第8話 居酒屋探偵サムライ・啄木が掴もうとしていた砂


 警察の補助機関として機能する探偵事務所である当探偵事務所は基本的にはお巡りさんしか利用する事が出来ない。一応は個人事業所となってはいるが実態は関係者以外立ち入り禁止の公的な施設という事になっている。所長である私はただ探偵やるというのも芸がないとして居酒屋機能を事務所に組み込んだ。美味しいお酒と美味しい料理を求めてお巡りさんが気兼ねなく訪れる事が出来るようにだ。

 お巡りさんの依頼が増える。

 それは悲しい程にイコールで世の中に犯罪が多いという事。

 端から端まで依頼を片付けていりゃ、私を自殺させた悪党に行き着く。

 だから結局仕事というよりは趣味のような感覚なのかもしれない。

 趣味というには趣は皆無だったが。

 本日のお客様は署長。

 私は署長の好物であるゲソ天を揚げながら彼の話に耳を傾ける。

「サムライ君は石川啄木が歌人ではなく元は小説家を志していた事を知っているかな?」

「ええ。生活に困窮していた為、幾つもの作品を出版社に送っては黙殺されていたと。その結果、心を病んで歴史的な歌を残すようになった筈です。元々文学作品には通じていたようですけどね。啄木自身が病弱だったという事や父親が職を失ったという事などから貧困に陥ったわけですが」

 ゲソ天は衣に黒胡椒を挽いて提供だ。

 天つゆではなく、藻塩で御賞味頂く。

「神童と謳われた彼が生活に苦しむようになるとはね、皮肉なもんさ」

「その事についても歌に遺してありますね。こんな貧しい生活をしていると故郷の方々が呼ぶ神童の名が苦しいって」

 石川啄木といえば歌集である『一握の砂』が有名であるが困窮した生活を抜け出す為に掴もうとしていたのは小説家としての可能性だった。これもまた皮肉な事に一握の砂が世に出る頃、既に啄木の命は風前の灯であった。一家全員を臨時教師の安い給料だけで養わなくてはならない極貧の生活の中、彼は極度の栄養失調が日常であったのだから。

「今回、この探偵事務所を利用したいのはそれが理由だ。歌人・石川啄木ではない、小説家・石川啄木としての作品が発見された。省庁のお偉方はすぐにでも博物館なりに保管をするべきだと主張をしているんだが_。」

「成程。黙殺を続けていた出版社側が提出を拒んでいるわけですか」

「何故、解かったんだい?」

「啄木は生きる為に小説を書きました。自分の力を誇示したいと思って書いてない。執筆速度の速さと何本も執筆してる事がその裏付けになります。ですが収入を得る為にと思って書いていた小説はその全てが黙殺された。結果、啄木は二十代半ばの若さで世を去ってる」

「そうだね。つまり、間接的には出版社側が石川啄木を殺したのだとも言えるわけだ」

「それは感情的なモノの視方になりますが、一般人はそう思って当たり前ですからね」

 歴史の流れに『もしも』は無いが、小説家として生きる事が出来ていれば啄木は若くして死なずに済んだのではないかと考える歴史家の先生も少なくない。食べる事にも苦しんでいるような生活なのだから微々たる収入だとしてもそれは充分に彼の命を繋いだ筈なのだ。

 彼の詩的表現の精度そのままで小説作品が出来上がっていると仮定した場合、それは充分にお金になるだけの価値を持つと断言して良いのだし。

「署長が来るとどうしても文豪や歌聖が話題に挙がりますよね…。先輩がお客様の時は地域の悪党をどうやって捕まえるのかに傾倒というか拘泥してしまうんですが」

「それは彼が刑事だからだろう。私のような管理職はどうしても公安としての側面を持つ。公共の為、つまりは世の中全体の為に働くのが職責というものさ」

「確かに啄木が発表した小説作品なら、文学的な価値は兎も角、歴史的な価値はあるか…」

「東京の小さな仏閣に残されてあった泉鏡花の下書きについた値は四千万だし、まだ中津藩士だった頃の福沢諭吉が幼少時代に書いた寓話についた値は驚くなかれ一億を超えている。そんな値に釣り上がったものはね、個人が所有するべきじゃない。国営の相応しい施設で管理するのが世の中の為だ」

 そりゃそうだろう。一般的な個人が支払える金額ではないし一般的な個人が理解出来る価値でもない。ちなみに一万円札で有名な福沢諭吉は元々が中津藩のお侍様なので矢鱈と剣術が強いスーパー先生なのは意外にも知られていない事実だ。

 学生時代みたいに宿題忘れたら斬り殺されそうだな、と。

 私は珍しく財布に入っている一万円札に恐怖した。

「なら、出版社が渋っているのも値が吊り上るのを待っているんでしょうか?」

「警察はそう判断しているが?」

「うーん。大学の研究機関や個人所有なら兎も角ですけど、創作活動のプロがそんな利権が絡む様な事は絶対にしないと俺は思うんですよね。そもそも文豪ブームが再燃しつつある現代、どんな作品でも多くの人々に読んで貰うのが良いとして発表するような気がするんだよなあ…」

「なら、何故出版社側は啄木の作品を世に出さない?」

 薄く衣を付けたピーマンと扇状に切れ込みを入れたナスを揚げながら少し考えてみる。文人墨客を商品扱いするのはプロには在り得ない。その考え方は素人にしか生まれない発想だ。そして啄木の小説に其処までの価値が産まれるかと思えばそれも無い。彼は歌人であり小説家としての実績は皆無だからである。

 価値が産まれるとするならば、それこそ彼が生きた時代背景を知る為の歴史的な資料価値としてなのだが_。

「此方、ピーマンとナスの天ぷらです。天つゆに胡麻油を入れてどうぞ。此処で俺が推理をするというか『末期の眼』を使うにしても、判断材料が少な過ぎますね。真実しか映さない眼でもあまりに情報が少な過ぎる。映ってもボヤけてしまいます」

「便利そうで不便な眼だねえ…」

 そんな事を言われても詮無き事だ。

 宿主の意思に関係無く強制的に真実しか映さない眼である為に「あらゆる芸術の極意は物事の全てを末期の眼で視る事である」と川端康成は話しているのだが、その末期の眼を犯罪捜査に使うのが私であり当探偵事務所の強みであった。

 しかし、その末期の眼が機能しない。

 判断材料が無いに等しいのでは真実もクソも無い。

「俺、石川啄木が生きた時代について詳しく知らないんですけど。彼は何故生活が困窮するような事になったんでしょうかね?父親が失職したとしても神童とまで呼ばれる天才だったわけでしょ?一家を養うに充分な給金を貰える仕事に就けてた筈なんじゃ?」

「サムライ君が知らない事を私が知る筈ないだろう」

 使えない警察署長であった。

 啄木の小説が世に出ない理由が其処に在るかも知れないというのに。

「何でも知ってるからこその東大出身者なんじゃないんですか…?」

「それ、東大差別だからね?」

「まあ差別する程に大した人間が居るワケじゃないってのは知ってますけど」

「君みたいな規格外の人間がまず変なんだって…」

 次はゴボウとレンコンのかき揚げ。豚小間肉とタマネギを加えたガッツリ系のかき揚げである。これは高温で二度揚げをし、バキバキに硬くしてから出汁に漬けてご賞味頂く。

「此方は出汁茶漬けにしてザクザクとフワフワをお楽しみください。セットでご提供させて頂きました小うどんに乗せても美味しいですので。それと本日の酒は地元の朝日鷹を。十四代が高くて手に入らなくとも朝日鷹ならば割と簡単に手に入りますから」

「クルマ海老の天ぷらがまだだが?」

「背ワタを取って串を打って少し反らせてるんです。じゃないと揚げると丸くなっちゃうんで。本来は丸くなった姿そのままでお出しするからこそクルマエビの名前が付いているんですが。アナゴも江戸前の筒漁で獲れたものを送って頂きましたので、それもすぐにお出しします」

「ゴマ油で揚げる江戸前の天ぷらを楽しめるのは此処の居酒屋だけだからね。いや、此処は探偵事務所なんだけどさ…」

 屋台船や日本橋の屋台で揚げられる天ぷらに使われるのは胡麻油だ。でないと調理をする人間が油に酔ってしまう。それに風味も良く栄養価も高い。サラダ油などに比べて胡麻油は劣化も少ない為に長い眼で視ればお得なのだった。

「そういえば、今日はあの超巨大な狼犬を見ないね?ハナコちゃん、何処なのかな?」

「今日、ハナコは出稼ぎに行ってます。最近、麻薬関連の事件が多いとの事で空港でのアルバイト中ですね。ハナコ、自分の食い扶持は自分で稼ぐキャリアウーマンなモンでして。たまに警察犬としても嘱託でアルバイトしてます。介護施設にセラピー犬として行った事もあるんですが、意外な事に御年寄り達は大きなハナコを怖がらずに撫でて満足そうにしてたそうでして」

「彼女、犬にしておくのが勿体無いよね…」

「生きる為にはお金がどうしても必要ですからね。ただ呼吸をしているだけでもお金は出ていきますから。だからこそ石川啄木は作家を目指すしかなかった。生きる為の生業を探すしかなかった。そして何本もの作品を黙殺され、つまらない小説を書く自分はなんて哀れなんだという歌を残すまでに精神を病んで行った。間借りして暮らしていた庄家の部屋には爪で引っ掻いたような傷跡で歌が記されているといわれていますが、それが噂ではなく事実であった場合、彼の精神は既に自傷行為に及ぶまでに至っていた」

 その彼の小説作品を黙殺した理由が解からない。つまらないならつまらないなりに反応がありそうな物である。それが叱咤なのか激励なのかは別としてだ。

 まさか啄木に意地悪をして小説作品を黙殺していたわけではあるまい。

「一握の砂という作品名から察するに、啄木は藁をも掴む思いで歌を書きました。けれど、歌集は金になりませんからね。だから掴もうとしていたのは作家という道であり、生きる為の業だった。そんな悲劇の天才だからこそ現代人は石川啄木を称賛しますけど…」

「あの時代、文豪や歌聖は押し並べて大半が悲劇に直面してるからねえ。君が大嫌いな太宰治もそうだろ?ま、私からすりゃ同族嫌悪だとしか思えないんだけどねえ…?」

「顔は全然違うけど雰囲気が全く同じとかはよく言われるんですよね。ま、俺の方が小顔でハンサムですが」

「サムライ君、パッと見だとモデルみたいだし顔小っちゃいもんね…」

 つーか私の容姿は如何でも良いのだ。

 如何でも良くないのが啄木の小説を公表しないという案件であって。

 此処で署長は待ちに待っていたクルマエビの天ぷらが揚がったという事で会話する姿勢を一旦解除した。天ぷらの極意は油とタネの温度差。だから海老を入れたタネを数分だけ冷凍庫に入れて冷やしておくと美味しく仕上がる。頭は強めに塩を振り、七輪で焼いて提供だ。

「単純に面白くないから黙殺されたという事は無いのかな?」

「うーん。面白くないならば編集者が面白くなるようにと助言をする筈ですし…」

「なら、逆説的に誰も理解出来ない程に難解だったという事は無いかい?」

「難解であっても同じです。編集者から解かりやすい文章にしろと助言が来ます」

「なら、考えられるのは無視というイジメになっちゃうよ?」

「それは俺も考えているんですけど…。啄木を村八分にする事で出版社側は何を護ろうとしていたのかなんですよね。考えられる可能性としては『あまりに出来が良過ぎる為、他の作家先生の創作意欲を守る為に啄木を犠牲にした』という事しか思いつかないんです。其処まで行くとイジメというか、完全にパレート最適による犠牲なんですが…。パレート最適ってのはつまるところ民意の平均化ですからね。飛び抜けた存在を殺す事で全体のヤル気を護る必要悪の事ですから褒められた行為ではないんですが、何処にでもある話ですし…」

 在り得ない可能性ではない。

 そもそも、石川啄木は神童とまで謳われた天才である。その彼が小説作品を残したとして、その小説を疎むのは誰なのかを推理すれば自ずと犯人は視えて来る。


 世の中は愚鈍に優しく明晰に厳しい。

 世の中は無能に優しく有能に厳しい。

 持たざる者に優しい。


 出る杭は打たれるではなく、出る杭をそもそも居ない者として扱う。

 そんな悪質で陰湿なイジメを行う。

 結果、啄木は精神を病み、憔悴し若くしてこの世を去った。

 これが現時点では一番シックリ来る推理というか予想なのだ。

 判断材料が少ない、である。

「けど、もしかしたら、出版社は啄木を鍛える為に黙殺したのかもしれないよ?奮起するようにと、ワザと知らんぷりをして彼の才能を伸ばそうとしてだね?」

「そうだとしたら、喫緊の問題で生活苦の人間に、上から目線で何様だよって話ですよね。生きる為に出来る事をするのが社会人でしょ。安定した立場で働いてる人間の道楽ついでにやらたんじゃ、そりゃ死にたくもなります。彼の場合、自殺ではなく衰弱が結核を招いた病死だったわけですが」

「それ、緩やかな殺人罪だよね…」

「啄木の場合はあまりに不自然なほどに黙殺されている。生きる為に文章を書くのが小説家ならば、啄木はそもそも生きる道を歩む事そのものを許されなかった。執筆速度の速さはそのまま生きようとする意志の強さだ。それを黙殺するのはあまりに酷な話です」

「一体、啄木は誰から嫌われてしまったんだろうか?」

 あまりに実力があり過ぎる人間は周囲の人間と建設的な関係を築く事が出来ない。これはどんな世界にも在る事だ。しかし石川啄木というよりは私の嫌いな太宰治がその役割というか立ち位置には相応しい。兎角、啄木の小説については不自然な点が多過ぎる。彼が生み出した小説という存在そのものが既にミステリーだ。

「可能性の話になるのは好ましくないんですが。嫌われていたというよりは恐れられていたのではないかと。自傷行為に走っていたのであれば彼もまた『末期の眼』の持ち主という事になります。そして一つの例外なく末期の眼を持つ芸術家はどんな分野であっても一定の功績を残すモンです。少なくともファン数の獲得という意味では眼が変質した人間は舞台に立つ側の人間と表現して良い。啄木自身が破滅的な女遊びに暇がないような人物であったとしてもです」

「その遊び癖、薬物中毒になっていた頃の太宰治に晩年の芥川龍之介と同じだね…」

 死にたいと言っている人間は死なないと心無い人間は言うが。

 死にたいと言っている時点で心は死んでしまっている。

 死んでしまいたいと何もしたくないは悲しいまでに両A面だ。

 もし啄木が過去の私と全く同じ状態。

 つまり、複雑性PTSDのような神経症を発症していたと仮定して。

 複雑性PTSDは心が死ぬ病。

 その死んだ心で、彼は必死に道を探し、戦おうとしていたのではないか?

 死神の鎌が常に喉笛にあるのがこの病だというのに。

 石川啄木は。

 それでも戦う道を探していたのではないか?

「啄木はサムライじゃねー筈なんだけど…。違うか…。『痛みの中で生きて、その痛みに理由を見つけようとすれば誰もがサムライ』なのか…。変異体としてのサムライ、失い過ぎて自然とサムライ化してしまった天才…」

「サムライ化というのはあれだよね?君がよく言う『悲しい過去を単なる悲しい過去で終わらせない為に動く人間に変質する事』だよね?」

「ええ。だから俺はサムライの呼び名が定着してる」

「それがイジメにより神経症を発症し、その結果自殺未遂を繰り返すようになったという悲しい過去を力に変えようとする、狂気染みた正義の味方である君の誕生。いや、警察の鉄砲玉としての覚醒か…」

 だがサムライに成ったところで幸せには成れない。

 この生き方は自分の目の前で誰かが傷付く事を許さないからこそ自分が代わりに傷付く道だ。

 地蔵尊の如き生き方こそが侍道。

 行き着かず、行き場を失った者が辿り着くラスト・トレインホーム。

 元が警察官志望だった私は唯正義の為だけに生きるようになり。

 啄木は家族を守る為に傷付きながらも何度も立ちあがった。

 一握の砂。

 成程。

 彼が砂を握ったのは。

 倒れ、立ち上がる、そのときか。

「これ、啄木の小説作品は世に発信した方が良いっすね。出来不出来は関係無しにです。アイヌ学問の第一人者である金田一京助と親友だった事からも察するに、作品が見つかったのは啄木が彼を頼って向かった北海道でしょう?なら少しは良いニュースが報道されても良い筈だ。啄木の小説作品をオークションに出品してしまってその収益を地震の復興に使っても良い」

「破滅型の生き方をするしかなかったからこそ、黙殺されたのかもしれないなあ…」

「文豪は嫌われ者で揃ってますけど。啄木は歌聖であるのに嫌われ度合いが段違いですしね」

「与謝野夫婦が愛した若き才能が生み出した小説作品、か…」

 どれぐらいの価値を持つのかは想像もつかないが、人々は興味を持つ。

 価値とは、そういう事だ。

 与謝野夫婦が愛した若き才能。

 そして、歴史的な偉人と交流をしていたという数奇な人脈。

「…待てよ。そうか、小説を出さないのはそういうわけか…。俺と啄木が全く同じ病気であるとするならその小説の内容も推理が出来る…」

「あ、『末期の眼』を発動させたね。君、本当に目の色が琥珀色に変わるからなあ」

 偉人と人脈を持つ啄木の作品にその偉人の罪を告発しているような内容が含まれているとする。

 すると導き出される方程式の形が浮き彫りになる。

「…ダメだ。作品はこのまま黙殺しなくちゃならねー」

「また急に意見を反転させたね?」

「世間様に顔向け出来ないような悪党の罪の告発なら社会にダメージは無い。寧ろ、社会を正す意味としてはその告発は正しいでしょ。でもそれが公人である場合、最悪の結果として歴史が傾く可能性だってある。石川啄木はシャレにならない公人と交流を持っていたんですよ?」

「成程ね。天才だから、政治家でさえも彼に集ったのか…」

「群がった、が正しいでしょうね。そんな人間の悪性に嫌気が差していたとするならば、自分の結婚式に出席しなかった理由も説明出来ますし、女遊びに拘泥してしまったのも理解出来る。真実しか視えないのが末期の眼です。彼は人間の心を視過ぎた。だから人間が嫌いになった。まあ全ては可能性であって、悪いのは黙殺した出版社なんですけど」

 天才は誰かと建設的な人間関係を構築出来ない、である。

 親友であるとされる金田一京助とさえも、恐らく。

 天才は孤独なんじゃない。

 自身を求め群がる蟲たちの、蠱毒に巻き込まれるのだ。

「ふむ、矛盾が発生しないならば警察の動き方に黙殺を容認するというその行動も選択肢として加えなくてはならないか。でも末期の眼というかだよ?今回の推理ってサムライ君も天才肌だからこそ石川啄木の気持ちが解るんじゃないのかな?」

「俺は天才じゃないです。出来るのは真実と本質を見抜く事だけなんで」

 今回の事件というか案件はそういう類の物語であった。

 そもそも私が啄木を殆ど知らない以上、何も語れる事は無い。

 語れることが無いし、騙る事も出来ない。

 何故、黙殺されたのかの謎は謎のままで良い。

 ただ彼が掴もうとしていた砂は人為的に払い落とされ、一握しか残らなかった。

 知るべき事はそれだけで良い。

 その結果、小説家・石川啄木はこの世に産まれなかったという事実だけが。

 浮き彫りになるだけだ。

「そうだね。君はお釣りの計算さえ間違えるから間違っても天才ではないね。きっと君はジーニアスではなくイレギュラーなんだろう。そのまま規格外品と表現するのが君には相応しい」

「そりゃ光栄な話です。人間失格より欠陥製品の方が聴こえは良い」

 どんな理由があれ、作品を黙殺された啄木は結果として本人までもが黙って殺された。

 如何考えても個人が出来る犯行じゃない。

 組織的なイジメで、彼は死んだのだ。

 大丈夫か、この国のモラルは。

「啄木を偲びましょ。此方、啄木の故郷である東北の片田舎の酒造の酒になりますので」

「だねえ。我々に出来るのはそれしかないか」

 要は天才でも何でもない奴に殺されたに等しい。

 作品にどんな事情が在ろうと黙殺する理由は啄木が優秀だからだ。

 しかし生きようと必死な奴を天才だからって理由だけで殺すならば。

 私が陰湿な一般人に言いたい事は唯一つ。

 恥を知れ。

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