察しが悪いせいで女子になったようだが、それでも男なので女子の気持ちはわからない

川野マグロ(マグローK)

肉体が 変われどわからぬ 恋心

「あんたなんか、女になればいいんだ。あたしと同じ、女になっちゃえばいいんだ。そうすれば、嫌でも理解できるから」


 幼馴染の心美こころみれんから、唐突にそんなことを言われ、俺、安藤あんどうレドは言葉を返せなかった。


「いや、どういうことだよ。そもそも女になるってどうやって?」


「あんたに呪いをかけたから。それで、明日にでも女になってるんじゃない?」


 適当なことをうそぶく恋が、俺はどうしても信じられなかった。


 昔の彼女は、こんな風な女の子ではなかった。


 占いなんか信じることなく、元気で活発で、男子に混じって遊んでるような、そんなおてんばな感じの女の子だった。


 それなのに、こうして俺と話す時も、どこかよそよそしい態度で、ファッションやらメイクやらそんな話ばかりするようになってしまった。


 そのせいか、最近は見た目も変わってしまい、昔の面影が感じられなくなっていた。


 昔といっても、つい数ヶ月前までは、一緒にゲームやら、アニメやらの話をしてバカ笑いしていたと言うのに……。


 変わったのは確か、変な奴に絡まれてた恋を俺が助けた時、だったか?


「なあ恋、ほんとにどうしちまったんだよ」


「知らない。あたしはずっとこんなだから」


「俺は前みたく遊びたい」


「それが嫌って言ってんでしょ」


 恋は冷たくピシャリと言い放った。


 にべもないその対応に、俺はそれ以上何も言えなかった。


「……昔は一緒に風呂だって入ったじゃんかよ」


「は、はあ!? いつの話してんのよ。ばか、ばかばかばか! ほんっと、信じらんない」


「ちょっと待てって!」


 俺の言葉などを無視して、恋は行ってしまった。


 こんな軽口だって、よく二人で笑いあってたじゃないか。


「俺がガキってことなのかな?」


 しょぼくれながら俺は帰った。


 風呂に入りつつ、呪いとか占いとか信じてるほうがよっぽどガキなんじゃないかと思ったが、まぁそんなこといっても仕方がない。


 一応念入りに体を調べたが、女になっていなかった。


 俺はおとなしくに寝ることにした。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 翌朝。


「うわっ」


 白蛇に丸呑みにされるような夢を見た気がして、俺はがばっと起き上がった。 


 パチパチとまばたきを繰り返すが、その中は薄暗い体内ではなさそうだ。ひとまず、見知った部屋にいる。


 ほっと胸を撫で下ろしかけたとき、自分の頭がやたらと重いことに気がついた。


 俺はすぐ近くにあるスマホを引っ掴んで、インカメで自分の姿を確かめた。


「いや誰!」


 声までおかしい。


 まるで、少女のような可愛らしい高音ボイスが俺の喉から発せられていた。


 少し、俺好みのアニメキャラの声っぽい気がする。


 いやいや、何考えてるんだ俺。


「女になってるんだが!?」


 どうしろと? いったいどうしろと?


 答えの返ってこない疑問ばかりが頭に浮かんでくるが、そのどれにも答えを出せない。


 駄目だ。混乱で頭が回らない。


 俺はすぐさま手に持つスマホで恋に電話をかけた。


 着信音が扉のすぐ外からする。


 俺が恋に電話をかけたと、恋が俺の部屋に入ってきたのはほぼ同時だった。


「あんた誰?」


 部屋に入ってきた瞬間、ものすごい形相で恋がにらんできた。


「俺だよ俺、安藤レドだよ。俺に彼女を作れる甲斐性なんてあるわけないだろ」


「そんなわけ……それもそうね」


「そこはもっと頑張ってくれ」


「事実だから仕方ないわ」


 事実だから仕方なかった。


 肉体が変わってしまったことのショックを受ける俺をよそに、恋はなんだか楽しげな様子で、俺の体をジロジロと値踏みしてきた。


「なんだよ」


「レドのお母さんって、高校のOGだったわよね」


「それがどうかしたのか?」


「制服借りて登校しましょう」


「は?」


 俺の素っ頓狂な声を無視して、恋は部屋を出て行った。


「お、おい! 待て待て待て待て! なんでそうなるんだよ!」


 俺の抵抗むなしく、俺は女子の制服へと着替えさせられ、学校へ行くことになった。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★



「来てしまった……」


 少しデザインが古い制服を着ているせいか、周囲から注目が集まっているのを感じる。


 無遠慮な視線にさらされ、なんだか居心地が悪い。


「どう? わかったでしょ?」


「とりあえずお前が楽しそうなことだけはわかったよ」


「そうじゃないんだけど」


 おとなしく教室まで移動して、自分の席に座ると、教室中がざわざわとしだした。


 当然だろう。見知ったクラスメイトの席に見知らぬ少女が座っているのだ。当然、疑問が広がる。


 そんな俺に話しかけてきたのは、うわさ好きの新聞部、浮輪うきわさざれだった。


「心美ちゃんから聞いたけど、君、安藤くんなの? 冗談じゃなく?」


「冗談だったらよかったんだけどね……」


 俺が肩を落とすと、ガタッと席を立って、ズンズンとこちらに迫る影あった。


 クラスで一番美少女だと言われている井中いなかはなだった。


「ずるい。その顔」


「そう言われても……」


 俺がしゃべるたび、クラスメイトたちからいちゃもんをつけられ、取り囲まれる、そんな一日が続いた。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★



「はあ、どっと疲れた。一生分話した気がする」


「あっそ」


「キレてる……」


 基本的に、女子は恋としか話さないのに、一日を通してずっと話しかけられていたせいで、とんでもなく疲労感を感じていた。


 それなのに、恋は恋で不機嫌だった。


 気づけば、今朝のご機嫌な様子は消え去っている。


「いやーしかし、女子に囲まれるってのもなんか怖いな。男の時だったらいいんだろうけど、詰め寄られるのは普通に怖かったわ」


「楽しそうに見えたけど?」


「無碍にはできないだけだって」


「あっそ」


「マジでキレてる……」


 こうなる事は、目に見えてたんじゃないのかよ。


 わからないが、こうなってしまえば昨日の二の舞な気がする。


 しかし俺も、口が達者な方ではないので、思った事しか言えない。


「ほんと、恋と一緒にいるのが一番だわ」


「は、は? ばっかじゃないの?」


「俺だって言ってて結構恥ずかしいんだぞ」


「じゃあなんで言ったのよ」


「女子ってなんかそういうこと言ってるイメージあったから」


「偏見よ。好き好き大好きーとか、アニメの中だけだから」


「だよなぁ。俺も見たことないもん」


 ぼーっと空を見上げながら、久しぶりに恋とサブカルチックな話をしていることに、嬉しくなっている俺がいた。


「でも、あたしが一番ってどういう意味?」


「分かれよ! もっと一緒にいたいんだよ」


「はあ?」


 口元を隠しながらそっぽを向く恋。


 耳まで赤くなっているせいで、全く隠せていない。


「……さっさと戻れ、ばか」


「ばかはないだろ。それに、そんな頻繁に性別を変えられたらたまらねえって。なんでも言うこと聞くから、もう少しおとなしい方法にしてくれないか?」


「なんでも?」


「まあ、可能なことならな?」


 俺の言葉を聞いて、恋は少し考えるようにした。


「……じゃあ、付き合って」


 ぼそっと俺に頼んできた。


「おう。いいぜ。俺にできることならなんだって付き合ってやるよ。昔はよく色々やったからな。で、何に付き合えばいいんだ?」


「……私と」

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