第9話 迷子の救世主
オフィスに戻った俺たちは、その日の報告書をまとめ上げる。トラブルがあった事は記載しつつも、それ以上は和解したという事だけ記載し順調に進んでいる事をアピールする。
安暮にも解決の経緯、特に魔法を使った事に関しては絶対に言わない様にと念を押しておくと、そのあたりは分かっている様で特に聞き返しては来なかった。
仕事が早く終わった事もあり、定時にパソコンを閉じると俺はすぐにオフィスを出る事にした。もちろん安暮にも帰る様には伝えている。
「お疲れ様です!」
そう言って、オフィスを出るなりスマートフォンを開く。もちろん、チカちゃんに仕事が終わった事を伝える為なのは言うまでもない。
帰りに彼女が働いている居酒屋を覗いてみようか……だが、店に入る訳にはいかない。遠目からならいいだろうと、思い足を向けると、髪の短いお人形の様な小さな女の子が俺の方をじっと見て居るのが分かった。
普段ならスルーする所なのだが、あまりにも高いクオリティはどこかで見覚えがある。そう、さっきまで一緒にいた安暮美咲に似ているのだ。
「えっと、何か用かな?」
「やはりミサキ様の匂いがする。お前、田中だな?」
やはり、安暮の知り合いか。生意気な口ぶりだが、可愛らしい見た目のせいかほっこりしてしまう。
「安暮の事を待っているのか?」
「アング……? ヴォーヒューマンの癖にミサキ様の事を呼び捨てにするとはいい度胸だな?」
「知っているか小娘、奴は俺の部下なのだぞ?」
あまりにも揶揄いたくなる彼女の姿と口ぶりに、俺の厨二心がくすぐられてしまう。
「なっ……ミサキ様の上司だと?」
幼女にドヤり大人気なさ全開にしていると、背後から声がした。
「田中さん……何してるんですか?」
「あ、いや。安暮の知り合いだったからつい」
「ついって……それにマルも、どうして来たの?」
「そ、それは、ミサキ様に伝達がありまして」
彼女の姿をみるなり萎縮している。てっきり妹なのだと思っていたマルと呼ばれる女の子はそんな関係では無いらしい。
「安暮さん、この子は?」
「私の従者です。失礼な事をしていたみたいで、すみません……」
「いや、楽しかったから別にいいのだけど」
「本来なら、腕の一本でも差し上げるのですが……」
「いやいや、いらないいらない! そんなちっちゃい子の腕とか貰っても罪悪感しか残らないよ!」
コイツは何を言っているんだ?
「良かったわね。マル」
「は、はい! それで、田中にも伝えても宜しいのですか?」
「私の上司ですよ? 様をつけなさい?」
「田中……様」
「いやいや、(さん)で充分だよ。別に呼び捨てでもいいくらいだし」
「田中さんがいいのであれば構わないですけど。良かったわね。マル」
「安暮……なんかキャラちがわねぇか?」
泣き出しそうなマルは、なぜか俺を盾にするかの様に隠れている。それほどに彼女の事が怖いのだろうか? この世界に生まれ、それなりに苦難はあったものの平凡に暮らしてきた俺には主人と従者という関係は理解が出来ない。
だが、普段は温厚に見える安暮がマルの行動に何かしらの思う所があるのは理解が出来た。
「まぁ、何か用事があるみたいだし聞いてあげればいいんじゃないか?」
「……わかりました」
とりあえず、オフィスの前からは離れた方がいいと思った俺は近場で個室の飯屋に行く事を提案する。あまり他の人に聞かれてはまずいと思ったのか、二人とも了承した。
店に着くと、マルは迷う事なく俺の方を選ぶ。それだけであれはまだ理解はできるのだが、そのまま膝の上にちょこんと座ったのだ。
「……で、マルはなぜ俺の上に?」
「ここが一番安全なのだ」
「まぁ、そういう事なら……」
「田中さん、マルに甘いですね」
「まぁ、厳しくする様な年頃の子では無いだろう」
見た感じ、小学校の中学年くらい。小さすぎる程では無いがまだまだ子供である事には違いない。
「それでマル。連絡というのは?」
「メレニスが気づいたみたいなのです……」
「いつかは気づかれるとは思っていたのだけど、思ったより早くバレたわね」
「まだ、具体的にはバレてはいないのですが探す為に、この国に要請したとの事です」
「ふぅ……厄介な事になったわね」
全く話に付いて行けない。つまりはどういう事なのかと聞きたい所だが、切り出せる空気ではない。
「マル、ゲートは使えないのでしょう?」
「はい。今は使わない方がいいかと思います」
すると安暮は財布を取り出し、入っているお札を取り出しマルの前においた。まぁ、俺の前でもあるのだが、話の流れ的にマルに渡しているのだろう。
「ほとぼりが覚めるまで、これでマルは別行動なさい」
「承知しました」
「ちょちょ、ちょっと待って!」
「田中さん、どうかしましたか?」
「いやいや、別行動ってマルを放り出すのかよ?」
「彼女も魔族のはしくるれ、田中さんが思っているよりマルは強いですよ?」
幼い子だから危ないと言うのはある。だが、それ以上の問題が彼女にはあった。
「襲われる心配がないのは分かったけど、この見た目だとお金を持っていてもどうしようもないぞ?」
「格安のホテルにでも泊まればある程度すごせるはずよ?」
「そのホテルに、この見た目では泊まれないんだよ。警察を呼ばれて保護されるのがオチだ」
安暮は本気で気づいていなかったのかハッとした様な顔を見せる。
「警察はマズイですね……」
「マルは問題ありません。ヴォーヒューマンごときすぐに倒して見せます!」
「な? マズイだろ?」
「な、なぜだ田中、倒せは問題ないであろう?」
俺はマルのほっぺたをつまみ、広げながら話す。
「お前たちは国にバレたくないんだろ? 警察を倒したりなんかしたらその時点でお前は指名手配犯になるんだっつーの!」
「そうね……その場合、この国の強力な武器を持ち出される事になるわね」
「安暮もそこじゃないんだよなぁ。いいか? 強力な武器は無くはない。たが、それ以前にそっちの世界のヒューマンにバレたくないんだろ? 指名手配の子供なんて、お前らを知っている奴ならすぐにわかるだろ?」
そう言うと、彼女達は黙ってしまう。
もし、マルが一人で来ていたのだとしたら、それはもう安暮の部屋に匿ってもらうしかない。だが、彼女が迷わずマルにお金を出したと言う事は隠れる為の足手纏いだと思ったのだろう。
「田中さんの家にマルを泊めてもらえないですか?」
悩んだ末に安暮は、俺にそう尋ねて来た。
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