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豪華絢爛、パーティーはその一言に尽きる盛り上がりだった。そもそも今行われているパーティーは、このタワーを保有する会社の社長令嬢が、20歳の誕生日を迎えた祝いの席だという。
呼ばれているのは大手企業社長の親族かテレビで見た事のある著名人ばかりらしい。既に幾つかのグループが出来上がっており、美男美女達が会話しているのが目に入る。
「こう見ると誰からも近付かれていない俺は明らかな異物でしかないな。かといってただのアルバイトでしかない俺が誰かに話しかけられても困るが。さてさて、こっちはこっちで穏便に済みそうにはないな」
「すいません、よろしいですか?」
誰とも目を合わさないように壁側を向いていると、後ろから初めて声をかけられる。できればこのまま無視を続けて、違う人に話しかけてもらいたいところだが、周りには誰もいないことを確認済み。このまま無視を続ければ、更に悪目立ちする事は目に見えてわかる。
話しかけられたならば最低限は対応する。そうしないとアハトにキレられるだけでは済まない事が馬鹿でもわかる。なので身バレしないよう、慎重に言葉を選びつつ振り返る。
「はい、どうされましたか?」
結果、会場に何人もいるスタッフと同じような返しになってしまう。接客経験が悪いところで出てしまったと、内心では少し焦りながらも相手の顔色を伺う。
相手は何処かのご令嬢の1人、栗色の髪を肩まで伸ばしたショートヘアで、髪が短い分しっかりと見える端正な顔立ちがこちらをドキッとさせる。
ただでさえ少ない知り合いが、こんな会場にいる訳はないので知らない顔だ。さっきまではと付け加えなければならないが。
アハトから、パーティーに潜入するのならこの顔は覚えておけ。と家族写真が渡されており、その中の1人と栗色髪の彼女が酷似している。
家族写真に写っている家族はこのパーティーを主催、つまり今目の前に立つ少女は今回の主役である誕生日を迎えた麗しき社長令嬢ということになる。
「こんばんは、お見かけした事がないお顔でしたので、つい挨拶をしてしまいましたの。ここにおいで下さっているので名乗る必要はないとも思いますが、改めて」
小さい宝石が幾つも散りばめられて光る赤いドレスの裾を掴み、目に見えてお嬢様としか言えない姿を見せる。
「私は
「これはご丁寧にどうも。私は日威黒、趣味も好きなものも……特に思いつかないです」
普段から何もしていないと言っているのと同義なので、それを改めて口にするのは恥ずかしい。事実、異世界から帰還するまではゲームやアニメを嗜んではいた。
しかし、異世界から帰還してからはどれを体験しても心が一切踊らなくなっていた。普通の人ならば驚かされるような体験を幾つしても、異世界で体験した出来事と比べものにならない。例えその思い出が色褪せていくばかりのものだったとしても。
ついつい老人がするような感傷の浸り方をして、潜入任務だという事も目の前に人がいる事も忘れてしまう。結果、目を大きく開けて、「なんだこいつ」と言わんばかりの顔をしている事にも気づかず。
「そ、それは逆に凄いですね。言ってしまえば、何事にも落ち着いて取り組めるという事でしょうからね。それでは他の方にも挨拶をしなければいけないので。失礼いたします」
挨拶だけ済ませ、それ以上は会話を弾ませるつもりはないようで、そのまま踵を返して会場の中心に広がる人集りへと消えていった。
部屋の1番端で会場の流れを一瞬で1人に戻ったので見ていると、ホール内にアナウンスが流れ始める。招待客が大体揃ったので、これからパーティーを始めるらしい。
結構な盛り上がりを見せておきながら、今までまだ始まってすらなかったなんて驚きを通り越して呆れすらでてくる。
会場内の電気は消された上で、照らされた中央奥のステージでつい先刻まで会話していた赤い衣を見に纏った美女が現れる。
彼女は特に変わった事を言う事もなく、筒がなくパーティーはどんどんと進んでいった。その間に、裏で起こっている何かに誰も気づく事はないまま。
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