ゆくえ

ルリア

ゆくえ

放たれた言葉のゆくえを追っているはずなのに、それはいつも忽然と姿を消す。

まるではじめから存在しなかったかのように、まばたきをしたそのわずか一瞬のあいだに。


伝えられなかった言葉はこんなにも長い間、どこにもいけずにまだ僕のこころのなかにわだかまっているというのに。

この言葉のゆくえは決まっている。決まっている、というよりもそれは、僕が明確にさだめている。きちんと、正確に、きみのそのこころまで届くように、と。

それなのに、伝えらなかっただけでこんなにもこころを重くするこの言葉は、きっと声にのせてしまった途端、文字として残してしまった途端にその重さを失ってふわりと浮かび上がり、僕の目の届かないどこかへすっと消えてしまう。

あなたのさだめた目的地まできちんとお届けましたよ、などという報告はいっさいしないまま。

本来の持ち主だった僕の意思を無視したそれらはいったい、どういうつもりでそのような態度を取るのか、いくら考えてみたところでまったく理解ができない。

すこしだけ声を大きくしてみたところで、言葉たちのふるまいはまったく変わらなかった。もちろん、声量を落としてみたって、強く書きなぐってみたって、弱々しくちいさな文字にしてみたって、結果はおなじことだ。


「どういうつもりなんだ」


そう問いかけてみたところで、そいつらもじぶんの役割を知らないのか、知っていてそれらを放棄しているのか、たちどころに霧散してしまう。まったくもって話しにならない。

そのふるまいに対して僕は、笑ってみたり、腹を立ててみたり、あえて悲しそうにしてみたり、ときには涙を流したりしてみたところで、それらは反省の色のひとつもみせようとしない。もちろん、あざわらったりばかにしてきたりするようなこともしない。とにかく、忽然と消えてみたり、霧散してみたりする。ときには落ちたように見せかけてくるから、落下したと思われる場所に目を凝らしてみても、やっぱりもうそこにはなにも残っていない。それが当然のように、我がもの顔をして──けれどそれは決して僕をばかにしている表情ではないことだけは明確に主張しながら──ふっといなくなる。


いちど、ホールのように広く、よく声が響く場所でおなじことを問いかけてみた。すると、僕の声はその場所に反響し、発した僕の声をその場所になんどか響かせた。けれど、それだけだった。残っていたのは僕の声だけで、それらは僕の声が響き終わるまえに、もうそこから姿を消していた。

たった一瞬、残滓するそぶりをみせただけだった。


つまり、僕がいまここに記している言葉たちも、僕がこうして書いたからしかたなくこの場所にかたちとして鎮座しているだけで、僕が意識して目を凝らして読み取ろうとしなければ、あっというまにどこかへ消えてしまう。

僕が意思を持ってこれらの言葉のゆくえを明確にきみにさだめて放ったところで、僕が一瞬まばたきをしたその瞬間に、これらのゆくえがわからなくなるだろう。


きみが、この言葉のゆくえをとらえることができるといいのだけれど。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゆくえ ルリア @white_flower

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画