第4話 揺れ動く心、惑う焼却者(インシネイター)

冴月は日が昇る前の早朝から倉本家の裏で木刀を素振りし稽古に励んでいた。

正面へ来る様な形と左右の足を少し開いてから両手で握り締めたそれを勢い良く一刀両断する様に振り下ろす。空気を切る様な音がすると同じ動作を何回も繰り返して行く。それがある程度終われば普段の戦闘時の立ち振る舞いを再現するかの様にそれを振るう。より早く、より鋭い一撃を敵へ炸裂させる為の殺しに特化したその動きは中々の物。

刺突や斬撃の他に加えて蹴りや拳による殴打もそこへ含めている。


「はぁああッ!!だぁあッ、やぁッ!!せいッ!!」


彼女が叫び、木刀を振り下ろす度に額から汗が飛沫し地面へ落下。後ろで結んだ長髪もそれに伴って大きく靡いていた。自分が強くなければ死徒や異形者等の異界の存在から人々を守れない事は解っている。だからこそ強くなければならない。


「可笑しい…何だろうこの気持ち……。」


ふと何かを思った彼女はピタリと木刀を振る手を止めてしまうと自分の胸へ左手を当てながら呟く。

それはあの4人と居た時に感じた温かさと穏やかな雰囲気の正体…それが自分には解らなかった。

そして家の方へ振り返ると開かれた縁側への出入口には誰も居らず、彼女1人だけという事実がそこには有った。

元々の倉本光織はこの家で両親と本人の3人家族だったが彼女が何かしらの形で死徒に襲われた事で成り代わられ、偽りの光織が生まれてしまった。

そして彼女を探していた両親もまた光織により喰われて消滅するというのが一連の事の顛末だった。

冴月がこの家を訪れた時、リビングの付近に白い灰が落ちていたのが何よりの証拠を物語っていた。


「……早く学校の支度しないと。」


鍛錬を続けようとした冴月だったが、これ以上は遅刻すると判断し此処で中断。彼女は木刀を持ったまま縁側へ向かい、靴を脱いでから家の中へ。そして靴を持って引き戸を閉めてから居間の方へ消えて行った。

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数時間後に冴月が登校した際、ふと校舎の左側を見ると制服を着崩した数人の男子生徒が1人のき弱そうな男子生徒を取り囲んでいるのを見つけて歩みを止めた。


「……ねぇ、あれは何?」



[人の世で有る事の1つ…醜い部分とも言える。強者が弱者を痛ぶる……いつの世もある事だ。]



「ふぅん……。」


そのまま彼女は素通りし、教室へ向かう。

既に竜弘らも来ていて話をしていた。

冴月と目が合った竜弘は彼女へ挨拶する。


「おはよう。さつ…じゃなかった倉本…さん。」



「…おはよう。葉山君。」


一言返すと冴月は自分の席へ着いて鞄を置く。

教科書を鞄から出していると有紀に絡まられてしまった。


「ねぇーえ、倉本さん!歓迎会やろうよ?ね?ね?」



「おはよう、笠井さん。未だその話してるの?」



「だ、だって…私だって色々知りたいもん…倉本さんの事。ちょっと位教えてくれてもバチ当たらないと思うんだけどなー?」



「私の話なんて聞いても詰まらないと思うよ。あまり深掘りしても良い事なんて無いだろうから。」


有紀の方を見た冴月がそう話すと有紀は少しムスッとしてしまった。だが食い下がらずに今度は竜弘へ質問を投げかける。


「竜弘君!竜弘君は倉本さんの事何か知ってる?いつも話してるじゃない?」



「ぼ、僕!?うーん…そう言われてもなぁ……。」


チラリと冴月を見ると「絶対に話すな」という殺意の籠った視線を向けられ、溜め息をついた。


「……あまり深くは知らないかな。話すと言っても授業とか学校の話が殆どだし。」



「成程ねぇ……そういえば1限体育じゃん…。怠いなぁ、レディには運動なんざ似合わないっつーの。ねぇ、どうせなら一緒に行こうよ倉本さん♪次いでに私とも色々話そうよ、ね?」


有紀は冴月の両肩を手で掴むと揉みながら微笑む。

当の本人は呆れた顔で頷くと了承した。

ロッカーの方へ2人が体操着を取りに行く姿を見た

浩介が羨ましそうに竜弘の横でその光景を見ている。


「良いよなぁ、あーいうの。青春だぜ?青春。」



「そういえば浩介は話さないの?倉本さんと。」



「何て言うか…近寄り辛くてさぁ。スキンシップ取りに行けないんだよな。ほら、笠井も昨日からベットリだろ?羨ましいぜ……ホント。」



「まぁ…笠井さんは兎も角、浩介にはちょっと難しいだろうね。」



「おい!?何だよそれ!?自分も倉本と話してるからって生意気だぞ、竜弘ぉッ!」


竜弘は浩介に絡まれ、首を左腕で軽く締められてしまった。軽く悪ふざけをしてから2人も他のクラスメイトと共に体操着を持って教室を後にするのだった。

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竜弘は青いジャージに着替えてグラウンドに出ると

砂地の広がっている周囲を見回していた。

そこへ浩介も加わってから続々とクラスメイト達もやって来る。その中には有紀と冴月の姿も有った。

2人も含めた女子生徒の格好は上が両腕と首元に青のラインが入った白い半袖、下は紺色のブルマと呼ばれる物をそれぞれ身に付けている。冴月は髪を後ろで縛って纏めていた。


「ほら竜弘…見てみろよ、やっぱウチの高校の体操服は良いな、身体のラインがくっきりしてらっしゃる!!健全な男子は皆喜ぶぜ?」



「止めろよ、変な目で見るなって。」



「そういうお前も倉本の事見てるじゃねぇか、バレバレだぞ?」


浩介がからかって肘で竜弘を小突いていると冴月が2人の元へ来て立ち止まった。


「…何?言いたい事が有るならハッキリ言ったら?」



「へ?あ、いや…僕は……。」



「此奴が倉本の事ガン見してたんだぜ?それも食い入る様に舐め回す様にじぃーっと!」



「見てない見てない!!誤解だよ誤解だってば!!」


浩介がわざと煽ると竜弘は慌ててそれを止めたが既に遅かった。


「……最低。」


軽蔑する様な視線と共にボソッと言い残して冴月は有紀の元へ戻ると、落ち込む竜弘を他所に授業が始まった。全員でランニングをした後に説明を受けた後に男女別に別れて各々集まるとカリキュラムを進めて行く。男子は幅跳びや跳躍で女子はリレーといった形式で授業が進んで行くと幅跳びの順を待っていた時に女子から歓声が上がる。竜弘が振り返るとバトンを持った冴月が他の生徒を追い抜いて走り去って行く姿が目に映った。


「凄い…運動得意なんだ……。」



「なぁ竜弘、今の見たか!?あっという間に突き放しちまったぜ!?マジかよ…あの距離を一気に行ったぞ!?」


浩介も思わずそれを見ていた。何故なら冴月の居たチームは有紀と別で、最初こそ負けていたが冴月の番で彼女が一気に追い抜いたのだ。そしてアンカーまで回った所でリレーが終わると冴月は囲まれてちょっとしたヒーローになっていた。恥ずかしそうにしながら俯いている彼女の姿は普段見るツンツンした冴月とは違っていて、竜弘もまた新鮮な感情を抱いていた。

授業が終わった後で冴月は有紀に付き纏われた状態で竜弘達の元へ戻って来ると微笑みながら彼女へ寄り添って歩いて行く。


「いやぁー、まさか負けるとは思わなかったよ…絶対勝ったって思ってたのに。意外な才能発見って奴?これで今年の体育祭はウチらが勝ったかも!」



「僕も見たよ。凄いね倉本さん。」



「別に。偶々運が良かっただけ……。」


褒めて来る皆を他所に冴月は淡々と答えた。

続いて浩介が彼女へ話し掛ける。


「いやぁ、まさに倉本様様って奴か?突然現れた転入生はクラスの期待の新星…って事か!」


1人で盛り上がっている浩介を他所に冴月が竜弘の袖を引っ張って来る。有紀は他のクラスメイトへ話し掛けに行っていた。


「…どうかした?」



「話が…有るんだけど。着替えたら廊下で待ってて欲しい。」


冴月はそう伝えると足早に校内へ戻って行った。

竜弘も少し急ぎめに戻ると更衣室で着替えを済ましてから冴月の元へ訪れると彼女と目が合う。

彼女も竜弘を見ると近寄って来た。


「それで…話って何?」



「……寄って集って1人を陥れるのをこっちの世界では何て言うの?」



「え?虐めてるって…言うんだけど、それがどうかした?」



「…虐めって言うんだ。もっと具体的に話して。」


彼女は何処か真剣な面持ちで竜弘へ詰め寄る。


「例えば殴られたりとか物を隠されたりとか……色々有るけど…もし助けたりしたら、今度は自分がその標的にされるかもしれないし……。」



「……そう、大体解った。」



「…冴月?」


竜弘が答えた後、冴月は溜め息をついて背を向けた。


「……クズね。」



「えッ……?」



「クズだって言ったの。悪い?」



「ねぇ冴月…何か有った?」


彼が宥める様に話すと彼女が振り返る。

そして竜弘の事を金色の瞳でじっと見つめていた。


「そういう所から怨念が生まれる…最悪の場合、そこを誰かに付け込まれて利用されて終わり。死徒や異形者が増える原因は人間にもある。」


威圧する様な視線が竜弘の胸の奥を締め付ける。

そして彼はたじろぐ様に話し始めた。


「ぼ…僕も本当はそういうのは嫌いだ。でも…どうする事も出来ないんだよ……。」



「…程度が知れる。それと…私からしたら授業なんて全部、教師のお遊びにしか見えない。マニュアルばかりの知識と説明下手で面白くない話の垂れ流しじゃない。」


そう言い残すと彼女は立ち去ってしまう。

残された竜弘には彼女の心情を理解する事は出来なかった。

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昼休みを迎え、竜弘は冴月の姿を探した。

何故なら彼女はチャイムと共に出て行ってしまったからだ。教室から出て歩いていた時に怒鳴り声の様な声が離れの階段付近から聞こえた為、そこへ駆け付ける。そこには冴月とガラの悪そうな生徒数人が居た。彼女を取り囲む様に4人の生徒が囲んでいるのが解る。威圧しているのは長身で金髪の男子生徒だ。


「てめぇッ、覚悟出来てんだろうなぁ!?」



「…弱い奴程よく吠えるって知ってる?群れまで作っちゃって…男の癖に恥ずかしくないの?」


冴月が更に煽り倒すと彼は仲間から竹刀を受け取ってそれを冴月へ差し向ける。


「女だからって手加減しねぇからな…ぶっ飛ばしてやる!!」



「……はいはい。」


すると冴月へ目掛けて勢い良く竹刀が振り下ろされるのだが彼女は右へ避ける。続いて左右へ斬り払ったり、何度も竹刀を振り回したがどれも躱されて彼女へは当たらない。


「この野郎ッ!避けんじゃねぇッ!!」



「お前が下手くそなんでしょ?悔しかったら当ててみなさいよ。」



「言わせておけばぁあッ!!」


男が力任せで袈裟懸けに振り下ろした竹刀を冴月は

涼しい顔をして避けてしまう。そして右手の拳を相手の顔の前へ突き出すと手前で止めた。


「……はい、お前の負け。」


勝負が着くと拍手が巻き起こる。あっという間にリーダー格を彼女が倒してしまったからだ。


「くそッ……この野郎ッ──!!」


すると別の不良が何も持たずに冴月の背後から奇襲しようとしたが彼女が素早く振り向き、彼の喉元へ向けて左手を並行にし突き付けた。


「いッ……!?」



「残念、当たる訳ないでしょ。大の男が不意打ちなんて恥ずかしくないの?」


冴月が睨み付けた末にそう言い放つと彼等は逃げ出して行った。

そして落ちていた財布を拾うと座り込んでいた茶髪の男子生徒へ差し出す。


「お前もお前…嫌なら嫌ってハッキリ言いなさいよ。男の癖に情けない。」



「よッ……余計な事するなよ…ッ!!」



「はぁ!?人が折角助けてあげたのに何言っ──」


冴月から彼が財布を奪い取った時、竜弘が2人の元へ来て仲裁に入ると何とか口論になる前に止めた。


「……幾ら何でもやり過ぎだ。行こう、先生が来る前に。」



「なッ……ちょ、ちょっとッ…離してよ!!ねぇってば!!」


竜弘は冴月の腕を掴んで歩くと現場から彼女を遠ざけた所で冴月が彼の手を無理やり振り払った。


「離して…ッ!!いつまで触ってんのよ、このバカぁッ!!」



「冴月…さっきの連中と何か有ったのか?それに今日のキミは何か変だ…何か有るなら話してくれよ、浩介にも笠井さんにも誰にも言わないから。」



「何にもない!!お前には関係ないッ!!」


首を横へ振り、強く言い放つと冴月は彼を睨んで威圧したが竜弘は臆する事無く彼女と目を合わせたまま再び話し掛ける。


「それでも……お願いだ冴月、僕に話して欲しい。何か出来る事が有るのなら…力になる…だから!!」


彼女は戸惑う仕草を見せると唇を少し噛み締めてから重い口をゆっくりと開いた。


「知っての通り……私は焼却者……本来なら必要以上に人と関わったり…触れ合ったりしてはいけない…でも…ずっと胸が痛い……お前と出会って…皆があんな風に楽しく話しているのを見てると…胸が刺された様にチクチクして痛い……。」



「冴月……。」



「……さっきの奴等も私が最初に見付けた…でも、関わるのを止めた……助ける価値なんて無いって自分で決め付けて…そう思い込んだから……。最低なのは私だった……。」



「……それでも冴月は助けた。ほっとけなかったんだろ?彼の事が。やり方はちょっと違うけど…冴月は正しい事をした。だから間違ってないよ。」



「でも…私は……ッ…!!」



「冴月は確かに焼却者だ…でもその前にキミは1人の人間…だから話したらダメだとか、関わったらダメだとかそんなの気にしなくて良い!!」


竜弘は彼女へそう伝えると冴月は彼の方を見ると無言で胸を抑えながら小さく頷いた。

彼から言われた事を彼女はもう一度口にして呟く。


「1人の…人間……。」


彼女の事を生まれて初めて人間だと、そう彼は言ってくれた。彼もまた頷き返すと同時に冴月を見て微笑むのだがその穏やか笑みに思わず引き込まれそうになってしまう。冴月は頬を僅かに赤らめると目を逸らした。


「冴月?」



「なッ、何でもないんだからッ!!さっさと戻るわよ!!」


スタスタと自分から歩いて行くと竜弘も彼女の後を追って教室へと戻って行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そして同日の放課後の事。

秀一は不良達が使っている溜まり場へ訪れると無人である事を確認し周囲を見回す。


「クズの溜まり場には…やはり程良い邪気が立ち込めているな。ふふふッ、利用する価値が有るモノばかりだ……思う存分…暴れて貰おう。」


彼は上着の内側から黒い形代を取り出すと鎖へそれを置いて何かを施してから立ち去る。

教師からすれば不良達は不要な存在、学校からすれば彼等はクズ同然という事だ。そんな連中でも使い方次第では優秀な働き手になると秀一は心の底で企んでいた。何だったら形代を彼等に付けさせて憑依させるのもまた一興だと彼は思っている。

自分の属する機関…その役割の為であれば何だってする。それは無論、彼以外の信徒もまた同じ事を思っているのは間違いのない事実。

そして何かをして戻って来た彼等と擦れ違うと秀一もまた不気味な笑みと共に後者の中へと戻って行った。


「焼却者……お前は我々をも狩るのか?多少の異術を扱うとは言え、我々信徒は人間……無論、僕も人間だ。お前はそんな人間を討滅出来るのか?」


夕焼けに照らされた校舎は橙色の光に照らされて輝いている。そして暫く時間が経過した末に夜が訪れ、日が沈んで行くと校舎も街も暗闇に包まれた。

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部活が終わり、辺りが暗くなった頃に冴月と竜弘は校舎から出て並んで歩いていた。綾崎市の街が有る方面へ差し掛かった時に冴月が立ち止まる。

竜弘も振り返ると彼女の方を見つめていた。


「冴月、どうかした?」



「……微かだけど奴等の気配がした。こっち!!」


冴月は駆け出すと竜弘もその後を追う。

2人が辿り着いたのは大型の商業施設で飲食店等の様々な店が入っている建物でもある。そして気配を頼りに階段を使って追って3階へ行くと2人の目に異様な光景が飛び込んで来る。それは男女問わず、このフロアに居る全員が地面へ倒れていたのだ。

冴月は近くに居た男性へ駆け寄ると首筋へ手を当てて脈を確認していた。


「冴月ッ!?これって……。」



「……大丈夫、未だ死んでないし意識は有る。それより絶対に私から離れないで!此処の階に居るのは間違いない…。」


彼女は更に気配を追って奥へ進むとそこに居たのは1人の大柄の男性、よく見ると向陽高校の制服を着ているのが解った。彼はゲームセンターの入り口前で背を向けて立ち尽くしている。


「…お前、アイツの取り巻きの1人ね。こんな所で何をしているの?」


冴月が呼び掛けると彼が振り返って彼女の方を見つめる。スキンヘッドの頭部に加え、その目は生気が無いのか虚ろな目をしている他に右腕には鎖を巻いて握り締めているのが解った。


「漸く会えた…お前を殺す……殺してやるッ!!」


そう叫ぶと途端に鎖を外して振り回し、それを冴月へ投擲する。先端に付いた四角形の分銅が彼女の顔面左横を掠めては鏡を破壊した。そして手を手繰り寄せるとそれが再び男の手へ収まる。


「…形代に憑依されている…その上、やる気満々って訳。悪いけどお前には早々に消えて貰う!!」


冴月は相手を睨み付け、左手を横へ振り抜くと共に黒い法衣を身に纏うと黒い鞘に収まる刀を取り出した。すると竜弘が彼女の方へ近寄ると声を掛け、彼が口を開く。


「……冴月、僕も一緒に!!」



「バカね、無理よ。遮断法術を使って動けるのは私とアイツらや死徒みたいな化け物達だけ…お前は他の人間と同じで動けなくなる。」



「ッ…それでも……僕は…目に焼き付けたい。キミの戦っている姿を!!」


冴月を見つめ、竜弘はキッパリと言い切った。

気迫に負けたのか冴月は左手で頭を抱えて溜め息をつく。


「なら1つだけ条件がある…お前の事、これから竜弘って呼んでも良い?」



「え?」


「ふ、不公平だから!お前が私の事…冴月って呼ぶんだから…私だって……その…呼んでも良いじゃない……。べ、別に深い意味とかそんな変な意味とか無いんだから!!」


彼女が恥ずかしそうに俯くと竜弘の前でそう呟く。 竜弘は一言「良いよ」と返事を返した。


「…相談は終わったらしいな。死ぬ準備は出来たか?」



「今終わった所……お前を消す為の相談が丁度済んだ!!遮断ッ──!!」


冴月がそう叫ぶと竜弘と共に異空間へ飛ぶ。

内部はまるで商業施設のフロア内がそのまま展開されかたかの様な造りへ変わっていた。竜弘は不思議そうに周囲を見回している。


「…此処が…空間の中……。」



「空間途絶法術式…それで結界を張った。竜弘が中に入ったからイメージが上書きされたんだと思う。とは言え、本当に動けるのは…予想してなかったけど。」


少し振り返った瞬間、風を切る様な音と共に分銅が飛んで来ると冴月は竜弘の前へ立って姿勢を屈め、鞘でそれを弾き返す。乾いた音と共にそれが再び戻って行った。男が走り出して鎖を右手で振り回し狙いを定めて来る。


「ぐへへッ、惜しい惜しい!!今度はそのツラ吹き飛ばしてやる!!」



「竜弘ッ!何処か安全な場所に隠れてて!!」


冴月がそう叫ぶと竜弘は走って何処かへ隠れた。

彼女はその間に鞘から刀を引き抜くと左右の瞳の色が紅色へ染まる。そしてギラリと青白い刃が輝くと柄を両手で握り締めたまま、彼女は身構えた。


「そらぁああッ!!」



「くッ──!!」


再び放たれた鎖の一撃を刀で弾き返し、後退して距離を取る。だが鎖の猛威はそれだけではない。巨体からフルスイングされた鎖が薙ぎ払う様に振り下ろされると木製の棚へ命中しそれをバラバラに粉砕した。


「お前のその顔…潰れたトマトみてぇにぐちゃぐちゃにしてやるッ!!」



「うるさい!脳筋ゴリラッ!!」


冴月が叫び、カウンターを踏み台にし飛び上がると宙を舞う。そして刀身へ炎を纏わせ、それを縦へ振り下ろす様に解き放った。


「緋炎ッ──!!」


青白い火炎が一直線に男へ向かって放たれるが彼は鎖を正面へ向け振り回して掻き消してしまった。

飛沫した炎が周囲の展示品や服を焼き払ってパチパチと音を立てて燃え始める。


「嘘ッ…緋炎を弾いた!?」



「残念だったなぁ…ッ──!!」


彼女が着地した直後に放たれた一直線の投擲が冴月の持つ蒼月の刃へ巻き付くと彼女の手から奪い取り、あらぬ方向へ投げ捨てたのだ。


「くぅ…ッ!!」



「オラオラァッ、どうしたぁッ!!それでお終いかぁ!?」


左から薙ぎ払う様な一撃が冴月を襲うと身を屈めてそれを避け、頭上を鎖が掠めていく。それが背後にあるマネキンへ直撃するとバラバラに粉砕した。

彼女は咄嗟にレジカウンターの裏へ飛び込むと屈んで様子を伺いながら作戦を立て始める。その間も相手は轟音と共に鎖を振り回して暴れ回り、周囲を破壊し続けている。


「…遠距離からの攻撃は駄目…近付こうにも恐らく鎖で弾かれる……どうすれば良い…。」


冴月は思考を巡らせて考える。

そして1つの答えに辿り着いた。


「……あの鎖よりも早く、そして鋭い一撃を命中させれば倒せるかもしれない…!!」



「見付けた、そこだぁあッ──!!」


敵の声に気付いた冴月は鎖による刺突を避けようとしたが間に合わず、腹部へ命中し吹き飛ばされた。

激痛で目を見開くと離れの婦人服売場の棚へ背中から落下してしまう。


「しまッ──がはぁッ!?」


痛む腹部を抑えて立ち上がると今度は追い討ちを掛ける様に彼女の左側から鎖が鞭の様にしなり、襲い掛かる。それが左腕へ巻き付くとそこから強引に振り回されては錐揉み状態でコンクリート製の壁へ激突しそのまま地面へ倒れ込んでしまう。両足に履いていた黒のニーソックスは所々が破れ、そこから血が滲んでいて、左右の頬に出来た傷口からも血が滲む。口の中も鉄の味が広がっていった。


「…どうやら此処までらしいな。お前はこのまま死ぬんだ、俺の手で!!覚悟しろ…散々痛ぶってから殺してやる!!」


男がそう宣言した時、冴月はフラフラと立ち上がって血を吐き捨ててから相手を見据えた。


「……私が死ぬ?此処で?…冗談でしょ…この程度でくたばってたら、この先…誰も守れない……私は…負けない……お前なんかに…絶対負けないッ──!!」



「減らず口をぉおおッ──!!」


大きな叫び声と共に再び男が鎖を解き放つと

彼女は何かを右足を屈め、左手で拾い上げて左斜め上へ斬り払う様に鎖を弾き返す。その手には弾かれて行方知らずだった筈の蒼月が握られていた。

そして姿勢を戻すと両足を開いて正面で刀を握り締めては目を閉じて刀身へ青い炎を纏わせていく。疼く様に刃先まで炎が行き渡ると再び目を見開いた。


「次で……お前を殲滅するッ!!」



「やれるもんならやってみろオラァアアッ!!」


再び男の手で勢い良く振り回された鎖が彼の手元から離れた瞬間に冴月が右足で地面を力強く踏み込んで駆け出す。刀を自身の右横で握り締めたまま一直線に、そして左足で地面を思い切り蹴ると彼女は炎と共に更に加速した。


「は、早ぇえッ!?くそぉッ…戻れぇッ!!」



「今更防御なんてしても、もう遅い!!緋炎一閃ッ──!!」


冴月が蒼月で彼の肉体を擦れ違い様に薙ぎ払う形で力強く斬り裂いた。青い炎が吹き出すと彼の肉体が焼かれ、燃えていく。


「俺は…このまま死ぬのか…!?ふざけんなぁッ…くそぉおッ!!」



「安心して良い、お前は死なない。私が斬ったのはお前に憑依していた邪念の籠った形代だけ……。」


冴月が刀を下ろすと地面へ両膝を付いて跪いている彼の方を向いて真っ直ぐ見つめる。そして刀を鞘へ収めた瞬間に空間が解かれると彼はその場に倒れて横たわっていた。

そして周囲に居た人間が続々と起き出すと冴月は竜弘を探しに行き、本屋の棚の近くに隠れていた彼へ声を掛ける。


「……竜弘、終わった。」



「あれが冴月の…戦っている時の姿なんだね。」



「…そう、あれが私。本当の私の姿。」


冴月は小さく頷いて竜弘を見つめる。


「何て言うか…その、格好良かった!!とても…格好良かった。」



「そ、そう……。それより早く帰わよ!!明日も学校有るんだから!!」


冴月は髪を少し片手で掻き分けてから竜弘と共に並んで歩くと施設から立ち去って行った。

焼却者インシネイターの少女、冴月の心情はゆっくりと少しずつだが確実に変わり始めている。

それだけは紛れも無い事実そのもの。

そしてそれが竜弘が彼女に与えた影響である事を冴月は未だ知らない。

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