第6話 私怨、憎悪、復讐 (2)

孤立空間の中、1人の少女と少年が向かい合う。


少女が鋭い目付きと共に見つめる視線の先に居るのは怯えている少年。彼は佐藤優一、嘗て長谷川達に虐められていたが何者かの手引きにより彼は法術を会得し更に傀儡を操る程の異術者となった。

全ては自分がされた事への復讐、そしてその刃は倉本光織こと冴月にも向けられていた。


一方の冴月は彼の事を見付けた際に気にかけ、強引さは有ったものの彼を助けた。しかし目の前の彼が法術と傀儡を用いて復讐に走った事、そして竜弘を人質とし自分へ奇襲を仕掛けた事が何よりも許せなかった。死徒、異形者、異術者……何れも焼却者が狩らねばならぬ相手。今目の前に居る優一は異術者となってしまった事から狩るべき対象となった。


-抱く想いと共に負の連鎖は続く……。-

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「……何故、普通の人間が法術が扱える理由を聞いているの。さっさっと答えて!!」



「誰が…教えるもんか!!」


優一がバッと右手を突き出し、何かを唱える。すると冴月の背面に倒れていた黒騎士が音もなく起き上がるとステュクスが声を上げた。


[サツキ、背後から来る!!]



「ッ──!?」


素早く振り返り、柄を両手で握り締めて刀を水平にした防御態勢へ以降し辛うじて一撃を防いだ。

相手の目の部分である細長く横に入ったラインの奥にある瞳が紫に光っているのが解る。


「あーあ、惜しかったなぁ…あのまま行けば背中からザックリ行けたのに。」


背中を向けている彼女を見た優一が嘲笑う。


「何で動けるの!?確かに致命傷を…与えた筈なのに…ッ!!」



「貴様は…殺す……何としてでも…我が手で……必ず!!」



「ぐぅうッ……力も強くなってる…ッ!!」


冴月は一度振り払い、後方へ飛び退くと身体の向きを優一から空間の方へ変え、再び間合いを詰めた上で今度は自身の右へ刃先を素早く斬り払う。だが黒騎士はそれを左手の何かで防いだ。いつの間にか彼の左手には菱形の盾が出現していたのだ。


「盾で…防がれた!?」



「…どうした、盾を見るのは初めてか?小娘ッ!!」


黒騎士が冴月の剣を弾いて彼女へ剣を振り翳し襲い掛かる。まるで執念とも言うべきその動きは先ほどの様な動き方とは全く異なっていた。

互いの刃が再びぶつかり合った末に冴月が弾かれ、剣はいつの間にか斧へ変わっている。彼女が法衣を靡かせて左へ躱すと同時にそれが振り下ろされると木目調の地面が轟音と共に大きく抉れてしまった。


「ならば…緋炎ッ──!!」


冴月が咄嗟に刀身へ青い炎を纏わせ、右手で柄を握った状態から刃を振り抜くと炎が解き放たれて黒騎士へ直撃した。しかし盾により防がれたそれは周囲へ飛散してしまい、飛び散った火が辺りの椅子やテーブルを燃やしていく。


「効かぬ……。」



「せりゃあああッ──!!」


それでも冴月は再び駆け出し、細い右足を軸に跳躍し相手の頭上から思い切り蒼月の刃先を叩き付けた。例え盾であしらわれようがお構い無しに刃を何度も振り翳し斬り裂くのだがどれも盾により防がれる。結果は変わらず、黒く煤けた灰色の盾を突破する術は無い。終いには盾で弾かれてしまった。


「あははッ!!滑稽じゃないか…このまま大人しく死んでくれよ……今度こそ!!さぁやれぇッ──!!」


優一の叫びと共に黒騎士は鎧から発する独特な金属音を響かせつつ、黒髪の少女へ差し迫る。

だが冴月も闘志が消えた訳ではない、再び刀を正面に構えて柄を両手で握り締めると駆け出した。


「無駄だッ!!貴様の動きは我には通じぬ!!」



「来るッ……!!」


黒騎士も駆け出し、冴月へ目掛けて右手の斧を力任せに大きく振り翳したが冴月の狙いは彼ではなかった。再び飛び上がると黒騎士の肩を土台にし更に跳躍したのだ。


「何ッ─!?まさか狙いは……!!」



「当然!お前じゃないッ──!!」


冴月の狙いは優一でそのまま彼の頭上から一刀両断するつもりで蒼月の刃先を力強く真下へ振り下ろして来たのだ。


「う、うわぁああッ──!?」



「緋炎一閃ッ!!」


優一は咄嗟に防御法術を展開し障壁を生み出す。

正面へ向けられ本は左右に開かれた状態から障壁が展開していた。それが法術を扱えるのはその本が元となっていた。


[サツキ、あれを斬るのだ!!恐らくあれこそが小僧が法術を扱える元凶!!]



「解ったッ!!障壁ごと…焼き斬る!!」


更に炎の勢いが増し、降下の勢いと共に力任せで彼女が障壁へ刃を突き立てると障壁そのものを破壊しただけでなく本毎斬り裂いたのだ。冴月が彼と僅かに離れた場所へ降り立つと黒い長髪が舞った末に柔らかな動きと共に元へ戻る。魔術本もまた青い炎を上げてみるみる焼けていく。指輪もまたその影響なのか黒く変色し崩れて消えてしまった。


「そんな……ぼッ…僕の…僕の力が……!?」



「ッ……!!」


冴月が左足を軸にし右足から素早く立ち上がると彼の首筋の左側へその刀身を突き付けた。ギラリと輝くその刃には優一の焦る表情が浮かんでいる。


「…異術者は私の敵…だからお前をこの場で殲滅する。恨むなら仮初の力に頼った自分を恨む事ね。」


スッと刀を持つ右手を上へ上げて角度を付ける。

蒼月の刃なら優一など真っ二つに出来てしまうのは明白、それに殺そうと思えば意図も簡単に殺せてしまう。


「い、嫌だッ…嫌だぁあッ!!死にたくない、死にたくない!!助けてッ…助けてくれぇッ!!」



「男の癖にピーピー喚いて情けない。黙って覚悟を決めたら?」



「ッ……!!」


また彼女からあの言葉を言われた。

反論の余地が無い、自分は情けない上にどうしようも無い程に臆病だ。優一の両足はすくんでガタガタと身体も震えている。自分は殺されるのだ、同年代の子に。


「覚悟ッ──!!」



「ひぃッ!?や、止めろぉおおッ──!!」


冴月が威圧し刀を振り下ろそうとしたが彼女はそれをしなかった。スッと刀を下ろすと優一を見据えたまま、彼女はただそこに居た。


「……え?」



「…嫌なら嫌だって言えば良い。言わないから好き勝手されて付け込まれる…止めて欲しいならそう言えば良い。」


冴月が彼へ背を向けると、あの黒騎士は未だ生きていた事を知った。異術者の制御を失ったそれは操られたマリオネットの様に手足を動かしている。先程見せていた人の様な動きは微塵も感じられない。


「……私はヒトの事が良く解らない。何故、悲しむのか、何故、喜ぶのか、何故、怒るのかも。でもこれだけはハッキリ言える…こんなモノに頼っても何も解決なんてしない。生まれるのは悲しみと後悔だけ…それだけッ──!!」


冴月が深呼吸し黒騎士へ刀の刃先を向けると同時に駆け出し、刀身へ青い炎を纏わせながら駆け抜けて行く。対する黒騎士は冴月と幾度か渡り合った末、左手の盾を突き出して防御姿勢を取ると彼女が最後に放った渾身の一撃を防いでみせた。


[サツキ、どうする気だ?奴の盾が有る限りお前の攻撃は全て──]



「関係ないッ!!このまま押し切るッ──!!」


更に刀身の炎が燃え盛ると盾を溶かし始めたのだ。

そして柄を握る両手へ強く力を込め、押し込むと末に遂にその時が訪れる。


「蒼穹ッ──!!」


刀身が炎により延長されその勢いのまま袈裟斬りに相手を叩き斬ると青い業火と共に黒騎士は身体を真っ二つに斬り裂かれて、地面へ膝から崩れ落ちた。


「……これで今度こそ終わった。」


彼女は抜き身の蒼月をコートの内側から取り出した鞘へ収めると普段と同じ形で空間を解こうとした時だった。


焼却者インシネイター…成程、ここ最近感じていた違和感の正体はそれだったのか……。』


冴月の前に突如現れたのは白い仮面。

横へ広がる様な形で両目の箇所に黒く穴の空いたそれは口を動かす事も無く彼女の正体を告げる。

その声は人間の様な声ではなく低い声だった。


「…空間干渉法術。」



『如何にも…どうやら法術を知っているのは本当らしい。』



「お前がアイツに法術を扱える様に仕向けたのか?」



『…それに関してはノーと言わせて貰おうか。ただ、あまり邪魔をされると困るんだよ。キミ達焼却者は我々を殲滅する事を望んでいる様じゃないか?』



「お前達が隠世から現世へ干渉し、己の目的を果たす為に人命を喰らう…それをし続ければ何れこの世界は滅ぶ。そして死徒と異能者だけの国に移り変わる……そんな事をする者達を見過ごせるとでも思う?」



『……同じ仲間だろう?』



「違う…私達は貴様らと相容れない。そのつもりも…ないッ!!」


再び蒼月の柄を右手で握って鞘から引く形で抜刀し

それを仮面へ突き付ける。その瞳は再び紅色へ染まった。


紅眼くれないの まなこ…隠世にて出現する異能者達の中で極めてごく稀に現れる存在……。成程、キミの覚悟は確かに受け取ったよ…ならば我々も事を運ばせてもらうよ。来るべき日の為に。』


そう言い残すと仮面は消えてしまった。

冴月は強く蒼月の柄を握り締めて怒りを沈め、深呼吸してから刀を鞘へと収めた。


[……サツキ。]



「ステュクス、法術を解いて。」


彼女がそう呟くと空間が一転し元へ戻る。

戦闘時に壊した事で飛び散った窓ガラスも、破壊された壁や椅子も全て元に戻っていた。

ドサッと倒れ込む様な音が聞こえ、振り返ると優一が項垂れていた。ずっと柱の陰に身を潜めていた竜弘が冴月へ駆け寄ると共に彼の方を見つめる。


「……後は竜弘に任せた。」



「え!?ぼ、僕!?」



「何、不満なの?それに同じ男同士なんだから、普通は何とかなるんじゃないの?」


冴月が詰め寄ってじっと見つめると彼は「何とかするよ」と溜め息混じりに答える。

彼女は優一の元へ駆け寄って行った竜弘を見て少し安堵していた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「……異術者が居る?」



「うん。既に異形者も殲滅してる…天舞音はどう思う?」


冴月はこの日、本来隠れ家としている倉本家へ帰らずに元々住んでいた屋敷を訪れていたのだ。

食堂にある白いテーブルクロスの敷かれた長い長方形のテーブルを挟んでお互いに向き合った状態から天舞音へ話し掛ける。


「そうね、もしそうなら校内の教師か或いは生徒か…何れにせよ狩る対象なのは変わらないわね。それより……。」



「それより……何?」


話しているとメイドが2人の前へ食事を並べ始める。白い皿に緑色や黄色の野菜が添えられたローストビーフ、それから底の有る器に入った野菜スープの他にスライスされたバゲットが数枚、皿に乗った状態で配膳される。フォークとナイフも目の前に添えられていた。


「…お腹空いてるでしょ?冴月。」



「私は…別に…。」


笑顔の天舞音を見た冴月は少し俯いてしまう。

するとステュクスが代わりに話し出した。


[学舎であれだけの甘味を食したからな。あまり腹が減っておらんのだろう?サツキ。]



「ちょッ!?余計な事言わなくていい!!」



[肉体が有れば妾が代わりに食してやっても良いが…それは叶わぬからな。]


冴月は溜め息をつくと天舞音の方を見て少しだけ頭を下げ、「ごめんなさい」と口にした。


「良いのよ、怒ってないから。その様子だと…取り敢えずは慣れて来たみたいね。」



「慣れて来たって?」



「……人間社会に。簡単に言えば俗世って奴?」


左手に持った銀色のフォークでローストビーフを1切れ刺した天舞音はそれを口へ運んで食べた。

噛み砕きながら幾度か頷くとそれを飲み込み、再び話始める。


「どう?学校という所は楽しい?」



「楽しい…というか退屈。どいつもこいつも、授業とか言っておいてグダグダと長たらしい話ばっか。天舞音と優希音に教えて貰った方が余っ程為になる。」



「クスッ…貴女らしい答えね。けどそこに居る以上貴女も生徒…それを忘れない事。号に入っては何とやら……そう教えたでしょう?」



「解ってる……。」



「解っているのなら宜しい。お友達は出来た?」


冴月へそう問い掛けると彼女は天舞音を見て不思議そうな顔をしていた。


「友達…って何…?」



「…誰か居ないの?良く話す子とか…仲の良い子とか。」


冴月は天舞音からそう言われ、首を傾げながら考えた末に彼女へ話し掛ける。


「竜弘…。」



「竜弘?その子が冴月のお友達?」



「解らない…死徒の変異体が出た時、偶然助けたのが竜弘だったから。学校でも良く話してる。」



「そう…私は貴女に焼却者としてだけじゃなくて、1人の女の子としても成長して欲しいと思ってる。だからもっと知らないとね…現世の事。」



「天舞音は私が成長したら嬉しい?」



「勿論、嬉しいわ。せめてスープ位は飲んで行ったら?シェフが自信満々に朝から拵えたのよ?」



「……解った、天舞音がそう言うなら。」


冴月は天舞音と共に食事を取る事にした。

彼女は未だ人間社会に完全に馴染めた訳では無い上に常識知らずな面も多々有る。天舞音はそんな冴月を家族の様に愛おしく思っている事に変わりはない。次いでにと天舞音に誘われて風呂まで共に入った後、冴月は天舞音の背に寄り添いながら居間にあるソファの1つに腰掛けたまま寝息を立てて眠っていた。彼女の艶のある綺麗な髪を撫でながら寝間着姿の天舞音は冴月の左手の中指にある指輪へ話し掛ける。


「……ステュクス。」



[どうした?アマネ。]



「…冴月の事、宜しくね。」



[ああ……解っている。時にユキネはどうした?]



「…姉さんなら相変わらずよ。例の集団…そしてその下僕達の調査に向かったきり。」


そう告げると天舞音は溜め息をついた。

ふと窓の外を見ると既に日が暮れていて、暗闇が拡がっているのが解る。死徒が動き回るのも今頃の時間つまり夜中だ。


「……冴月も現世の歳換算なら15歳、ステュクスと契約した時点で歳は止まったまま。皮肉だけどこれ以上歳を重ねる事はもうない。」


天舞音は木製の棚の上に置いてある写真立てへ視線を移す。そこには微笑む冴月と天舞音と似た緑眼の女性と天舞音が写っていた。自身が向きを変えた事で冴月が倒れそうになったのを両手で支えてやり、膝へ寝かせようとした時に冴月は目を覚ました。


「んん……天舞音…?」



「あら、起こしちゃった?」



「平気…そろそろ…戻らないと。」


冴月が身体を起こして目を擦る。

彼女は立ち上がると別のソファの上に置かれた丁寧に畳まれている高校の制服を見つけ、そこへ行くと寝間着を脱いでからそれに着替える。

紺色のブレザーとチェック柄のスカート、そして胸元には赤い脱着式のリボン型の蝶ネクタイをそれぞれ身に付けた。向陽高校には制服のカラーが女子だけ黒と紺色の2つが存在する事から冴月はこの色を好んで着ている。


「……それじゃ、えーっと…さようなら。」




「…何時でもいらっしゃい、待ってるから。」



「うん。ありがとう…天舞音。」


冴月は頷くと天舞音に玄関先まで見送られ、

外へ出ると歩き出す。そして彼女の姿は暗い夜道に溶け込んで行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そして翌朝、冴月と竜弘はまた学校の屋上に来ていた。それも未だ生徒が誰も居ない朝早くから。

向かい合う形になると彼女は2本有る木刀の内1つを彼へ差し出す。


「…強くなりたいってどういう意味?」



「この前の戦いで…僕は何も出来なかった。人質にされて、助けられてもただ見ているだけで…そんな自分が情けなくて……だから僕も冴月の力になれたらって。」



「そう…でも、強くなったからって死徒達と戦える訳じゃない。」



「解ってる…でも、僕がそう望んだから。」



「…時間無いし、さっさと始めるわよ。遮断ッ!!」


冴月が唱えると屋上の周囲をドーム状に囲うと結界を生み出すと彼女は竜弘から離れて身構えた。


「何処からでも掛かって来なさい。それと手加減は一切しない…実戦で手加減して欲しいなんて口が裂けても言えないから。そんなのバカのする事よ。」



「解った……お、おりゃああッ!!」


竜弘は木刀を両手で握り締め、冴月目掛けて駆け出しては思い切りそれを振り下ろした。だが彼女は彼の一撃を容易に防ぐと彼の手から木刀を素早く弾いて喉元へ刃先を突き付けた。


「……今のでお前は死んだ。やる気有る訳?」


目で威圧すると竜弘は木刀を拾いに行き、そこから再び構えては冴月へ挑み掛かる。そして振り下ろしや左右への斬り払いを彼女は木刀を持つ右手だけを振り、軽々と弾いて受け流す。


「そんなんじゃ弱い!!もっと腕や足に力を入れて!!」



「くッ…やっぱり強い…ッ!!」


言われた通り、冴月へ振り下ろす際に力を込めると彼女は真正面で彼とぶつかり合う。乾いた音が辺りへ響き渡った。


「うぉおおおッ!!」


先に跳ね除けた竜弘が冴月へ一刀両断する様な姿勢から思い切り木刀を振り下ろしたが冴月は後方へ飛び退いてそれを避ける。そこから彼女は、たんっと右足で地面を蹴ってスカートを翻しながら軽快に走ると一気に間合いを詰めて両手で持った木刀を右側へ向けながら身体を右へ若干捻って袈裟斬りの状態で彼の左肩へ振り下ろし、突き付けて来たのだ。


「ッ……!?」



「…また死んだ。防御位したらどう?」



「反応が間に合わなくて…。」



「言い訳は要らない。次ッ!!」


こうして冴月による容赦のない鍛錬は続いた。

何度、竜弘の木刀が手元から弾かれて何度彼が地面へ倒された事だろうか。それでも鍛錬は終わる気配はない。


「はぁッ…はぁ…はぁッ……!!」



「……これで今日は最後、全力で来なさい。」



「ッ……うぉおおおッ──!!」


竜弘が叫び声と共に木刀を両手に握り締めて駆け出し、冴月との距離を詰める。袈裟斬りの要領から放たれた一撃を冴月が木刀で防いでは彼女の制服の袖から覗く両手の細い指先が柄を両手で握り締めているのが解った。しかしそこから彼女が動く気配は無く、押し切ろうにも押し切れない。そして逆に冴月により踏み込まれて押し戻されてしまった。


「なッ──!?」



「そこッ!!」


彼がたじろいだ一瞬の隙を見逃さず、反撃で両手持ちの姿勢から鋭い刺突を放つとそれを彼は何とか防いだのだ。


「へぇ…少しはやるじゃない?」



「僕だって…やれるんだッ!!」



「生意気…竜弘の癖に…ッ!!」


お互い距離を取ると今度は殆ど同時に駆け出し、真正面からぶつかり合う。竜弘が左足を軸に前屈みで彼女を押し込もうとする中、睨み合った末に冴月がそれを真上へ弾き返して反撃に出る。竜弘の木刀が手から弾かれて宙を舞うと冴月は跳ね上げた姿勢から素早く手首を返して彼の腹部へ木刀の刃の部分を当てて止めた。


「…また僕の負けだ。」



「そう、竜弘の負けで私の勝ち。」


冴月は彼の木刀を拾いに行くとその場で空間を解くと振り返って竜弘をその場から見つめていた。


「あのさ…僕も強くなれるかな?冴月みたいに。」



「私より強くなろうだなんて生意気!!でも、なれると思う…私が保証する。」


冴月の艶のある黒く長い髪が風で靡くと彼女の持つ金色の瞳が竜弘の事を真っ直ぐ見つめていた。

そして途端にチャイムが鳴ると2人は我に返った様に校舎の中へと戻って行く。


「……葉山君、また倉本さんと一緒だったんだ。最近よく一緒に居るけど…2人ってそういう関係なのかな。」


廊下を歩いて自分達の教室へ向かう2人の背中を和歌奈が教科書や筆記具を持ったまま、自身の教室の前側の方から見つめている。冴月と共に歩く彼の姿を見た和歌奈は何処かやるせない想いと気まずさを感じていた。そして友達へ「早く行くよ」促されると彼女は移動教室の為、理科室へと向かって行った。

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