第4話 さ、開幕だ

 暦の上では夏が立つと言われる皐月の始まりの日の事。僕、徳川康平は代々続く警察官一家の末弟であるのに警察官になれない人間である我が家系の汚点である事を痛感する事となった。警官の子は警官を目指す事が多いと言われる例に漏れず僕が警察官を目指していたのは生家が剣術道場を営んでいたからでもあり、六歳まで元婦人警官である母親に訓練と称して虐待を受けて育った反発としてでもあった。その母は首を吊った僕を見て発狂し、鮟鱇のように吊られてままの僕をナマス切りにしているところを親友の本多忠宗によって殺された。首を括った縄も切られ、死のうとした僕は死ぬ事も出来ず殺そうとした母が死んだ。別にそれについては何の感情も湧かず、「ああ母ちゃんやっと死んだんだな」ぐらいの感想しか持たなかった。実家のお隣の寺生まれである忠宗は人を殺めた事を深く後悔し、以後の人生を僕の為に使うとまで言い切った。僕が生徒会長に推薦された五秒後に自分が副会長になると立候補したぐらいだ。

 さて汚点としての自分を痛感する事となった話である。

 高校二年生の五月。

 僕は担任の北条雅美先生に職員室に呼び出され進路希望調査を受けていたのだ。

「さて康平。オメエの進路だが。残念な事に自殺歴が災いしてオメエに来てた推薦の全部が取り下げになった。警察から自衛隊、一般行政職に大学まで全部だ。アタシの実家の近所って事もあるから一応一般入試での採用試験を願うと言う旨の文書も出したんだが全部断られた。オメエが自殺したのは誰が悪いってオメエを自殺させた奴等が悪いんだが、生徒会長がこれじゃ示しがつかねえ。皮肉な事にオメエの自殺はあまりに有名になり過ぎてる。そしてオメエの自殺がキッカケでデッケエ事件も起きてる。官民共に爆弾は抱えたくねえってよ?」

 僕が小学一年生の時の六年生である雅美ちゃんはヤンキーがそのまま大人になったような英語教諭でありクラスメイト全員が近所の幼馴染のみで構成されているという奇跡のような、それか悪夢のような伝統工芸科の担任でもある。新遠野市旧市街・南部小学校がそのまま高校になったようなクラスなので勝手知ったる我が家のような学び舎なのだ。そして僕が通う私立平坂信条館高等学校旧校舎、通称『本丸』は木造二階建ての廃屋の様なボロい校舎が自慢の高校である。廊下の板張りは当たり前のように波打ち、窓ガラスはガムテープで修繕されていない所が無い。

「雅美ちゃん、前にも話した通り僕はこの国じゃ進学や就職はおろか生活の保障さえ無い。ヤオロズネットにアクセス権を持たないって時点でそれは解ってた。だから海外に行くしかないんだってのは理事長からも話があったと思うんだけど…?」

 十字教での価値観になるが自殺は神の寵愛を裏切る行為でありこの国は多神教である。ゆえにヤオロズネットにも十字教の影響が入り自殺未遂者である僕はヤオロズネットへのアクセス権を剥奪されてしまった。生活に必要な物資を購入する際にもネットマネーが必要なこの町でその事は本気で死活問題。何故僕がこうして生きて来られたのかは言うまでも無く不法と不正を駆使し入手した違法IDでアクセスを行っているからである。この町のヤオロズネットの管理者がもう一人の副会長であったことが幸いした。

「運動神経も反射神経もずば抜けて良く、身体も頭も切れるオメエがだ。期待されつつ期待裏切る形で海外に行くってか?」

「だって僕、IDねえし。この町でIDねえって戸籍無いのと同じだよ?平坂が作ってくれた偽物のIDナンバーだって『I want only 777』」なんていうふざけた番号だったし。いつヤオロズネット側に感知されて何も出来なくなるか解らないって、そんな街に残る方が自殺行為だと僕は思うんだけど?」

 よくそんな頭の悪い高校生が使うメールアドレスのようなIDナンバーでバレないと思うが。

 一年以上はこれでやって来ているのだ。バレたらバレた時にまた別の違法IDを作って貰うしかあるまい。警察官一家の末弟が違法行為で生き延びている事自体が既に古くから剣術道場を営む徳川さん家の名を地に落としているのだが。

「康平、英語は出来るしなあ。まあ、海外でやって行けるとも思うんだけどよ?オメエ、あれだぞ?海外じゃ新遠野市みてえに刀差して街歩けねえぞ?」

それは海外じゃなくとも新遠野市のようなモデル都市以外じゃ当たり前の話だ。そして僕は刀を差して歩きたくて歩いているのではない。『幕府』の務めとして必要だからである。

「村正バアちゃんが言うには海外でも日本刀であれば持ち運べるらしいんだよ。武器じゃなくて芸術品として。だったら何とかなるんじゃねえ?」

「ナノマシンが動いていりゃあ、オメエだったら何とかなるかもだけどよ…」

 ヤオロズネットに反応する麹菌を発見したのが本校の理事長であり、理事長が作り出したヤオロズネットから心の傷に反応した神を宿す新技術がこの町をバブル経済にしている理由だ。

 『神降ろし』というそれは人間の命を式でヤオロズネットに固定し肉体をそれこそ神憑りに強化する。僕はまだ神降ろしが実験段階だった時に警察に使われていた第一世代のナノマシンを遺伝と言う形で受け継いでいるので現行型のナノマシンや現在のヤオロズネットに適合できない事もあるのだが、まずアクセス権の無い僕が適合もクソも無い。

「それとオメエ、高校生の身分で実家に独り暮らしだろ。それも進路に大きく関わっていてだな?そりゃ兄貴である紀康さんが保護者になってはいるが、紀康兄は警察寮に奥さんと住んでる。今んとこ、德川さん家の家長はお前になってんだろ?」

「次男坊だけど、家を継ぐのは僕でしょ。兄貴は転勤族だし」

 兄貴は例に漏れずキチンと警察官になった。それも地方公務員ではなく国家公務員として。

 しかし身内に自殺歴のある者がいると言う理由でノンキャリアに落とされてしまってからというもの、僕が一方的に兄貴に苦手意識というか罪の意識を持っているので顔を合わせる機会はメッキリと減ってしまった。僕が悪いのかどうかはさておき、自殺は遺された者に多大な影響を与えるのだ。死ねなかったのならばその影響は当人に一番重く圧し掛かる。

「まあ、オメエの自殺がキッカケで学校って組織には必ず第三者委員会を設ける事を義務付けしたわけだから悪い事ばかりではねえんだが。けどオメエの自殺歴は消えねえ。そしてオメエを殺した連中の犯罪歴も消えねえ。犯罪歴の方はオメエがギリギリで隠してるみてえだが」

「僕には人様の人生を狂わせるほどの勇気は無えもん」

 そして自殺に追い込まれた僕は自殺に追い込んだ連中の人生を保護していた。これもバカみたいな話ではある。しかし現実問題としてイジメによる自殺が殺人であると法律家の偉い人が決めてしまったので僕が被害届を出した瞬間彼等は少年院行きが決まる。これはもしもの話だが僕を自殺させた連中の中に成人がいたとすれば普通に刑務所行きだ。自殺教唆・自殺幇助は殺人と同等の重い罪である。背負いたくないモノばかりを勝手に背負わせて、本当になんなんだよとも思うが。背負ってしまった物は仕方ない。背負うと言うよりも僕の場合は隠しているので内ポケットに入れたままと言う表現がしっくり来るのだが。

「神降ろしを犯罪に使う人間の取り締まりってのにだって限界はあるぞ?幕府はオメエだけじゃねえとはいえ、戦闘に向かない和穂や陽愛はどうするんだ?そりゃ清美は虎殺しだからなんの心配ねえけどよ?」

「一応、幕府メンバーは全員が平均以上の神降ろしの出力を持ってっからね。神人の取締りよりも祟りの発生を懸念してはいるんだけど、ヤオロズネット最近は安定してっしなあ」

 負の感情の凝り固まった存在を産みだしてしまうのがヤオロズネットの最大の難点であった。人の願いを叶える願望器であるヤオロズネットは良くない望みまで律儀に叶えてしまう。

 例えば僕が目の前の北条雅美先生を殺したいと毎日それこそ丑の刻参りでもやって呪えば本当に北条雅美を殺す何かが具現化する。それが『祟り』と呼ばれる存在だ。そして祟りとぶつかり合えるのは神降ろしで肉体を強化し命を式で固定した神人だけである。

 職員室に入って来た若い男性教諭が僕に向かって紙パックのジュースを放り投げて来た。どうやら毎月毎月お疲れさんという労いの意味らしく、僕は有難くそれを受け取り飲み干す。生徒会長という役職はこういう時に便利だ。生徒と職員との繋ぎ役である為に職員の方とのコミュレベルが上がり易い。でも投げ渡されたジュースは僕の嫌いなトマトジュースだった。僕はあの若い男性教諭に嫌われているのかも知れない。

「アタシ、職員会議でオメエの進路発表しなきゃなんねえんだよ。どうすんだ?海外に渡航で良いのか?それとも思い切って宇宙にでも行くか?ニュータイプなれっかもしんねえぞ?」

「まず人間社会とヤオロズネットに適合出来ない僕が宇宙に適合するとは思えん」

 テレパスは神人同士なら可能だしスキャニングモードに切り替えれば周囲の様子を拡張現実として視覚化出来る。神人はそんなサイボーグ気分を味わえるのでまだ僕はニュータイプにならなくて良い。犯罪を取り締まるという点ではロボコップに近いか。それとも肉体を強化されているという点ではバットマンか。

 アメコミ的なハメ込みである。

「何処行くつもりだ?アタシ英語勉強する為に世界回ったけど、地球は思ったより広いんだぞ?」

「それも理事長から言われた。行き場を無くして自殺したんだから行き場の無い人の為に働きなさいって。だから難民の多い地域に行こうかって思ってる」

「紛争にでも介入するつもりか?神人は原則として国内のみで力を使えるんだぜ?」

「別に戦わなくても難民支援は出来るだろ。刀を差した支援要員だってそりゃいるさ」

 言い換えれば。

 この国に居場所が無いのだ、僕は。

 僕はどう頑張っても自殺歴がある以上は警察官にはなれない。

 そして虐待を生き残り犯罪を取り締まっているのに警察官になれない僕を世間は許さない。

 自殺して迷惑をかけたくせにと後ろ指を指されるのは想像に難くない。

 皐月の初めの日。

 こうして僕は僕の行く末の無さに絶望する。

 生きる為に国を出るしかない未来は。

 いずれ国を棄てるしかない未来だと。

 そう、神様が言っているような気がした。

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