第6話 居酒屋探偵・サムライ ~署長ミーツガール~

 探偵事務所なのに料理と酒が美味しいと評判の私の事務所にはお巡りさんがやって来る。逆にいえばお巡りさんしかやって来ない。当探偵事務所は警察機構の補助機関という立ち位置なので探偵というよりは警備会社に立つ位置は近いかもしれない。

 今日も今日で地元の先輩である刑事が。

 なんとまあ署長を連れて当事務所にやって来た。

「署長。コイツが話していたサムライって呼ばれてる自分の後輩です。カウンタースパイとカウンターテロが出来るメディックとして、国連の医療部隊で活動をしていた経歴はお話しました通りです。今は料理が上手で推理力が高いだけの探偵ですが」

「初めまして。当探偵事務所の所長をしています。サムライとか大将とか、俺の事は自由に御呼びください。本日は署長が高知の出身だという事で四万十川の鮎やカツオの塩タタキ、珍しい所ではウツボのタタキに生鰹節もご用意させて頂いております。酒は土佐の栗焼酎を。何分、素人が作る料理ですのでご期待に添えない事も多々あるとは思いますが」

「ふむ。君がサムライくんか。当時のコードネームをそのまま愛称にしているという探偵だね。君の噂は耳にしているよ。なんでも自宅アパートで大麻を栽培していた大学職員をなます切りにしたとか、美人局の真似事をしていた悪者全員をなます切りにしたとか、ネットに誹謗中傷を書き込む事を楽しみとしていた学生を端から端までなます切りにしたとか、卒業生の実績を奪って大学側の実績として計上していた実績泥棒をなます切りにしたとか、紛争地ではテロリストが操る戦車を斬ったとかだ。ふむ、君は悪者を見つけたら斬らずにはいられないのかな?」

 身に覚えのない事ばかりだった。

 いや、少しは確かに私の実績も在るには在る。

 しかし私は探偵であって、人斬りじゃないのだが_。

 岡田以蔵じゃん、そんな人間。

「俺、ただ日本人だからサムライって呼ばれてただけですよ?」

「よく言うぜ。お前、会津だけに伝わる剣術を学んでるじゃねえか」

「ふむ。私も剣道畑の人間だからね。会津五流の一つ、一刀流・溝口派を継承するという君の剣腕には興味がある。震災支援で会津若松市に居た頃に学んだのだったかな?」

 しかし、それは剣道じゃないので私が剣道の試合に出る事は此れから先ずっと無い。会津藩だけに伝わる藩校・日新館で教えられてきた五つの剣術の内、私は一刀流・溝口派と呼ばれる剣術を中伝まで修めていた。

 皆伝に成らない理由は簡単で。

 師が、老衰で亡くなったからだった。

 会津藩が常に江戸に次ぐ德川勢力二番手であったのは、斬り合いの喧嘩に特化した会津五流が理由なのだと評する歴史家は少なくない。

 _曰く。


一刀流・溝口派。

真天流。

安光流。

太子流。

神道精武流。


 どの流派を修めていても京都や江戸の上級旗本から養子縁組に欲しいと声が掛かる程の剣術。

 史実、京都見廻組で有名な佐々木さんは元々会津出身だ。

「継承したって言えないんですけどね。師は震災をキッカケとして病に臥せたので全てを学ぶ前に亡くなりましたし。なんとか会津五流も立身流や示現流のように無形天然記念物に登録でもされていれば、継承者は沢山現れたんでしょうけど…」

「それ、日本一の殺人剣と日本一の剛剣じゃねえか」

「立身流は後に警視庁が警視流として自流剣術に一部を組み込んではいるが…。確かに読んで字の如くだ。身分に関係無く誰でも剣で身を立てる事が出来る流。日本一の殺人剣と評されるのは無駄を徹底的に排した実践剣術だからなのだったか」

 千葉県だったか茨城県だったのかは忘れたが、立身流は一部の組太刀が今でも継承されて残されてある。まるで特殊部隊のプロがナイフを振るうかのような剣術は確かに日本最強の殺人剣だといえるかもしれない。

「でも俺、流石に戦車は斬れませんよ?ヤワラちゃんのお爺ちゃんは戦車を一本背負いしたとか言いますけど…。つーか、なんも注文無いんですか?無いなら包丁の手入れしちゃいますよ?」

「署長。取敢えず、なんか注文してみたらどうですか?此処、何でも美味いっすから」

「ふむ。なら、カツオの塩タタキを頂こうか。高知ではね、塩タタキ一つを例に挙げても家庭で味付けが異なる。カツオに振る塩はにがりを残しているのかどうか。粗塩なのか、それともきめの細かな精製塩なのか。炙るのは表面だけのレアなのか、芯だけを残すミディアムなのかとね。お手並み拝見といこう。サムライくん?」

 すぐさま、粗塩と精製塩の二種類を強めに振り、稲藁で表面を強く炙り、そして桜のチップを燃やして出て来た煙を強めに当てる。

 煙は熱を持った状態なので炙られた表面を通じて更にジワリと熱が中に通る。

 サムライ特製・カツオの塩タタキであった。

 〆る為に使う氷水も表面に氷の膜が張るような冷たさを維持するのがポイントの逸品である。

「此方、サクラの燻煙を少量当てた当事務所の塩タタキになります。署長の言う通り、塩の種類で味が劇的に変わってしまうので俺は粗塩と精製塩の両方を使ってます。血抜きの効果も高いですし、炙った時に味に微妙な変化が出るので。これはワサビ醤油に胡麻油と摩り下ろした大蒜でご賞味ください」

「ふむ。駆虫効果もあるか。サバと同程度、寄生虫が怖い食材であるからね。熱を持つ燻煙でカツオをコーティングするという調理法は私も初めてだ。頂こう」

 署長さんは仕草の一つ一つがクール極まりない。

 こんな中年になってみたいと心から思う程、凛としている。

 立ち振る舞いが完全に武士だ。

 その点、私と先輩は完全にチンピラだろう。特に先輩はスーツを脱いでテレビに映るサッカーのワールドカップ・ロシア大会に夢中である。

 もう先輩は無視だ。

 署長さんをこの事務所に連れて来ている時点でお役御免なのだし。

 鮎と一緒に送られて来たカジカを黒焼きに。

 和紙に包み、日本酒を多めに入れて七輪の隅に。

 これは美食家として知られる水戸光圀が大好きだった酒でカジカの骨酒という。

 確かに河豚のヒレ酒よりずっと美味しい。祇園で飲もうもんなら五万円ぐらいする嗜好品だ。

「此方、四万十のカジカなのかどうかは定かではないですが、どっかで獲れたカジカの骨酒になります。日本が赤い悪魔ことベルギーに勝ちそうな今現在、此方はサービスになります。日本酒に溶けだしたカジカの旨味をお楽しみください」

「四万十でも食べていたなあ。カジカこそ日本が誇る高級魚だよ。ウナギなんかよりずっとね」

「皮肉なもんですね。川で遊んでるような田舎者の俺等が祇園で出されるような高級魚を日常的に食べているってのも。署長は四万十川で、俺は最上川で魚を捕まえては火を熾して焼いて食ってましたし」

「高知は加えて海が近い。川も海も楽しめる。柑橘類が美味しいのも山肌の急斜面に果樹園を耕したからだ。海からの反射光で果実は真っ赤に染まる。山形も山間に果樹園を設けるからリンゴやナシが旨い。海からの照り返しが無い代わりに山形には田圃からの照り返しがある。だからかな、高知と山形はね、似ているんだよ」

 それは、なんとなく私も思っていた。

 真面目で優しく、人混みより自然が好きで、食べる事が大好き。

「山形も高知も日常を楽しむ文化がある。どんな事でも楽しめる人間には勝てませんよね…」

「君の料理がそうだよ。この味は完全にお店の味じゃないか。料理が好きだから、君は君の味を持つ事が出来ているんだ。そして好きだからこそ、それを支える職人が現れる。子供の頃から竹刀だけを振るっていた私に剣道の防具を作ってくれた職人が現れたように、君には刃物を鍛える職人が現れた。その包丁、どう見ても鍛造だろ?」

 流石というべきか。

 署長はこの包丁一つでさえも見逃さなかった。

 先輩なんか、よく切れるヘンテコな包丁だなとかそんな感想しか持っていなかったのにだ。

「これは日本刀と同じ鍛練で出来た包丁です。鎬を高くし、裁断力を高めているので引っ掛るという事が無い包丁になりますね。鍛冶師と研ぎ師が頑張ってくれたんですよ」

「それだけじゃないだろ。恐らく、製鉄師も関わっている筈だ」

 正解。

 鉄を鍛えるだけではなく、生み出す人間も支えてくれている。

 薀蓄を並べるのが好きな製鉄師の方なのでチタンや高硬度セラミックを超える金属とは超鉄鋼化された鋼しか在り得ないのだとか言って来るのだが、使う側の私からしたら、そんな屁理屈は如何でも良いから折れなくて曲がらなくてよく斬れる刃物をサッサと寄越せという話でしかない。

 玉鋼で鍛えられた包丁なのでお値段はトンデモなかったが。

 凍ったマグロでさえバターのように斬れる。

「その方、たたら製鉄を復刻というか再現しようとしてるって研究者さんなんですけどね。山形は日本刀を鍛える職人が多い土地だったので刀鍛冶について記録した文献も多く遺されてあるらしいんです。水心子に月山にと日本全国で有名な刀匠も居た事ですし」

「高知にも土佐自由鍛練という鍛練法は残っているが。確かに出羽物と呼ばれる刀には高価な値が付けられていたと聞くなあ。しかし、山砂鉄の採掘は何処で行う?既に和鉄を精製する為に必要な山砂鉄は枯渇してしまっているだろう?鉄鉱石からでは和鉄は生み出せないのだから」

「なんだっけかな?火山が近い地層だと可能性がゼロではないみたいな事を言っていたんですよね。そもそも温泉地の石が褐色に染まるのって温泉に含まれる大量の鉄分が反応してるからでしょ?確か、今はそういう温泉地付近の古い地層を調べてるんじゃなかったっけかな?」

「そして山形はどの市町村にも温泉が存在する、か…」

 たたら製鉄を再現して、日本刀だけを鍛えるわけではないらしい。歴史の再現を目的とした研究機関として使う為の研究であると製鉄師は私に話した。私に話してどうすんだとも思ったが、どうやら研究成果という実績を奪われないようにする為に護ってくれという事らしい。

 悲しいかな、そんな実績泥棒が普通に存在するのも山形だ。

 努々、気を付けなくてはならない。

 誰がって気軽な気持ちで泥棒をする方がだ。

 威力業務妨害は罰則の重さ以上に社会の信用をゼロに落とす犯罪なのだから。

「署長、当店自慢のすき焼きの春巻きは如何ですか?食感をよくする為に筍とエリンギを入れていまして。其処で紅い悪魔ことベルギーに一点返された日本を死に物狂いで応援してる残念な刑事さんも好物の一品になります。キツネ色に揚がったら溶き卵に潜らせて食べるんですが」

「頂こう。しかし、真似をされるとは思わないのかい?サムライくんの料理は真似をしようと思えば真似が出来る料理だろ?このすき焼きの春巻きだってそうだし、タコと沖縄の島ラッキョウを酢味噌で和えた小鉢だってそうだ。君が今話した製鉄師の方だって、製鉄を研究されてる大学教授の筈だ。手の内は隠すじゃないが…」

「今回の探偵パートは実績泥棒についてになるかあ…」

「誰かに影響を与える存在は既に本物だという証なのだろうから、真似をされるという事は悪い事では無いんだろうけど。それでも研究成果を奪われたり営業内容を連絡もせず勝手に真似するのは犯罪だ。まあ、そういう真似をしてお金を稼ぐのは日本人より大陸の方々に近い感性をしているという事なのだろうが」

 確かに、夢の国のネズミさんだったりネコ型ロボットだったりは普通に存在する。

 しかしああいう、お金さえ貰えりゃ何やってもいいやというような感じでは無いように思えた。

 明確な悪意を持ち、明確な害意を持つ畸形の感性の持ち主こそ。

 攻撃手段として業務妨害をする人間に成るというのが日本の実績泥棒ではないのか。

 何でそう思うのかって、私が実際にそういう人間に実績泥棒されてるからなのだが。

「別に料理を真似されるぐらいなら俺は何とも思わないんですよね。軍事訓練で得る事が出来た推理力や洞察力までコピーされるわけじゃありませんし。料理を真似されても俺の味付けは京の料亭の味を踏襲してるんで負けない自信もありますし。それが研究者となるとそういうわけにはいかないというだけで」

「彼等にとっての実績とは君のように身体に染みついた技術ではないからね。基礎研究も応用研究もそうだ。データベース化というか、可視化しないと評価もして貰えない。本来であれば研究職に不要な成果の保護という為の費用はただでさえ少ない研究費用を圧迫する大きな原因となっている。研究をするのが仕事であり、泥棒に頭を悩ませる必要なんて無いんだからね」

「奪われた方が悪いんだ、が加害者の言い分ですからねえ。泥棒してる側の卑怯な人間こそ、お前の脇が甘いんだとか絶対言うもんなあ…」

「さて。此処で私から〈例えばの話〉になるんだがね。今の世の中、日本の大学で発表された論文数が非常に少なくなっているのは君も知っての通りだ。日本は既に技術レベルが世界のトップではない。基礎研究を行わず、応用研究だけを行うと国が宣言したからだ。だからこそ君に鍛造の包丁を渡したような個人の研究者がポストドクターという雇用形態で働くのがザラなんだが。これはそんな中での出来事だと覚えておいて欲しい」

「また例えばの話ですか…」

 しかも相手は先輩の職場で一番偉い人だ。

 安楽椅子探偵は得意じゃないのだが、気張らなくてはならない。

「被害者はデータが盗まれたと言うのだが、この証言が正しいのかどうかは解からない。我々警察では何が何だか解からないデジタル記号の羅列でね。被害者宅に何も盗られた痕跡は無かったんだが、被害者が通う大学の教授が被害者が研究していた内容をそのまま使っているような講義内容を行ったとして学生さんが我々を頼って来たわけなんだが」

「学生が被害者で犯人は教授?それ、教授やっちゃダメな人間でしょ。教授の品性の無さにも驚きますけど、事件そのものが若者の才能を搾取するという現代の縮図じゃないですか」

 21世紀は始まったばかりだというのに既に世も末だ。

 弟子の成果を師が盗んでんだから。

「だが、教授側は当然盗作を否定した。同じ研究をしているのだから同じ成果に辿り着く事は珍しい事では無いと屁理屈をゴリ押してね。大学側も教授を守る為、被害者の学生に不当な圧力を掛けたりを続け、被害者は結局、首を吊ってしまったんだ。私は如何考えてもクロだと思うのだが…」

「成程。その教授というのが研究職というよりかは汚い政治家みたいな生き方をして来たんだろうってのは解かりました。そして奪われた研究成果というのは恐らく工学系の物ですね?当たらずとも遠からずで、AIの構成かロボットを動かす為のプログラムでしょ?」

 署長は眼を大きく見開き、そして冷たい警察官の顔に成る。

 どうやら、私が単なる居酒屋の大将ではないと此処に来て理解してくれたようだった。

「…何故、解かった?」

「工学系で先生の教えを生徒が超える事が出来るのはプログラミングだけです。師と弟子の差が無い事が多いのがその分野ですから。そもそも平成生まれの子はネットが存在して当たり前の時代に産まれてますし、スマホだのタブレットだのアプリが詰め込まれたツールを当たり前に使うネイティブ世代です。だから理解が速い。俺の友人にも高専在学中にプログラムを極めて銀行の電子の壁を作ってるなんて奴、居ますもん」

 そして、その友人と私は元々敵同士だった。

 今でも敵だ。

 ただ、利害が一致しているから協力しているだけで。

 簡単に説明するならば超凄腕のハッカーである。

「ならば、その教授が奪ったプログラムで成果を出したと証明するにはどうすれば良い?」

「んー。俺は工学系のスキルとして弾道計算とか流体力学だけしか持ってないのでなんとも言えないんですが。プログラム製作者には必ず癖があるんで、その癖を今までのプログラムから見抜いて教授が使ったとされる盗作のプログラムにも同様の癖が見つかれば証拠能力は充分にあるかと。なんなら、そのプログラマーを紹介しましょうか?嫌だとかごねたら懲役を百七十年から更に伸ばすぞとでも言えば従ってくれると思いますよ?」

「…君のお友達さん、何をやったんだい?懲役百七十年って…」

「世界中の戦闘機や潜水艦が撃ったミサイルの着弾先を何も無い太平洋のド真ん中にするという平和で悪質なウィルスをネット上にバラ撒いただけです。そんなインフルエンザ患者は危な過ぎるってんでアメリカ国防省が管理するマンションで監禁されてますが」

「…凄いお友達を持ったものだね…。まずそんなのとお友達になっちゃダメだろ…」

「そいつに頼めば日本の卑怯な小悪党なんか丸裸にされるも同じです。どうしますか?既に若い才能が自ら命を絶ってしまっている以上、俺も容赦する気は無いですけど?なんなら俺が直接潜入して暗殺して来ても良いですよ?御遺族にとっての弔い合戦という事で」

 更に署長は表情を変化させた。

 今度は一気に老け込んだ、疲れたお父さんという顔だった。

「此処は日本だよ…?バンジャブやレバノンじゃない」

「俺が活動をしてたの、バンジャブでもレバノンでもなくてジャララバードですけど…」

「もっとダメだろ!過激派と戦ってたのか君は!」

「戦ってません。医療部隊は後方支援が原則です。日本人がそんな土地に居る事自体が不味いとか何とかで俺の活動実績は抹消されちゃってますけどね。実績泥棒より酷い話です。履歴書、数年間空白にしなくちゃならなくなったんだから」

 更に更に署長は表情を変化させた。

 今度は顔色が蒼くなった、あ、コイツ関わっちゃダメな奴だわと思った事が解る表情だった。

「活動の抹消なんて事が出来るのは政界の、それも上層部だけの筈なんだけど…?」

「ええ。なので、政界の上層部から消されました。その結果、警察の補助機関として動く今の俺の出来上がりです。凄い長い期間地下の軍事施設で訓練をしていましたもん。なんか経歴を洗浄するにはそれぐらいの時間が必要だとかで」

 すぐさま署長は荷物を手にし、逃げるように。

 というか、今すぐにでもこの場を離れたいと、まるで起動中の爆弾を見つけてしまったサラリーマンの如き速さで、帰り支度を済ませた。

「この店を使う際は捜査課の彼を通じて使うようにと署員には厳に伝えておこう。もう私が此処に来る事は無いだろうが…、貴重な出会いだった。さ、ベルギーと日本も同点になった事だし私は此れで御暇するよ。運転代行業者を呼んでくれるかい?」

「嫌です。お客様、当探偵事務所は入ったら最後。コース料理を全て食べるまで帰れないと御存じなかったようですね。もしこのまま帰ろうもんなら、当探偵事務所の看板娘であり、また当探偵事務所の警備主任であるアイリッシュ・ウルフバウンドのハナコからお尻を噛み千切られますが、宜しいので?」

 名前を呼ばれたからだろう、母屋の玄関から超巨大な狩猟犬が事務所にやって来た。

 愛犬で、番犬で、看板娘のハナコである。

 そのハナコは料理を残したままの署長をしっかりロックオン。「アララお客様、御主人が作った折角の料理、残してますね。いい度胸ですね」と唸りながら彼の周囲をグルグルと哨戒し始めた。

「…軍用の狩猟犬を家庭で飼うのは地域問題の火種になるんだよ?それと私を完全に捉えている彼女に警戒を解くようにと伝えてくれないかな…?」

「ハナコは登下校中の子供を見守るので地域問題を逆に解決してます。それに犬種は狩猟犬でも災害救助犬として訓練されてるので。それにほら、ムチャクチャ可愛いでしょ?」

「狼と同じ犬種だよ…?勇ましいかもしれないけど可愛いかい…?」

「ではお客様。本日のメインディッシュである山形牛の刺し盛りをお楽しみください。此方は大蒜とワサビ醤油でどうぞ。ハナコ、お前も折角事務所に来たんだから署長の隣で食っていけ。でもお前には山形牛じゃなくて蒸したササミなんだけどな?」

 そう言われたハナコは署長の隣の席に飛び乗り、ササミ肉を美味しそうに食べ始めた。だが、その視線は署長に釘付けのままだった。

 このまま署長には狼に睨まれながらの食事を楽しんで頂こう。

「あー⁉」

「なんすか先輩。おっきな声出して。深夜ですよ?」

「…ベルギーに逆転された…」

「はぁ⁉行けハナコ!あの笑えない冗談ばっか言う刑事に遊んで貰え!」

「本当だって!おいハナコ!重い重い重い!爪と牙が痛い!爪と牙が痛い!獣臭い獣臭い!」

「じゃあ、私は此れで失礼するからね!」

「逃がすか!行けハナコ!署長さんは食事代を支払っていない!無銭飲食だ!」

「ハナコちゃんちょっと!重い重い重い!爪と牙が痛い!爪と牙が痛い!獣臭い獣臭い!」

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