第7話 救世主を求む!

 目が覚めると、そこには幸せがあった。

 カーテンから差し込む光と、目を覚ます前の天使。夢にまで見ていた彼女が隣で寝ている風景。


「……おはよ?」

「おはよう」


 ただ、俺たちはまだ最後までしてはいない。


「私って彼女になったんだよね?」

「うん。俺のチカちゃんだよ」


 俺はなんとなく手を繋いで、キスをする。まさに理想的な一日の始まりだ。


「テレビつけよっか……」


 そう言ってつけた画面からは、朝のニュースの声が流れる。少し寒い気温が、彼女の温もりを鮮明にしてくれた。


「まだちょっと寒いね……」

「暖房つけてもいいよ?」

「まぁ、二人だし。そこまでじゃないかな」

「それならいいけど。俺は今から仕事なのだけど、チカちゃんは?」

「じゃあ、一緒にでようかな」


 そう言うと、一緒に布団からでて準備を始める。昨日とは少し変わった関係がどこかくすぐったい。


「また直ぐ会えるかな?」

「彼女だよ? それは沢山会わないとね?」

「うん、そうだね」

「あ、昨日の下着とか置いて行っていい?」

「脱衣所の下の棚が空いているから、そこに入れとく?」

「うん。今度はお泊まりセット持ってくるね」


 彼女は昨日の服を着ると、ポーチを取り出しテレビを見ながらメイクを始める。俺はその間に、スーツに着替え洗面台で髪型を整えた。


 部屋に戻ると、メイク途中の小さな鏡を見ている彼女がボソリと呟いた。


「このニュース、面白くない?」


 そう言われ、テレビを見る。そこには日本の首相がどこかの国の人と握手している場面が映っていた。


「この人、異世界人なんだって」

「は? まさか……」

「最近、世界線が繋がったとかで日本と貿易を始めるらしいよ?」

「ええっ……」


 とはいえ俺はすでに、その異世界人と言うのに心当たりしかない。


「貿易って、文明とかどうなんだろ?」

「食料とか資源が豊富みたいで、その辺りはこれから話し合っていくんだって」


 すごいニュースだと言うのは、誰でも分かるレベルだ。だが、一番触れなくてはいけないはずの部分にテレビが全く触れていないと言うのが気掛かりだった。


 魔法の事、騒ぎにならない様に世の中には隠しているのだろうか?


「なんか面白そうだよね?」

「うん……」

「もしかしたら、異世界に一緒に旅行に行ける日が来るかもね?」

「それは一緒に行きたいね!」


 きっとその頃にはもっと仲良くなって、もしかしたら結婚して子供とかも居るかも知れない。そんなワクワクする様な妄想をしながら二人で部屋を出た。


「チカちゃんは今日は居酒屋?」

「うん。一旦家に帰るけど、いつも通りなら十二時に終わる予定かな。終わったら電話するね?」

「分かった。あ、そうそう、合鍵を渡しとくね」

「いいの?」

「彼女に渡さないで、誰に渡すんだよ?」

「それもそうだね!」


 そう言って電車に乗り、俺たちは途中で別れる事となった。昼休みにでも付き合った事を裕二には言っておかないといけないなと、頭の中でシミュレーションをする。しかし、どう考えても冷やかされる事は確定していた。


 会社に着くと、もうすでに安暮さんが出社していたのが分かる。彼女は何故か怪訝そうな顔でパソコンを睨んでいた。


「おはよう、安暮さん。今日は早いね?」

「田中さんニュース見ましたか?」

「もしかして、あの話? やっぱり関わっているのか」

「まぁ、そんな所ですね」


 話題になっていた異世界と言うのは、やはり彼女のいた世界の事らしい。だが、その話を振って来たという事で俺だけは彼女との繋がりを悟ると思ったのだろう。


「まぁ、この国の人は見た事無いものを怖がる風潮があるからな、そのうち安暮も隠さずに過ごせる日が来るといいな」

「……そうですね」


 どこか影を落とした様な表情。もしかしたら彼女は、こちらに来たばかりの時に嫌な経験があるのかも知れない。とはいえこちらに来て、就職までしているのだから今は会社員として頑張ってもらうしか無い。


「とりあえず、気持ちを入れ替えて行こう」

「はい!」

「早速なのだが、今日からうちの部署の仕事を始めて貰おうかと思っている」

「部署の仕事ですか?」

「そう、今までは説明した様に仕事をして行く上での必要な申請や処理を覚えてもらった訳だけど……」


 俺は彼女にこれからの業務の説明をする。ちゃんと面接に受かってから入って来ている事もあり、内容は理解している様だった。


 そして、うちの部署は販売促進部。

 いわゆる購入に繋げるために、イベントや宣伝を行って行くのが仕事だ。


「今日はとりあえず付いてきて、普段どんな事をしているのかを見てくれればいい」


 普段からしている業務という事もあり、特別な事は何も無い。彼女を連れていけばいいだけのはずだった。


「これはどういう状況なんだ……?」


 だが、現場に着いた俺は目を疑った。本来であれば、今日の仕事は新しいマンションを売り出す為のただの顔合わせと打ち合わせのはずだった。


 もちろん、オーナーや業者との話は事前についている。双方も企画内容を、納得した上であくまで確認のはずだったのだがその二人がまるで子供の喧嘩の後の様に、服はボロボロに破れ怪我だらけで睨み合っていた。


「ちょっと、どうしたんですか!?」

「田中さん、ああ……来てくれるのを待ってましたよぉ」


 そう言って近づいて来たのは、オーナーの息子さんだ。それとほぼ同時に業者側の従業員も近づいて来る。


「話はついていたはずですよね?」

「そうなんですけど……」

「一体何があったんですか?」


 そう言うとオーナーが俺に気づいたのかモノを言いたげな表情で向かってくる。


「田中さん、申し訳ないがコイツの所を使うのであれば契約は無かった事にさせて頂きたい」

「どういう事です?」

「コイツは、全く信用出来ない男って事ですよ」


 ふむ……ここの社長さんと、以前何かあったのだろうか。そう思い業者の社長さんの方を見る。


「これは仲介を挟んだ仕事です、プライベートの事は全く関係ない。子供みたいな理由で他の人達に迷惑をかける訳には行かないでしょう」

「私にとってはプライベートだ!」


 なるほど、埒が明かない訳だ。彼らは以前からの知り合いでプライベートで何か揉めていたのだろう。投資用とはいえ自分の物件をあえて任せる必要はない……と考えるのは普通かも知れない。それと同時に、うちを挟んだ仕事なのだから大人の対応をしろというのも分かる。


 さて、どうしたものか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る