1-12


 アハトの声と共に巨大な青い腕が出現する。相対している男も急に現れた腕に驚いているようで、目を大きく開けている。


「なんだそのデカい腕は!だが、どれだけデカかろうが俺の金属バットは負けねぇ!」


 アハトと男の距離は数メートル、3歩進めばバットが届く。それどころか男の異能力、詳細はわからないが直接当たらない距離だとしても油断はできない。


 それは目の前でやられているのを見て、アハトもわかっているはずだ。恐らくだが、謎の打撃が異能だと言うのならば、アハトの異能で消せると判断しての余裕だろう。


 案の定、にやけヅラを隠さない男はその場から一歩も前に進まないでバットを横に振るう。男から数メートル離れているのだから、バットはアハトに当然届かない。


 そこを襲う見えない追撃、があるはずだった。しかし、アハトに傷は見えない。


 展開されている巨大な腕で防いだ訳でもなく、アハトは巨大な腕を含めて少しも動いていなかった。


「ふ、不発?」


 男が驚く前より先に、こちらが驚きの余り声を出してしまう。男も男で驚いてはいるようで、バットとアハトを交互に見ている。


「貴方も先輩も学ばない人ですね。私には異能が効かないと何回言えばわかるのですか」


 呆れた声を上げたアハトは手を上げる。すると巨大な青い腕が、数メートル先に居る男目掛けて殴りかかる。


 対する男はバットで腕を殴り、勢いを殺そうとするが青い腕はそんなものを意に介さない。鈍い音が鳴り響き、男は折れたバットと共に吹っ飛ばされていった。


 座って相変わらずの威力に感心していると、アハトは珍しく顔を顰めながらこちらを見る。


「先輩、早く立って下さい。次の攻撃が来ますよ」


「次?お前のパンチであいつは伸びてるぞ。それともまだ異能力者は居て、俺達の事を狙っているとか?」


 異能力者が徒党を組むなんて、今までなかったので冗談混じりに聞いてみる。アハトはそれを肯定するように頷き、周囲を警戒するように見渡し始める。


「そんな訳ないだろ。冗談も程々に」


 話している途中、突然目の前の地面が小規模な爆発を起こす。巻き起こった煙が晴れた所のコンクリートが、ゴルフボールサイズで黒く焦げている。


 この焦げ跡はつい最近見た事がある。1週間前、火の玉を操る異能力者が、狙いを外した時に地面につけていた焦げ跡とそっくりである。


 攻撃は1発で終わる事はなく、その後も数発が空から降り注ぐ。しかし、最初の1発以外に降り注いだ火の雨はアハトの腕が全て打ち消した。


「無駄に傷を負いたくないのなら、今すぐ建物と建物の間にある路地へ逃げ込んでください」


 上を見上げながらアハトは暗い路地を指差す。自分が敵に出来る事は何もないので、大人しく指示に従って路地に向かう。その間もアハトは、飛んできていた火の玉を打ち消していたので、今の自分との実力差を痛感させられる。


 路地に辿り着くと攻撃は止む。直接、敵の姿を見ることは出来なかったが、火の玉が飛んできた方向から敵はどこかの建物の2階にいると大体の予想がつく。なので攻撃が止んだというよりも、射線が通らなくなったと言った方が正しいだろう。


 アハトはそれを瞬時に判断し、安全だと思われる場所まで指示をしたという訳だ。


 これを凄いとは思わない。自分も全力を出せるならそれくらいできたはずだ。そう、これは決して負け惜しみなんかじゃない。


「それで、これからどうする?言っておくが、俺は遠距離で索敵と攻撃する手段を持ち合わせていないぞ」


「そんな事はわかっています。場所さえわかれば私がまた殴り飛ばしに行くので、先輩はベイトにでもなっていて下さい」


「治るからって扱いが酷すぎる!少しは先輩を敬って」


 雑な扱いに対する異議をアハトの方を見ながら唱えていると、突然胸辺りに後ろから衝撃を感じた後、衝撃を与えられた辺りが一気に熱くなる。同時に水滴がポタポタと地面に落ちる。


 地面を確認すると赤い水滴、血が背中から噴き出しているらしい。ここでやっと何かで背中を刺されたのだと理解する。火の玉攻撃から逃げるのに夢中で、路地に人がいるかを確認するのを忘れていた。


 刺した人間が獲物を握ったままなので、体ごと振り向くのではなく、顔だけで振り向き犯人を確認する。後ろから刺し殺そうとするなんて、何か自分に恨みがある人間である事は間違いないと思ったからだ。


 しかし、そこに立っていたのは如何にもこれから買い物にでも行こうとしている、片手に大きめの袋を手にした主婦だった。


「お前、誰だ」

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