第5話

「会長さんは悲劇のヒーローっていうか、亡国の王子様ですよね」

 そんな事を平坂陽愛は言った。この平坂信条館の理事長の娘であり、新遠野市全体のアイドルである彼女はその可憐な容姿と愛くるしいキャラクターから『癒しの姫君』なんて呼ばれている。通称・ヒーラー。癒しと平坂をかけているようだった。

 ちなみに帰国子女。現在、頑張って日本の事を勉強中とか。


 現在、僕等は生徒会役員による会議中。

 平坂信条館生徒会・通称「幕府」の、いつもの放課後である。


「黒髪の生意気そうな表情をした男の子。使用する精神感応兵器は日本刀タイプですし。なんて言うんですかね。各地を転々とする傭兵集団の新人で、実は第二皇子様だった、みたいな?傭兵集団は元々とある国の騎士団だった、みたいな。そんな設定がシックリ来ます。日本刀を使う、御料理がプロ級に上手い生意気傭兵系男の子です」

 それに参加したのが僕の親友である本多忠宗。身長一九〇以上。体重一二〇キロの大男。

 優しい力持ちで常識人。彼は僕の家のお隣さんで、彼の実家は大福寺というお寺である。

 忠宗とは小さな頃から一緒だった。

 今までも、多分、これからの高校生活も。

「ならばヒーラー。ワシはどうなるんじゃ?」

「忠宗君は、傭兵部隊の頼れる切り込み隊長ですね。ゴツい鉄球を振り回すような将軍です。国に残してきた奥さんが出産しそうな時も戦場に行ってて、そんで死んじゃうんです。死ぬ時も豪快に笑うような、そんな設定がシックリ来ますね。坊主頭の鉄球を使う坊主頭のグハハ将軍系男の子です」

「完全に敵役じゃが…。まあ、ええわい。将軍と言うのが気に入った!」

 そう言って忠宗は何処かに行ってしまった。

 恐らく彼女の実家に奉公をしに行ったのだろう。

「なら。忠宗の彼女であるアタシは、その出産間近の奥さんってワケ?」

 一見、モデルかと見間違うような美人だった。

 ロケットオッパイの持ち主で、僕の家のもう一つのお隣さんである加藤清美は言う。忠宗の彼女である加藤精肉店の一人娘。雑誌の読者モデルやイベントのコンパニオンに引っ張りダコのお姉さんだが、その中身は正しくチンピラであると言って良い。

 僕は子供の頃、この女にずっと泣かされていた。

 それは今でも変わっていない。

 体操服のまま、ボリボリと煎餅を食べてボリボリとケツを掻いては暇な生徒会室に暴君の如く君臨する。世界がその容姿を日本国の宝であると評価する彼女は完全にオヤジ。胡麻煎餅を食べながらソファーでゴロリと寝転がっていた。

「いいえ。キヨちゃんは傭兵部隊で水着みたいな鎧を着た女将軍ですね。股間が危険なお色気担当です。なんかこう、ゾンビとかを召還して戦いそうですし。エロッちい恰好をしている癖に貞操観念は人一倍強い、みたいな?ハイレグアーマーのお色気女将軍ウフフ系女の子ですね」

「まあ、女子高生はエロッちい恰好をしたがるけど。露出の多い人ほどエロい経験が無いし、身持ちが硬いって言うのはよくある話だからね。コッペや忠宗に続いて敵役かあ」

 そう言って、また煎餅をボリボリと齧るお姉さん。どうしたって同い年に見えない。

 どう見てもオッサンだろ、キヨミンについて僕はそう思うのだった。

「私…は?」

「カズちゃんは無口っ子ですからねえ。無表情な無口っ子は魔法使いって相場が決まってるんです。スベスベの餅肌ですし、小っちゃくって可愛いですから」

「幼児体型…。気にしてるのに…」

 山内和穂はキヨミンと同じく旧市街出身で貴族街に通学する幼馴染。

 山内鮮魚店の娘さんであり、生徒会議長。

 吹奏楽部のエースであり、世界最年少でのコンサートマスター。この子も演奏会に引っ張りダコの人気者だ。

「なら、平坂、オメエはよ?」

 僕は恐らく一番の人気者であろう彼女に言う。

「私はあれですよ。清楚で慎ましいペガサスナイト系美少女ですからね。帝国の襲撃から救った共和国から傭兵集団に加わるペガサスナイトです。空を飛ぶって解ってるのにミニスカートな、計算された色気を持つ清楚系です。最初は荒々しくて無愛想な新人傭兵と衝突するんですけど、終盤に彼との子を身籠って産気づいて出産です。ストーリーの裏の基軸として、新人傭兵とのロマンスがありますね。エッヘッヘ。ウエッヘッヘッヘ。出産するとき、彼はずっと手を握っててくれるんですぅ。ウエッヘッヘ。グヘヘヘヘヘヘヘ。グフヒヒヒヒヒヒヒ」

 ペガサスナイト系の清楚な美人は、あんな悪魔のような笑い方はしないだろう。

 時たま、悪魔化する我等がお姫様。

 見た目は確かに完璧にペガサスナイト系美少女ではあるのだけど。

 中身が、腐っている。

 もう、腐乱しきってチロッと溶けだしていた。

「ヒーラー。涎と鼻水拭きなって。アンタ、一応、癒しの姫君なんて呼ばれてるアイドルなんだからさ。アタシ等の前だったら悪魔化しても良いけど、気をつけな?」

「おっと、いけねえいけねえ。会長さん、ティッシュ下さいな?」

「鼻水ぶら下げたままコッチ見んな」

「…最近、こういう女の子見なくなった…」

 頭の中は三歳児のまま、成長が止まってしまったのだろうか?

 それでも、平坂は全教科オール5の判定を連続してキープしている天才少女。

 天才は何処か壊れているっていう生きた実例なのだろう。僕がティッシュの箱を渡すと臓器が鼻から飛び出すんじゃないかっていうほど、チーンって鼻をかみだしたお姫様。

 いつでも全力少女、ヒーラーさん。

 どこでも全力少女。ヒーラーさん。

「んじゃ。アタシは大奥に戻るからさ。コッペ、ヒーラーを宜しくね?もしもヒーラーになんかあったら、ぶっ殺すから」

「新体操・期待の星であるキヨミン姐さんは、何かにつけて僕を殺そうとするよね…。僕はキヨミンの親の仇か、なんかなんでしょーか?」

「アタシの両親から毎日のように売れ残りの牛肉コロッケ貰ってるでしょーが。お隣さんのアンタがしっかりしないと姉貴分のアタシまで変な目で見られんのよ。じゃあ、ヒーラーの事、頼んだからね」

 なんてバイオレンスな姉ちゃんだ。キヨミンが忠宗と付き合って大分経つけど、全然落ち着きを持つ様子がない。寧ろ、ワガママ度合いは増しているような気がする。

 そして女性で身長百七十二って、果たしてどうなのだろうか?

 男性と女性の理想的な身長差は十五㎝だと言われるが。

「私は一六七ですよ?」

「勝手に人の心を読むな」

「しっかし、暇ですねえ」

「明日はお前が相談窓口の日だし、忙しくなるよ」

 誰が相談担当なのかで忙しさは変化する。

 僕のような平凡で無愛想な男が相談担当の日は人っ子一人生徒会室がある特別棟にいなくなるけれど、平坂が相談担当の時は特別棟から人が溢れて人がゴミのように窓から飛び出す。

 変に可愛くて目立ってしまう女子生徒と言うのは、ある種の特別枠に入れられて寵愛か迫害かのどちらかを受けるのが学校と言う閉鎖された空間でのお約束なのだろうけれど。このお姫様に至ってはそうならなかった。むしろ自分より目立つ人間を許さないというような性根が歪んで腐ったタイプの人間は謎の失踪を繰り返すのが平坂信条館。正義は社会システムに組み込んでこそ初めて効力を発揮するとはいうけれど、ここでは悪意をさらけ出した瞬間に神隠し。僕はそうした性悪な女の子こそ人間らしさの塊だと思う。

 この学校の場合、大切なのは理事長の娘であり癒しの姫君という偶像である平坂陽愛の機嫌を損なわないという事なので、人間らしさの塊であろうがなんだろうが悪意は淘汰されてしまう。

「どうしたんです?人の顔、マジマジ見て。そんなに見つめられたら穴が開きますよ?」

「平坂理事長の娘さんって事を差し引いても、世界的な大女優が母ちゃんなんだもんなあ」

 見惚れてたなんて言えない。本当に容姿端麗なんだ。中身は腐ってるけど。

 腐りきって、もう溶けてるけど。

「お母さんとお父さん、離婚しては結婚をするを繰り返してますけどね。娘からしたら『もうええ加減にせえよ』って感じです。弟なんてそれが嫌で政府直轄の訓練機関に行っちゃいましたし。まあ悪いのは浮気性で快楽主義なお母さんが悪いんですけどね」

 世界的な大女優は確かにゴシップを賑わせている事が多い。

 最初の旦那さんが平坂の親父さん、つまり理事長になる。

 子供は理事長の間にしかいないらしいが。

「でも私は親の事で悩みはしませんでしたね。ほら、心の傷が『神降ろし』には必要ですけど、両親の特殊性と言うのは私にとって当たり前の事でしたから。生きていれば何かを抱えますからね。誰にでも言いたくない心の傷はあって然るべきです。だからこそ我々生徒会。通称・幕府がお悩み相談を始めたんじゃないですか。思春期の多感な時期しか『神降ろし』は出来ませんし。ヤオロズネットも最近、不安定になって来てます。頑張りませんとね!」

 インターネットについて僕が詳しいかと尋ねられたら答えはNOだ。僕がインターネットを利用するときはゲームをするとき程度で、その構造については何も知らない。ただ、自己演算・自己判断・自己増殖を繰り返す『見えない脳味噌』のような存在であると聞かされた覚えがある。人の信仰心に目をつけ、信仰心厚い土地でのみ発生したインターネットの変異体。それが『ヤオロズネット』と呼ばれるローカルネットだ。人の心に作用するとか、ヤオロズネットが神様そのものであるとか。件のヤオロズネットについては。僕にとって、至極どうでもいい講義を延々と聞かされたぐらいの知識しかない。そして平坂はヤオロズネットの生体サーバー。ここ、新遠野市のヤオロズネットの管理者だ。この娘が何故、こうも大切にされているかは此処に秘密があった。

 シャーマニズム。新遠野市の卑弥呼といってもいい。

 僕を始めとした多くの学生は平坂が行う『神降ろし』のカスタマイズを必要としている。ヤオロズネットに負の感情が溜まった時に発生する『祟り』との戦闘の際に、どうしてもこの女の子の力が必要になるのだ。

 僕としては、こういう元気の押し売りをするような女の子は苦手なんだけど。

 僕は静かに、素朴に暮らしたいだけなのに。

 愛犬の茶太郎のお腹をモフモフしてたいのに。

「会長さんのご両親はすでに他界されてるってお話ですけど。どんなご両親だったんです?」

 正直、思い出したくもない。

 特に、母親は記憶の奥底に氷漬けにして封印したいぐらいだった。

「厳しい人だったな。実家の道場で僕は月一回ペースで骨折してた。母親の気性は常に沸点を迎えているような激しい人でね。竹刀を持たされた四歳から剣道を理解し始める十三歳ぐらいまで、毎月骨折してた。児童虐待ではないのかって僕を診断した医者が派遣した調査員さえ。逆切れして追い返すような人で、僕は死と隣り合わせな日常を送ってたなあ…」

「うん…。康平君は、ちょっとシャレになって無い…」

「とてつもないですね。正直、涙が止まりません…」

「父親と兄貴は趣味人でね。僕が絶叫して助けを求めても、二人してバイクでどっか行っちゃうんだよ。僕の右手の粉砕骨折と左大腿部の複雑骨折の時なんて、助けてくれたの、たまたま任務から帰還してた忠宗の親父だったし。今思えば、地域の人も常にヒステリーを起こしているような母親と関わりたくなかったんだろうな。僕の母ちゃん、色々と有名だったし」

「うん…。そう、だね…」

「会長さんも苦労されたんですねえ。その優し過ぎる優しさの根源を知ったような気がします」

 そう言って号泣し始めたお姫様。

 これはいかん、お姫様を泣かせちゃった。

 泣いてる美少女ってのは、男子を無力化させる。最強の兵器だろう。

 相談には誰も来ない。平坂が担当の日は決まって人がごった返すのだが、考えてみれば時間は既に下校時間を大きく過ぎていた。

「ううー。会長さんの『神降ろし』はそんな苦労をルーツにしていたんですねえ…」

「それは違う」

 僕は、自分で驚いた。こんなにもハッキリ否定できたから。

 なるほど、まだ僕は消し炭になっていないらしい。

「…ふえ?」

「ま、僕の起源なんてどうでも良いんだ。そろそろ帰ろう、さ、生徒会室閉めるぞ?」

「今日もまた雑談で終わりましたねえ…」

「…帰ろう、ヒーラー」

 僕は生徒会室を施錠し、昇降口から家路につく皆に手を振った。

 誰も振り向きはしなかったが。

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