クウちゃんとお兄ちゃんの一大事 その1

 ある日のことです。

 クウちゃんが、お家の隅っこから出てきません。

 いつもは元気に走り回るのです。


 ジャアンプ!方向転換!タッと脱兎のごとく、どどどどどお。ダンッ。


「激しいなあ、もう」と、思いながら眺めているのですが、そんなクウが全く出てこないのです。


「どうしたあ?クウ?なんかあったのかい?」

 話しかけても、おやつをちらつかせても、微動だにしません。

「おかしい…」


 ついその3日前、「ウサギを診てくれる獣医さんって少ないんだよ。いい先生知ってるから、教えといたげる」と言われたのを思い出しました。

 その時は、全然そんなこともなくて、まあせっかくだし、ぐらいにメモを取ったのです。

「どこに入れたっけ?どこどこどこどこ」

 そしてやっとのこと、かばんの底に、あらぬ形に折りたたまったままのメモを見つけました。


『中村動物クリニック』

 お母さんは、さっそく電話をすると、クウちゃんをキャリーバックに入れて出発しました。


 触診して先生は、「ん-、これはちょっとレントゲンを撮る必要があるなあ」と言うのです。

 やっぱり、クウちゃんは病気なんだわ。

 ドキドキして待っていると、先生の持ってきたレントゲン写真には、お腹に大きな白い影が、大小合わせて4個ぐらい映っていました。


「膀胱結石ですね。小さいのは散らしておしっこと一緒に出す方法もありますが、一番大きいものは、手術が必要です」

 手術だなんて、何てこと!そんな大病にかかってたなんて。

 お母さんは、明後日に手術の予約をして帰りました。


「ごめんね。全然気が付かなかったよ、クウちゃん。しんどかったんだね」

 麻酔でよたよたしているクウちゃんは、それでもお家の陰に向かいます。そして、隅っこに隠れるように、じっとしているのです。

 何も食べず、何も飲まず、ただずっと、じっとしているクウちゃんが、心配で心配で。何もできないし、見てても仕方ないのに、クウちゃんのそばにしゃがみこんで、離れる事が出来ません。


 そんな手術の前日、お兄ちゃんから、驚きの電話がかかってきました。

「怖くて家から出れない」

「え?」

「玄関に鬼が座ってて、近付けない」

 もう、声もうつろで、支離滅裂。精神的におかしいとすぐにわかるような状態です。

「お母さんがすぐに行くから、そこにじっとしていなさい」

 すぐにと言っても、お兄ちゃんの大学のある街までは、新幹線で2時間もかかります。

 お兄ちゃんを病院に連れて行かなきゃ。大学をしばらく休ませる手続きと…今日中に帰れるかしら。明日のクウの手術は?お父さんは仕事を休めないって言ってたし。こうしているうちにも、お兄ちゃんに何かあったらどうしよう。


 頭の中はぐるぐるぐるぐる。

 お母さんは、不安と心配で押しつぶされそうです。

                              -つづく

 

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