのではないかと感じる程に強い憎しみ。そして全く鎮火する様子すら見せない激しい怒り。そして細胞という細胞から滾々と湧きだす殺意。僕の染色体は恐らく真っ黒に染まっているだろう。もしかしたら漫画で良く見る怒りマークの形をしているのかも知れない。眠れなくなるのは夜になると思い出すからだった。
自分が死んだのだと言う現実を。
僕は死ぬまで追い詰められ、そして死ぬ事を望まれ強要されたのだと言う事実を。
握りつぶしたこの星空の下、自分はこの世界にたった独りぼっちである事を確認する。
うん。いつも通りのクソみたいな世界だ。
現在は夜中の零時を回ったところだが、獣のように咆哮して駆け出したくさえある。
肌寒くはあったが、良い夜だ。
とても、とても。
今この時も笑っているのであろう『加害者』全員の脳髄を、生きたまま眼球を引っ張って力づくで引きずり出したくなる感覚と衝動を僕に思い出させてくれるのだから。
独りだな、僕は。
忠宗とかキヨミンとか近くにいるけど、周りが僕を受け入れ始めているけど。
いつも僕には居場所が無いと感じる。
それはきっと僕が歪んでいる事の何よりの証明。
歪んだ刀が鞘に納まらない様に、僕はきっと何処にも納まる事は無い。
納まれば、鞘さえ歪めてしまう。
「殺したいなあ…」
知らず、僕は呟いていた。誰に向けてでも無い。
聞いているのは此方の事情には無関心に身勝手にピカピカと輝いている星々だけ。
自分じゃどうしようも出来ない程の、耐え難い真っ黒な感情が生まれては外の世界に向かって吹き出し吐き出す。
心地良い、夜の冷たく澄んだ空気。
こんな日には、人は自ら死なないというのに。
僕は日常の延長として夜の新市街に向けて歩き出した。
徳川千本桜~スズメ・モーテル~ 居石入魚 @oliishi-ilio
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