第7話
――――
『――成功ですね、流石ワタシです』
『……おや、あまり驚かないのですね。それとも内心は驚いているけれど表情に出ていないだけでしょうか。もしくはそもそもそういうものなのかもしれませんね。ワタシ達天使は眠る必要がありませんから夢なんて現象、あまり詳しくありませんけれど』
『えぇそうです。ここはアナタの夢の中。精神のみで構成された偽りの世界。モモモ人ですからこういった術に対する耐性があるのかもしれないとは危惧していましたがどうやら杞憂のようでしたね。それともまだ未熟故に抵抗できないだけでしょうか?』
『ワタシが誰か、ですか? ……そうですね。いずれ神になる者、とでも言っておきましょうか。正直気に入らないのですよね、創造主だからと大きな顔をしているあのお方が。強者故の驕りでしょうか、一度追放されたワタシを赦し、あろうことか再びこのような地位まで与えるなどと……まったく、頭にきます』
『……失礼、これはこちらの話でした、アナタには関係ありませんでしたね』
『ミゲル、人間の夢というのは目が覚めれば忘れてしまうようですね。それに加えて覚醒時よりも抵抗力が下がるとも聞いています。地上で夢魔や淫魔に教わった技術でしたが、まさか実践する日が訪れるとは。なにが役に立つか分からないですね本当に』
『おっと、ワタシの目的が気になりますか? 気になりますよね? 最高位の天使であるワタシが何故埃をかぶったような原始人に目をかけているのか気になりますよね?』
『……え、そんなことはどうでも良い? それよりここは本当に夢の世界なのか、ですか?』
『明晰夢? なんでしょうかそれは。えっ、なんですかそれはなんですかなんですかこの巨大な化け物は、何故突然現れうわわわわ止めなさい止めなさい止めてくださいこのっ、意味が分かりませんどうしてワタシをこのような化け物と戦わせようとするのですかっ!?』
『意味が分かりません馬鹿なのですかアナタはっ!? くっ、権能が上手く使えなっ、あっ、止めなさいどうしてそこから触手がっ、駄目ですいけません不敬ですよっ、あっあっ、そこは駄目ですっ、さては馬鹿ですねアナタはどうして笑っているのですかこの野蛮人っ!?』
――――
「うおおぉぉぉおああぁぁあオレの家があああぁぁぁぁああっ!?」
目覚めと共に聞こえてきたのはそんな雄叫びにも似た絶叫だった。
「どうしたのさディアザ、朝から元気だね。エルフっていうのは皆がキミみたいに朝型なのかな。なんとなく月の光とかが似合いそうなイメージだったけど」
「どうしたもこうしたもあるか燃えてんだぞ!? 燃えてんだぞオレん家!?」
「本当だ燃えてる。……失火?」
「違うわっ、普通の火ならエルフは操れる! ここまで燃えたりはしない!」
見上げると、そこには大木の上で轟々と炎を上げるツリーハウス。
昨晩僕が眠った、ディアザの自宅だった。
「そんなことよりもディアザ。僕さ、なんか変な夢見たような気がするんだよね」
「そんなことだと!? そんで夢の話かよ!? どういう神経してんだオマエ!?」
怒られてしまった。
「や、だってさ。消えないんでしょ、その火。だったらまぁ、どうしようもないかなって。それに最悪森全体が焼けても僕には関係ない。知ってるかい? 植物の中には自ら山火事を誘発させるものや山火事がトリガーになって発芽するものもいるんだぜ。そう思うと森の中の家が燃えるのもまた自然現象の一欠片、それに抗おうなんて傲慢じゃないかな」
素直な胸中を吐露してみると信じられないといった表情をされてしまった。
されてしまったので、まぁ、仕方がない。
仕方がないから、自宅が燃えたくらいで混乱の極みに至ってしまった彼に、火事が起きてしまった原因について僕なりの見解を話そうと思う。
「とはいえ、だ。急に自宅を失ったキミの心境を全く察することが出来ない僕じゃない。それに寄り添う形で、とはいかないけれど、少しばかり心の慰めになるかもしれない話を聞いて欲しい」
「…………はぁ。んだよ」
「エルフは自然感応力を持っているんだったよね? 火、風、土、水……いわゆる四大元素を操ることが出来る」
昨日のことだ、ディアザの自宅へと招かれた僕らは、というか僕は彼のその能力を目撃した。
自然感応力。
読んで字のごとく、自然を構成する要因、四大元素と感応、同調することでそれらを意のままに操るエルフ固有の能力だ。
何もない場所から炎を、風を、土を、水を生み出す。だけでなく、それらを操ることが出来る。ディアザはこれをあまり得意ではないと言っていたけれど、僕から見ればそれは十分に魔法のようだった。
「そんなエルフのキミが火事を消せない。となると、この炎は自然のものではないという訳にはならないかな」
しかしエルフが操ることが出来るのはあくまで自然。その自然の定義が厳密にはどのようなものなのか把握できていないけれど、昨日ディアザが語って、そして実演してくれた様子から察するに、誰かの意思が介入しているかどうかというのが重要なファクターになっている、んだと思う。
「燃えているのは家だけ、もっと言うと家のあるあの木だけだ。少なくとも今はね。つまり、あの炎は家を狙った誰かの意思という訳さ――おいおいどうして僕に怖い顔で迫るんだ、言っておくけれど僕じゃないよ。朝起きるとあの家から投げ出されていて驚いたのは僕も同じなんだ」
「当たり前だが、オレ自身でもねぇぞ」
「そりゃそうだ。だったら後の一人で確定だね」
「……あの自称天使」
「や、自称じゃなくてホントに天使だと思うけど」
――アナタ達のような下賤な種族と共に夜なんて過ごせないわ。
そういって、日も暮れない内から姿を消した天使ちゃんがいたのを僕たちは忘れてなんていなかった。
「大方、昨日矢で射られまくったのを恨んでの犯行かな。見てよ、燃えている家。屋根から燃えているみたいな変な焼け方してるぜ。普通炎ってのは下から上にって具合で上がっていくのにさ」
まるで、晴れた空から炎を浴びせられたかのようだ。天使というイメージは炎属性よりも電気っぽいし、どっちかというと雷かも。
文字通りの青天の霹靂。
「そういう訳で、僕は下手人を森の中から探してくるからディアザは消火頑張ってね」
――――
ミスティルを探すことしばらく。
僕は森の中で完全に迷子になってしまっていた。
「困ったな。そういえば僕はこの森について全然知らなかったじゃないか」
とはいえ、自然感応力によって多少の消火活動が出来るディアザと違って僕はツリーハウスの火事をどうにかすることは出来ないのだから僕がミスティルを探しに行くという判断そのものは間違っていなかったと思う。
それに迷子になったといっても、煙が今も立ち上っているから元の場所に戻ること自体は不可能ではない。
人間が遭難してしまうのは目印がないからだ。
人の足の長さというのは左右微妙に違うせいで、まっすぐ歩いているつもりでも実は少しだけ弧を描くように歩いてしまう。だから目印がない森や山、雪景色の中だと同じところを円を描くようにグルグルしてしまって一生出られない、なんてことになる。目印さえあれば平気なのだ。
それに僕はモモモ人。
モモモ人というなんとも変な名前だけど、それが今は心強い。だって僕以上に化け物な化け物はそうそういないらしいから。
しかしミスティルはどこに行ったのだろうか。あれで二歳児、しかも地上に来たのは初めてだと言っていたから彼女も僕と同じように森の中で迷っていたりしないだろうか。
それはないか。なにせ彼女の背中には空を飛ぶためであろう翼がある。現在地を見失おうとも、空高く飛び上がってしまえばすぐさま確認できる。
羨ましい。僕も空を飛んでみたい。
などと考えながら歩いていたからだろうか。
「グォ!?」
「グォ、グオグォ!?」
「おっと」
前方から走ってきた二人組とぶつかってしまった。
ぶつかって、はじき飛ばしてしまった。
「……マジか」
結構な速度で走ってきた大柄の二人を、ただ歩いていただけの僕が弾き飛ばしてしまった。そんなことあるか、と思いたいけれど目の前には完全にのびてしまった二人。背中から木に激突してしまったらしく、その瞬間の彼らの呻き声は僕の耳にも容易に届いた。
彼らに近づくと、それは人間でもエルフでも天使でもない、不思議な人型生命体だった。
緑の肌、平たい鼻、耳は頭頂部に位置して目は人間のそれより随分と顔の横に位置している。草食獣に見られるような、被捕食側の形態的特徴に近いものを持っていた。肌の色は植物の多い森林に隠匿するためのものだろうか。
「言ってたっけ、そういえば。この森にはオークがいるって」
となれば、目の前のこれが件のオークであると判断してもよさそうだ。
エルフに狩られる側の生き物、オーク。
前世のゲームだったり漫画だったりでは悪役やモンスターとしての地位を築いている彼らだが、どうにもこの世界、というかこの森の中でのヒエラルキーはエルフよりも下位に位置するそうだ。
農業をして、狩りをして、その成果物をエルフに奪われる。そんな悲しい生物である。ヒグマに襲われるハチの巣みたいな感じなのだろうか。
して、そんな彼らが走ってきたということは、エルフに追われて逃げてきたと考えるのが自然だが、案外この森にはその他の頂点捕食者がいてもおかしくない。なにせファンタジー、ドラゴンとか出てこないかな。そうすれば彼らを助けるって名目で龍退治ができる。
そう思っていると小さな足音が聞こえてきた。小さい。どでかいドラゴンではなさそうだ。よしんばドラゴンでも子どもだろう。
足音を待っていると、現れたのは。
「っ!? 人間っ、どうしてこんな森の中でっ!?」
「それは僕のセリフ、だけど僕の方は実は確信がなかったり。人に似ているモンスターって結構多いよね」
十歳前後、と思わしき小さな子どもだった。
なんの子どもかは言うまでもないだろう。人間だ。人間の子どもだった。
亜麻色の髪を無造作に伸ばした、ボロの服を纏った女の子である。靴も靴下も履いていない足は土で汚れているが目立った傷はない。荷物もなにも持たず着の身着のまま、まるで孤児のような――とはいえ僕は孤児の現物なんて見たことはないのだけれど――恰好の彼女は僕を見て驚き、しかし次の瞬間叫んだ。
「逃げなさいっ! こっちに化け物が来ているの!」
その言葉が言い終わるや否や、というタイミングで、それは現れた。
音も、気配も、風の動きすらなく。気が付いたらそこにいた、という唐突さで。まるで瞬きした瞬間に突然現れたかのように。
少女の背後に、鈍く輝く甲冑を着込んだ大男が現れていた。
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