1-13
主婦は返事をしない。それどころか目は虚ろで生気を感じられない。それでも、背中に刺さっている包丁を強く握っている事が、後ろから押されている力でわかる。
心臓を一突きで殺そうとするほどの恨みを買っていれば、多少なり顔に見覚えがあるはずだが、少しも記憶にない。
年齢を考えれば、子供を捕まえられたと言うならわからなくもない。しかし、例え身内だとしても、異能力関係の事は話せないよう契約を結ばされる。なので可能性としては低いだろう。
「アハト、この人は操られている。違うか!?」
「現在進行形で刺されているというのに、案外余裕そうな顔をするのですね。痛くないのですか?」
痛い、と言えば嘘になる。これだけ派手に傷を負っていると、逆に痛みをあまり感じない。最初に感じた熱も引いてきて、最早今は感覚がなくなってきている。とはいえ、刺されたままでは色々と邪魔くさい。
「誰だか知らんが、その手を離せ!」
手を離させるため、主婦の顔にエルボーを決める。一般人である可能性を加味して手加減したとはいえ、人並みの威力をまともに受けて主婦は倒れる。
背中に刺さっていた包丁も主婦が強く握っていたので、血がべっとりと付着した状態で転がっている。しかし、主婦はそれに動揺する事はなく、一言も声を上げずにもう一度立ちあがろうとしていた。
「それ以上はやらせません」
アハトが立ちあがろうとしていた主婦の体を駆け寄って触る。するとまるで操り人形の糸が切れたように、ガクッと後ろに倒れ込んだ。
「さっきから思っていたが、腕を出さなくても直接触れば異能力を消せるんだな。本当に異能力者に対しては無敵って訳だ」
「そうですね。傷を負わなければ発動しない誰かの異能力とは違います」
「言ってろ!お前だってただの包丁に刺されたら死ぬだろ!」
「私なら刺される前に対処できます。路地裏にも何かいるのは気づいていましたし」
一々、貶さないと会話出来ないのだろうか。普段、無表情が多いというのに、こういう時だけ誇らしげな顔をしているのは考えものだ。
そうこうしている間にも、口の中に血の味が広がりだす。治る速度はお世辞にも早いとは言えないので、肺に血が溜まり口まで登ってきたといった所か。
「すまんが少し待ってくれ。しっかり奥まで刺されたお陰で、暫くまともに動けそうにない」
「私は待っても良いですが、周りにいる人達は待ってくれなさそうですよ」
「まさか火の玉男が近づいて」
「残念、俺だよ」
急に路地裏の奥側から、幾つもの足音が鳴り響き始める。すぐに音は近づき、路地裏に広がっていた暗がりから人の姿が露わになる。
聞こえてきていた規則的な足音から、どこかの軍隊を想像させられたが、服装から判断するにそれは違うらしい。どちらかと言えば、主婦と同じでただの一般人と言ったところか。
一般人集団の1人、姿は見えないがこの集団を取り仕切っているらしい男の声が奥から響く。
「久しぶり……と言っても1週間ぶりか?俺からすればこの1週間はとても長いものだったんで、久しぶりという気分だよ」
「姿を現せ、お前は何者だ。どうしてあの主婦に俺を殺させようとした」
「狙いはお前じゃなかったんだが、お前にも痛い目を合わそうと思ってたからちょうどよかったよ。2人共、神に選ばれし者だったのは予想外だった」
1週間ぶりに会う異能力者に心当たりは2人しかない。それでいて自分を火の玉男ではないと言う。となると残りはあの迷惑客しかいない。
自分を神に選ばれし者だと言っているあたりも、あの迷惑客らしいと言えばらしい。お客様は神様だと本当に信じていそうな態度を常に取っていたのがもう懐かしい。
あれから男は店に来なくなっていたので、動向を掴めていなかったがまさかこんな形で再会するとは思ってもいなかった。対策課の監視はザルすぎやしませんでしょうか。
しかし、男の目的はこうなると復讐という事になる。火の玉男も会話を交わしていないが思い当たる節はそれしかない。
迷惑客の異能力は言霊じゃないかとアハトは予想していた。大方それで操っているのだろうが、アハトが触れさえすれば解放出来るとさっき証明された。
「人を使って俺達に復讐しようなんて、何の意味もないぞ。こいつが触れば解放する事も出来るんだから、大人しく自分から支配を解け」
「そんな事はあのお方に予め聞いている。だからこそお前達には数の暴力をプレゼントしてやるんだ」
「おい、あのお方って誰だ!火の玉男が前に言ってた奴と同じ奴か!答え」
「先輩、不味いです。後ろからも何人かが来ています」
アハトが言うように、複数人の足音が今度は商店街の表街道から迫ってきている。同時に相対している集団が各々持つ武器を構え始めた。
あのお方というのが誰なのかは気になるが、前も後ろも敵に囲まれているこの状況では一旦それ所ではなくなっている。
そんな風に焦るクロを見て、迷惑客は嬉しくなったのか上擦った声を大きく上げる。
「さぁ、スペクタクルを見せてくれ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます