弐 禍珠 その二

禍珠まがたま』の霊験は、その後も続きました。

最初の方がSNSとやらで、『禍珠』の霊験あらたかなことを広めて下さったようで、徐々にお祓いの依頼が増えてきたのです。


その時に思ったのですが、世の中には運が悪いというか、不幸に見舞われる方が結構いるもんですね。

例えば、私の社を訪れたある方は、事故や病気で立て続けに身内を失くされた上に、ご自身も難病を患ってしまわれたそうなんです。


そんな不幸が、あまりに続くものですから、誰かに呪いでも掛けられているんじゃないかと本気で疑って、霊媒師にまで相談したらしいんですけどね。

それでSNSの記事を読んで、藁にも縋る思いで、うちの社を訪ねて来られたんですよ。


重いですよねえ。

何せ、お祓いをしている私自身が、半信半疑なんですから。


心の中で申し訳ないと思いながら、一生懸命お祓いだけはさせて頂きました。

その時も『禍珠』は、はっきりと聞こえるくらいの大きさで、キンと鳴ったんです。


するとどうですか。

1か月ほど経って、その方が訪ねて来られて、患っていた難病が完治したと仰るんです。


私は心底驚くと同時に、段々と怖くなってきました。

その方もお礼だと言って、かなりの寄進をしてくれたんですけど、私は喜ぶどころじゃなくなってきたんですよ。


それなのに、私の意に反して、私の祈祷の評判が広がってしまいましてね。

引っ切り無しに、依頼が来るようになったんです。


私は困り果てました。

このまま続けていいんだろうかとね。


もちろん実際に霊験があって、助かる人が沢山出ることは良いことなんですけど、私の恐怖は、日々募るばかりでした。


だってね。

禍珠まがたま』の色が、祈祷をするたびに、徐々に赤くなっていったんです。


最初蔵から見つけた時は、真っ白な中に、僅かな赤みが差しているだけだったのにですよ。

段々とはっきり分かるくらい、赤い色が濃くなってきて、終いは元の白さが隠れてしまうくらいまで、赤に染まってしまったんです。


私はそれを見ていましてね、もしかしたら『禍珠』は、祈祷をした人たちから、不運や災厄を吸い取っているんじゃないかと思い始めたんです。

そして吸い取った分だけ、赤い色が濃くなっているんじゃないかと。

それだけじゃなく、『禍珠』自身が災厄を呼び寄せているんじゃないかと疑い始めました。


怖かったですね。

毎日、もう祈祷は止めようと思いながら過ごしていました。

それなのに、祈祷を求める人は後を絶たないんです。


そんなある日のことでした。

いつものように、祈祷を頼みに来た方がいたんですがね。


私はその方のお話を聞いて、震えあがってしまいました。

何でもその方の祖父が、戦争中に大陸で、かなり悪どい商売をされていて、現地の人から相当恨みを買っていたらしいんです。


そして大陸から日本に帰る際に、呪いを掛けられたとか。

それがそんな類のものだったのかは、定かではないそうなんですが、どうやらその人の家系を絶やしてしまう、そんな呪いだったようです。


その人には実子が3人いたそうなんですが、全員親よりも先立ってしまったらしくて。

結局何人か養子をもらって、巨額の財産を継がせようとしたのですが、その養子の方々も次々と早逝されて。


私の元に祈祷を頼みに来た方も、最後に残った養子が亡くなる直前に、その家に養孫として入ったそうなんですよ。

何も知らされずに家を継いだその方は、後から事情を聞いて震えあがったそうです。


そりゃあそうですよね。

いくらお金があったって、死んでしまったら、それまでですから。

そこで私の祈祷で、その呪いとやらを祓って欲しいと、訪ねて来られたのです。


私は困りましたねえ。

大体、そんな恐ろしい呪いを祓えるかどうか、全く自信がありませんでしたし。

それよりも、そんな大きなものを祓ってしまったら、『禍珠まがたま』にとんでもないことが起きるんじゃないかと思いましてね。


一旦はお断りしたんですよ。

でも後生だからと泣きつかれてしまって、とうとう折れて、ご祈祷してしまったんです。


終わってから後悔しましたね。

だって『禍珠』が、あり得ないくらい真っ赤になっていたんですよ。

それにね、祈祷が終わった時に、外まで響き渡るような大きな音で、キンと鳴ったんです。


私は正直震えあがりました。

もう躊躇している場合じゃないと思いました。


ですから、『禍珠』を白木の箱に入れて持ち出して、社から少し離れた場所を流れる川に、流してしまったんです。

その数日後のニュースを聞いて、私は文字通り言葉を失くしました。


だってね。

私が『禍珠』を捨てた川の近くで、大火があったんですよ。

幸い人死にやけが人は出なかったんですが、20軒以上が焼け出されてしまったそうなんです。


それを聞いて私は、申し訳ないと思う一方で、ホッとしました。

だってそうじゃないですか。

そんな大きな災厄を私が被ったら、今頃命なんて消し飛んでいたでしょうから。


無責任だと思いますか。

そうかも知れませんね。

でも、私にも止むに止まれぬ事情があったのです。


今の私からは想像できないかも知れませんが、『禍珠』を見つける前は、体重が100kg以上あったんですよ。

それが祈祷を続けた僅か3か月間で、体重が半分以下に落ちてしまったんです。


私は『禍珠』が災厄と同時に、祈祷をする私から精気を吸い取っていたんじゃないかと思うんですよ。

あのまま続けていれば、早晩精気を吸いつくされて、命を取られていたんだと思います。


だから自分を守るために仕方がなかったんですよ。

どうかご理解下さい…。


神職ですか?

あの後止めました。

とても続ける気にはなりませんでしたので。


神社は畳む訳にはいかないので、本宮にお願いして、神職を斡旋してもらいました。

今はアパートの収入とアルバイトで、細々と生活しております。


これで私のお話は終わらせていただきます。

情けない男の話として、どうぞ聞き流して下さい。

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