ep.6 これがエイディ
「ケイー?リアー?どうしたのー?」
リンディたちのもとを後にしたケイとリアは、木製の
勢いそのままに扉を叩くと、鈍い音が室内に呑み込まれる。二人は息を整え、互いの視線を絡ませ、覚悟を胸に頷き合う。外界に行くためには、『エイディとパニーに直接相談すること』と、先ほどリンディから受けた助言を胸に刻みながら、ここまでたどり着いたのだ。やがて足音が止まり、扉が軋む音を立てて静かに開かれた。
「――よぉ、さっきぶり」
室内に射し込む
「エイディ、僕たちも行きたい!!」
「私も行きたいの――連れてって!!」
「――エイディ? どうしたんだい?」
「ケイとリアよね?――何かあったの?」
「あ、いや――」
背後から追いかけてくる声に、二人の口をふさいだまま、エイディは慌てふためき、言葉を捜し求めながら視線を彷徨わせた。もごもごと口を動かす二人の囁きが邪魔をして思考は
「あ、えーっと―――そう、今日さ、森に行く約束してたんだけど、すっかり忘れててさ――ほんとごめんなー? 二人とも。実は準備まだ終わってなくてよ。悪いけど、俺の部屋で待っててくれよ!」
引き
「え?――あー、うん。そう、そうなの! 森に行きたいのに!エイディが来ないから、迎えに来たの!」
「おや、そうなのかい?――それはエイディが悪かったね」
「まぁ、ごめんなさいね。ほら、上がって上がって――今、飲み物用意するわね」
「わーい! ありが――」
「すぐ行くから! 飲み物いらないよ!」
ウィノナの好意を素直に
---
本や調合器具、そして薬草が乱雑に置かれたエイディの部屋は、窓越しに見た時よりも幾分か整頓されていた。ケイとリアに見られたことで、急いで整理したのか、半開きのクローゼットからは窮屈そうな大きなリュックが姿をちらつかせていた。
「まだ、ばあちゃんたちに話してないんだ。だから絶対に大きい声は出さないでくれよ。聞かれると面倒なことになるからな――っていうか、なんで知ってんだよ」
「あ、そうなの? ごめん――」
「さっき、リンディから聞いてきたの」
「――はぁ? 兄貴から聞いたぁ?」
「そう、エイディにははぐらかされちゃったでしょ?」
「――で、兄貴に聞きに行ったって?」
「「うん!」」
「パニーと行くんだろ?」
「ったく。いったいどこまで話したんだよ――バカ兄貴」
「それだけだよ? 理由は本人から聞けって言われたもん」
ベッドに腰を下ろし、腕を組んで不満げな表情を隠すことなく、エイディは二人を凝視した。彼の態度に少なからず気まずさを抱きつつも、二人はそのまま話を続けた。
「――で? ここまで来たと」
「「うん!」」
「――はぁ」
「どうして行くの? 私たちも行きたい!」
「とりあえず、まずは落ちつ――」
その勢いに圧倒されながらもエイディが制止しようとした矢先、リアの視線がふと足元に落ちていた
「――これ」
「へ? あ、やべっ」
「これ、外界の――」
リアの手に渡った紙片の正体に気づいた瞬間、エイディの顔色は一気に
「僕にも見ーせーてー」
「外界って行っちゃダメなんでしょ?それなのにいいの?――行ってみたい!」
聞く耳を持たないリアは、次々と言葉を紡ぎ続けた。その隙を突いて、エイディは何とか地図を奪おうと手を伸ばしたが、リアは
「だから少しは落ち――」
「ねーぇ、エイディ、私も行きたい! なんでパニーなの?」
「落ち――」
「あっー!わかった!デートなんだ?だから、二人なんでしょ?――そういうことねー」
リアが突如、含み笑いを浮かべてエイディを挑発した。エイディは一瞬呆然とし、その意図を悟るや否や頬がたちまち紅潮していった。兄のリンディとは異なり、彼はまだ思春期らしく、そうした挑発に対して巧みに対応する術を持ち合わせていなかった。
「だー!おい!――リア、頼むから落ち着けって!」
咄嗟に声を上げたエイディ、勢いよく立ち上がって二人の動きを制した。
「――エイディ? 大丈夫?」
エイディの部屋から漏れ出る
「なんでもない!」
「なんでもありませーん」
「うるさくしてごめんなさーい」
「本当に?――何かあったら言ってね」
扉に耳を押し当て、エイディは廊下の向こうの様子を探った。足音が次第に遠ざかり、廊下が再び静まるのを確認し、ようやく緊張を解いた。
---
「で、どうなの? デートなんでしょー?――通りで、リンディが
「だーかーらー、デートじゃないし、隠してるわけじゃないって言ってるだろ!」
「えー?――ほんとにー?」
「ほんとだって。嘘ついてねーよ――ただ先にばあちゃん達に話して、それからみんなに伝えようと思ってただけだ」
リアは依然として納得しかねる様子で、リンディに
「――隠してないなら教えくれてもいいじゃんー」
「今はだめだ。ここだといつばあちゃんたちに聞こえるかもしれないだろ?さっきからずっとひやひやしてんだよ、こっちは――別の話しようぜ」
「――つまり、ここじゃなければいいと」
「まぁ、そうだけど――」
「じゃぁ、部屋移動しようよ。環境が整ったら問題ないよね?――あ、今はこれだけ教えて。いつからいつまで行くの?」
「ペオの誕生会が終わって一ヶ月後くらいで出て、帰ってくる時期は――わからない」
「「――え?!」」
予想だにしない発言に、部屋の中で時計の針以外の動きが止まった。ケイは衝撃に耐えきれず、ベッドからずり落ちそうになり、リアは両手を勢いよく口元に当てて硬直していた。
「――も、も、もしかして、ここに帰ってこないの?」
「え、うそでしょ? 帰ってくるよね?」
「もちろん帰ってくるつもりだけど、いつになるかなー。半年とか、一年とか、もしかしたらもっと――」
「――半年!?」
「――一年?!」
「そ、だからまず、みんなに認めてもらおうとしてんだ」
「――そ、そんな」
「ちょっとだけじゃ――ない?」
エイディの言葉が耳から心に沁み通ると、止まっていた時が再び動き始めた。二人の身体にじわじわと
「――ねぇ、リンディは行かないの?」
「あぁ、兄貴はここに残るよ」
「じゃぁ、もし――もし、ついていったらリンディ達に会えなくなるの?」
「そんな! どっちも嫌だよ!」
「もう一度言うけど落ち着けって。なにも一生会えなくなるわけじゃないんだ――だから、そんな泣きそうな顔すんなよ」
---
「――よしっ、パニーにも話を聞こう」
先ほどまでの態度がまるで嘘だったかのごとく、リアは気持ちを切り替え、扉に向かって歩き出した。再び騒動が大きくなる気配を察知したエイディは瞬時に反応し、咄嗟に一足飛びでドアの前に駆け寄り、両腕を大きく広げてリアの進路を
「騒ぐとばあちゃん達にばれるだろ」
「――あ、そっか」
言葉を投げかけつつ、エイディは肩をすくめ、リアの額を軽く弾いた。リアはおでこを抑えつつ、納得したようにうなずいていたが、それでも嫌な予感が彼を襲っていた。数秒の思案の後、彼女はにやりと笑みを浮かべ、
「――リア! 待てっ!」
ケイが素早く背後に回り込み、力強くエイディを抱きしめて動きを抑えたため、伸ばしたエイディの手は虚しくも空を掴んだ。必死に体をねじりながらもがいたが、自分よりも小さな体のどこにそんな
「ケイ、放せ――」
リアはその間にも窓枠に手をかけ、開け放った窓から流れ込む風が部屋を駆け抜けた。エイディの体はケイの
「リアー! 戻ってこい!」
「パニー連れて戻ってくるからー!」
「今すぐ戻ってこーい!」
エイディの虚しい叫び声は、海に呑まれるように消え去った。
「――まぁまぁ、あんまり騒ぐとみんな集まってきちゃうよ?」
「誰のせいだよ」
「誰って――エイディ? 家出するかと思って、これでも心配したんだよ」
楽しげに言い返しながら、ケイは窓枠に腰掛け、足を軽やかに揺らしていた。彼の視線は、窓から少し離れた場所で立ち尽くすエイディに向けられている。どうやらエイディはリアを追うのを諦めたらしい。
「それは悪かったけど、でも――」
「――エイディ?さっきから何を騒いでるんだい?」
エイディが弁解の言葉を紡ごうとした刹那、今度はバランの声が割り込んできた。ついに扉がノックされ、彼はその場で凍りつき、視線をゆっくりとドアへ向けた。何とか言葉を発しようとしたが、この
「大丈夫だよー!なんでもないから!」
「なんでもないわけないだろう。あんなに大きな声を出して」
「開けるわよ?――いいわね?」
代わりに口を開いたケイの言葉は説得力に欠け、状況は一向に改善しなかった。エイディは喉元で言葉が詰まり、視線は落ち着きなく彷徨っていた。彼は音を立てぬよう窓辺へ忍び寄り、手を伸ばして窓枠を掴み、部屋の中へと身体を滑り込ませた。扉が開く寸前に間一髪で体勢を整えたエイディは、不意に言葉が口をついて出た。
「ケイ達が、早く早くってうるさいんだ!」
「一番うるさいのは――エイディだろ!」
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