第2話 夜に謡う

 泥水のように濃いコーヒーを飲んだ時のような喉に張り付く暑い夜だった。蒸し暑くそして人の熱気もあるような、特殊な状況でもあったし独特で異常でもあった。僕がこうして夜に出歩く様になったのはイジメを苦に自殺をしてからだ。僕の存在は昨年の五月九日に価値を無くし僕の命は昨年の五月九日に意味を無くし僕の中の僕は昨年の五月九日に死んだ。何故五月九日に拘るのかといえば答えは簡単でその日は僕の誕生日でもあったのだ。だからか僕は五月九日を誰よりも意識している。産まれた日で殺された日であるその日は非常に曖昧な一日であり、揺蕩う霞を手繰り寄せるような一日とでも形容しようがないのであった。

 イジメによる自殺未遂が犯罪で殺人未遂であると世間に認識されても世の中にイジメを苦にして自ら命を絶つ者が減る訳でもなく、寧ろ犯罪として表面化した事によりハッキリとした形で露呈するようになった社会。だからイジメという集団での個人の否定の真実が単なる私刑であり結果として閉じたコミュニティでの死刑宣告である事は何にも変わらない。

 今年、僕は五月九日で十七歳になる。何処ぞの勇者は十六歳で王様に挨拶に行ったが、僕は十六歳でその生涯を終えた。少なくとも終えようとした。だから今のこの時間はサッカーで例えるならばロスタイムのようなものなのだろう。もしくはアディショナルタイム。簡単に言えばオマケの時間だ。


 もしも神様から過去か未来かどちらかに行けるチケットを貰えるとして。

 大半の人間は過去に戻る事を選ぶだろう。

 あの時、あの場所で。

 やり直す為に。

 この日は蒸し暑い夜だった。

 あの日も蒸し暑い夜だった。

 物語の始まりは僕が生徒会長として就任して一か月が経過した辺りから。

 人の信仰に反応し、人の想いに呼応し、様々な奇跡を具現化する変異型ローカルネットである『ヤオロズネット』が新遠野市に発生してから既に十年以上が過ぎているような。

 既に十年以上、政府によるヤオロズネットの実験が行われているモデル都市で。

 僕は様々な人達の悩みを解決する為に生徒会を作り変えた。

 通称、『幕府』と呼ばれるようになった我等が生徒会。その生徒自治の象徴たる僕が自殺をしているという時点で普通の人間が集まる組織では無く、日々を騒がしく過ごしていた。


 もし、可愛い女の子から殺してほしいと頼まれたらどうする?

 僕の場合は_。

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