第9話 伴侶との出会い~我がお見合い~


昭和43年、私飯藤芳三は29歳を迎え、融資課主任としての地位を確固たるものにして仕事に邁進する一方、新入社員のうぶな女の子に手をつけたり夜の街での女遊びも欠かしてはいなかった。

私には銀行員としての矜持があるが、プライベートでは自由奔放な生活を楽しむのが私のスタイルだった。


そんなある日、大宮市の父から突然呼び出された。

久しぶりに顔を合わせると、父は一枚の写真を私に差し出し、「知り合いの社長の娘なんだけどな。見合いしろ。」と言った。

写真には、美しいがどこか冷たい目をした女性が写っていた。


「オヤジ、今付き合っている女がまだ三人もいるからさ」と一度は断ったが、父は「今すぐ全員振れ、お前のためだ。結婚することが仕事にもプラスになる」と譲らなかったので、渋々見合いの場に赴くことにした。


見合いの席で私の前に現れたのは、写真よりもいい女だった。

名は高木幸枝。

ん?女のくせに「…子」じゃない名前だ。

「…子」じゃない女などいくらいい女でも、女として認めん。

それに何だ?さっきからふてくされたような態度しよって!


私が名前のことをチクリと指摘すると信じられない答えが返って来た。

「何様なんだておみゃー様はよ?お前かて「芳」って女みたいな字ィ名前に入っとるがや」


小汚い中部方言もあって一瞬頭が真っ白になったが、すぐに反撃を試みた。

「俺の名前は親がつけたもので意味があるんだ。芳しい香りのように人々に愛される存在になれという意味だ。」


幸枝は鼻で笑った。

「ほぉ、それなら私は幸せを運ぶ枝って意味なんだが、おみゃー様もちゃんと人に幸せを運んでるのかね?」


完全に言い負かされ、私は何も言い返せなかった。

見合いはそこからさらに険悪な雰囲気になり、まるで冷戦時代の対立国の会談のようだった。

幸枝は私の銀行員としての実績を根掘り葉掘り問いただし、終いには「そりゃおみゃー様の手柄と違うがな。それと若い女の子たちに手をつけるのは、業績にどんなプラスがあるんかね?」とまで言い放った。

確かこの女の父親で不動産会社社長の高木武はこのドラ娘に手を焼いており、私の父からもそれを警告されていたが想像以上だ。


見合いが終わる頃には、私は完全にへとへとだった。

しかし、奇妙なことに、幸枝の強気な態度と鋭い舌鋒に何かしらの魅力を感じ始めていた。

こんな女性と一緒になったら、一生退屈しないだろうと思った。


見合いの後、私はお手付きにした女全員との関係を断ち、何度も幸枝に会いに行った。

彼女は最初、私を完全に拒絶していたが、私はあきらめなかった。

毎回手土産を持参し、彼女の趣味に合わせた話題を用意して、彼女の心を少しずつ溶かしていった。


数ヶ月が過ぎ、ついに幸枝も私の熱意を認め始めた。

そしてある日、「おみゃーさん、本当に私と一緒にいたいんか?」と聞いてきた。

「もちろんだ。お前としか人生を共に歩めない」

その言葉に、幸枝は笑顔を見せた。

「ほんなら結婚したろうかね。ただし、私の条件があるんだわ。」


「何でも言ってくれ」私は胸を張って答えた。


「浮気は絶対に許さん。それに、私の前では偉そうにしないこと。これが条件ナンだわ」

そして、女とは思えない凄みのある声で「破ったら殺したるだで」と言われた時にはさすがに背筋が凍った。


私は一瞬考えたが、すぐに答えた。

「わかった。その条件、受け入れよう。」


結婚式は豪華で華やかに行われた。

父の知り合いの社長や市会議員、暴力団組長、私の同僚たちも多数出席し、祝福の声が絶えなかった。

幸枝は美しい花嫁姿でありながら、その目には強い意志が宿っていた。

私は彼女と共に歩む未来に胸を躍らせた。


結婚生活は波乱万丈だった。

幸枝は私に対して常に挑戦を与えてくれる存在であり、私はその挑戦を乗り越えることでさらなる成長を遂げていった。

一度約束を破ってちょっと他の女と一夜を共にしたことがバレたとたん、両手に包丁を持った幸枝に10㎞以上追いかけ回された。


ある日、会社の部下に「最近、主任が丸くなりましたね」と言われたが、それも幸枝のおかげだろう。


結局、私は幸枝に頭が上がらなくなり、彼女の尻に敷かれる日々を送ることになった。

しかし、それも悪くない。

幸枝と過ごす毎日は、以前の自由奔放な生活以上に刺激的であったからだ。


こうして私は、仕事においてもプライベートにおいても新たな挑戦を続ける日々を送っていた。

幸枝との結婚は、私にとって人生の新たな章の始まりであり、その挑戦はこれからも続いていくのだ。

やっぱり、結婚ってのは、人生最大の投資だな。

いや、墓場かもしれん。

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