第2話 ~居酒屋探偵サムライ・UN・オーエンは私なのか?~

 私は警察官のみが利用可能な居酒屋の店主。

 違うか、居酒屋もやるってだけの探偵事務所所長と説明しないと嘘になるのか。

 警察の補助機関として機能する当探偵事務所は。

 美味しい料理と美味しいお酒も楽しめるとしてお巡りさんに好評だ。

 本日、お客様はなんとまあ署長。

 自然と料理にも気合が入るというものだろう。

「サムライ君。君は芥川龍之介の自殺について何処まで知っている?」

「えっと、晩年の芥川龍之介は睡眠薬中毒になっていたとされていますね。起きたらすぐに寝てを繰り返し、死ぬという概念の傍に少しずつ近づいて行ったのではないかと言われています。俺が持つ『末期の眼』という能力も芥川龍之介の遺書に記載された事が初出になりますし」

「末期の眼。真実しか映さない、心を読むに等しい能力だったね。しかし、本来はそんな使い方はしないんだろう?」

 本日の酒は酔いが穏やかな熱燗の芋焼酎。

 薩摩焼の陶器に注いでその陶器ごとをお湯に浮かべると全体に熱が行き渡り、味も酔いもまろやかになる。

「ええ。本来は芸術関係に働く力だった筈です。川端お爺ちゃんも太宰オジサンも末期の眼の所有者であるとは有名な話ですし、全然嬉しくない事にチョビ髭のヒトラーもまた末期の眼を持つ人物であると言われています。俺の場合は視られた対象者の心を乱暴に鷲掴みにするというのであまり使わないようにとは努力していますが」

「超能力と変わらないだろうからね。まあ、そんな眼を犯罪捜査に使う君も君だが」

 別に超能力でも何でもないのだが。

 これは剣道の有段者が気配を殺す事が出来る事と同じであり、また消防士が常に非常口を確認してしまう癖と同様であり、何より人間の事が嫌いな精神姿勢を持つ者なら大半の人間が持つ視点でしかない。

 表面的な特徴の全てを無視し、本質だけを視ようとする眼だ。

 何でこんな目を持つ事になったのかって。

 そりゃイジメが原因で自殺未遂してるからなんだけど。

 要は自分を殺した人間という生物に対する防衛機能が備わったという事だ。

「羨ましい限りだよ。持っていない私から言わせて貰えればね。私の顔を視ただけで熱燗の焼酎を出してくれたのだって結局は私の心を読んだからだろう?」

「別に良い事ありませんよ?女性からは私の裸を想像してるんだろとか謂れのない事を言われて怒られますし、心が視えたら視えたで大半が俺に対する悪口言ってますもん。死んだ人間のような眼をしてるとか、眼の色が琥珀色で気持ち悪いとか」

「私は高知出身だから知らなかったんだが。東北には多いらしいね、網膜の色がブラックでもブラウンでもなく、アンバーである人間というのは。特に君のは赤が入った琥珀だ」

 この眼が原因でも苛められた事もある。

 一体、私はどれだけ苛められれば運命の神様が納得するというのだろう?

 違うか。

 神様は納得しても、苛める側の人間は私が死ぬまで納得しないのか。

 しかも望み通りに死んだら死んだで納得せずに逃げ回る始末だ。

「考えてみりゃイジメで人生が狂ってる俺が苛めた人間を助ける為に探偵してるってのも変な話ですよね。自分でいうのもなんですけど、よく殺人鬼に成らなかったなと自分で自分を褒めてやりたいですもん。今じゃウチの事務所に警察の署長さんまでやって来てくれるんですし」

「それはウチの署でも話題に挙がったなあ。少なくとも大学の同窓生と手酷く裏切った元・恋人さんの事はいつか殺すんじゃないかと言われていたんだよ、君は?」

「…殺したところで失ったモンが返ってくるわけじゃありませんから」

「だけども、罪には罰を与えなくてはならない。そうじゃなきゃ法治国家の意味が瓦解する」

 既に瓦解してるだろとも思わなくも無かったが、それを言ってしまったら全国のお巡りさんは泣くか怒るかのどちらかだろう。

 ま、このままで終わらす気もないが。

「それで、なんで芥川龍之介なんです?俺、文豪が活躍した時代の中じゃ芥川の師匠筋に当たる夏目漱石が好きなんですけど?ウチにいつもご飯を食べにくる野良ネコを見つけると、コイツも俺の悪口書いて小説にしてるんだろうなとか考えちゃいますもん」

「私は同じ漱石門下で芥川の親友でもある内田百閒かなあ。いやね?今、民間の会社からの持ち込み企画で『警察官に推理小説の読書感想文を書かせてみよう』という小洒落た遊びを頼まれてね。だけど現場に出てる署員にはそんな暇はないし、私が引き受けたわけなんだ」

 アホな事を。

 忙しいお巡りさんに何をさせてんだ。

「けど、芥川龍之介は推理作家じゃないでしょう?」

「君は知識量が半端じゃないだろ。洋の東西を問わず、様々な書の知識を含有しそれ等を知恵に転化する事の出来る人間図書館だ。それに末期の眼の持ち主に共通する能力らしいじゃないか。『興味のある事は何処までも覚えるが一般的な知識は殆ど持ち合わせが無い』んだろ?」

「失礼ですね。俺だって一般教養ぐらい常識レベルで学んでますからね?」

「じゃあ植物が呼吸をする為の葉の裏に多く存在する器官の事を何というか知ってるかい?」


「え?植物って呼吸すんの?タンポポにもナズナにも肺はねーじゃん」

「流石、サムライ君だ!私の目に狂いは無かった!」


 全然嬉しくなかった。

 寧ろ、バカにされているかのようにも思える。

「それでその読書感想文が如何しました?あ、此方、ナスにベーコンとチーズを乗せてトースターで焼いただけなんですがお通しになります。ナスは肉の旨味を吸い込む食材ですので脂を多く出すベーコンとの相性が良いんです。ハナコが寝ている内にどうぞ」

「今ね?アガサ・クリスティの『そして誰も居なくなった』を課題図書にされているんだが。なかなかに手間取っているんだ。元々、私は推理畑の人間じゃないからね。機動隊を率いるのが専門だったし」

「あの作品、ミステリーではなくホラーとして俺は楽しんでましたね。ちなみに誰がUN・オーエンなのかの答え、俺は知ってますけど?ネタバレ嫌なら黙ってますが?」

 すると署長は柔らかに微笑む。

 こんな余裕のある大人になりたいと心底思わせる笑顔だった。

「もう知ってるよ。私、ミステリーは犯人が誰かを知ってから読みたいタイプでね。頭がキレ、末期の眼も持つ君ならば、普通に推理出来るタイプの読者なのだろうが」

「まあ、『あの殺人だけが、どう考えても小さな十人の兵隊さんの詩にそぐわない偽装死亡であると明白でしたから』ね。参加者には医師も居た事ですし検死内容を変更する事ぐらい出来たとは考えてました。首無しの遺体が在れば入れ替わりをすぐに疑ったんですが」

「そうなのかい?」

「ミステリーのお約束です。首が無く指紋も無い遺体が在った場合は入れ替わり。ミイラ化した遺体が発見されたならば三十年前の遺体の使い回し。イニシャルがダイイングメッセージで残されていたならば旧姓が使われている。ミステリーの純文学です」

 双子の入れ替わりなんかを今の時代にやれば怒られてしまうだろうが、それもお約束である。トリックを楽しむ時代はそれこそアガサの時代だ。少なくとも私は読み物単体としての面白さを楽しむ昨今の読者こそが正しいミステリーファンなのだと考える側の人間だし、そもそも謎解きを楽しめないのは私に本格ミステリの素養も読書経験も無いだけである。

「あれ?でも君は非現実的だとしてミステリーをあまり読まないんじゃなかったか?なんで其処までミステリーに詳しいのかな?」

「そりゃ『三毛猫ホームズ』が好きだからってだけです。猫が名探偵って、赤川次郎先生は完璧に天才だなと膝を打ったもんでした。ウチにタダ飯を喰らいに来る靴下模様の野良ニャンコも、いつか『ニャニャニャ!犯人はアイツにゃ!サムライのお兄ちゃん!』と話して難事件に苦しむ当探偵事務所を救ってくれるかもしれないと期待しています」

「…それ、ただの野良ニャンコに期待し過ぎだからね?」

「靴下さん、最近じゃ愛犬のハナコに用意してたカリカリまで食べるようになりましたからね。食費は払って貰おうかなと考えてるだけですよ」

 真っ黒な毛並みで足の先っぽだけが真っ白なニャンコが勝手にやって来て、愛犬で番犬で看板娘でもあるハナコのカリカリを勝手に食べて勝手に帰っていく。狼犬である筈のハナコはそんな可愛い強盗を視ても尻尾を振るだけ。

 元・軍用犬で友達が居ないからか、ハナコは兎に角、町の動物に甘いのだった。

 この前なんかフクロウと並んで縁側で寝ていたもんである。当探偵事務所には動物が集まると近所の子供達に動物園扱いされるのも無理は無いのかもしれない。

「UN・オーエンが誰なのかは世界中のアガサファンが知るところではあるんだけど。世の中には正体不明の悪党ってのが相当数存在するだろ。アルセーヌ・ルパンだけは義侠心に溢れた義賊だから石川五右衛門のようなダークヒーローであると定義してもだ。この国にだって怪盗は数多い。一番有名な怪盗はアルセーヌ・ルパンのお孫さんになるわけだが」

「世界中を県警のパトカーで駆け廻る銭型警部が一番ぶっとんでますよね…」

 それも昭和のお巡りさんが乗っていたかのようなクラウンベースのボロボロのヤツでだ。県警も県警で断わりゃいいのに。インターポールのわりにとっつぁんの装備が地方公務員クラスでしかないのは地方公務員からの叩き上げだからか。

「昭和のライトノベルとして有名な『少年探偵団』にも怪盗は登場するだろ。まあ、UN・オーエンと怪盗ではまるで位相が違うけどね。正体不明の殺人鬼と正体不明の泥棒じゃ存在する意義が異なる。だが怪人二十面相こそ、この国が誇る怪盗なのかもしれないよ?」

「確か、本名は遠藤平吉でしたか。明智小五郎と何度も知恵比べをするというバトル展開は確かに少年少女が読むにふさわしいかもしれませんね。俺、『また会おう明智君。ウワハハハハハハ。ウワアハハハハ!』って言いながら焼き肉店で牛一頭から一キロしか取れないっていう謹製特上タンを独り占めしたら友人達に殴られた経験があります」

 友人達は笑わず、他のお客さんと店員さんが笑っていた。

 二十面相の物真似は二回目の高笑いの際、エコーを自分でかけるとクオリティが高くなる。

「そりゃ怒るだろ…。そもそもタンは高級な部位なんだからさあ…」

「米国に居た頃に食べていたのはトマホークと呼ばれる部位が多かったですね。赤身と脂のバランスが良くてバーベキューに向いてるとかで。残った骨は更にガンガン高温で焼いて灰にしてしまって農地に撒くを教えたら、涙を流して感謝されたっけなあ…」

 骨灰に勝る肥料無し。

 此処掘れワンワンのワンちゃんの遺灰が枯れ木に花を咲かせたのも、科学的に根拠のある話だ。話しの流れで署長への次なるツマミとしてOGビーフのトマホークを七輪で焼くと寝ていたハナコが匂いに釣られて事務所までやって来た。二メートル越えの超巨大な狼犬は署長を見つけるとすぐさま彼の足元に移動し、また丸くなった。「御主人に無理難題言ったら即座に食い殺すんで」とでも言わんばかりの態度である。

 ちなみにトマホークのような骨付きの肉は塩を強めに振るだけで充分美味しい。弱火でジックリと熱を通し、黒胡椒を粗挽きにして提供だ。

「…ハナコちゃん、これ完全に私の事を敵視してるよね?」

「誰に対してもハナコはそんなモンですけど。女性客だった場合はハナコを隔離しないといけませんけどね。ハナコ、人間の女性にヤキモチを妬いてしまって暴れるだけ暴れて爪や牙で事務所の壁を抉った事もあるんで」

「それ、牝犬が番犬に向くとされる所以だよね…。人間の牝にもヤキモチを妬くんだから…」

「特にハナコは美人が嫌いなんですよ。近所の婆ちゃんが遊びに来た時は歩くのに寄り添ってましたし、近所のガキンチョが遊びに来た時は一番小さな女の子を護るように動いてましたし。ですけど交通課の美人な婦警さんが来た時は婦警さんが食い殺されそうになってました。柔道の有段者を五秒以下で倒すハナコの有能さが誇らしいというかなんというか」

 狼に人間が勝てる道理無し。

 何の罪もない婦警さんはボロボロになって依頼を話していた事もあった。

「それで読書感想文はどうするんですか?UN・オーエンが誰かの推理は感想文にはなりませんよ?作中で誰なのかを語っちゃってるんですし。いや、読書感想文の一番簡単な書き方って推理小説を自分なりに推理する事なんですが…」

「だから言っただろう?怪人二十面相こそが日本が誇る怪盗であると。そして君は怪人二十面相と殆ど同じ能力を持つ。変装をさせれば体型や髪型まで変えるし運動神経も機動隊の猛者が舌を巻くほどに抜群だ。小林少年が山火事で孤立してしまった時、二十面相は敵であるのに危険を顧みず小林少年を助け出しているだろ、同じく君は君で御年寄りや子供達に自然と慕われる優しさの天才だ。其処で私は考えたんだよ。『怪人二十面相を探偵役に迎え入れたら、兵隊島でUN・オーエンは何番目の殺人までが可能なのかの考察』という読書感想文をね?」

 私は決して泥棒ではないし本名も遠藤平吉じゃないし子供と喧嘩をするような大人でもないが。

 成程、この明智小五郎役の署長は怪人二十面相役である私とタッグを組みたいという事か。

「でもそれ、読書感想文なんでしょうか?それ、研究発表の論文って言いませんか?」

「東大出身者の悪い癖さ。私等はね、なんでもレポートにまとめたいんだ。なにせ相棒が『末期の眼』を持つ怪人二十面相だよ?面白い感想文になると思わないかい?」

「確かにどんな文章でも読み手を楽しませてこそですけど…」

「質疑応答という形で君は私からの質問に得意の推理で返してくれればいい。大喜利みたいなもんだと気軽に構えてくれ。それと芋焼酎が無くなったからおかわりを御願い出来るかな?」

 次は赤霧島を燗にし、署長に出す。芋焼酎の濃厚な香りが鼻を突いたのか、署長の足元で丸くなっていた狼犬はテレビ正面のソファに緊急避難。恨めしそうな眼差しで私を視ていた。

 ツマミはサツマイモのフライドポテト。

 ゴマ塩だけでこれまた充分に美味しい。

「じゃあ、最初の質問だ。兵隊島での殺人事件。所謂、『そして誰も居なくなった』だが、あの事件の肝はなんだと君は考えている?」

「小さな十人の兵隊さんという詩でしょう。あの詩をなぞるような見立て殺人が数件起きてしまったからこそ参加者はそれぞれが疑心暗鬼となり、折角フィリップ・ロンバートがUN・オーエンの正体を論理的に説明して解明しているというのに誰も聞く耳を持ちませんでした。あの詩が事前に用意されていたという事と見立て殺人によって参加者同士の信頼関係を破壊した事。これが肝でしょう。参加者同士が結託してしまう事を何よりUN・オーエンは恐れた」

「怪人二十面相無関係だよね、それ…。いきなり正解というか真理だけどさ…。もう聞く事なくなっちゃったじゃないか…」

 小さな十人の兵隊さんの詩が意味するのはそういう場の演出であるというだけで預言書でもなんでもない。閉じた空間で見立て殺人が起こるという事は腹中に殺人犯を抱える状況下に入るを意味する。誰もが隣人を疑うような場を用意するだけで、其処は簡単に戦場となる。そもそも誰が自分を殺そうとしているのか解からないというような環境で結託なんぞ出来ないというものだ。隣人が殺人鬼かも知れないというだけで協力なんぞ出来ない、自分の身は自分で護ると人は判断する。だからフィリップ・ロンバートの推理は見事に無視された。


 UN・オーエンの最も残虐なところは其処だ。

 彼は集団を殺したのではない。

 集団を個人の集まりへとレベルを落としたうえで、各個順次に殺害したのだ。


「俺が兵隊島に行っていたのだとするならば、まず間違いなく常に集団で行動しますし常に互いを視界に入れるようにと徹底します。とある殺人が偽装殺人である以上、自由に動ける殺人鬼が島には存在するわけですからね。若者に人気の『うみねこの鳴く頃に』はこの作品から影響を受けたとはあまりにも有名な話ですが、相手はあの作品のように魔女じゃなく殺人鬼だ。銃さえあれば返り討ちに出来る。逆にUN・オーエンに対して攻める事も可能です」

「ふむ。殺人鬼に対して反撃に出る、かい。興味深い仮説だ。続けてくれ」

 私はキッチンから出て応接間を兼ねたリビングに用意されているホワイトボードにペンで作戦内容を書き出した。仮想敵をUN・オーエンにした対殺人鬼用のブリーフィングである。

「まずは兵隊島の館に火を点けます。参加者の居住空間を失うと同時、潜んでいるのであろうUN・オーエンの居住空間をも失わせる事になりますからね。計画殺人は一つでも狂うと全てが狂うもんです。あとは島の各所に古タイヤを積み上げて同じく火を点ければ島は黒煙に包まれます。生存者は海の傍にキャンプをしていればそれだけで良い」

「カウンターテロを学んだ君ならではだよね、その考え方は…」

 ただ殺されるのは、もう二度と御免だというだけだ。

 イジメ自殺の経験で殺人鬼は日常に存在するのも学んだし。

「殺人鬼側からすれば計画が狂ったとしてヤキモキするでしょうからね。そのキャンプ地周辺にはコールタールを撒いて火を点けるでも時間は稼げる。兎に角、火を点けて殺人鬼を遠ざけるを徹底すれば兵隊島で大火事だと気付いた民が要請するであろう救助班は必ずやって来るんですよ。古タイヤは燃えると煙を空高くまで上げますので気付く人間が居る筈ですし、運が良ければUN・オーエンだって丸焼きになっているかもしれない」

 ちなみに過激派やテロリストが国連軍のヘリを嫌って古タイヤの黒煙で空を覆うというのは世界各地の紛争地で行われているジャマーである。要はそれと同じだ。炎熱と酸欠で島を包んでしまえば殺人鬼であろうと生き残れはしない。

「うーん、火を使って潜伏者を炙り出すという手法はCIAのやり方だろ?」

「ええ。まあ殺されるのをオドオドしながら待つだけの参加者は危機管理が出来てない。絶海の孤島での連続殺人で何処に殺人鬼が潜んでいるのか解らないならば、生存者が海を背にしてキャンプを張って孤島全てを火の海にしてやれば良いだけだ。読書感想文にはそう書いてください。ただ殺されるのを待つだけの環境に甘んじる。殺される側が弱過ぎるのも原因だと。相手は殺人鬼でしょ、正当防衛は充分に機能する」

「私、君と敵対しなくて良かったよ…」

「ま、俺を殺した奴等には火の海より辛い、もっと深い地獄に落ちて貰いますけど」

「そうだね、焦熱地獄じゃ君への罪は精算出来ないからなあ。阿鼻地獄が相応しい」

「あの時、何処の誰に何をされて俺は自殺したのか。何処の誰に裏切られて酒に溺れるようになったのか。何処の企業にパワハラをされたのか、何処の悪党に何を奪われたのか等々、全てを機械音声で告発しても面白そうですね。それこそUN・オーエンのように」

「しかし、怪盗にはなれても殺人鬼にはなれないだろ君は」

「まあ、性分ですからね…」

「それを思えば正体不明の殺人鬼なんかよりずっと怖いのは一般人なのかもしれないね。我々警察官が相手をするのが知能犯ではなく一般人であるように、怪盗や殺人鬼というのは君のような探偵に任せるのが良いのかもしれないなあ」

 怪盗ならまだしも、探偵に殺人鬼を任せてどうすんだとも思ったが。

 まあ読書感想文には、せいぜい探偵を格好良く書いて貰う事にしよう。

「ハナコが不機嫌になるんで芋焼酎の熱燗はこれでおしまいにします。次は何にしますか?ハナコのオヤツにとシカの蹄やイノシシの大腿骨なんかも仕入れてますが?」

「更に怖いのはお客さんに骨を提供しようとする君の自由さだよね…」

 UN・オーエン?

 怪人二十面相?

 本当に怖いのは人を殺してゲラゲラ笑う事の出来る一般人だ。

 そんな殺人を殺人と認識出来ない人間が存在する事を、私は知っていた。

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