ep.22 新たなる旅の入口
途中、休憩を挟みつつ進んできた航海も、無事に終わりを迎え、パニーたちは下船し、マクリスの後ろ姿に続いて歩みを進めていた。
太陽が燦々と降り注ぎ、木々の間を抜ける風が葉の隙間から光を柔らかく差し込ませている。進むごとに、輪郭は徐々に鮮明となり、やがて壮大な景色が広がった。果てしなく続く果樹園が視界の先に現れ、幾重にも連なる木々が、重たげな果実の重みで枝をしならせていた。
「おぉぉぉぉ!」
「わぁぁぁぁ!」
「――うわー! すごい!」
「ほんとーに! 素敵!」
「これを、全部マクリスが?! 一人で?!」
「――わかってくれる? すごいのよ〜。元々はね、俺の母の実家だったのね、ここ。それを俺が受け継いだの――まぁ、けどこんなに広いからね~。人手が足りないときは、適宜助けを呼んでるよ~。テウシィーもね、手伝ってくれるのよ」
「すごいよ!ほんとーに! ここにいるだけで、うぅ、お腹が刺激されるー」
「――あれは? 初めて見た!」
マクリスは少し照れくさそうに肩をすくめながらも、自慢げに答える。ふと、ウェナが視線を向けた先に、見慣れない果樹が現れ、不思議そうに声を上げた。
「――あれか? あれはパッションフルーツ。酸味が癖になる旨さなんだよね~。シンプルにプレーンヨーグルトに直接かけて、蜂蜜垂らすのがおすすめよ。テウシィーもね、大好きなんだ~。さらにグラノーラかけてモーニングにしてるよ。もちろん、加工しても最高に美味しいんだ~。あっち側はグアバ。お前たちも故郷でフルーツ育ててるよな? これは初めましてだった?」
「うん!見たことない! 初めましてだった!」
「うん!僕も~! 食べてみたい!」
「いいよ、いいよ〜。荷物片づけたら、カフェに案内するから、試食はその時ね~」
「「「わーい!」」」
マクリスが指し示す先には、艶やかな紫色のパッションフルーツ。その隣には、丸みを帯びた緑色のグアバが見事に鈴なりに実っている。さらに農園の奥へ進むと、今度はレモンの木々が、これまた鮮やかな黄色い果実を輝かせ、パニーたちの視線を奪った。
「見てー!ほらー! やっぱり、思った通り!ザクロがある!」
「――え? どこどこ?」
「ほら、あそこ! 見えた?」
「あー!ほんとだ!」
「――え?なになに? やっぱりって?」
マクリスが首を軽く傾げて問いかけると、オーラは自分の服の刺繍を指差して説明した。
「この服の刺繍、この模様、ザクロですよね? だからきっとザクロあると思ってましたー!メインなんですか?」
「あぁ、なるほど。よく気づいたね――まぁ、そんな感じだね~」
「――あれは?」
生い茂るザクロの木々が視界を埋め尽くし、その先にはイチジクの木々が広がっていた。
「あれは、イチジク。あれも初めてか。とろみがあってね、ジューシーで旨いぞ~。ついシンプルにそのまま食べちゃうんだけどね~、チーズに合うんだ。あぁ、小腹が空いたらドライフルーツもよくつまむなー。噛みごたえが、なかなかーこう、ぷちぷちっと」
「――ぷちぷち?」
「そう、ぷちぷちっと、食べればわかるよ~」
「最初は、パッションフルーツで、次にグアバに、レモンでしょ、あとはーザクロにイチジクか」
「今のところ、五種類か?」
「いやいや〜まだまだあるんだな――全部で十種類だよ」
「十種類も!」
「あとで全部紹介するね~。とりあえず今はこっち~」
果樹の枝葉が織りなす緑のカーテンを進むと、やがて彼らの目の前に佇む白い建物が現れた。
「「――わ〜お!」」
「おしゃれ~!素敵!」
「ここがマクリスの家!? こんな素敵なところなんだ!」
「でかっ!」
「大きい~!」
「――我が家の素晴らしさに魅了されるのは仕方のないこと。落ち着きたまえ、幻贖の皆の衆。ようこそ、わが家へ」
彼が指し示したその家は、パニーたちがこれまで住んできた住居とは全く異なる外観と造りをしていた。真っ白な壁は優美な曲線を描き、異国の風を感じさせる独特なデザインだ。家は木々と果樹に囲まれ、二階部分にはツリーハウスのような部屋があり、木々の中に溶け込むように高く構えている。
マクリスが誕生した際に祖父母の古い家を建て替え、新たに建てられたこの家は、大家族での生活を前提に設計されており、パニーたちの家の約三軒分にも匹敵する広さを誇っていた。
しかし、今ではマクリスとテウシィーの二人だけで暮らしており、部屋は余っているという。道中、彼は少し感慨深げに『賑やかになるだろうね』と笑って話していた。
「――さあ、入って~」
「あ、ちょっと待って、ください。あの、マクリス、リリーをここでお散歩させていいですか?」
「ああ、もちろんいいよ」
「リリー、いいって! いっておいで」
リリーが小さな羽を広げてヨチヨチと果樹園へ向かう姿を、パニーたちは微笑みながら見送った。その後、彼らはマクリスの誘いに従い、わずかな緊張を抱えつつ――。
「「「「「おじゃまします!」」」」」
パニーたちは声を揃えて挨拶し、足を踏み入れた。
「うわぁ~!内装まで素敵! 絵本の世界みたい!」
「わかるー! こういうところ、憧れー!」
「センスが煌めいてる!」
「でかっ!」
「大きい~!」
「さっきからそればっかりだよ、二人とも」
リビングルームは、真っ白で統一された広々とした空間に、さりげなく植物が配置されている。窓枠やドア、テーブルまでもが角を避け、滑らかな曲線で設計されており、その柔らかなラインが空間に温かみと穏やかさを与えている。大きな窓からは果樹園が一望でき、窓越しには豊かでのどかな光景が絶えない。
「――あの絵は? テウシィー?」
「あぁ、上手だろう。俺の子、天才なんだ~」
リビングの壁には、テウシィーが幼少期から描き続けてきた絵が、丁寧に額に収められて飾られている。幼い頃のシンプルな線画が、時とともに色彩豊かで力強い画風へと変わっていく。そんな過程が壁全体を彩っていた。
「皆、お疲れ様。とりあえず荷物運ぼうか。それぞれの部屋を紹介するよ~」
---
荷解きを済ませたパニーたちは、順番にリビングルームへ戻ってきた。それぞれリラックスした表情で椅子に腰掛け、まだ荷ほどきを終えていないウェナとオーラの戻りを待ちながら、これからの計画について軽く話し合う。やがて、ウェナとオーラが姿を見せると、マクリスが皆を見渡し、軽く手を叩いた。
「おっまったせー!」
「私たちが最後? 皆、早いよ~!」
「二人待ちだよ~」
「――よしっ、じゃぁ準備はいいかな? カフェに行きましょうか」
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「幻贖の皆の衆。ようこそ、我がリムンへ」
「「「おおおー!」」」
「こっちもおしゃれ!」
「カフェの中まで、フルーツ畑だ!」
「もう既に、おいしそう!」
「お店ごと食べられそう!」
「クルーザーでも思ったけど、マクリスっておしゃれですね!」
「そうか? このセンスがわかるか~」
これからパニーたちが手伝うことになるカフェ――店名は"リムン"。手の上にザクロの実が描かれたロゴのついた扉が開け放たれると、滑らかな曲線を描くU字型のカウンターキッチンが目に飛び込んできた。白いカウンターの縁には色とりどりの果実が所狭しと並べられ、その豊かな色合いがキッチン全体にアクセントを加えていた。
「すごい!これ全部さっきのだ! ほら、これレモン――あれ?」
「ん? どうした、 ニウス」
「これ、なんか、違う?」
ニウスが何気なく手を伸ばして果実に触れると、硬質な手触りが返ってきた。違和感を覚え、訝しげに眉をひそめながら、手のひらでその感触を確かめた。
「――それは、食品サンプルだね。さすがにここまでの量を全て本物にしておくのはね。傷んでしまうしね。カウンター周りのフルーツはほとんど食品サンプルで――ここだけが本物」
「――食品サンプルって?」
「――ディスプレイ用に、本物そっくりに作られたものさ」
「本物そっくりに?なんで?」
「「なんで?」」
「食品サンプル自体はもっと奥深いものなんだけどね~。その説明はひと先ず割愛するとして――うちの場合はやっぱ映え、かな。店に入ったら魅惑的なフルーツのお出迎え! 思わず涎が出るだろ?」
「私はわかるー! 映えは大事」
「味覚はもちろんだけど、視覚と嗅覚にも敬意を!」
リアルさを誇る食品サンプルは、見た目は実物そのもので、精緻な作りが、触れるまで本物だと気づかせないほどのリアリティを持っていた。
「店内は収容人数三十人。一気に三十人も来るのは、貸し切りイベントの時くらいだけどね~。普段は二十人が座れるように用意してあるけど、まぁ、混んでる時でもせいぜい三組くらいかな~」
マクリスがそう言いながら視線を巡らせる。カウンター周りにはいくつかの客席が配置され、どの席に座ってもキッチン全体を見渡せるように設計されていた。座る場所ごとに異なる角度から楽しめる工夫が施され、さらにテラス席も備わっている。
マクリスが一人で切り盛りするこの店は、規模も小さく、店内の商品数も限られている。しかし、その一つ一つに彼のこだわりと情熱が込められており、それを求めて何度も足を運ぶ常連客が少なくない。商品の質の高さに魅了された常連客の口コミで新しい客が訪れることもあるが、初めて訪れる客はほとんどいない。
「収穫したフルーツはね、見た目が麗しいものはそのまま出荷しているのね。店頭で販売もできるように一部はここに残してるけど、傷のあるものは加工して、新しい命を吹き込むんだ」
「いちおしは?」
「そうだな~。一杯フレッシュジュースを飲んで、ザクロジャムを買っていくお客さんが一番多いかな。ザクロジャムが特にね、一押しなんだ。紅茶好きの常連さんには、ドライフルーツが人気だね~」
メニューには、注文が入るたびにその場で作られる生絞りのフルーツジュースや、スムージーが取り揃えられている。その折々に厳選された果実が持つ自然の甘味や酸味が凝縮され、その味わいで、訪れる客の味覚を存分に魅了するのだ。
また、店内には手作りのジャムやドライフルーツが並び、中でも特に評判を呼んでいるザクロジャム。その濃厚で深みのある味わいは、紅茶と共に味わうことで至福のひとときを演出してくれる。
「あとは――そうだね~。別で注文も受け付けているんだよ。ほとんどバースデーケーキの依頼が多い、かな。あぁ、あとは休日になるとテウシィーの友達が遊びに来てくれるんだ。そんな日は特別にジェラートを作ったりしてるよ」
平日はテウシィーが学校に通っているため、店を訪れることは稀だ。しかし、休日には時折顔を見せ、手伝うことがある。その姿は常連客にとって、この店の不可欠な魅力の一端を担っていた。
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「で、――パッケージデザインを変えたいって話だけどね。あれからずっと考えてたんだよ」
「――はい」
「既にこのザクロのデザインで長い間通してるし、愛着もあるからね~。既存の商品は変えられない――これが返事だね」
「――そうですか」
「まぁ、そうですよね~」
「だよなー」
外界のどこかにいるかもしれない両親に辿り着くため、パニーたちが用意した案は、幻贖の民の証である"幻贖のランプ"をデザインしたパッケージ商品を販売することだった。航海中にその話をマクリスに持ちかけた結果、少し考えさせてほしいという返事をもらっていた。
そして、彼が考えた末に出した答えは、否。パニーたちは少し残念そうな顔をしながらも、どこか納得した様子で頷いた。断られる可能性も視野に入れていたからだ。では、どうすればいいのかと新たな悩みが頭をよぎる中、マクリスはどこか含みのある表情を浮かべて続けた。
「まぁでも――」
彼はふとジャムの瓶を手に取り、ラベルの表面をゆっくりとなぞった。指を滑らせながら、マクリスは考え込むように目線を落とし、しばらく間を置いてから頷いた。
「新たな商品を生み出す、というのであれば~、うん。一考の価値があるかもしれないな~」
「――え?」
「――新商品、ですか?」
「そう、新商品。実はね、そろそろ何か新しいものを考えようとは思ってたんだ。お前たちが一から手がけた商品であれば――それを試してみる価値は十分にあると思うんだ。ただ、ここに滞在する期間が未知数だろ? だからね、期間限定商品として展開する、というのはどうだろう」
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