第6話
開けた空間で伸びていたイケメンが目を覚ましたのはそれから少ししてからだった。
「……よう兄弟。オレが生きてるってことは、オマエラはまだマシな手合いって認識で合ってるか?」
「彼女はともかく、僕は言葉が通じる相手を無闇に痛めつけるような趣味は持ってないね。あ、でも正直建前と見かけの正義があるならドラゴンとかそういうのを狩りに行ってみたいかも。その程度には狂暴だ。猟友会に相談かな?」
金髪。
細身。
顔が良い。
プラスアルファで耳が長い。
エルフと検索してみたら引っ掛かるであろう要素を詰め込んだそのイケメンは実にエルフ的だった。民族衣装を思わせる服も、エルフが着ていそうと言われればたしかにと頷きたくなるデザインだ。
「キミにキングオブエルフの称号を与えよう」
「キング……?」
首を傾げる彼の腕を引っ張って立ち上がらせる。周囲を見回したイケメンは皮肉気に笑った。
「冗談だろ。この森にこんな化け物がいたなんて終ぞオレは知らねえぞ」
「人間ってのは化け物みたいだね。それには我がことながら同感だ」
「人間……人間だと? オマエが?」
初めてみたぜ。そう唸るイケメンの顔は歪んでもなおイケメンだ。今の僕の力ならこのイケメンをブサメンに変えてしまうのは容易だろう。そう思うとなんだか勝った気がしてくる。
虚しい。
「僕は百山ミゲル。天涯孤独のモモモ人、孤高のロンリーウルフ。初めましてエルフさん」
「……あー。オレぁエルフ以外と話したことがないからよ、オマエの文化がどういうものなのかさっぱりだ。失礼があっても見逃してくれや。エルフのディアザだ」
おっかなびっくり、という言葉が似合うような戸惑いを隠せない口調で彼はディアザと名乗った。態度の原因はおそらく僕。だって必要十分以上に化け物だから。言葉を話せる怪獣と遭遇した一般人気分なのだろう。そりゃあ怖い。
まぁそういう彼の都合は僕には関係ないのだけれど。
「よろしくディアザ。それで、散々キミにいじめられていた彼女はミスティルちゃんだ。……あれ、いない」
ディアザに紹介するべく振り返りついさっきまでそこにいたミスティルに向き直るも、彼女の姿はなかった。
代わりに、ぺキリという乾いた音。
音の方角を向くと、そこには弓矢を剣で叩き切ったミスティルちゃん。
「おあああぁぁなにしてんだオマエっ!?」
「こんなものがあるからいけないのよ。こんなものがあるから」
ディアザに迫られても彼女は涼しい表情のままだった。弓矢のないエルフなど怖くない。そう雄弁に語る表情。
そしてそれは事実らしく、ディアザの腕力ではミスティルをどうにかすることなんてできないらしい。揺さぶられても異常なほどに体幹がしっかりしていた。矢で射られても刺さらず痛い程度で済んでいたあたりも含め、地上の者を見下すプライドに見合った力はあるのかもしれない。
なので僕は両者の間に割って入り。
「……なによ。別にワタシは悪いことなんてしていないのだからアナタに咎められる筋合いは待って待ちなさいどうしてワタシを掴むのやめっ、やめなさっ、やめてっていってりゅおろろろろろろ」
「うん、いいね。キミはそうしている方が似合っているぜ、ミスティルちゃん」
「本当に殺すわよ……!」
「マジでなんなんだオマエラ」
ゲホゲホ言いながら四つん這いでキラキラを吐くミスティル。その姿にディアザはドン引きだった。
「そもそもだがよ。人間に、天使。希少生物の代表がどうしてこんなエルフとオークしかいないような森にいるんだ」
「……さぁ?」
「さぁって」
「いやいや、とぼけてるってわけじゃないんだ。僕も僕としてどうして自分がここにいるのか分かってないんだよマジで」
マジで。
僕はどうしてここにいるのだろう。
そう自問してみると、ふと腕に巻き付いた布が目に留まった。
「過去のことはいいじゃないか。それよりも僕らはいつだって未来を見て生きていくべきだ。つかぬことを聞くけど、ラミアってこの辺りに棲んでる?」
「ラミア? あの手の種族はこんな寒い土地にはいねえな。いるとしたら冬でも雪が降らないような場所だぜ」
「それってここからどれくらい離れてるかな」
「……オレぁ森から出たことがないから正確なことは言えねえが、デケぇラミアの国はこの森がある大陸から海を二つ跨いだ場所にあるな」
「星の裏側じゃん」
あの教会がどの辺にあったのかは分からないけれど、もしその国だとしたら随分遠くに落ちたものだ。
天界は位相が違う、とかって言ってたっけ。その影響だろうか。コリオリ力的な。星の自転と公転から独立した座標に浮いている衛星チックな概念なのかもしれない、天界。
この世界が前世と同じく地動説で動いているとは限らないけれど。案外地上平面説がブイブイ言わしているのかも。大地は亀と象の上にあり。
「遠いなぁ、多分。まぁいいや。目的なしに動くよりもずっといい。そこを目指そう。安心してよ、と言っても化け物の言葉は信用できないかな? ともかく僕らはキミ達エルフの平穏を脅かしたいわけじゃない。迷惑そうだしすぐに出て行くよ」
「出て行くって、ラミアの国を攻めるのか?」
「攻めるって。ああいや、この世界の人間は侵略戦争を仕掛けまくる蛮族なんだっけ。そう思われても仕方ないか」
忘れ物を返しに行くんだよ。
そう言って僕は腕に巻き付いた布を見せる。
「僕は借りパクがナメクジの次に嫌いなんだ。ちゃんと返さなきゃ気分が悪い」
分かるような、分からないような。そんな表情を浮かべるディアザだったが、そんな時僕のお腹が鳴った。
ぐぅ。
「そういえばお腹が空いたな。ディアザ、この辺でご飯食べられる場所ってある?」
「……自由過ぎないか、オマエ」
――――
気分悪そうにしているミスティルを背負って、僕はディアザを追うように森の中を歩く。
硬い。背中に当たる感触がめちゃ硬い。鎧姿なのだから当然といえば当然だけど、胸当てがゴツゴツしている。足にはグリーブがあるし首に回された腕には籠手があるし、硬い。本当に硬い。バリ堅ならぬバリ硬だ。こういうシチュエーションってアニメや漫画だともっとお色気的なアレなはずなのに。
「ミスティルちゃんって残念だよね、色々と」
「殺されたいの……?」
ギリギリと腕が締まって首に食い込む。重心が後ろの方に倒されて、絞めるというより折る方向でなんだか本気で殺しにかかっている気がするけれど、僕の首は平気だった。人間すごい。モモモ人すごい。
ところで、エルフという種族についてディアザとミスティル両名から話を聞いてみたところ面白いことが分かった。
前世での感覚だと、エルフはなんというか、人間嫌いの種族で気高く気難しく、身体能力はそうでもないけれど魔法みたいな力を扱える、みたいなイメージだと思う。
しかしこの世界のエルフは違う。一般的な大人しいエルフの印象とは異なり彼らは生息圏を同じくするオークをしばき倒して生計を立てるというなんともな生態をしているらしいのだ。
普通逆なのではと思うだろう。僕もそう思った。エルフとオークがいたら普通はエルフが奪われる側でオークは奪う側。そう思う。
実体としてはその真逆なのだが。農耕をし狩猟をし、そうして食料を集めたオークを弓矢でしばき倒し成果を奪うのがエルフという種族なのである。
お互いが人型で高度な知性があるもの同士だから違和感を覚えるかもしれないが、実際の所やっているのは鵜飼いや養蜂家とそう変わらない。鵜は捕らえた魚を奪われるし蜂は集めたハチミツを奪われる。自然界は残酷なのだ。
「それにしても、エルフって人間に似てるよね。そういうものなのだと言われたらそれまでだけどさ。収斂進化の結果なのかな」
「違うわ。エルフが人間に似ているのは外敵から身を守るためよ」
僕の呟きにミスティルが否と唱えた。
「人間から襲い掛かることは多いけれど、この世界に自分から人間相手にケンカを売るようなドアホはそういないわ。だからエルフは人間に似た姿になることで他の種族から襲われるリスクを低くしているの」
なるほど、擬態のためなのか。
「随分詳しいね。もしかして、他のいろんな種族にも詳しかったりする?」
「当然でしょう? ワタシ達天使は地上に生命が生まれる前から存在しているのよ」
「あれ、それじゃあミスティルちゃんって結構若く見えるけど実はおばあちゃんだったりするの?」
「失礼な。ワタシはまだ生まれて二年よ」
二歳かよ。
まさかの新生児に毛が生えた程度。今世だけなら僕は生後一日未満だけれど前世を勘定に入れるなら僕の方が年上だ。
しかし二歳だという彼女はどうみても二十代前半かそこらにしか見えない。超早熟、人間の十倍以上の速度で成長したのか。それとも成人、成体の姿で生まれてきたのだろうか。
人間以上に天使とかいう生き物が不思議に思えて仕方がない。実にファンタジー。
そんな摩訶不思議生命天使にぺしぺしと翼で体を叩かれながら進む僕だったけれど、前を歩くディアザが急に振り向いた。
「なあミゲル。一つ提案があるんだが」
「なにかな」
「なにを目指してどこに向かっているのかは知らねえがよ。オレもオマエラの旅路に同行させちゃくれないか」
足を止めた彼に倣って僕も足を止める。するりと首元から腕が離れ、ミスティルも自分の足で地面に立った。
「あら、陰険かつ人見知りなエルフにしては珍しい意見ね、アナタ達は自分の森から出たくない引きこもりかと思っていたのだけど。こうしてワタシ達を引き連れているのもこの男の暴力を恐れる心が根底にあるのでしょう? 人間のモノマネ種族のエルフじゃ本家本元の人間にはどうあがいても勝てないから、違うかしら」
「手厳しいな。だが後半はあながち間違いじゃない。それに前半だって大多数のエルフはそうさ。だがオレぁ違う。こんな迫っ苦しい森に一生籠ったままなんてゴメンだね」
「迫っ苦しい? 随分とこの森は広いように思うんだけど」
僕の疑問に彼は肩をすくめる。
「寿命の短い人間にはそう感じるかもな。だがオレみてぇなエルフにゃ違う。何千年も生きてりゃ森の中で知らねぇところは無くなる。要は新鮮さってのが消えるんだ。ソイツぁめちゃ退屈だろ?」
「あぁ、なるほど。それで狭い」
確かに、代り映えのしない生活というのを苦痛に感じる人間はいるだろう。僕もどちらかといえばそういうタイプだ。
「ついてくるのはいいけどさ。出て行きたければ森なんて勝手に出て行けばいいじゃないか? エルフの掟みたいな感じで森の外に自由には出られない、みたいな話?」
「出られないのよ、エルフはこの森から。出ないのではなく、出られない」
疑問に答えたのはミスティルだった。
「この森、いえ、この森の周囲には人間がいないわ。ほとんどいない、なんて程度じゃない。まったくいないのよ。世界中に人間はいるけれど、彼はさっき人間を希少種だって言ったでしょう?」
忌々しそうな口ぶりだった。彼女は常に機嫌が悪そうにしていたけれど、その中でも特段だ。
「その原因が邪神に魂を売り渡し何万年も、それこそモモモ人の時代からこの森でエルフを守り続けている大英雄。勇者ストマックがエルフをこの森から出さないの。か弱い同胞を人間から守り続けるために」
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