第5話 私怨、憎悪、復讐 (1)

別の日の夜。

冴月は1人で街の噴水が有る広場に現れた死徒を殲滅していた。遮断と呼ばれる術式を展開、彼女と共に6体の死徒が異空間へと転移すると同時に戦闘が始まる。


「グルルッ…グガァアアアッ──!!」



「はぁあああッ──!!」


右足を踏み込み、黒髪を靡かせながら駆け出すと素早く右上から袈裟斬りで1体目の死徒を斬り裂く。続いて2体目が即座に爪で引っ掻こうとして来たのを刀で一度弾いて両腕を斬り落とした末に胸部を刺突し撃退する。


「先ずは2体…そこッ!!」



「ギャアァアァァッ!?」


背面の襲撃を勘づいてから咄嗟に振り返り、左下から右上へ目掛けて3体目の死徒の身体を大きく斬り裂いた。


「これで終わらせる!!緋炎ッ──!!」


残る3体が一斉に襲い掛かると刀身へ青い炎を纏わせ、火炎放射の様に解き放つ。それが死徒達の肉体を焼き払うと黒い煤に成り果ててパラパラと地面へ落下した。そして異空間を解くと彼女は周囲を見回し、天を仰いだ。頭上には漆黒の空と共に眩い光の点が幾つか目に入る。そして視線を戻して蒼月を消すと一息ついた。すると彼女の身に付けている左手の指輪から女性の声が聞こえて来る。


[奴等の気配は完全に消失した…どうしたサツキ。顔色が優れない様だが?]



「…別に…何でもな──誰ッ!誰かそこに居るの!?」


彼女がそう話すと人の気配を感じ、視線を変える。

だが振り返った先には誰も居なかった。


「…気の所為か。けど、私の事見られたかもしれない。」



[蒼月は既に妾の中だ、何も問題は無かろう?]



「うん、そうね。帰ろうか…ステュクス。」


冴月は夜風に黒く艶のある美しい髪を靡かせながら帰路へと着いた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

翌朝、学校の屋上で竜弘と共に冴月はフェンス越しに並んで2人は外の景色を眺めていた。

開口一番に竜弘が彼女の方を見て話し出す。


「…冴月、そういえばケガは大丈夫なのか?」



「平気…法術の力で治療したから。それより昨日のアレ……どう見ても誰かが前もって仕込んだとしか思えない。」



「ショッピングモールで見たあの不良の事?」


彼がそう話すと冴月は頷いた。

一昨日、2人が見た不良は学校でとある生徒を虐めていた集団の1人だった。そして冴月が対峙したのも同一人物で間違いはない。


「あの目は正気じゃなかった。どう見ても憑依されていたし…死徒みたいに生命力を奪った訳じゃなかった。それに奴が奪ったのは精気だけ……あんなの普通は奪うだけ無駄なのに。」



「それって…どういう事?精気を奪うだけ無駄だなんて。」



「……もし仮に精気を全て奪っても人は死なない。無気力な抜け殻になるだけ。」


彼女がそう呟くと左手の中指に有る銀色の指輪を右手で撫でながら溜め息をついた。


「…つまり、冴月以外の誰かが裏で何かをしているって事か。」



「何れにせよ、ここ最近の死徒と異形者の増加…そして一昨日の件は間違いなく誰かが手を加えている。ハッキリとした確証は未だ持てないけど……。」


冴月は何かを感じたのか振り返る。だが2人以外は誰も居らず、振り返った先も先端部が内側へ折れ曲がった緑色の格子状のフェンスが拡がっているだけだった。


「どうかした?」



「…ううん、何でもない。戻らないと授業に遅れる。」



「授業、退屈なんじゃなかったっけ?」


竜弘は歩きながら少し揶揄う様に彼女へ話し掛けると冴月は「別に!!」と言い放ち、彼の尻を右足で強めに蹴っ飛ばしてから校舎へ戻って行った。

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「…皆、居なくなれば良いんだ。どうせ僕は誰からも…好かれないし……生きていたってどうしようも……。」


既に授業が始まっているのにも関わらず1人の少年が校内の2階に有る空き教室で呟いていた。[[rb:佐藤優一 > さとうゆういち]]、彼は不良グループから目を付けられてカツアゲ等の虐めに合っている。

主にリーダーの長谷川智也はせがわともや谷川裕翔たにがわひろと、相澤瞬 《あいざわしゅん》、そして昨日から欠席している梶浦功かじうらつとむの4人。彼等が優一へ目を付けたのは彼が瞬の万引きを教師へ報告した事によるある種の逆恨みから。そして今では教師でも手が付けられないレベルの問題へ発展してしまった。

そしてもう1人、彼が恨んでいる対象が居た。


「あの黒い髪の女…何だよ……偉そうに…。何が助けてやっただ…あんなの自己満足じゃないか…!!」


それは倉本光織こと冴月の事だった。確かに彼女は強かった、何せあの智也を形だけだが倒してしまったのだから。だがその後の態度が気に食わなかった。


『男の癖に情けない。』


その一言が許せなかった。

自分の強さを誇示する為にやったのかどうかは解らないが、そうとしか思えない。その上にあの人を見下すような視線が気に食わなかった。

背後から人の気配を感じて振り返るとそこに居たのは銀髪の男子生徒、ウルフカットに黒い瞳が彼を見つめていた。


「……確かキミは1年生の佐藤君で合ってるかな?」



「そうですが…貴方は?」



「僕は生徒会の者…そしてキミを手助けしようと思って来た。あの長谷川智也…そしてその取り巻きに苦しんでいるんだろう?」



「何故それを…。」


彼は歩み寄ると優一を見ながら幾度か頷き、

黒い瞳で見据える。そして制服の上着にあるポケットから1つの御札を取り出した。


「キミは…呪いや魔術…或いは呪詛……そう言った類の事は信じる方かい?」



「え?……言ってる意味が解りませんが…どういう事です?」



「…言葉通りの意味だ。これで復讐するんだよ…キミ自身の手で彼等にね。我々も手を焼いているんだ……幾ら取り締まっても何をしても彼等は懲りずに悪事を働く。ハッキリ言って……害虫そのものだ。」


そう言い切ると彼は優一の左手に握っている剣を持つヒーローを象った人形を指さした。つまりこの人形と札を使って復讐しろとそう目の前の彼は話しているのだ。


「…ッ……殺してやりたいです。本当は…アイツらに消えて欲しい……!!」



「ふふッ、良い目だ…憎しみ、妬み、恨みの籠った目をしている……我々信徒はキミの様な者達の集まり。ついて来たまえ、キミも仲間に入れてあげよう…我々信徒の…そして闇鴉やみからすのね……。」


こうして名も知らぬ男は優一と共に空き教室から離れると何処かへ彼を連れて行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そして昼休みを迎えた時に騒ぎが起こった。

冴月が購買で有紀と共にパンを幾つか購入して戻って来た時に突然、中庭の方から男の声で悲鳴が上がると誰もが窓からそれを見ていた。


「あれは……ッ!?」


冴月もまた異様な雰囲気を感じ取り、昼休みでごった返す購買に居た生徒や他のクラスから来た野次馬を退けてそれを見ていた。白昼堂々と白いマフラーを首元へ巻いた黒い人型の者が1人の生徒を追い込んでいるの見付けたのだ。

どう見てもその異様さは人間では無いのは一目で解る。そして冴月が見た不良グループの1人へ剣を突き付けて今にも振り下ろさんとしていた。


「ごめん笠井さん、これお願いッ!!」



「へ?く、倉本さん!?あッ…ちょっとぉッ!?行っちゃったよ……お金払ってないのに…。」


彼女は左脇に抱えていた餡パンやチョコパン等を有紀へ押し付けて駆け出す。冴月が今居る場所は2階、普段通り中庭へ向かうには回り道したりと時間が掛かってしまう。彼女は途中でビニール傘を掴むと窓の前で止まり、枠へ手を掛けて右足を載せては外へ飛び出したのだ。髪やスカートを落下した際の風に靡かせながら彼女は空中で叫ぶ。


「遮断ッ──!!」


彼女が叫ぶと共に周囲の物や人の動きが固まった。

そして背面から相手へ向けて一刀両断する形で傘を振り下ろして着地したのだ。しかし大きな乾いた音と共に傘はひしゃげて骨が折れてしまった。


「くッ…やっぱりダメ……!」



[サツキ、このまま切り離すか?]



「下手に転移させたらアイツも巻き込んじゃう!!だからこの場で出来る事をする……ッ!!」


冴月の方へ敵が振り返ると赤い両目がギラリと彼女を睨み付ける。まるで西洋騎士の様な見た目をした身体、そして黒いスーツの様な物を纏っているその姿はどの類とも異なる。右手に握り締めているのは白銀の刃を持つ西洋の剣、その刃先が黒い長髪の少女へ向けられた。


「……小娘、何故止める。」



「お前は何者だ。死徒か、それとも異形者か。何故その男を狙う…答えろッ!!」



「復讐だ……。」


ポツリと目の前の相手は言い放つ。

冴月は少し息を飲んだ。


「復讐…!?」



「我が恨み…我が憎しみ……こやつとその仲間を斬り殺し晴らさねば気が済まぬ…邪魔をするなぁあッ!!」


両手で剣を握り締めた相手は冴月へ目掛け襲い掛かる。そして右横へ斬り払った瞬間に冴月が後退し飛び退いて避け、続く振り下ろしも左へ飛び退いて避けた。そして尻餅を付いたままの不良の前へ冴月が立つと剣を向けている相手を睨み付ける。


「誰かに憑依している訳でも…意図的に生み出された訳でもなければ……法術を使って現世へ来た訳でもない…まさか──!?」



「……傀儡、黒騎士。異術者により我に与えられし名だッ──!!」


再び冴月へ向けて駆け出し襲い掛かると彼女は落ちていた竹刀を瞬時に蹴り上げ、右手へ握り締めては瞬時に強化法術を施して防いだ。鍔迫り合いに持ち込むとお互い至近距離で向き合う構図となる。


「貴様、法術が使えるのか?そこを退け、何故我の邪魔をする…!!」



「やらせはしない、此奴がどんなクズでも生きている限り人間だからッ!!」



「ふん、そんな貧相な武器で何が出来る……図に乗るな小娘ぇッ!!」


相手が斬り払うと冴月へ目掛けて刺突を放つ。寸前で避けたものの、それが冴月の左頬を掠めて出血する。だが冴月は身を屈めながら強化した竹刀を相手の胴体へ強く打ち込んで怯ませた。後退したが黒騎士は彼女へ剣を向けたまま立ち止まる。


「く…ッ……勝負は預けた!!」



「逃げる気か!?待てッ!!」


冴月が後を追ったが間に合わず、遮断法術の効力が切れてしまった事もあり生徒達も動き始めた。


[無駄だ、奴の反応は完全に消えている……。]



「でも1つだけハッキリした…異術者がこの学校に居るのは間違いない。それともう1つ……。」


冴月は振り返っては蹲って震えている不良の1人、智也へ近寄ると彼を見下ろして睨み付けた。


「恐らく…狙われているのはお前と他の取り巻き連中。そして……此奴らに最も恨みや憎悪を抱いているのが居るとしたら…1人しか居ない。全部話して、でないと次は本当にお前やその取り巻き達が死ぬ事になる。」


彼を威圧すると冴月は洗いざらい、面識のない筈の智也から事情を全て聞き出した。結局話を聞き出す為に昼休みを棒に振ってしまったのは言うまでもない。

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騒ぎを起こした張本人である優一は生徒会室に居た。目の前に居る銀髪の彼は向陽高校の生徒会長、3年生の天ヶ瀬隼人あまがせはやと

スポーツも成績も優秀な上に人気も有る存在だった。彼は窓の方を見てから優一の方へ振り返ると彼の方へ近寄って立ち止まる。


「…初陣にしては良い方だったね、佐藤君。」



「ありがとう…ございます。」



「とは言え…とんだ邪魔が入ったモノだ。元来、普通の人間が操る事の出来ない法術を操り…そしてキミの黒騎士と互角に張り合った。彼女と面識は?」



「……前に助けて貰った事が有ります。けど何か偉そうで僕は好きじゃ有りません。」


何かを思い付いた隼人は優一へ近寄ると耳打ちして来た。


「この際だ、教えてあげよう。恐らく…彼女は人じゃない。法術を操る者それは隠世の者…向こう側の世界の者という事だ。」



「人じゃない?それに向こう側って…何です?」



「この世界は異世界である隠世、そして僕達の居る現世の2つの世界が存在している…。キミは知らないだろうが、死徒と呼ばれる者共…彼等は隠世からやって来て現世の人間の生命を喰らう。そして人と同じ姿を取って成り代わる……。」


隼人がそう話すと優一は驚いた顔をしていた。

にわかには信じがたい事を彼は話しているから。

そして受け入れられない話は続く。


「…だが死徒達も人の生命を喰らわなければ生きられず消えてしまう…だから喰らい続ける。そして…現世へ来られるのは何も死徒だけとは限らない。異能者……彼等もまた同様に此方へ来られるんだよ。」



「異能者……。」


優一がポツリとその単語を口に出した。

あの時出会った子が人では無いというのは信じられない。どう見ても呼吸していたし、歩いていた上に話までしていた。だが話している事が嘘とは思えないのだ。隼人から語られる一言一言が全て真実の様に感じられる。


「…佐藤君、キミに彼女を倒して貰いたい。何れ我々信徒の敵となるなら…芽は早い内に刈り取るのが効率的だからね。それに……キミへ渡したその指輪、魔導力が有れば多少の法術は扱える…だから頼んだよ。彼等を殺した次いでに彼女も殺してしまえ。出来るだろう?」


隼人が語り掛けると優一は無言で頷いた。

彼が生徒会室を去った後に1人の女子生徒が隼人へ話し掛けて来る。紫色のボブカットに灰色の瞳は真っ直ぐ隼人の背を捉えていた。


「……良いんですか?あんなにベラベラ喋っちゃって。」



「別に良いさ…減る物じゃない。隠世の者達は既にこの街に降り立った……彼等は自身の持つ目的の為に各々動き出すだろう。そしてその目的を成す為に存在する術こそ彼等の操る法術式だからね……。」



「信徒は彼等の目的を手助けする存在、言うなれば駒。もっと言い換えればこの世に居る人間全ての敵……。」



「不満かい?神楽結愛かぐらゆあ君。」


そう呼ばれた少女は首を横へ振り、否定する。

隼人もまた彼女を見て小さく笑った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

放課後、冴月はクラスの掃除当番だった事から床を箒で掃除していた。黒板消しの掃除の他に机を拭き取るといった作業を数人で分担し行うと竜弘が彼女の元へ来ると話し掛けて来る。


「冴月、掃除の方は終わった?」



「…あと少し。こんなの意味有るわけ?」



「ま、まぁ…一応週間って奴だから……。」


冴月が溜め息をついた途端、彼女は腹部を抑えて少しばかり俯いた。その様子を見た竜弘は心配そうに彼女へ寄り添う。


「大丈夫?何処か具合でも悪い?」



「そうじゃない…お昼ご飯…食べ損ねた。…本当最悪……戻ったら笠井さんが全部返品しちゃったって言ってたから…結局何も食べられなかった。」



「お腹空いてるのか……先生から呼び出しでも有った?」



「違う、傀儡が出た…しかも白昼堂々と。狙われたのはあの不良グループのリーダー…幸いアイツは擦り傷で済んだけど。」


箒での掃除を終えると彼女は箒を用具入れへ片付け、鞄を両肩へ担ぐと捨てる様に頼まれていたゴミ袋を両手に持つと傍に居た竜弘が「手伝うよ」と冴月の右手の方のゴミ袋を持った。教室を出てゴミ捨て場の方へ歩いて向かって行き、体育館傍の小さなゴミ捨て場へそれぞれ袋を置いた。


「そっか…それは災難だったな。何か奢るよ、お腹空いただろ?」



「……良いの?」



「冴月にはお世話になってるから、それ位させてくれる?」


彼女は頷くと竜弘と共に1階の売店へ向かう。

中へ入った冴月は物珍しそうに棚の商品を片っ端から色々と見ていた。


「凄い…沢山有る……。」



「遠慮せず好きなの取って。それと笠井さん達には内緒にしてくれよ?後で色々面倒だから。」



「解ってる、絶対言わない。」


駄菓子売り場へ来ると冴月はボトル入りのラムネ菓子、それから板チョコ3枚、棚に残っていた御手洗団子1つとメロンパンを抱えて彼へ手渡して来た。


「冴月、こんなに食べられる?」



「お腹空いてるから平気。あとコレも食べたい。」


そう言って指さしたのは揚げパン、黒糖がまぶしてある物でこれは単に興味があったから。

それを含めて会計を済ませると2人は付近のベンチへ腰掛けて一息つく。

彼が買ったのは蓋付きの缶コーヒーだけで後は冴月の食べ物ばかりだ。白い袋から出した揚げパンを冴月は嬉しそうに食べている。


「はむッ…、これ甘くて美味しい…♪サクサクしてるしモチモチしてる。」



「そっか、それは良かった。」


こうして食事をしている時の冴月は普通の女の子にしか見えない。揚げパンを食べたら今度は団子のトレイを開けてそれを1つ手にして口にする。

2本目を食べた所で冴月は竜弘の前へ1つ残った団子を差し出して来た。


「…食べる?買って貰っただけじゃ不公平だと思うから特別に分けてあげる。」



「あ、ありがとう……頂きます。」


彼は受け取ると団子を1口食べる。独特の砂糖醤油と餅の柔らかさが噛む度に舌を通し伝わって来た。

そして少し経ってから竜弘が先に全て食べ終わると彼女も食べ終わったらしく満足そうに腹部を撫で下ろした。


[…やれやれ、味覚だけは本当にお子様だな。それに甘味ばかり食らうと太るぞ?]



「うるさいな、好きだから良いんだってば!それに私は太らないし。」


突然始まった会話に竜弘は目を丸くしてそれを見聞きしていた。今、明らかに女の人の声がしたからだ。それも何処からかは解らない。


「…?今誰か喋った?」



「私じゃない、喋ったのはステュクス…この指輪。この中に契約した相手が封印されているの。」


スッと左手の中指を見せるとそのステュクスが話し竜弘へ向けて始める。


[妾の名はステュクス…又の名を蒼焔の巫女、そして紅眼の焼却者と契約せし者。]



「あ、えっと……初めまして…。」


彼がそう挨拶し、ステュクスは何も言わなくなると冴月は左手を引っ込めた。


「…強いけどお節介で鬱陶しい以外を除けば普通なんだけど。それに私とステュクスは2人で1人だから欠けても意味は無いの。それは私以外の同胞も皆同じだし変わらない。」



「成程…ね…。」


竜弘が小さく頷き、窓から夕暮れの外の景色を見る。普段から見てい筈の何気ない夕焼けだがいつの間にかそれも変わってしまった。


「……そろそろ部活に行こうか。もうお腹は大丈夫?」



「平気…それと……あ、ありが…と…。」


立ち上がった彼女は先に立っていた竜弘へ向けて目線を少し逸らして頭を下げ、恥ずかしそうにお礼を述べた。そしてゴミを捨ててから部室棟へ向かおうと歩き出した時に冴月は違和感を覚えて立ち止まる。


「…冴月?」



「…また誰かに見られてる。今朝感じた視線と同じ……。竜弘、これ貸して!」


冴月は彼の持つコーヒーの缶を奪うとそれを振り返った先にある自身から見て左斜め先の柱付近へ投げ付けた。「痛ッ!!」という声と共に1人の男子生徒が姿を現したのだ。竜弘もまた振り返ると驚いた様子で彼の方を見ていた。


「彼は…この間の…!!」



「……佐藤優一、取り巻きに虐められてた奴。」


冴月が1歩前へ出て彼を見据えるが、一方の優一は舌打ちし2人を睨んでいた。


「…くそッ、このまま後ろから刺し殺してやろうと思ったのに。」



「悪いけどお前に私は殺せない…不意討ちなんて卑怯者のする事じゃない。それに視線を感じたのは今朝竜弘と居た時と授業合間の休み時間…そして昼休みに私が買い出しに行った時。」



「そこまで解ってるなんて…凄いじゃないか。でも、これは流石に予測出来なかっただろうッ!!」


彼がそう叫んだ瞬間、後方に居た竜弘が叫び声を上げた。振り返るといつの間にか黒い騎士が竜弘を捕らえていたのだ。彼の首筋に剣が突き付けられている事から迂闊に手出が出来ない。


「竜弘!?」



[敵ながらやるな…恐らく、何かしらの時に小僧の影に奴を忍ばせたのだろう。だが…何故彼奴は法術を使える?]



「ッ……じゃあアイツは…。」


ステュクスに言われた事で冴月の脳裏に1つの考えが掠めた。もしかしたら彼が異術者であり、

そして一連の事柄全ては彼が仕込んだ自演かもしれないという事に。


「お前…何故、法術が使える!?法術を扱えるのは──」



「異能者と呼ばれる存在だけ…だろう?従来の人間が法術を扱えない事位、僕も知っている。」



「……お前の目的は復讐でしょう。アイツらと…そして私への。」



「そうだ…僕はお前が嫌いだ……お前なんか…大っ嫌いだぁあッ──!!」


彼が叫んだ瞬間、右手を突き出す。そして冴月へ向けて紫色の炎の弾が放たれると彼女は咄嗟に左手を正面へ翳し叫んだ。


「不味い…ッ!!顕現──!!」


炎弾全てを黒い法衣で防いでそれを纏うと焦げ臭い異臭が漂う中、優一を睨み付けていた。


「ほぅら…やっぱりキミも法術を使えるじゃないか。本当に人じゃない…!!」



「黙れ!!」



「やはりキミは化け物…人の形をした化け物!!」



「黙れ…黙れ黙れ黙れ!!」


冴月は叫んだ末にギリッと歯を食い縛り、睨み付ける。その目は怒りに満ちた目をしていて今にも食って掛からんとしていた。


「悔しいか?悔しかったら言い返してみたらどうだ?……それと動くなよ?動いたらお前の後ろに居るそいつが死ぬ。」



「卑怯者……!!」


冴月がそう罵った直後、竜弘は彼女へ向かって叫んだ。冴月は振り返って囚われの身になっている彼と目を合わせる。


「冴月ッ、僕に構わなくていいから!!キミは戦ってくれ!!」



「竜弘…お前、自分が何言ってるか解ってるの!?」



「解ってるさ…でも冴月は僕を必ず助けてくれる。だから…信じる!!」


またあの時と同じ感覚がした。

一瞬だけ鼓動が強く脈打つあの感覚が。

そして冴月は深呼吸し小さく頷くと優一の方を再び向いた。


「……覚悟は出来た。殺すなら早くして。」



「ふふッ…何の相談をしたか知らないけど……このまま僕の射撃の的にしてあげるよ。未だ当てるのに慣れてなくてね……!!」


優一が右手を水平に向けると指先へ紫色の炎が球体として蓄積され始め、そして彼の叫び声と共にそれが冴月へ放たれた。火球は冴月を焼き尽くさんと彼女の方へ差し迫る最中、声を出し叫んだ。


「遮断ッ──!!」


空間が隔離されて周囲の景色が一変する。

そして右へ反転しそれを避けると振り返って素早い動作から抜き身の蒼月を法衣の内側から突き出し、火球と黒騎士の右肩を狙って突き刺したのだ。火球は消滅し代わりに熱を持った蒼月の刃先が鎧の僅かな隙間へ突き刺さっていた。


「きッ─貴様、正気か!?」



「……竜弘、そのまま逃げてッ!!」


蒼月を引き抜き、竜弘が黒騎士から離れたのを確認し隠れている様に促す。優一は黒騎士を自身の前へ呼び寄せると再び振り返った彼女の持つ紅色の瞳が2人を真っ直ぐ睨み付ける。そして微かな幼さのある凛とした声でポツリと呟いた。


「お前は…お前達は絶対許さない……。」



「ぐッ…それはこっちのセリフだ…僕の事をバカにする奴は…見下す奴は…全員死んでしまえば良い!!紫炎弾ッ!!」


優一が前へ出て炎弾を再び放つが彼女は涼しい顔をして1歩ずつ歩き出すと共に刀を向け、柄を持つ右手を左へ一振しそれを斬り裂く。斬られた火球が分裂しチリチリと微かな音を立てて消滅した。再び放たれた火球を今度は身体を左へ僅かに捻った姿勢から刀を振り抜いて斬り払う。優一が何発も放ったが結果は全て同じ、何も変わらない。

紅眼の少女の手で全て斬り裂かれて消えてしまうだけ。


「なッ、何故だ!?何でッ──!!」


そして冴月は無言で柄の中程へ左手を添え、右側へ向けた状態で刀を握り締めたまま地面を右足で蹴って駆け出し、間合いを詰めて袈裟斬りの姿勢から刀の刃先を力強く振り下ろす。だか黒騎士が優一の前へ来てそれを剣の刀身で受け止め、お互いの刀身がぶつかり合うと大きな音が響き渡った。


「させぬ…ッ!!」



「……傀儡の癖に忠誠心は有る。随分ご立派なのね?」



「ほざけ!隠世の者共を狩る…狩人めが!!」



「どう言われようと私は構わない…私は成すべき事を成すだけ。」


互いに振り払い、今度は黒騎士が仕掛けて斬り掛かるも冴月はそれを右へ左へ身を躱し続ける。そして3度目の攻撃で相手の両腕が振り上がる直前を見計らい、敵の胸元へ目掛け左手を柄へ添えたまま右側へ、黒髪を靡かせながら力強く一の字を描く様に斬り裂く。悲鳴と共に赤い血の代わりに黒い瘴気の様な物が斬られた箇所から噴き出した。


「ぐぁああぁあぁあぁぁッ──!?」



「……もうお終り?」


剣を落とし、後退した黒騎士へ蒼月の刃先を突き付けて冴月は威圧する。その一方で優一は歯を食い縛りながら此方を睨む彼女を見つめていた。


「な、何で意図も簡単に…やっぱりお前は…化け物だッ!!そんな物騒な物振り回して…ッ!!」



「少しでもお前に同情した私がバカだった…いい加減、何で法術が扱えるか話して。話さないなら……お前をこの場で殲滅する。」


そう冷たく言い放った途端に再び黒騎士が剣を拾い上げ、冴月へ襲って来る。繰り出された刺突を刀を持つ右手で弾き返しては後方へ回り込むと背中を大きく左肩から袈裟斬りに叩き斬った。

2度目の攻撃は悲鳴すら上げずに地面へ倒れ込む。


「……不意討ちなんて効く訳ないでしょう。さっさと話して…次は無い。」



「く……ッ…!!」


冴月と優一は距離が詰まるとお互いに睨み合う。

だが優一には未だ秘策が有り、それをいつ発動させるかタイミングを伺っていた。

彼の抱く憎しみ、そして復讐はまだ終わる気配はない。



(続く)

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