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「アハト、全員やれるか?」


 情けないとは分かりつつもアハトに尋ねる。今の状態では一般人とのタイマンならまだしも、2人になればもう勝ち目がない。それが今見えているだけでも4人、後ろにも数人でそこに迷惑客の男が加わる。


 それだけの人数を相手取って勝てるほど、喧嘩の腕は強くない。それどころか相手は全員武器持ちだ。タイマンでも勝てない可能性の方が高いまである。


 ここで頼りになるのはアハトの巨大な腕だけだ。あの腕ならば異能力を消すだけでなく、簡単に敵を一掃する事が出来るはずだ。


 しかし、アハトの答えは望んでいたものではなかった。それどころか彼女の答えは真逆のものだった。


「残念ですが、相手は異能力を持たない一般人です。直接触って掛けられた異能を消す事は許されても、腕で吹き飛ばす事は許されません」


 そう、異能力で一般人を傷つける事は禁忌とされている。異能力者の存在が世間に知れれば、異能力者を排斥しようとする動きがあるだろう。何故なら異能力者は少ない。


 幾ら1人の力が強力だろうと限度はある。強い力を持っていたとしても世界を敵に回せばどうなるかは明白だ。そこで世界を敵に回さないように設立されたのが異能力対策課という訳だ。


 操られているとは言え、一般人に変わりはない人達を異能力で倒せばどうなるか、アハトはそれを懸念しているのだろう。


 しかし、この場には自分達の他に誰もいない。クロからすればバレない、そしてそれ以上に命の危険すらあるのだから使ってくれるものだと思っていた。


「このままじゃ、2人共お陀仏、いや俺は死ねないが、お前はそうじゃないだろ。ここは規則だルールだなんだと言ってる場合か?」


「そこまで言うなら私に頼らず自分の身は自分の異能で守ってください。後ろにいる集団は私がなんとかしますので、前の敵をお願いします」


 言い争いを聞いて姿すら見せない迷惑客は、気味が悪い高笑いをしながら悦に浸っている調子を見せながらこちらに話しかけてくる。


「良いね。命の危機を感じて仲間割れをするのは。人間らしくて実に醜いじゃないか。そういうのを俺は待っていたんだよ!くだらないちっぽけな」


 この男は頭がおかしくなったのだろうか。スーパーに現れていた時は、サイコパスな事を意気揚々と言う人間では少なくともなかったはずだ。あくまで友達ではなく、客と店員という関係なので深い所までは知らないが。


「もっと聴いていたいところだが、あまり時間はないと言われていてね。終わりにしよう」


 


『お前達、そいつらを捕まえろ。男の方はどんな手を使っても構わんが、女の方は武器を使って直接触れないようにしろ』


 さっきまで普通に喋っていたのと違い、男の声からはビリビリと圧を感じる。アハトが言っていた言葉に力が乗っているというやつだろう。


 言霊によって操られている商店街の人達は反抗する様子を一切見せず、言われた通りに武器を構えて動き出す。


 店で言霊を使っていた時は人を思うがままに操るというよりは、思考を誘導していたくらいだった。今、見えている性格を考えると隠していたというよりも、自分の異能力を正しく理解したのだろう。


 自分の異能力を理解しなければ、本来の力を100%出すことは出来ないというのが異能力者の中での通説だ。前回、というよりもスーパーでは自分が異能力者である事を知らずに使っていたので、人を言葉のままに操る事はなかった。そのままにしておけば良いものを、誰かが彼に入れ知恵をした。


 元があれなので鬼に金棒というほどでもないが、まともな考えではない者が扱えば相当厄介だ。そしてその誰かとはこいつが最初に語ったというので間違いないだろう。


 いや、今そんな敵がどうなどと考えている余裕はない。眼前の敵をどう対処するかを真っ先に考えるべきだ。


(駄目だ、真昼間だから思考が纏まらない。いや、それもあるがいつも以上に思考が纏まっていないのは、傷を負いすぎたからか。くそ、衝動が起きる前に早く逃げないと)


 後ろの敵はアハトが倒すと豪語していたので、少しでも時間を稼いで後ろから全力で逃げるしかない。


「間違っても力を使わせるなよ」

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