第14話 出世街道の陰で~銀行マンの栄光と家族の暗雲~

昭和50年代後半、私、飯藤芳三は銀行の融資課課長として、順調に出世を果たしていた。

社会は高度経済成長の波を乗り越え、バブル景気の兆しが見え始めていた時代だ。

銀行内では、私の手腕がますます評価され、大口取引を次々と成立させていた。

私は典型的な銀行マンの出世コースを歩み、さらなる高みを目指していたころのことである。

家庭ではちょっとした問題が起こり始めていた。


長男の大輔なんだが、中学生になるにつれて手が付けられなくなり、なんでも教師によると問題行動を繰り返しているというではないか。

何度も学校に呼び出された私は「中学生でやんちゃな盛りなんだから、そんな目くじら立てんでもよいではないか」と思っていたがそういうわけにもいかなくなった。

何とあろうことか、父親である私にも犯行的な態度を示しおって、なおかつ金属バットを振り回しよるのだ。


私はバットを取り上げ、竹刀や拳で愛の鞭をくらわしてやったが、私への態度が全く改まることはなかった。

このひねくれた性格はきっと妻の幸枝に似たに違いない。


一方、長女の栄枝は大輔とは対照的に、おとなしく、成績も良好な少女だった。

彼女は家でも静かで、親に迷惑をかけることはなかった。

だが、栄枝が中学1年生の時、思いもよらぬ災いが彼女にもたらされる。


その年の夏休みの最終日、同じクラスの女子生徒が自殺するという事件が起きた。

学校全体を震撼させたこの事件、しばらくして自殺した生徒の日記が発見され、そこには驚くべきことが書かれていたのだ。


その日記には入学以来無視されたり、髪の毛を切られたり、制服につばをかけられたり、裸にされたりしているなどネクラな被害妄想がだらだら並べられていたという。

そして「許さない」という大きな文字とともに、いくつかの名前が挙げられていたのだが、驚くべきことに、一番目に栄枝の名前が書かれていたのだ。


私はこの事実に激怒し、「うちの栄枝が何をしたというんだ!」と学校に乗り込んでいった。

校長や担任教師に対し、栄枝が何の罪もないことを主張し、日記の内容が不条理であると訴えた。

しかし、学校側の対応は曖昧で、他の生徒からも「栄枝がその生徒をいじめていた」と根も葉もない証言までされ、真相はますます混迷を深める。


私たち夫婦はこの状況に納得がいかず、さらに強行手段に出た。

自殺した少女の家に直接乗り込み、両親に面と向かってこう言った。

「うちの栄枝があんた方の娘さんをいじめたというのは、まったくの事実無根だ!あの子はそんなことをする子ではない。これは何かの誤解だろう!」


だが、娘を守る当然の行為をする私に対して、その自殺した少女の両親は私達の主張に耳を貸そうとはしなかったばかりか、「娘を死なせたのはお前のとこの娘じゃないか!!」と驚くべきことを言ってくるではないか。

さらに父親は「娘の日記には、アンタの娘の名前があるんだからな!」とか「アンタの娘がうちの娘をトイレで裸にしていたという証言を聞いているんだ」とかまくしたてて「訴えてやるからな!」と吠えて家のドアを閉じた。


ふん。

自殺するような弱い娘の親らしい捨て台詞だ。

私達ととことんやりあうつもりはないらしい。

「上等だ!裁判しようじゃないか!」は男らしく言い放ち、その家を後にした。


帰宅後、栄枝は既に部活から帰って家でテレビを見ていた。

私は「濡れ衣を着せられた栄枝は、さぞ落ち込んでいるだろう」と思い、彼女に声をかけた。


だが、驚いたことに、栄枝はそのことでまったく動じていない。

むしろ、「あんなんで死ぬ奴が悪いんじゃない?だいたいあの顔じゃお先真っ暗に決まってんだから、人生早めに終わらせることができてよかったじゃん」と、あっけらかんとしていたのだ。


私はその言葉に一瞬絶句したが、次の瞬間には感激していた。

「なんと強い娘なんだ」と、私は心の中で賞賛した。

これほどの精神力を持つ娘が、自分の子供であることを誇りに思った。

栄枝は自分の信念を貫き、他人の言葉に惑わされない強さを持っているのだと感じたものだ。


家庭内では、栄枝はますます内向的になり、あまり話をしなくなったが、私は彼女の強さを信じていた。

大輔の問題行動が続いており、教師ばかりか警察まで来るようになったが、私は「自分の道を突き進むことが大事だ」と信じ続け、どんな困難があろうと我が家の子供たちは自分たちの力で乗り越えるだろう。


銀行では、私はますます出世街道を歩み続け、冷酷で狡猾な手法で数々の成功を収め、上層部からの信頼も厚かった。

家庭内の問題を抱えつつも、私はその影響を一切感じることなく、自分の道を突き進んでいた時代である。

家庭の揺らぎも仕事の成功も、すべては私が正しいと信じる道の一部に過ぎず、私の生き方もまた変わることなく続いていくのだろうとその時は確信していた。

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