第1話

俺は歴史の本をパタンと閉じる。


「おい。イザール。また本なんか読んでんのかよ」

「いいだろ別に」

「勉強なんかしたって意味ないぜ。俺らは消耗品だからな」

「おい。そこ私語を慎め。もうすぐ作戦開始だぞ」


隣に座る男はへいへいと生返事をする。俺は閉じた本をバックパックの底に保管し、膝の上に持ってきて抱きかかえる。

作戦開始まで手持無沙汰になった俺は考える。

なんでこうなってしまんだろう


俺はもともと孤児だったが、才能があったのかエインヘリヤル研究所の強化人間の素体として引き取られた。エインヘリヤル研究所と言えば、星騎士になる通過点と言える。子供だった俺は期待に胸を膨らませていた。それがいったいどういうことなのかも知らずに。


体の改造から始まり、超能力発現のため脳を改造されることとなった。そんな時だ。俺の前世の記憶を思い出したのは。

記憶が戻った当初、驚きもしたが奴らにばれないように平然を装った。当然だ。ここの研究者はイカれてる。

前世の記憶を思い出したなんて言えば、どんな実験や解剖に付き合わされるかわかったものじゃない。俺はいたって平凡を装いながらやつらの注目を集めないように努めた。


そして俺の発現した能力は『変形』だった。

有名な星騎士である神速の『加速』や、剛腕の『増幅』という戦闘向きな能力ではないし、貴重なオリハルコンを使ったソードは研究所の成績上位者にのみ配備される。データをある程度集めた後、見込みがないと判断された俺は研究所から放逐された。

俺もこれでやっと自由な生活が…と思ったの矢先。俺は軍隊に連行された。


まぁそりゃそうか。能力発現や身体強化など大金を掛けた俺の体は、はいそうですかと放置してくれるわけがなかった。研究所から追い出されたらその強化された身体能力を活用すべく軍に連行され簡単な訓練を終えた後『マイナーズ』に配属された。


マイナーズってのは少数派の意味じゃなく鉱夫を意味する。

さて。軍が工兵じゃなくて鉱夫って呼ぶのはなんかおかしいような気はするがそれには理由がある。


「それでは作戦の最終ブリーフィングを行う」


俺は輸送船の中ですし詰め状態の中、顔を上げモニターに映る指揮官の顔を確認する。指揮官の顔の横に映像が流れだし、指揮官が作戦の概要を説明する。


「まず第一にガイジュ占領下の惑星パラムにおいて、第131軌道艦隊と第66砲撃艦隊が遠距離からの飽和攻撃を行い、パラム星におけるガイジュを宇宙空間へと誘因する」


画面上に映る軌道艦隊も砲撃艦隊も、おそらく無事には済むまい。彼らも俺も等しく消耗品なのだから。


「次に、本艦はエンジンを切り慣性航行にてパラム星に接近し降下を行う。マイナーズ諸君は手薄になった巣へと侵入し極力戦闘は控えオリハルコンの採掘を最優先とする。その後追撃を防ぐため巣の入り口を爆破する。作戦所要時間は降下ハッチが開いてから30分だ。遅れたものは置いていくので覚悟しておくように。以上でブリーフィングを終了する」


質問を許さないのもいつものことだ。俺らにはいつもこうしろと命令が下りるだけ。

いつも通りの作戦だ。重要な戦力である星騎士を温存したいが重要な戦略物資であるオリハルコンは常に必要としている。

そこで俺たち消耗品の出番というわけだ。囮艦隊が巣から誘き出し、彼らの犠牲で稼いだ時間で俺たちマイナーズがオリハルコンを火事場泥棒するというのが作戦だ。

やつらは巣の奥にいくほど多いので浅いところのやつは誘き出されて比較的安全と言える。まぁそれでも毎回犠牲者はでるわけだが半分も生き残ってオリハルコン20㎏も持って帰れば上出来だと言われている。


俺はぎゅっとバックパックと銃を抱きしめ体の震えを抑える。今回も生きて帰れるかはわからない。

しばらくすると、がたがたと船内が揺れだした。降下中特有の揺れはもう間近ということを嫌というほど実感させる。


「もう間もなく着陸する。時間は30分だ。諸君らの働きに期待する」


アナウンスが流れる。くそ。まだ覚悟もできてないのに。

ずしんと大きな揺れが訪れ、収まるとハッチが開き、赤色灯で照らされていた船内に白い光が差す。


「作戦開始だ!いけいけいけ!時間は有限だぞ」


この部隊の年長者がみんなに指示を飛ばし、みんなが飛んでいくように飛び出す。俺も後ろから押され、いつの間にか外へ出る。白い雲が空を埋め尽くし雲の向こうでは時折、雷が通ったかのような発光が見られる。あの光の1つ1つに人命が載っているのだろうな。

俺は視線を正面に戻す。褐色がかった大地にぽっかりと幅100mはありそうな大穴が空いていた。これでもメインの大穴じゃないから小さいほうなのだが…。

俺も連れられ大穴の淵に辿り着く。


「おいイザール。例のやつ頼むわ」

「わかった」


俺は先ほどこの部隊をまとめていた年長者の指示に従って、大地に手を着き能力を使用する。大穴の反り立つ壁が変形をはじめ、絶壁だった大穴に足場が生える。

俺は額に浮かぶ汗を拭う。


「よくやった。おまえらいくぞ」

「おう」


まとめ役に付き添う形で次々とみんなが階段を下りていく。俺も少し休憩してからその後を追う。


大穴は最初数10mは直滑降だが、その後緩やかな斜面となりアリの巣のように空間が広がっている。すでに数人は奥に進んだようで、俺もいくつかある穴のうちの一つを進む。もちろん電気なんて通ってないので真っ暗だが、身体改造で暗闇でもある程度見えるのでお構いなしに進む。普通はライトを照らしたりするがガイジュに気づかれることもある。


付近を確かめながら時計とにらめっこしつつ奥に進む。

バババババッ!

奥の方から発射音と共に、黄色い閃光が断続的に光る。


「くそ!くそが!ふざけんな!」


発射の発光で暗闇が照らされガイジュと一人の男が浮かび上がる。

俺らに護身用に渡された銃では奴ら一体を倒すのにも苦労する。俺にできることはないのだ。

俺は小さなくぼみに身を隠す。


程なくして銃声は止み、ちらりと確認すると触手が男だったなにかを運び奥の方へと向かっていった。

俺は改めて周囲を確認し、ガイジュがいないことを確認すると奥の方に向けて歩き出す。結局、迂回する道もないし遭遇しないことを願っておくに行くしかあるまい。

時計はすでに10分たっており、もう少し奥まで行って見つからなければ懲罰覚悟で戻るしかない。


俺は奥の道を進んでいくと大きな空間に辿り着いた。

壁には目的であったオリハルコンの塊がいくつか生えていた。とりあえずこれを持ち帰ればノルマ達成だ。俺はオリハルコンに手を当て、変形の能力を駆使し延べ棒のようにして取り出す。


俺はいくつかをバックパックに仕舞った後、時計を確認するとすでに15分が過ぎていた。戻らなくては。

そう思いバックパックを背負いもと来た入口に戻ろうかと思った矢先、奥と入り口からにゅるりとガイジュが現れた。

どうする…?逃げ道はない…恐怖で心臓が早くなる。


死にたくはない…ちらりとオリハルコンの延べ棒を確認するとそれを手に取り能力を駆使し、剣の形に変える。

騎士の見込みなしとして戦闘訓練などする前に放逐されたが、身体強化だけで言えば一般人より強いはずだ。俺は剣を今一度ぎゅっと握りしめる。


俺は震えを必死に抑え、入り口のほうのガイジュに向かう。一番小さいと言われる標準型ですら俺の2倍の3mはある。

ガイジュも触手を伸ばしてこちらを殺そうとするが、俺はオリハルコンのソードで切り裂き距離を詰める。


「邪魔だぁぁああ!」


オリハルコンのソードは一切の抵抗もなくガイジュの体を切り裂いた。俺はわずかな達成感と疲労感を噛み締める。だが、後ろを振り返るとさっきの一体と奥の通路から続々とにゅるにゅると後続がはい出てくるところだった。

俺は改めてバックパックをしっかりと背負い込むと入り口の方に駆け出す。

入り口を抜ける際、変形の超能力を駆使し通路をふさいでおく。

大した時間稼ぎにはならないが、これで少しは距離を稼げるはずだ。


俺は時折、通路に現れるガイジュを切り伏せながらもと来た道を突き進む。

もう間もなく出口というところで俺は強烈な死臭を感じ、通路から大穴をのぞき込む。

大穴の中心に鎮座するガイジュは全長10mを超える個体で大穴から差し込む光で異形の神のような雰囲気すら感じられる。

時計をちらりと確認すると、あと5分を切っていた。


どうする?突破するしかないが、時間もないし現状の俺で勝てるのか?

いろいろと考えが頭の中を巡るが、答えは見つからず時間だけがただ過ぎていく。

一か八かで駆け抜けるしかないかと思っていたが、大型のガイジュがのろりと動き出し、壁を掴み外に出ようとする。


まずい。外に出ても奴が外に出て帰還船を破壊されたらそれこそ本末転倒というものだ。何とかして止めなくては…。

ガイジュが昇ろうとしてる壁には弾痕や亀裂が入っているのを発見し一筋の考えが頭をよぎる。賭けになるが、それ以外に選択肢はない。


俺は一つ深呼吸をし、地面に手を着く。

地面を伝い、超能力を使える領域を広げる。広げるたびに頭痛がし、冷や汗が流れる。あともうちょっと…。


ここだ!

俺は能力を駆使し、岩壁を崩壊させる。壁に体重を預けていたガイジュが瓦礫と共に地面に倒れこむ。


今しかない!

俺は無我夢中で瓦礫の山に向けて駆け出した。瓦礫の山から触手がいまだうねうねと這い出ている。さすがにこれで奴を殺せるとは思ってもいない。だが時間を稼ぎ足場が出来ればいい。

俺は触手を切り飛ばしながら、頂上を目指す。

帰還船が見え、あとはジャンプするだけ。


シュル。


右足に一本の触手が絡みついていた。俺は触手を切り飛ばす間もなく、視界が揺れ壁に打ち付けられた。


「かはっ!」


体中のあちこちが痛み、立つことすらままならない。何とか生きてるのも強化人間として改造されたおかげだろう。

瓦礫の山から瓦礫を押しのけ大型のガイジュがこちらを見つめる。目があるかどうかすらわからないが、どうやら俺のことを厄介な敵として認識したようだ。

くそ。こんなとこで終わりかよ…せっかく転生したっていうのになにかを為さずに。

いやだ。消耗品の様に使い潰されて終わるなんて。俺はガイジュを睨みつけ、なんとか立ち上がろうとする。だが、ふと何かを感じ空を仰ぐ。


空から一筋の光が差し込み、何かが落下してくる。

光はすぐさまガイジュに堕ち、凄まじい衝撃波が周辺を襲う。俺もなんとか両手を前にし衝撃波を耐える。

ガイジュだったモノの上には中世の鎧をSFチックにしたような騎士が立っていた。騎士はこちらに気づいたようでこちらに向かって歩き出す。


だが、血を流しすぎたようだ…俺は気を失った。

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