徳川千本桜~スズメ・モーテル~

居石入魚

第1話 今回のオチ

「圧倒的な孤独というのは、罪を犯す行為を赦す理由になると思うかい?」

 僕が契約する神様であるお地蔵様は言った。僕はこの肉体を鍛え過ぎた結果として世の中の全てから全ての存在を守る事を自身に約束した存在の使者としてその投げかけられた質問に応える。無論相手は神様なのだし適当で適切な答えなどは求められていないだろう事は明白であり彼というか彼女というかそれは僕の考えとしての言葉でその問いかけに対する価値観を聞きたいと願っているのだという事を僕は長年の付き合いから知っている。

「例えばあまりに寂し過ぎて死んでしまうようなウサギのような人間がいたとすれば死なない為に何かしらの罪を以って自身の孤独を紛らわせることは罪かという事だと思うんですけど、でも人は孤独だってだけで死にませんからね。自ら首を吊るか誰かに首を斬るかでもされない限り人は死にません。そう考えると生きる為に侵す殺人罪以外は全てが犯罪だという猟師の考え方に合致するとも思うんですけど。僕等は皆が皆猟師じゃありませんし、そう考えると孤独である事が罪の免罪符であるとは僕は思いませんかね?」

 この間までその孤独に苛まれていた女子を相手に右往左往していたからの意見だったが、この間までその孤独に苛まれていた彼女を相手にしていたからこそ免罪符になると考える人間もまた存在するのだと理解出来ている。お地蔵様はそれを知ったうえで僕に問いを投げかけて来るのだ。僕が如何に答えるのかを知ったうえで、確認の意味でそれを聞いてくる。

「人の歴史を永く見てきた私でもその問いに適切な答えは持ち合わせていない。だから私は地蔵菩薩という信仰の対象であるが故に当たり障りのない言葉で濁そうとも思うんだ。時と場合によるとね。障らぬ神に祟りなしとは言うし、人間にはよく仏ほっとけ神構うなとも言われるが。神と言う存在は人間無くして存在は出来ないのだからね、神様側は人間に構いたいんだ」

「時と場合、と言うと?」

 孤独が何かしらの重罪を認める場合というケースがあるというならこの国の司法は大騒ぎだ。淋しいから奪いました。寂しいから傷付けました。それが認められたら裁判官や弁護士は高血圧で死ぬであろう事は火を見るより明らかである。

「孤独というのは孤独な者同士で殺し合いその内面を表面化する毒としての蠱毒なんだよ。そういう蠱毒に巻き込まれない為、蠱毒を抽出する為の争いに巻き込まれない為の自衛としての罪であれば大小こそあれ小は見逃すのが人情だとも私は思う。何処にも居場所を持たない人間が正常な精神でいられる訳は無いんだ。そういう者同士が集まったらどうなるのか、康平少年は間近で見て来たわけだろう?」

 独り暮らしをしていた少女は殺人鬼となり。血の繋がらない親子の絆を持たないと勘違いをした少女は殺人鬼を作る事を生業としていた。前者は被害者で後者は加害者だった。しかし世間一般的な価値観から見ればどちらも加害者である事は間違いない。殺人鬼である彼女は少なくとも三名の命を奪い自らの命を絶ち四人目となった。その殺人鬼を産みだす彼女は自身が被害者である事ばかりを主張して加害者である事を認識出来なかった。

 だからお地蔵様が言う孤独な者とは後者の方の彼女なのだろう。後者の彼女がもしもこの世にいなければ前者の彼女が少なくとも自ら命を絶つ事は無かったのだから。

「古来より孤独は人を強くすると言われて来たが、それはどっちのコドクなのだろうね?孤独に打ち勝った者なのか。それとも蠱毒の争いに勝利した者なのか。私も永い事お地蔵様なんて呼ばれ信仰を得ているがね、その答えには遠いかな?正解はそのどちらもだというのが近い。孤独に打ち勝った者は他者との争いにも負けない胆力を身に付けるからね。しかしどうだろう?人間に孤独で無い者なんか居るのだろうか?道中の安全を祈願される事が多い私はこうも思う。本当に孤独でない人間がいるのであれば神に祈る必要は無いのではないかとね。だって道中の安全を祈願するより道後の約束を恋人としていた方が安全第一で旅をしようと思うものだろう?そうじゃないのはやはり人間という生き物が元来孤独であるが故なんだ」

 寂しいから、信仰を捧げて神様を内奥に引き連れる。そう考える事も出来るのか。結局不安を消すという意味じゃ信仰も愛情も大差無いのかもと僕は思った。

「康平少年、それは違う。信仰と愛情じゃ期待値が全然違う。片や信仰とは己の支えになる存在を代理で用意するのに対して片や愛情とは己の支えになる存在が既に在るんだ。その違いはマルとバツぐらい違うよ。康平少年に解りやすく言うならばDrワイリーさんとDrライトさんぐらい違う。さっきの例えで言うならば、ゼロは信仰で産みだされエックスは愛情で産みだされたと言えば解りやすいだろう?」

 全然例えが解らなかった。ロックマンだとは理解したが、恐らくその例えは僕じゃなく兄貴世代の人間にしか通じない。最近の神様は大変だと思う。例え話一つするのにも人間の文化を勉強しなくてはならないのだから。

「例えが解らなかったかい?全く康平少年は難しい世代だね。学校帰り、皆で友達の家に寄ってスマブラをしていた世代だろう?」

「いえ、ですからそれは兄貴世代だと思うんです。僕等の世代はゲームと言えば携帯ゲーム機が主流でしたしね。一度家に帰ってから四辻や公民館などに集まってモンハンが主流でした」

 するとお地蔵様は一瞬で世代の調整をしたらしく更に例え話をして来た。

「ならば信仰と愛情の違いはリヒターとアルカードだと言えるね。あのゲームは傑作だと私は思うんだよ康平少年。MAP埋める為に苦労したのは人間ならば誰にでもある経験だろう?」

 調整に思いっきり失敗していた神様であった。

 お地蔵様、地中に埋まっている時は暇らしく、誰も来ない日はゲームをしているのだとか。

 随分と生活感のある神様である。

「それ、更にピンポイントで兄貴世代になってますけど。お地蔵様が伝えたい事は何となく解りました。曖昧な偶像を支えにするのか明確な存在を支えにするのかの違いですね?」

 そういうとお地蔵様は手を広げて大仰に喜んだ。その巨体と顔だけが道祖神であるというミスマッチな見た目とは裏腹に地蔵菩薩はフランクな神様なのだ。

「そうだ。だけど明確な存在がいないから偶像を支えにするとは限らないのが今回康平少年が関わった事件群だ。明確な存在がいないから信仰を捧げるでは無く、明確な存在を探すという行為に走る人間も居る。恋人が居ないから神様に祈ろうではなく、恋人が居ないから恋人を産みだそうとね。そう考える人間を私はこう呼ぶ。《寂しがり屋さん》だとね。さて康平少年、《寂しがり屋さん》は罪を重ねていたわけだが。血の繋がらない家族を持ち血の繋がらない家族に利用され、血の繋がらない家庭に居場所の無かった《寂しがり屋さん》は裁かれるべきだと思うかい?」

 その問いを僕はあえて無視した。考えても仕方のない事だからだ。彼女が罪を償い自身の罪を認識した上で更生するというのであれば裁かれるべきだと言えたが。

 もう彼女はこの世にはいない。

 細川ジュリと名乗ったあの少女は自身の喉を掻っ切り他界した。

「それも違う。彼女、細川ジュリは罪を罪だと認識出来なかった。孤独であればある程度は許されるのだと思っていたんじゃない。孤独であれば何でも許されると最初からインプットされていたんだ。彼女が死んだのは康平少年のせいじゃない。それにそれを言うなら_。」


「意図的に自殺させられている康平少年の方が可哀想だ。私の契約者よ」


 そう言い、お地蔵様は大きなケヤキの下に腰を下ろした。小鳥や植物の種がお地蔵様の周囲に集まって来てはその巨躯を休憩場所として利用している。

 そうしてお地蔵様は更に僕に言った。

「この自然を見てごらん?こんなにも神様は優しい。自殺させられた君を、否、全ての傷を持つ人間を、等しく土地神は愛している。君はそんな私の、地蔵菩薩の契約者だ」

「だから弱い者から順に救う。解ってます。僕の主君は力無き民だ」

 思うのは近くにあった事件群のお話。

 そして居なくなってしまった彼女を思い出すお話。

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