1-9


「気づいていないのですか?あのおじさんは私や貴方と同じ異能力者です」


 そんな馬鹿なと男に目を移す。だが、目に見えた異能らしきものは見つからない。


「一体、何の異能なんだ!俺には何も見えないが」


『再生』のように普段は目に見えない異能は知っているだけでも複数ある。知らない異能を含めれば途方もない。なので彼が異能力者の可能性は当然ある。


「効果を受けている自覚がないというのは厄介なものですね。場の雰囲気に違和感は覚えないのですか」


違和感と言われても、あの男が騒ぎ始めるのはいつもの事で、ウザい、帰って欲しいと思うことはあっても違和感なんて。


「本当にわかっていないのですね。つまり異能の効果は強いという事なのでしょう」


 何やら1人で考察しているが、もし異能力者ならば早めに内容を教えてほしい。幾ら治ると言っても、傷つくのはできるだけ避けたい。


「私の推察ではありますが、この異能は『言霊』だと。あくまで推測の域をでませんが」


 言霊と言われても、学がないのでいまいちピンとこない。確か、言葉には力が宿っている、だったか。


「今、彼の言葉によって場は支配されています。証拠に誰も咎めません」


 言いたい事はわかる。確かに彼は場を支配している。だが、もし異能ならば無料にしろと言われて、抵抗できているのはおかしいという事になる。異能力者ではなく、ただの迷惑客なのではないか。


 アハトと異能なのか論争をしていると、向こうでも進展があったようだ。一旦、悪い方向には向かっていそうではある。


「そんな、誠意を見せろと言われましても……私はただのアルバイトでして」


「アルバイトだ?そんな事、俺には関係ないよな!それにアルバイトでもできる謝罪の方法があるだろ?土下座だ」


 男が要求したのはジャパニーズ土下座、日本で謝罪の最上級とされているアレ。実際に使っている者はほとんどみないが。


「どうした、そのくらいできるよな?俺たち、お客様は神様なんだろ」


 サッカー台越しに、男は少女に詰め寄る。いつもなら謝り続けて終了だったのが、いつも以上に男はヒートアップしている。


「それ以上は見過ごせません」


 この状況で動いたのは店員ではなく、今の今迄、目の前でレジ対応していたアハトだ。


「なんだお前は。店員でもない部外者だろ!引っ込んでろ」


「そうもいきません。私は異能力者から人々を守らないといけないので」


 異能力が実在する事を世間一般に知られれば、異能力を持たない人間の間で混乱を招きかねない。故に守秘義務とされているが、アハトが思い切り言ってしまっている。


 幾ら新人と言えど、その辺りは説明されているはずだが。それよりも問題なのは彼女が男の前に立った事だ。異能に頼れば昨日の男のように、一撃に臥せる事はできるだろう。


 しかし、こんなところであのサイズの腕を展開すれば、目撃者が数十人の騒ぎになる。異能の存在が世に知れ渡る可能性だってある。


 流石にここは店員として割り込む必要がある。客同士の喧嘩を店内でやらせる訳にはいかない。アハトの後ろに並んでいた客に断りを入れ、アハトの後ろを追いかける。


「そもそも、貴方は彼女のようなか弱そうな女性を狙って犯行している。狙うなら先輩を狙えば良い」


 何も良くない。やはり助けに入る必要はないのではないか。


「小娘が、俺に指示をするな!」


 男は手を振りかぶる。パンチではなく、平手打ちの構え。アハトの異能抜きの実力はわからない。前に出たのだから、ある程度の実力はあると思いたい。しかし、それを確認する術はない。


 アハトの腕を引っ張り、後ろにいた自分との立ち位置を入れ替える。2人で避けられればよかったが、先に手を出されているので間に合わない。


 パンと乾いた音が鳴り響き、頬が一気に熱くなる。威力はそんなになく、頬は痛いが少しよろけた程度で済む。しかし店員が叩かれた事で、ヒソヒソと話していた周りの人間が黙り込んだ。


「手を出したな。今までははぐらかされてきたが、これでお前は出禁だ」


「先輩、助けてくれたのはありがたいですが、開口一番そのセリフはダサいです」


 助けてもらっておいて、酷い言い草である。やっぱり大人しく殴られておいた方が良かったのではないだろうか。


 それにカッコつけようと思ったわけではなく、他の誰かが殴られるより自分が殴られた方が治ると思っただけなんだが。


 などと早口で言い訳を作っていると、叩いた張本人の男は現場から少し距離を取っていた。どうやら流石に叩いたのはやりすぎたと気づいたのか、人知れず逃げるつもりでいるらしい。


 じりじりと後ずさりをしている男の更に後ろに人影が現れる。


「お客様、どこに行かれるのですか?お会計はまだ終わっていないようですが」


 若々しいが、どこか貫禄のある大きな声で後ろから話しかける男。はっきり言って見た目は弱そうだが、声には自信があるといつも自慢している課長だ。


 そんな課長が男の肩に笑顔で手をかける。


「少し裏、行きましょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る