第3話 一緒に死なない?

「なんて言うか、どんなに楽しくてもどんなに騒いでいても自分の事を俯瞰で見てる自分が居るって言うか。背中越しに自分と周りを見てて、『ああ楽しそうだな。でもこんな事しててもなんにもならないのにな』って冷めた感じの自分って言うか本体って言うかさ。それがいつも私と他人との距離を測ってるって言うか。この人は何処までが他人で傷つかなくて済む距離なんだろうって、いつもそうしてるって言うか、ね」

 そうか。

 その傷を抱えるから、僕と話がしたいと思ったのか。

 僕と同じ傷を抱えるから、僕に接触して来たのか。

 その目的が傷の舐め合いじゃない事は、考えるまでも無いだろう。

 彼女は俯いたまま、寂しげに自虐的な笑みを浮かべたまま話す。

 それは懺悔のようであったが。

 僕が教養と信仰心に厚い神父じゃなく同じ傷を抱えてるだけの人間なのが皮肉めいていた。

「なんにも出来なくなったって言うのかな?ほら、心に病を負うと今まで楽しかった事が楽しめなくなるって言うじゃない?それとは全然違うんだけど、全然違わないのかな?依然楽しかった事だけじゃなくてさ、こう、何かやろうとしないって言うかさ。私が感じてる時間が遅いって言うか、周りが物凄い速度で動いてるみたいな、でも置いて行かれる事に焦ってもいなくて、置いて行かれて当たり前だよねって自分で自分を諦めちゃってるって言うか。凄い痛いのに痛くて仕方ない筈なのに、傷口から流れる血液を見て『あー私って死ぬんだなー』って他人事みたいに思ってるって言うかね。その『私』さえ自分じゃない誰かなんだけど」

「死にたいのに死のうともしない。死ねないけど生きる気も無い。人生を垂れ流すって感覚に近いんですかね?僕は御存じのとおり自殺をしているんですけど、自殺をした辺りの方がエネルギーに満ち溢れていたような気がします。胸を内側から筋肉と皮膚を突き破って肋骨が出るみたいな痛いモヤモヤがあった時の方が怒りとか憎しみとかのマイナスではありましたけどエネルギーがあったと思うんです。きっと燃えたんでしょうね。燃えて、灰になったから。今の僕等のような単に終わりを待つだけの精神姿勢が出来上がった」

「徳川君は自殺をしたんじゃなくて自殺に追い込まれたんだっけ?それってもう殺人だと思うけど。不思議だよね?こうして徳川君は生きているのに生きていないような心になったんだから。だから自殺に追い込んだ人達の目論みは成功したって言えると思うけど、私は肉体を滅ぼす殺人より魂を殺す殺人の方が残酷だって思うかな?」

「それは、何故ですか?」

「家族も友達もさ?死んだら皆が悲しむ姿を見なくて良い訳じゃない。でも身体が生きてるから見たくないような光景も見なくちゃならなくってさ?それって自分がこんな風に壊れたから周りも一緒に壊れて行ったって思うし。私は自殺で壊れたんじゃないけど、自殺する程に何もかもが嫌になった事も無いんだけど。でも自分が壊れてから御飯もあまり食べないし寝る事もあまり必要じゃなくなったから緩やかな自殺をしてるんだなって、そんな風に考えて一日が終わるだって言うかね。私、家庭環境がちょっと特殊でさ?まあ言っちゃえば血の繋がらない父が居るんだけど。両親の離婚ってさ?子供が終わるには充分なんだよね」

「終わる…」

 死ぬでもなく、終わる。

 確かにその状態が一番適切だ。

 僕も死ななかったけど終わった。

 終って、続いたから。

 今、こうして彼女と会話をする事が出来たわけだが。

「私、大きなケヤキになりたいな。ケヤキなら自分がゆっくり時間を過ごすしか無くても許されるじゃない?身体が動かなくて心が前を向けなくてどうしようもない時でも、それを戒める人が居ないでしょ?部屋のドアに食器を投げつけられたりしてさ?家族から此処から出て行けアピールをされながら生きる必要とか無いでしょ?」

「僕も、ありましたね。母親からは『心療内科に行くなんてみっともない』って理由だけで、カウンセリングを勝手に打ち切られましたし。周囲から腫れ物に触る様にされるのは慣れてますけど。腫れ物じゃなくて邪魔者なんだと自分が自分を諦めた瞬間、やっぱり終わりなんですかね。僕が自殺したのはそういう理由も確かにありましたし。ケヤキになりたいって気持ちは痛い程に理解出来ます」

 痛い程に理解出来る。

 死ぬ程、痛い程に。

「ヒーラー見てると羨ましいって思う。あの元気いっぱいに走り回る姿に、一体どれだけの私達のような人間が救われて来たんだろうって。終わった人間でも、あんな風になりたいって感じる事が出来るんだって。癒しの姫君に嫉妬するとかじゃなくて、癒しの姫君みたいにもしかしたら私もなれたのかなって」

「そうですね。僕もアイツには、いつも救われてます」

「健康な人間は病める人間さえも健康にするよね」

「そうですね。願わくば、アイツには健やかなままで居て欲しいと思います」

「徳川君は、今も死にたいって思ってる?」

「いいえ。死にたいとは思わなくなりました」

「でも消えたいって思ってる?」

「そうですね」

「じゃ、私と一緒だ」

 そう言って、ようやく自虐でない微笑みを僕に向けて来た。

 年相応な、健康な女子高生に見えるぐらいの。

「私が終わったのは家庭環境って自分じゃどうしようもない事だしね。でも徳川君の場合は違うでしょ?終わらせられてるんだから取り戻す方法はあるって思うんだ。だからそういう意味でも徳川君の事も羨ましいって思うかな」

「力づくで取り戻すと多くの人間が終わりますからね。返して貰うにも方法を選ばなきゃならないのが難しいところです。下ろす事の出来ない貯金みたいなものですかね」

「飛べなくなった鳥は喰われるしかないよね…」

「喰う為に撃ち落とされたのであればまだ救いもありました。飛ぶのが五月蠅いってだけで撃たれた鳥程に救いの無い話は無いと思います、本当に」

 生きる為以外の殺しは殺人であるとは誰の言葉だったか。彼等、加害者は殺しの為の殺しをした。それはもう如何なる文言を用いた所で正当化は不可能である。自己正当化とは自分を守る為に牽強付会を貫く行為ではない。そして正当化したところで死んだ僕は生き返らない。覆水盆に返らずの言葉の通り、失った物は自分の元へ帰って来ない。

 我ながら本当に難しい課題だと思う。

 自分を殺した人間達を殺さずに奪われた物だけを返して貰う。

 そんな事は不可能だと、誰もが言った。

 僕も不可能だと思う。

 僕の中に在る黒い憎しみを晴らすには彼等を全員一族郎党皆殺しのつもりで斬れば良いだけだが、斬ったら返して貰えなくなるのも現実。

 僕の戦いは僕の自殺と向き合う事。

 自分で自分を殺した行為と向き合う事。

「いつまで、このままなんだと思う?」

 そう彼女は呟いた。それは大気をほんの少しだけ濡らすだけの物でしかなく、その言葉は僕に向けて放たれたと言うよりも、この世界に向けて射られた言葉の様に感じた。

「知ってる?〈神人〉って死ねないんだよ?死なない身体、不死って誰もが願う事だけど。死ねないって、これ以上ない程の最悪な呪いだと思わない?」

 彼女は僕を見る事無く、どころか何処にも焦点の合わないようなボンヤリとした眼差しで言う。

 川辺に座る僕等を夕陽は暖かく包んでくれるけど、オレンジ色に染められる僕はどうしようもない程の底冷えを感じていた。

 死にたいのに、死ねない。

 その辛さを誰よりも理解しているのは間違いなく僕だ。

 だからこそ彼女は僕にそんな事を話して来たのだろう。

「思春期が終われば、〈神人〉でもなくなります」

「ううん。その思春期こそが死にたくなる原因なんだから、原因に包まれている内に死ななくちゃならないと思うの。もしも生き延びたりしたら、私、それこそ生ける屍みたいになっちゃう。人間ってね?死ぬべき時こそが死期なんだよ、きっと。変に生き延びたりなんかしたら私の大切な人達に迷惑をかけちゃうのは分かってるし」

 その言葉は今の僕の心を寸刻みにするかの如く斬れていた。

 現在進行形で、僕は僕の大切な人達に迷惑をかけている。

 そして、死んで詫びようにも死んで終わらせようにも。

 〈神人〉は、死なない。

「やっぱり無気力って言うのかな?美味しいと思ってた御飯も美味しくないし、楽しかった映画を見ても全然感動しないって言うか。何をするにも億劫で、何をするのも嫌で。夜に眠るのも嫌になってさ?どうせ何も出来なくなるなら、呼吸も出来なくなれば良いのに…」

「呼吸を止めても〈神人〉は死にませんからね…」

「ねえ?徳川君は私を殺してくれる?この身体が復元出来ないぐらいに粉微塵に破壊されたら、死ねるんでしょ?」

 終れるんでしょ?

 と、彼女は流れる川を見つめて言う。

 僕に三途の川の渡し人をやれとの事らしい。

「電源を落とせば終れると思ったのに。OSを破壊すれば終れると思ったのに…」

「そうですね。僕も終われるかと思ってました」

「いつまで私達はこうして前に進まず後ろにも引けずに生きなくちゃならないんだろうね?」

「この状態を生きているとは僕には到底思えませんけどね」

 彼女との会話は時間を忘れる類のものだった。

 もっとこうして話していたいと言う欲求が産まれる類の、何の生産性も無い筈なのに前に進んでいるかのような錯覚を覚える類の。そんな不毛でない不毛な会話だった。

 彼女の表情は自虐的な笑みに戻っている。

 そう悲しく微笑んで。


「ねえ、私の事、殺してくれない?」


 と、彼女。

 細川ジュリは僕に言った。

「殺して欲しい、ですか?」

 細川ジュリは諦めたような、それでいて縋る様な眼差しを隣に座る僕に向けた。

 太陽の光が赤く乱反射する川面は綺麗だと感じたがそれ以上に僕に対して警告をしているようにも思えた。その女に入れ込み過ぎるなと、お日様が言っているように。

「だって死ぬ日時が予め決まっていたら自分らしく生きれるって思わない?いつ死ぬか判らないから人は誰かの視線に脅えて誰かの生き方に合わせて器に合わせて水が形を変えるように自分を変えなくちゃならないんでしょ?この日のこの時間に死ぬって決まっていれば誰かに合わせる必要が無いじゃない?散る瞬間こそ花も花らしく、人も人らしく在れるんだよ、きっと。生きる事に疲れた訳じゃないんだけどさ。誰かに合わせて自分を偽りながら生きる事が嫌になっちゃったんだとも思う。その結果が、自分の中にいるもう一人の私なのかなって。人は人なれ、花は花なれ、それって死ぬ時が解ってるからこそだよ」

 何をしていても、何処かで諦めを含んでいる自分がいると彼女は話した。それが他人に合わせる事を拒む自分の本質だと言いたいのか。それでは僕の致命傷とは似ていてもまるで違う。

 彼女は他者に合わせる事に疲れ、僕は他者に奪われ壊されたのだから。

「自分の本質のままで生きてる人間なんかいないですよ。嫌いなタイプに尻尾を振り、やりたくもない事をやらなきゃいけない。宿題も人付き合いも」

「徳川君、私が言ってる事はそう言う事じゃないよ?解ってるでしょ?」

 そう、細川ジュリは笑うのだ。力無く、だけどハッキリと否定の意思を僕に伝えて。

「終わりたい願望がある貴方なら私の気持ちを理解出来る筈なんだよ。理解と言うか、もうこれは共有してるって言えると思うんだけど。死にたくて仕方が無かった人間が生き残るとさ?死ぬべき時に死ねなかった人間はさ?魂が抜けてしまうんだよね。抜け殻のまま、以前出来てた事が出来なくなったり以前楽しかった事が全然楽しくなかったり、自分なのに自分じゃない、そんな感覚で生きるのはもう嫌なの。徳川君の自殺は確かに物凄い辛い経験だったと思う。悪意とか敵意とか、明確に殺意までは届かないけど人を死なせるには充分な攻撃っていうのかな。イジメによる自殺は確かに康平君を変えてしまったんだと思うよ?でもね?男の子より女の子の方が壊れるような事が起きる可能性は高いんだ。私は運が悪かったのか、その壊れる可能性を引き当てちゃったんだよね」

 女の子の方が男の子よりも壊れやすい。

 それは男女の人間強度の問題じゃなく、男女の人間関係の話だと僕は理解した。

「一つや二つの不運で人は壊れないよ?これを徳川君に言うのは釈迦に説法になっちゃうけど。でも五つぐらい不幸が重なるともう人間は罅が入ると思うんだ。徳川君がそうだったよね?君は誰もかもを助けようとして誰も助ける事が出来なくて、それで壊されちゃったんだから」

「まあ、僕の自殺は有名ですからね…」

 僕の不幸に他人を巻き込むなと。

 当時、忠宗に怒られた。

 誰も助ける事が出来なかったのは誰を助けるかを選ばなかったお主のミスじゃ、と。

 本当にそうだと思った。

 今なら、本当にそうだと思う。

「一度抜け殻になっちゃうと、魂って戻って来ないんだよ。神降ろしは心の傷に反応するって言うけどさ?心の傷が複数ある場合は如何なんだろうね?複数種を宿す神人も世の中には居るけど、私が宿したのは一つだけだった。さっきも話したけど、血の繋がらない家族が居てね?それに応じた神様は確かに私を助けてくれたよ?でも、その他の心の傷は如何すればいいんだろうね?それ以外の傷は、抱えるしかないのかな?」

 複数神降ろしをする人間。それは僕の自殺に巻き込まれた人間だろう。

 妖怪モードと通常モードの二つを持つ僕等は例外扱いが当たり前だ。

 そして僕の自殺に巻き込まれなかった人間は妖怪モードを持たない。

「僕の神降ろしは〈クロウ〉と言います。宿した理由は幼少期の母親からの虐待でした。しかし自殺を理由にもう一つ神降ろしをしているのも事実です。そっちの方は使いこなせませんから余程の事が無い限りはオフにしてますが」

「そうなんだよね。自殺は自殺でも、徳川君ぐらい激しい感情を持つ自殺じゃないと二つ目の神降ろしは出来ないんだよ。思春期にだけ神降ろしが出来るっていうのも感情の起伏が大きいからでしょ?ならさ?感情が起伏しなくなった私はどうしたら良いのかな?」

 彼女は体育座りをしながら道端に落ちていた石を川に向かって投げた。水面の太陽は小さな異物によって溶けた卵の黄身のように崩れて行く。

 感情が起伏しなくなった。それは単に大人になったという話ではあるまい。

 そんな一般論が通用するような悩みであれば神人なんかにならない。

 神人である以上、例外なく何かが原因で本来あるべき人生が狂ったのだ。

「私、大人しいでしょ?でもね?子供の頃はヒーラーみたいに活発だったんだ。活発じゃなくなったのは私の家庭の事情がバレた時からかな。こう、『ああ、この子は可哀想なんだ』って色眼鏡で視られるようになっちゃって。それからはあまり元気になる事も無くなって。徳川君は、自分のお母さんが自分に虐待をしているって友達にバレたとき如何だった?」

「どうもこうも。露見したのは五歳の時ですけど、五歳の時には既に母親を殺せるぐらいには剣の腕を磨いてましたからね。なんで康平君はお母さんを殺さないの?とは言われた事が在りますけど…」

 僕が〈クロウ〉を発現し、忠宗が〈ベンケイ〉を。そしてキヨミンが〈シズカ〉を発現したのも五歳の時だ。神降ろしを使えるようになって、母親からの虐待はそれこそ遠慮が無くなったけど、自分より弱い人間に虐待されてやる義理も無いと子供ながらに気付いたのだったか。母親は僕に負けたら負けたで自分の事を棚に上げて「親に手を出すのか」と泣いていたが。

「ねえ?徳川君は好きな女の子っている?」

「僕の自殺は知っての通り女子特有の集団で個人を追い詰める悪性によるものですからね。好きな女の子はいません。殺したい女の子は佃煮にするほど居ますが」

 僕の自殺は女の腐ったような感情による物だから。

「それで良いんだよ。女子なんて殺したいって思ってて丁度良い生き物なのかもしれない。いつ殺されても不思議じゃない理由を持つ子ばかりだもん。気に入らないってだけでその子の家庭を崩壊させたり、そんなのばっかりだもん」

「まあ、僕の姉代わりが昔そうでしたね。なまじ美人で日本人離れしてスタイルも良いから、男子を手駒のように扱って自分に都合の良い世界を作ろうとしていました。今はケツをボリボリと掻きながらグーグーと寝る親父みたいになってますけど」

「加藤清美さん、だよね?大奥のモリガンなんて呼ばれてる」

「ご存知でしたか。まあ、最近は大奥のリリスの方とばかりつるんでますけど」

 驚くなかれ。

 キヨミンと平坂のスリーサイズは胸以外全く同じ。

 キヨミンが上から91・58・88のFカップ

 平坂が上から78・58・88である。

 何で僕が知ってるのか?

 それは企業秘密だ。

「それは、清美さんが徳川君を自殺させた主犯格の一人だからなの?」

「いえ。姉代わりは兄代わりの親友と交際を始めまして。家も三軒並んで僕の家が間に挟まれる形ですから気まずくてですね。それに親友は既に加藤精肉店でバイトを始めていますから、あのまま結婚もするでしょうし。まあ、まるで捕虜のように働かされてますけど」

「旧市街北区、大福寺の、忠宗君だよね?」

「ええ。何と言うか、昔から苛められ続けて来た清美が僕から離れるのは正直言ってホッとするんですけど。昔から何をするにも一緒だった忠宗が僕から離れるのは正直言って寂しいです」

 僕も細川さんがしたように小石を川に投げ入れた。しかし崩れた太陽はすぐさま形を取り戻し、まるで僕が太陽に嫌われているような印象を受けた。

「徳川君には、ヒーラーがいるじゃない」

「アイツは。そうですね、兄妹のように過ごして来た幕府のメンツの中でも特殊ですから」

「徳川君の言う、個人を集団で追い詰めるって女子特有の悪性を持たない子だよ?良い子だよ、ヒーラーは。ちょっとオッパイが可哀想なぐらい無いけど…」

「ええ。ですから困るんです」

 アイツが現れなければ。僕は女子と言う生き物をただ嫌悪していれば良かったから。

 幾ら水面に石を投げても太陽は僕を嫌ってくれないのだ。

「羨ましいな。私には救ってくれる王子様も攫ってくれる怪盗も現れなかったなあ…」

「殺してくれって言う割には随分と乙女チックな事を言いますね…」

「だって私も乙女だよ?白馬の王子様にも覆面の怪盗にも憧れる気持ちはあるよ。今はどちらかと言えば覆面の怪盗に憧れてるけどね」

「パートとはいえ、泥棒を捕まえる立場に籍を置く僕の前ではあんまそういう事は…」

「貴方みたいな優しくて真っ直ぐな人が警察官になれないっておかしいよね」

「自殺歴がありますし、仕方ありません」

「だからそれがおかしいんだよ。自殺したんじゃなくて、させられたんでしょ?」

 僕は答えず、再度石を川に投げ入れた。

 そんな事はもう充分過ぎる程に考えた。

 警察官になれないだけじゃなく僕はきっと普通の人生を送る事は無理だ。何故ならば僕の自殺はあまりにも知名度が高くそしてあまりにも多くの人間を巻き込み過ぎた。僕は僕だけの人生だけではなく多くの方の人生を狂わせたのだから。

「徳川君は何時まで生きるつもりなの?」

 流れる川に視線を向けたままのその呟きのような質問に僕は答える事は出来なかった。

 ただ。

 細川さんの言葉だけが悲しく風に溶けて行った。

「そう。徳川君も、なんだね?」

 じゃあさ?

 と、彼女は続けた。

 振り返ったその眼は。

 既に自らの脚で立つを辞めた、人でありながら人形である。

 それでしかない。


 君は力無く笑った。

 僕は力を込めて笑わなかった。


「一緒に死なない?」

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