第3話 ~居酒屋・サムライ 蒲焼食べてカバカバー~ 


 夏場の栄養源として日本国民は古来よりウナギを常食しているが、意外と蒲焼で食べられる文化は日本にしかない。他国でもウナギは食べられるがぶつ切りをゼリー寄せにしたり酢漬けにしたりと調理法が素材を活かせていない食べ方ばかりだ。

「先輩、ウナギの蒲焼を作るのは良いんですけど、べらぼうに時間掛かりますよ?」

「ウナギを捌ける探偵って世界中探してもお前しか居ねえよな…」

「そうでしょうか?頭掴んで首筋にブスリとしたら背骨に沿って包丁を這わせるだけですけど」

「それが難しいんだろ。つーか、ウナギの蒲焼ってそんな時間掛かるもんなのか?」

「ウナギが高いのって、ウナギ自体が高いのもそうなんですけど手間暇が掛かるからなんですよね。段階的に調理過程を踏まなくちゃならないから高級なんです。昔なんか寒河江川にもヤツメウナギぐらいは居たもんですし、元々は泥鰌と同じく大衆魚ですよ?」

「捌いたらタレ付けて焼くだけなんじゃねえのか?」

 そんなウナギの蒲焼は固いし泥臭いしで食えたもんじゃないだろう。それで良いならそれを出してしまうが、先輩は現役の警察官だ。犯人確保の際に居酒屋で食べたウナギに中って下痢でしたという理由で犯人に殺されてしまっては寝覚めが悪い。

「蒸しと焼きを繰り返さないとふっくらでトロトロにはなりません。魚は大半が酒蒸しをする事で身が柔らかになりますからカジカとかカサゴとかを調理する時も俺は酒蒸しをするのを欠かした事は無いです。酒蒸しをする事で骨まで食べる事が出来るようになりますし泥臭さも消えます。一度蒸して炭火で焼いて白焼きの状態になったらまた蒸して、タレを付けて焼いたら最後にほんの少しだけ蒸す事でふわふわでトロトロな俺が作るウナギ料理になります」

「確かにお前が作るウナギ料理って完全にお店の味だもんな…」

「その代り時間が掛かります。弱火で蒸さなくちゃならないし弱火で焼かなくちゃならないし。手っ取り早く提供するなら秋刀魚の蒲焼とか出来ますけど?それか鰯の蒲焼にしましょうか?」

「いや…、蒲焼だけを食べに来てるわけじゃねえんだけどさ…」

 そう言って先輩は山形の地酒で喉を潤した。ビールだの発泡酒だのを好むのに次の日に残り易い日本酒を飲むという事は先輩が明日非番であるのだろう事を私に伝えた。ちなみにこの店で提供する日本酒の温度は人肌燗だけだ。温度で味わいと酔い方が変化するという世界的に視てもヘンテコな酒である日本酒だが、酔いが穏やかなのは人肌燗に尽きる。

 夏場はウナギに限るように。

 日本酒は人肌燗に尽きる。

「ウナギの肝は如何しますか?お吸い物にしますか?それとも生で丸呑みしますか?」

「俺、淀君じゃねえから普通に吸い物にしてくれや…」

 茶々オバさんは大変だったのだろう。そんな妖怪染みた事をやっているとまで極端な風評被害に晒されているのだから。

 その茶々が狐の憑代と言われているならば、大阪の戦いはキツネとタヌキの喧嘩だったのか。

 可愛いのは断然タヌキだが。

 しかしながら『とある事情』から、私は家康公に良い感情を持つ事が無い。

「なんで蒲焼って言うんだろうな?蒲ってのは槍の穂先に似た葉っぱの事だろ?」

「二枚に卸して調理するのでその形が蒲に似ていたからとか、あまりに美味しそうな匂いが周囲に立ちこめるので野生のカバが『僕にも食べさせてカバカバー』ってやって来たからとか」

「ウソ吐け!日本に野生のカバが居るワケねえだろ!」

「キャンプ場でボートを転覆させたりテントを破壊したりするので可愛いですけど猛獣です。ライオンやトラより生命力が強く皮が分厚いので麻酔銃が効きませんから、人間と遭遇した場合は超大口径のライフル弾で射殺するしかないのも現実です」

 日本に野生のカバが生息していたら、きっと源平合戦で武者は軍馬の代わりにカバに騎乗していたのではないだろうかと思ってしまう。軍馬の先祖は普通に同種の馬だが、カバの先祖はトリケラトプス。ジュラシックパークの大ファンである私は歴史の教科書を見て大喜びしたはずである。

「キャンプ場で暴れるって聞くとジェイソンを思い出しちゃうけどな…」

「クリスタルレイクにカバは居ません。それにジェイソンこそ被害者でしょ。あの作品における最大の悪はジェイソンに殺人を強要するジェイソンママですよ?」

「そういや虐待された上に溺死しちゃった子供なんだもんな、ジェイソン先生って…」

「シリーズ毎にマスクも変える辺り、オシャレに気を遣う先生ですよね。そもそもキャンプ場に集まっている男女は異性不純交遊を楽しんでいる不埒者なので、実はジェイソン先生は社会モラルを守る為に奮起する生活指導の先生なのではないかという新たな設定を追加して映画を観賞するとホラー映画の筈なのにジェイソン先生を応援してしまうんですよ」

 不純な異性交遊なんぞ別に放っておけばいいと私なんかは思うのだが。しかしながら過去にそういう品性の持ち主が恋人だったからこそ私は身勝手に裏切られ長い事アルコール依存症になって苦しんでしまっているので。

 ジェイソン先生はやはり、社会モラルの重要性を説く必要があるのだろう。

「そんな熱血教師キャラだったか?体罰もシャレにならない位には痛そうだったけど?」

「怒られた時だけ反省して本質が何も変わらないというような卑怯な子供は大人になってから犯罪行為を自分の欲求を満たすために手段として選ぶようになるって、警察官である先輩は理解してるでしょ。だったら少しキツめの体罰だとしても親に代わる必要悪として行動に出る勇気が必要なのも教師です」

「あの体罰、少しキツめか…?俺の見間違いじゃなかったら、首、ポロって取れてたけど…?」

「んじゃ、ポロって取れた首をくっ付けてから二度と同じ間違いをしなければいい。親が悲しむような事を自分はしているんだと自覚し、自戒すれば良い。ジェイソン先生だって生徒に解かって貰えたら手斧と投げナイフを机にしまって内部事務に専念出来る」

「あれ?ジェイソン先生ってチェーンソー使ってなかったか?」

「それ、レザーフェイス先生ですね。ジェイソン先生は生活指導の先生ですけど、レザーフェイス先生は図画工作の先生なので間違えないであげてください」

 それもまた普通に風評被害だ。

 私は蒸し器にカップ酒を半分入れて酒蒸しにしていたウナギを炭火で炙る調理工程に移行する。串打ちが下手くそなので身が波打ってしまっていたがどうせ食べるのはお巡りさんだ。見た目が悪くても味は変わらない。先輩は此処に蒲焼と情報を求めて来ているのだから。

「白焼きの状態で充分に旨そうなんだが…」

「柚子胡椒で食べる方も居ます。他にも白焼きを崩して米と一緒に酒と醤油で土鍋を使って焚くというウナギの炊き込みご飯も作る地域じゃ作るみたいですね。俺は学んだ料理しか出せないので蒲焼にしちゃいますけど」

「まさかメインディッシュさえも異性不純交遊じゃ、ねえよな?」

「警察は事件性が無けりゃ動けないでしょ。異性不純交遊はジェイソン先生に任せましょう。今回のメインディッシュはネット犯罪ですね。違法ダウンロードもそうなんですが、ネットの悪い所の塊みたいな人間でして。現実とネットの優先順位が解からなくなってしまっている為、数多くの市民に対して現実世界で誹謗中傷を繰り返したりネット上に個人情報を流したりしているみたいです。他にも随分と不法アクセスだの個人情報売買だので荒稼ぎしているみたいですね。どうします?俺、これ以上の調査結果が必要だとなるとかなり上位の政治的権限が必要になりますよ?」

 警察では踏み込めない場所に居るからだ。

 というか、法執行機関では令状無しには入る事さえ出来ない。

「お得意の検察庁でも無理って事だろ?」

「別にお得意様じゃねえけどさ…。お得意様になりたがってる困ったジジイが居るだけで…」

「捨て置くわけにもいかんか。既に被害者が出ている以上は事件だ。どの程度の政治権限があればあの『透明な壁』は破れる?入るだけなら入る事は出来るんだろ?お前、髭剃って髪を短くすれば充分若く見える顔つきしてるんだし」

「流石に何処が怪しいのかは伝わりましたか。なら、内閣府と俺を繋げて下さい。それなら俺は自由に探偵が出来ます。手ぶらじゃ難しいなら、俺が此処で焼いてるモンで特製のウナギ弁当を作りますから」

 普通に賄賂であった。

 しかしながら金銭じゃなく、ウナギだから問題は無い筈。

 届ける頃には腐っているような気もしたがね。

「出来るわきゃねーなあ…。警察は縦割り社会だぜ?横との繋がりは殆どねえに等しいのが組織の文化だ。お前が横と繋がり過ぎなんだろ。誰もが世界にアクセス権を持つわけじゃねえ。お前見てると英語とか語学は大切なんだなってつくづく思うよ。子供にも語学だけはやっておけと言わなくちゃならん」

「先輩お子さん居ないじゃないですか」

 だが良い考えだ。

 閉じた組織を突っつくならば、国内だけで考えずに国際的な視点を添加してやれば視えない壁は自ずと瓦解する。日本という国は兎に角国際社会における評価という物に弱い。そして不名誉な事にネット社会のモラルが低い国として常にランキングは上位をキープしているのもまた、悲しい事だが現実だ。

 国内では酒蒸しにして、国外から炭火焼にしなければ。

 泥臭さも、生き臭さも、消えない。

「取敢えず、そういう事を楽しんでいる人間が存在しているんだとは伝えましたからね?俺は調査を継続しますから。悪者を全力で護るのが日本の組織だと騒げば国際社会は黙ってないでしょうし調査結果も次は進んだものを提供出来るかと」

「権力の遣い方が正しい分、お前を怒らせるとおっかないって思う話だよな…」

 別に怒っちゃいないが。

 被害者の方が悲しい思いをしている以上、悪党は誰かが成敗しなくてはならない。

 甘やかされて育った子供は少し気に入らない人間を見つけるとすぐに徒党を組みたがる。要はそういう悪党が目立つというだけで、声のデカい奴が目立つというだけで、別に正義の味方だからとか悪は許さないからとかそういうんじゃない。

 別に怒っちゃいないが。

 誰かが苦しんでいる様を視て喜ぶ品性の無さに、憤慨はしていたかもしれない。

 私を自殺するまでに追いつめた人間がそんな品の無い悪党だったからだ。

「親の顔が見てみたい話ですよね。こういう事件を知ると」

「犯罪を楽しむ人間は親御さんというよりは友人関係に問題ありってのが大半だけどな。確かに情緒が育たないのは親の育て方に問題はあるのかもしれんが、他人の痛みを自分の事のように感じる事が出来ない感受性が育たないのは友人と建設的な関係を作れないからだとはよく言われてる事だぜ?」

「それ、一週廻って情緒が育ってないから友人関係が建設出来ないって事になりますよ?」

「ま、俺等警察は親御さんが泣く姿を何度も目にしてんだ。あんまり親に責任を負わせるのは忍びなくてよ?」

 先輩のグラスの酒が空になったので南魚沼の酒である八海山を注いだ。人肌燗でも旨いが雪冷えの温度で飲むと刺身に有難い優しい飲み口の人気酒だ。

 しかし、雪冷えの日本酒は次の日に残るのであまり提供したくは無かったのだが。先輩はどうやら非番のようだしキンキンに冷やした奴をと提供させて頂いたのだった。

「此方、八海山のキンキンに冷えたヤツです。人肌燗の酔いは穏やかですが雪冷えの酔いは急に来るのでお気を付けください」

「いや、普通に人肌燗で飲みたかったんだけど…」

「ヌル燗以上に人肌燗は作るのが面倒なんで」

「其処は客に旨いもんを提供すると努力しろよ!折角の八海山なんだぞ!」

「漫画・夏子の酒の題材になった酒蔵の大吟醸酒もご用意してますが?」

「幻の酒米で作られたとかいうアレか?是非とも、飲みたいもんだねえ」


「ダメです。これ、俺が呑む分なんで」

「んじゃなんで言ったんだよ!お前のその持ち上げてからすぐ落とすみたいなの、やられた方は普通にガッカリするからな!」


 ツッコみ役が自分より偉い立場であればあるほどに良い。

 会話劇のお約束である。

「黒龍・石田屋もあるにはありますよ?あまりにも高級過ぎて俺みたいな民草が飲んだら死ぬんじゃねえかと思って封を切ってませんけど」

「お前は民草じゃなくて武家だろ。でも黒龍があるならそれこそ飲んでみたいよな!」

「お客様、当店でご提供させて頂く酒は全てスーパーで買って来た物に限定させて頂いております。あの黒龍は友人から贈られた贈答品ですのでお客様に提供する事はございません」

「だったら最初から言うな!黒龍飲めるかと思ってこんなキンキンに冷えてる酒を一気に飲んじゃっただろ!雪冷えって酷い二日酔いになっちゃうんだぞ!」

 まず間違いあるまい。

 幾ら優しい飲み口で女性にも人気の八海山だとはいえ、雪冷えの酒を一気飲みするなんてのは危険な飲み方である。

 何度でも言う。

 日本酒は温度で味わいと酔い方が変化する、世界的にみてもヘンテコな酒だ。

「あ、ウナギも皮が縮んで来たんでもう一度酒蒸しにしますね。次の蒸しが終わったらタレに漬けて焼きに入ります。俺のタレは本返しに黒糖を使っているので角が無いと評判でして。特製本返しを表面に膜が張るぐらいまで冷やしたら各種スパイスを入れるんですが、丁子と桂皮と百味胡椒が決め手でして」

「丁子ってのはクローブだろ?桂皮はシナモンなのは解かるが、百味胡椒ってのはなんだ?」

「オールスパイスという魚の臭みを劇的に消す香辛料です。北欧で食べられるニシンの酢漬けが俺は好きなんですけど、あれにもオールスパイスが使われてます。甘さを感じるタレにする事で山椒も粉山椒と花山椒の両方を使えますし、其処に俺の場合は七味唐辛子を振ります。ハフハフと言いながら食べるウナギの旨味はネットリとしている濃厚なものなのでシャッキリ系の辛味が無いと口飽きしちゃうんですよ。更に薬効を最大限に引き出す為にショウガ粉も振り、たっぷりのネギを盛り付けたら完成です。これは現代のウナギ料理ではなく京都の祇園で出されていた夏場の御座敷料理をアレンジした物になるのですが」

「そうだったな、お前、京料理が全てのベースなんだったな…」

 出汁の取り方で全てが決まる為、乾物だけは手を抜けない。幸いな事に飛島はアゴ節が特産品なので琥珀色の出汁を得るには良い土地なのだが。しかし、真昆布の金色の出汁を得る事は不可能なのが山形県。だから取り寄せるしかなくなる。そして京料理の象徴とも言えるお吸い物には琥珀色の出汁が使えない。

 琥珀色の出汁を使うのは野菜を煮たり寒天で寄せる時が多いか。しかしこの先輩の場合、どんなに見た目にも楽しんで貰おうと調理してもヒョイッと口に放り込むのでドンドン私は手を抜くようになったのだが。

 無論、蕎麦を食べる時などは琥珀色の出汁は欠かせない。

 大地の恵みを食べる時は琥珀色の出汁を使って、海の恵みを食べる時は金色の出汁を使う。

 これだけ覚えておけと。

 叔父が、教えてくれたのだ。

 摂食障害を患ってしまった私を何よりも痛ましく思ってくれた料理人の叔父。

 直接何かの手解きを受けた事は無いが、ただ出汁の使い方だけは受け継いだ。

 内蔵と頭を抜いたアゴ節を焚くとやがて湯気が旨味を持つようになる。

 そしたら火を止めて、その旨味を持つ湯気を鍋に閉じ込める。

「俺のタレに使っている本返しにも琥珀色の出汁を使ってますから、旨さは自信があります。ただウナギを大地の恵みだとして良いのかどうか。川魚はどっちなのか俺もまだ知らないんですよね。合わせ出汁なんか難しくて俺程度の腕じゃ使いこなせませんし」

「お前の料理が落ち着くのは合わせ出汁じゃないからだろ。其処はストレートで良いんじゃねえの?珈琲だってスマトラマンデリンとかトラジャのストレートコーヒーがスッキリするし旨味を素直に感じる事が出来るしで一番美味いもんだぜ?」


「お客様、その辺は放っておいてくださいませんか?」

「フォローしてやったんだろ!後輩が寂しそうな顔してっから!」


 その叔父は既に他界している。

 思い出して、少し寂しくなってしまっていたのかもしれない。

「単一素材で作る出汁ってのは何が一番応用が効くんだ?俺も料理はするけど、流石にアゴ節は上品過ぎて使った事がねえ。使える料理も限られてくるだろ」

「鰹節が一番応用利くんじゃないですかね?グレーゾーンというか守備範囲が広いから味の誤魔化しも上手に働くし。筑前煮を繊細なアゴ節で作ろうと思ったら化学の実験みたいな感じで調味料の重さを量って入れないと出汁の風味が飛んじゃいますし」

「お前のその話をウンウンって頷ける人間はきっと料理をある程度のレベルまで修めてる人間だけなんだろうな…。俺、鰹節の守備範囲って言われてもなんの事か解からねえぞ?」

「調味料に負けない旨味の強さというか。醤油を入れても鰹節の場合はカツオが香るでしょ?分量を間違って入れ過ぎても鰹節の場合は自動で調整してくれるというか。しかも醤油にも味噌にも適した出汁ですし」

 どのポジションでも出来るのが鰹節という事だ。

 エキスパートではないトータリスト。

 フォワードのアゴ節やディフェンダーの乾燥椎茸とは全く違った運用方法が出来る。

「此方、ウナギの肝吸いです。真昆布の出汁とにがりを残した塩で焚いて良い味に落ち着きました。口の中に残る酒を掃う意味でもご賞味ください。山椒の木の芽も若く生命力に溢れた若木の奴を入れていますので風味と辛味が段違いである事をお楽しみ頂ければ」

「ムチャクチャ美味いな。やっぱお前、探偵辞めて居酒屋なれって!」


「悲しい酒しか知らない俺が居酒屋なんか開いたら店名は『居酒屋 ひたすらに優しかったバーちゃんの思い出』になりますよ?」

「おい止めろ!その店名は止めろ!法事に顔出してねえ俺が申し訳なくなっから!」


 何度でも言う。

 私は品の無い身勝手な恋人の裏切りでアルコール依存症になった人間だ。

 そんな私が居酒屋なんぞを開けばどうなる?

 喪服の客が押し寄せる事になんぞ?

「あ、酒蒸し終わりましたね。既にトロトロではあるんですが、表面を高温で焼いてパリパリ感を添加します。解かりましたか?ウナギが高価な理由。ウナギ自体が高価になってるというのは理由の一つではあるんでしょうけど大きな理由じゃないんです。手間暇をかけないと食えない食材だから高い。調理に一時間以上かかるのがウナギですからね。人件費が半端じゃないでしょ、ウナギだけに専従しなくちゃならないんだから」

「昔は、つっても江戸時代とかなんだろうが。それを待つのも楽しみだったんだろうな。こうして酒を飲みながら、気の合う人間との雑談を楽しみながら」

「皮じゃなく身に焦げ目がついたら出来上がりです。再度タレに漬け、最後に数十秒だけ酒蒸しをします。今回は三尾分というか三匹分作ったんで、一匹分をひつまぶしにしますから奥方様へのお土産にしてあげてください。冷めちゃったら出汁茶漬けで食べると美味しいので」

「なんか、ゴメンな?カミさんにまでオミヤ貰っちゃって」

「だって先輩の奥方様って俺の幼馴染じゃないですか。俺が怒られるんですよ後で。今日も今日で旦那と悪巧みしてただろって。探偵なんか辞めて嘱託職員でも良いから警察官に成れって。先輩、奥方の手綱を持つのは旦那の責務ですよ?」

「警察官は全員が尻に敷かれるの法則を忘れんな。俺等は家族を犠牲にして正義を貫いてんだ」

 何処でも同じか。

 正義の犠牲者は家族である事など。

 警察官である先輩は奥方様に寂しい思いをさせて。

 探偵でメディックである私の場合、恋人に湯呑みを投げつけられた。

 其処までして貫かなくてはならないのかを自問する事もあるが。

 其処で辞めるのは何より無責任だ。

 

 悪に報いを。

 罪には罰を。


「此方、当店のウナギの蒲焼・特上です。野生のカバにお気を付けください」

「両国のウナギ屋で食った特上ウナギと同じ味だな…。まさか値段も同じじゃねえよな…?」

「六万円になります」

「ボリやがるな!」



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