ひと握りの幸せは君と二人で

ミハナ

ひと握りの幸せは君と二人で

日付が変わった朝はこれ程までに小鳥が鳴き爽やかだったろうか、澄み切っていただろうか。


否、君と両思いになれたからだ。


叶う筈が無かった片思い、それを叶えた君は罪深い。


全力で君を愛すから覚悟しておくように。


◆一話目



片思いだった幼馴染みに好きがバレて、付き合うことになった次の日。

アイツは家の玄関まで迎えにきた。親に叩き起こされた寝坊助な僕を引きずって学校に向かう。

なんで、いつもと違うと言ったら「付き合ってんだから、当たり前だ」

当然のように言うけど、僕はお前が初恋なんだから知るわけがないじゃないか。


◆二話目


アイツはあれからずっとひっつきぱなしだった。 戸惑う僕の姿を覗きこみ、にやりと笑う。 反対側に座る貧相な僕のお弁当。 それを見て「明日から作ってきてやるよ」とドヤ顔を決めてみせた。


◆三話目


めでたく付き合うことになったアイツとは、幼稚園の頃からの腐れ縁で、交友関係が極端に少ない僕の大切な幼馴染。昔からよく連れ回されて遊んでた。アイツはいつも輪の中心にいて、僕にとってはヒーローだった。

女の子からも人気で、僕はよくアイツのことを聞かれ続けたっけ。


ほら、今も。


クラスにきた女の子に呼ばれて言っちゃった。


そりゃそうだ。付き合ってるのは僕らの間だけの話で、学校内では陽キャなアイツと根暗な僕の関係のままなんだから。

残されたのは、僕と空っぽになったお弁当。

素早く包んで席を立った。


◆四話目


居た堪れなくなって教室から飛び出す。

次の授業の予鈴がなって、周りがちらほらと僕を見るけど、気にしない。

美術室の保管庫まで辿り着いて、室内に身を滑らせた。

油絵の匂いが心を落ち着かせてくれる。もう、ここで授業サボってしまおうか。

アイツの教室の授業は、体育だ。真っ先に向かったに違いない。

僕は体育は昔から苦手だった。

それよりも美術室で絵を描いてる方が好きだった。コンクールには引っ掛からなかったが、アイツは僕の絵を好きだと言ってくれてたっけ。


お世辞だと思いこんだけど。


乾いた油絵の表面をなぞり、キャンバスの海に体を蹲くまらせた。

ああ、落ち着く。

学校の喧騒とは遠い場所だ。

やはり付き合っても僕はアイツみたくはなれないんだ。

アイツは、幼馴染みだから付き合ってくれてるだけなんだ。

マイナス思考が加速する。

そっと頭を抱え、体育座り。

ーーーやはり、ヒーローは僕には過ぎたる存在だったんだ。


しかも、独占したいとか、引かれるに違いない。


本鈴のチャイムが鳴った。


◆五話目


勢い眠りに落ちてた僕を強く揺さぶり、名前を呼ぶ声に意識が浮上する。


なんだよ、わかった、起きるから……


うすらと目を開けた視界には顔を覗きこむアイツの姿。

また泣いただろ、と目尻を優しく撫でられ、僕ははっと覚醒する。

なんで、なんで、ここにいるんだ、喉まで上がった声を制し、アイツが言う。


昔からお前は何かあると美術室に駆け込んでいたじゃないか、戻ったらお前がいなくてピンときたら案の定だったな。

何年そばにいたんだと思ってんだよ、と軽く小突かれて、乾いた声で授業はと聞いた。

そしたらアイツはなんでもないようにサボったと。


今すぐ戻れと詰る僕をさらに制して、気づいた時にはアイツの心臓の音を聞かされていた。


ぎゅうと抱きしめられていて、僕はパニックになった。


◆六話目


抱き締められ、それでも僕は抱擁を返せずにいた。すると、アイツが耳元で話す声が聞こえる。

不安なんだろう? と。

思わず頷いていた。


僕ら、付き合わない方が良かったんじゃないか、と抱えていた心情を吐露すると、強く抱き締められた。


お前と両思いになれて最高に嬉しい、まだ現実味がないんだ、だからそんなこと言わないでほしい。


囁く声が微かに震えていた。

ああ、アイツも普段通りに振る舞おうとしていて虚勢を張っていただけだったのか。

僕はようやく気持ちがわかり、そっと触れるだけの抱擁を返した。

なんだ、互いに好意を表すのが下手なだけだったじゃないか。


しかも、僕はあれほど近くで一緒に育ったのに、意外に君が緊張しいだということも忘れて自分の事しか頭になかった。


本当にごめん、これからは不安になる前に話し合おうよ、そう言えばアイツは頷いてくれた。

そして、決意に満ちた表情でアイツは言う。

公表する、と。


◆七話目


公表するって言っても、受け入れられるか分からないのに?そっちの方が僕は不安だよ、不安そうなアイツの顔をゆっくりと撫でる。


でも、決めたんだ、お前にそんな顔させたくないって、撫でた手を掴む手のひらはもう震えてなくて。

それにお前の事を好きな奴への牽制になるなら、公表する。


奇特なやつ、いないと思うよ?言っても、アイツの決心は固そうで益々抱き込まれる。


ずっと好きだったんだ、もう我慢したくないって耳元で囁かれてぞくりと背筋が震える。

我慢したくないのは、僕の方だってそうだ。

誰からもモテるアイツの周りにずっと嫉妬してたんだ、幼なじみだからと引き合いに出される事も多くて、ラブレターを渡してくれと言われたり、釣り合ってないって言われた事も多かった。


その度に諦めようとした、でもアイツの眩しさに惹かれて、どうしても諦められなかった、

今こうして恋人になれたんだ、我慢したくない。


ポツポツと語る僕に、お前はオレより実は意思が強いんだよとその揺らがないところが昔から憧れだった。


思わずアイツを見返すと、もう不安そうな顔はしてなくて。


僕たちは引き寄せられるかのようにキスをしていた。正真正銘僕のファーストキスだった。


◆八話目


ちゅっとリップ音をさせて離すと二人して額を擦り合わせた。公表するか、アイツが言う、僕はまた泣きそうになりながらも頷いて自分からもキスをして指を絡め合わせた。


公表、怖くないの?僕が問いかけると、ちょっとは怖いさとアイツが言う。

お前が取られるかとヒヤヒヤしてたのもあるけど、公表してお前の良さに気づくやつが出てくるのが嫌だ、と抱きしめられながら囁かれては僕は背中を撫でる。


それでも僕は公表したいよ、取られないかと危惧したのは僕だってそうだ。


そう伝えたらアイツはくしゃりと顔を破顔させて、もう一度キスを繰り返す。

気持ちは固まった。

二人してもう一度頷く。


明日言おう、とどちらからともなく囁いて二人は帰ることにしたのだった。

言葉少なに、二人して手を握りあう。

夕暮れの帰り道はいつもの道をまるで違ったもののように見せる。

帰りがたくなった二人は近くの公園に寄ることにした。


小さな公園は、昔彼らが遊んだ公園だ。

その公園で、二人でブランコを漕ぐ。

一人乗りブランコを昔のように僕が座ってアイツが漕ぐ。


見ろよ、空が綺麗だぞ。


ああ、そうだね、綺麗だね、まるで世界で二人みたいだねと呟けば、本当にそうなったらいいのにと僕は思った。



公園で少し浸った後に、アイツが僕の家に送ってくれることになった。


明日迎えに行くから、先に行くなよな。


うん、僕待ってるから。


……緊張するな、うん。僕も。


繋いだ手のまま僕の家まで来る、家には暖かな明かりが灯り夕飯の用意しているだろう。今日の夕飯はなんだろう、気になるけれど、今のこの雰囲気を壊したくないし、離れ難い。


帰らないのか、アイツが言う。

離れ難いんだよ、そうは思ってないの?僕が小さく呟くとつないだ手にぎゅっと力が篭もる。

触れ合う部分を広くしながら抱き締め合い、ゆっくりともう一度キスをする。


離れる時に、また明日と言うアイツの声が甘くて擽ったかった。


---ああ、幸せだ。


アイツは僕が家に入るまでずっと見守っていてくれた。


その後、くすぐったい気持ちのままご飯を食べて風呂に入り、ベッドで寝転ぶと心がほかほかしてくる。


ああ、僕は今一番幸せだ。


明日のことを考えると緊張するし、怖いけど、アイツと一緒なら乗り越えられる。


そんな気がした。


◆九話目


アイツは昨日別れ際に言ったように僕を朝、登校に誘いに来た。


時間はいつも通り、でも僕達だけがいつもと違っていた。固く握りこぶしを作る。ごつんとぶつけ合わせ、ぎこちなく笑い合う。二人とも緊張していて上手く笑顔を作れなかった。


アイツが言う。必ず守るから、お前を。


僕は言う。もう、弱くないよ、逆に守るから。


そう言えば、頼もしいなとアイツは吹っ切れたように力ない笑みを見せ、パンっと両手で頬に喝を入れた。柔らかな頬が赤く染る。

痛そうだ、と手を伸ばしたら逆に掴まれた。

繋いだまま、行こう、見せびらかしてやると言うアイツに僕は呆気に取られ、釣られて片手で頬に同じように喝を入れる。


大丈夫、一人ぼっちにはしないから。


咎めを受けるなら、共に隣で。


咎を背負うじゃないか、そう言えばアイツは、やっぱりお前の方が昔から強いんだよ、とからりと笑って見せた。

その笑顔は今まで隣で見てきたどんな笑顔よりもキラキラと輝いて見えた。

やっぱり僕のヒーローは、ずっとアイツだった。


それだけは変わらなかった。


二人で固く手を握りあい登校の道を辿っていく。

いつも通りだけど、いつもと違う朝だった。


◆十話目


手を握りあったまま教室のドアへと到着した。

ぎゅっと力が互いにこもる。

そして二人して目配せして、アイツがドアを開けた。


「お! お前ら遅いんだよ! 聞いたよやっと付き合いだしたんだって! 」


クラスで一際元気な男の子が僕たちの前に立つ、そして後ろを振り返る。

反発ややっかみや否定的な目をしていると思い込んでいたクラスメイトたちは。

皆温かな瞳の色を浮かべていた。

アイツが僕を庇うように一歩前に出る。

握った手を見せつけるように頭上に掲げられば、自然僕の腕もつられる。

がっしりと繋いだ手にクラスメイトたちは皆口々に良かったね、と言ってくれた。


そうゆうことだから、もうコイツに手出しは厳禁だからな! とアイツは言って、皆の前で高らかに宣言してしまった。


僕も、怖々と、でもこくりと一つ頷く。


そうすると次々にクラスメイトがこっちにきて、僕らは揉みくちゃにされた。

「いつ付き合うのかとオレらずっと思ってたんだぜ? 」

クラスの中心人物たちが一様に頷きだし、本当に良かったなあと更に揉みくちゃにされる。


気持ち悪くないの、と思わず僕が言うと、皆は普段の二人を見てればわかると口を揃えて言う。

「今日はお祝いパーティだな! 皆でカラオケ行こーぜ! 」その声に皆して、いいなと声が上がる。

もしかしたら僕たちをダシにして騒ぎたいだけかも知れない。

でも嫌われるのも覚悟していた僕には、受け入れられたことが何より嬉しかった。


アイツは時間をクラスメイトの人気者たちと決めている。

一度もその手は離されなかった。

ホームルーム始めるぞ、と先生が入ってくるまでは。

皆蜘蛛の子を散らしたように席に戻っていく。

先生が皆が席に着いてからホームルームを開始した。


僕は今まで握っていた手を眺め、ぎゅうと強く握りしめる。


昨日も嬉しかったけど、今が一番実感出来た。


僕たちは、これで正式に付き合い始めたんだと。


先生の目を盗むように回されてきた小さな手紙を開くと中には、カラオケの場所と時間が書いてあった。




僕らのお付き合いはこうして始まったのだった。





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