第3話 焼却者(インシネイター)の転入生

死徒となってしまった倉本光織…その彼女の名を借りて現れた冴月。

理由は不明だが竜弘の通う向陽高校へと転入し彼と共に同じ空間で授業を受けている。

転入してから数日経ったが授業態度も極めて真面目で特に変わった所は1つも無くごく普通の女子生徒として教室に溶け込んでいた。

3限と4限の合間に有る休憩時間に竜弘がふと何気なく冴月の方を見ていると彼女が視線に気づいたのか振り返って来た。振り返った際に艶の有る黒髪が靡く。


「……何?」



「あ、いや…どうしてうちの学校へ転入して来たのかなって。」



「…私の目的の為。私がやらなきゃならない目的を果たす為に此処へ来た。それ以外に理由が要る?」



「死徒を狩る為…だろ?この間の倉本さんみたいに。」



「…それだけじゃない。私の目的は別にある。」


冴月が淡々と答えた時、2人の元へ有紀が来て

冴月こと光織の方と竜弘の事をじっと見てから話し出した。


「えーっと…倉本さんと竜弘君って前から知り合いなの?」


2人を交互に指さしながら有紀は「んー?」と考えながら見つめると冴月は彼女を見ながら話し出した。


「…この前、帰り際に変な人に絡まれてたのを葉山君が助けてくれて…それから話す様になったの。ね?葉山君。」


冴月は話を無理にでっち上げると、これに合わせろと目で竜弘へ合図して来る。彼は何度か頷いてから話を合わせる為に口を開いた。


「あ、あー…そう!そうなんだよ。偶々通り掛かった時に困ってたの見ちゃって…流石に見過ごせなくてさ!!」



「ふーん…結構やるじゃん竜弘君も?そういえば倉本さん、良かったら同好会…とか興味無いかなぁ?」



「ちょッ……笠井さん!?」


そう有紀が話し出した途端、冴月はキョトンとした顔で彼女の方を見つめていた。有紀は両手を合わせると冴月を拝む様な形になると更に近寄って来る。


「お願いッ!メンバー足りないんだよ…あと1人入れば部活になれるし、活動費も下りるの!!大丈夫、損なんてさせないから!ね?ね?お願い…ッ!!」



「同好会…って何するの?」



「え、えーっと……ほら、部長!説明して説明!!実はね、竜弘君がうちの同好会の部長やってるの!」


竜弘の事を有紀が左肘で小突くと彼は慌てた様子から冴月へ同好会の活動内容を一通り説明した。

主に自分が気になっている出来事や話題を取り上げて話すといった活動が主である事、特にオカルト関係の物が多い事を彼女へ伝えた。説明が終わると再び有紀が冴月へ話を進めて来る。


「大体こんな感じなんだけど……どうかな、倉本さん?」



「……入っても良いよ。あまりそういう事は詳しくないけどそれでも良いのなら。」


返って来た返事は予想外で竜弘は呆気に取られて冴月の方を見ながら瞬きを繰り返している。

冴月は有紀を見て微笑むと彼女は冴月の手を両手で握り締めてからその勢いで抱き締めた。


「ありがとうッ、これで同好会から部活に格上だよーッ!!後で入部届貰って来るからサインして私に頂戴?先生に出しとくから♪いやぁー、思わぬ大収穫♪これも竜弘君のお陰かな?」



「ぼ、僕は別に何も……あははは。」


竜弘は苦笑いしつつ、有紀の話を流していった。

チャイムの合図と共に休憩が終わると再び3人は授業へ取り組み始める。そして約1時間後に昼休みを迎えた。

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向陽高校の3階にある会議室。

人気の無いそこに背丈の高い紺色のスーツを着た男性教師が何かに向かって話し掛けていた。白いワイシャツに加えて黒いネクタイ、黒い髪は肩上近くのボブカットに整えられている。その瞳もまた黒かった。


「……ええ、既に次の手は打ってありますのでご安心を。一日でも早く…我々の理想を現実のモノとする為に少しでも成果を上げてみせます…では。」


一礼すると共に彼は小さく溜め息をついた。

彼がスーツの内側から取り出したのは2枚の白いプラスチック製のカード。それは所謂、学生証で1人は佐藤美佳さとうみか、もう1人は倉本光織くらもとひかりと書かれていた。彼女達の顔写真と共に生年月日や学校名の他に有効期限も記載されてる。

彼女達は何れも死徒に喰われ、成代わられてしまった2人だった。


「思ったより消されるのが早かったな…彼女達は僕が選んだ最初の依代だったのだが。けれど、これでハッキリした…この街に異能者が居るのは間違いない。」


教師の男は少し右側の口角を吊り上げて笑うと

窓の外から外を見つめていた。窓の外に拡がるのは綾崎市の街並み。大きなビルや住宅街等の建物の屋根等は街の発展と豊かさを現していた。

街と隣街を結ぶ大きな橋も此処から見ることが出来る。


「……今度は異形を用いて様子を見るか。幸いな事にこの街には幾らでも人間が存在する…仮に消えたとしても困る事はないだろう。」


彼は学生証を再びしまうと代わりに上着のポケットから黒い人の形を象った紙を取り出す。それは見るからに異質な存在感を放っていた。普通の人間なら間違いなく持っている訳が無いそれは異形と呼ばれる化け物を生み出す為の物。

それを再びポケットへしまうと彼は会議室を出て、長い廊下を歩いて階段を降りて行くと数人の女子生徒達から話し掛けられると彼女達と共に職員室へ歩いて行く。彼のビジュアルは誰が見ても美男そのもので年配の教師達よりも若い教師の方が人受けが良い事を示すのに充分。口々に「倉橋先生お昼ご飯何?」、「くらピー、授業で解らない所有るんだけどー?」、「秀一先生、今日は部活来れますか?」といった彼を示すワードと会話が飛び交う。


「ほらほら、もう昼休み終わるぞ?早く教室に戻りなさい。部活なら今日はちゃんと行くから安心して。」


手を叩いて彼女達を解散させると彼は教務室の中へ消えて行った。倉橋秀一くらはし しゅういち…彼は教師の顔ともう1つ裏の顔を持つ人物なのは未だ誰も知らない。

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午後の授業も終わり、放課後を迎えると竜弘を先頭に浩介、有紀と冴月の4人は同好会で使っている体育館側にある部室の方へ向かって歩いていた。


「此処が体育館…?」



「そっ、更衣室はこの下で手前が男子で奥が女子。間違わないでね?」


有紀が歩きながら冴月へ指をさしながら説明すると彼女は小さく頷いた。広い体育館には左右にバスケットボールのゴールが2個ずつ付いている他に集会で使われる壇上も綺麗に整えられているのが解る。

4人はそのまま歩いて行くと部室棟へ到着、鉄製の白いドアを開いて右側の通路を進んだ3つ目の部屋へ入って行った。中は長机2つとパイプ椅子が4つそれぞれ並べられている。有紀が一旦外へ出て余りのパイプ椅子1つを隣の空き部屋から持って来るとそれを彼女へ手渡した。


「倉本さんの場所は竜弘君の隣で良い?」



「…私は何処でも大丈夫。ありがとう、笠井さん。」


冴月が頷くと彼女は椅子を開いてからカバンを置いてそこへ腰掛けた。左に竜弘、右に有紀と2人から挟まれる形になる。浩介は羨ましそうに竜弘の方を見ながら少し不貞腐れていた。


「良いなぁー、俺も倉本さんの隣が良かった。」



「…アンタはちょっかい出したいだけでしょ!折角、新入部員来たのに気が変わったらどうすんのよ?」


有紀が浩介をピシャリと宥めると竜弘は冴月へ「いつもの事だから」と話し掛けた。本来ならもう1人、和歌奈という女子生徒が居る筈なのだが遅れて来ると有紀が竜弘へ伝えた。


「じゃあ、倉本さんには和歌奈が来る前に入部届を書いて貰おうかな。此処に名前と…出席番号書いてくれる?」


有紀は鞄からクリアファイルを取り出して入部届を冴月の前へ置くと冴月も鞄から筆記具を取り出し、指示通りに記載していく。


「…笠井さん、入部する切っ掛けの所って何書けば良いの?」



「あー……どうしようかな、前々からそういう事に興味が有りました…とかにしとこうか?その方が無難だしさ。」


有紀が何気なく提案すると冴月は頷いてからそれを記載し、有紀へ用紙を返却する。受け取った有紀はクリアファイルへ戻してから鞄へそれをしまった。

説明を受けて書いた事から約15分は掛かったのだがそれでも和歌奈が来る気配は無い。有紀は徐に携帯の時計を取り出して時間を確認していた。


「それにしても遅いな…委員会の会議すぐ終わるって言ってたのに。何してんだろ…和歌奈の奴。」


眉間に皺を寄せている有紀を見た浩介が読んでいたマンガ雑誌を置いて話し出す。


「確かに遅いよなぁ…もう帰ったとか?」



「そんな訳無いでしょ?課題忘れた挙げ句にサボって帰ろうとする何処かの誰かさんじゃあるまいし。」


苦笑いして誤魔化している浩介を他所に冴月は自ら椅子を引いてその場に立ち上がると「私が見て来る」と伝え、部室の外へ出ようとする。それを見た有紀が彼女へ声を掛けて来た。


「倉本さん、大丈夫?和歌奈と面識無いのに…探せるの?」



「なら僕も一緒に行くよ。それなら心配無いだろ?」


竜弘も立ち上がると有紀は「解った」と頷く。そして冴月と竜弘は部室の廊下へ出て2人は教室のある方面を目指して冴月を先頭に歩き始めた。

体育館を越えて教室の有る方面を目指し進む。


「ねぇ冴月、平井さんの事…。」



「…解る訳ないでしょう。それにさっき嫌な気配を感じた…それも割りと大きな気配。」



「また死徒?」



「未だ確証は無い…でも学校に死徒が居る筈はない。もし居たとしたら誰かが意図的に──危ない、伏せてッ!!」


冴月が何かを言い掛けた際、彼女が竜弘へそう叫ぶと何かが命中する直前に彼女は竜弘を突き飛ばし伏せさせる。すると何かが飛来し通路の奥へ消えていった。


「な、何だ……!?」



「ッ……向こうから仕掛けて来るなんて…大した度胸してるじゃない。」


冴月は立ち上がると前方を睨み付けた。

そこに居たのは紫色の着物の様な物を着て、表情を隠す様に紙の様な物で隠している異形な存在。その頭部には黒く縦に伸びた烏帽子を被っている。


「あれも死徒なのか!?」



「違う!!あれは異形者いけいのもの …死徒じゃない。けど、死徒よりタチの悪い存在…!!」


竜弘も立ち上がると冴月の背面から相手の様子を共に見つめる。その異形者と呼ばれた何かは冴月へ棒状の何かを向けて話し出した。


「…我を知っているのか?小娘。」



「当然、お前を葬るのも私の役目だから。答えろ…お前はどうやって現世へ来た!!」



「ふん…答える義理など無いッ!!」


その瞬間、異形の周囲に4つの方陣が展開されるとそこから無数の青白い光弾が放たれる。それは直撃すれば当然ケガでは済まされない。


「くッ──顕現ッ!!」


光弾が直撃する前に冴月が左手を前へ突き出すと破裂音の様な大きな音と共に光弾が打ち消される。そして払い除けると冴月は紺色のブレザーの上から黒いロングコートの様な物を羽織っていた。


「きッ、貴様…もしや…!?」


異形者は変わり果てた冴月の姿を見て何かを思い出した様に急に焦り出す。それを他所に冴月は竜弘の方を少し振り向くと彼へ向かって話始める。


「…私が合図したら走って此処から逃げて。先に和歌奈さんを探しに行って!!」



「冴月、まさか此処で戦う気!?」



「…大丈夫。此処は絶対に壊させないから!!先ずはアイツを此処から出来るだけ遠ざける……!!」


冴月は両目を閉じて深呼吸する。そして再び両目を見開くとその瞳は紅色へ変化した。威圧する様な鋭い目付きは目の前の異形を真っ直ぐ捉えていた。

それに対し異形者は臆する事無く冴月を見据えながら話を続ける。


「冥府の者だけが持つ力を使い…そして我々と敵対する存在が居る。そしてその中で赤眼を持つ者…その者こそが最も警戒すべき相手であり我々にとっては倒さねばならぬ者…!!」



「それは此方も同じ事…その特殊な力を利用し現世へ現れ…人間の肉体と生命を喰らうお前達を野放しにしておけるものか!!」



「我々の想いは故に1つ…現世へ渡り往き、そこへ生き着く事こそ、冥府の者共の悲願なり!!」



「痴れ言を…言うなぁあッ──!!」


冴月は右足で地面を踏み込むと共に素早く駆け出しては相手との間合いを詰め、身体を半分捻った姿勢のまま刀の鞘を左手に握った状態で柄の下側にある頭で相手の腹部を思い切り刺突した。衝撃により異形者が廊下を横転しながら倒れてしまう。


「早く行って!!」



「解った!!冴月…その、気を付けて……!!」


冴月が叫ぶと彼女の横を竜弘が駆けて行き、中央に有る階段を降りて行った末に姿が見えなくなる。

長い廊下に残された冴月と呻き声を上げながら立ち上がった異形者は再び睨み合った。すると今度は何処からともなく声が聞こえて来る。それは若干だが低めの声をした女性だった。


[サツキ、此処での戦闘は避けるべきだ。下手に暴れ回れば被害を拡大させる。]



「……解ってる、今から結界を張るつもりだったの!!」


やり取りを重ねた彼女は刀の柄を握り締め、その刃を左手に握る鞘を素早く動かし引き抜く。小柄な彼女の身の丈程有るその刀の刃は青白く光り輝いている他に鍔の形状は木瓜型で鈍色をしていた。それを見た異形者は再び驚く様な声を上げる。


「明王蒼月…バカな!?何故貴様がそれを!?」



「──遮断ッ!!」


刀を頭上へ掲げた冴月の叫び声と共に空間が変貌、先程まで居た場所とは全く異なる状態へと切り替わった。そして冴月は両足を開いて刀を自身の正面に持って来ると共に両手で握り締めて構える。

正眼の構えと呼ばれるその形のまま、倒すべき相手を強く睨み付けていた。


「…小娘、貴様…やはり異能者か。その歳で法術式をも操るとは…主様に良い報告が出来る。」



「その前にお前を此処で狩る!!──はぁあああッ!!」


先に仕掛けたのは冴月、駆け出すと共に右横へ斬り払う様な一閃を放つと異形者はそれを飛び退いて避ける。立て続けに放った左横への一閃すらも避けてしまった。


「ちッ、すばしっこい!!緋炎ッ!!」


冴月が素早く刀を左下から右斜め上へ勢い良く振り上げると青い炎が刃から解き放たれ、それが異形者の左肩へ直撃し燃え上がる。後はこのまま焼かれて消える筈…だったがそれは読みが外れた。


「やった!?」



「馬鹿め…貴様が討ったのは我が分身だ。今度は此方から仕掛けさせて貰う!!」


冴月の背後を取った相手は最初と同じだが、唯一違うのは方陣の数。4つから8つに増えると同時に冴月へ目掛けて無数の光弾が放たれ飛散した。


「くッ──!!」


彼女は気配に気付いて振り返ると刀で1発を弾き、続く2発目と3発目も斬り払う様に弾き返していく。

4発目を顔を左へ傾けて躱していくと冴月はその間に適切な距離を取ると再び刀を右横へ素早く振り抜いて一閃を放つ。しかし、風を切る様な音と共にそれすらも消えてしまった。


「また消えた!?あーもう、イライラする!!」



[どうやら向こうも術式を使っている様子…それに貴女が斬れば分身も増えるだけ。本体を直接叩く必要が有る。]



「軽々しく言わないで…ッ!!」


苛烈する攻撃、そして不意打ちによる敵の攻撃をも跳ね除けた冴月は左手中指に嵌めている青い装飾の付いた指輪とのやり取りを終え、刀の刃を上へ向け、左手で柄を持つとそこへ右手を当てて構える。そして深呼吸し強く言い放った。


「真眼ッ──!!」


彼女の紅色の瞳が大きく見開かれると頭上へ巨大な青い炎で象られた瞳が現れた。これも葬炎術の1つで相手の持つ術式の他に凡ゆる物を感知出来る。

対する異形者は冴月を追い込むべく無数の分身を異空間の中へ解き放って待ち構えていた。


「探せ…アイツの本体を……術式の流れを…気配を…ッ!!」



「これで遊びも終いだ…消えろ、小娘ぇえッ!!」


空中へ飛び上がった異形者が冴月よりも先に仕掛け、光弾が彼女の全方向から襲い掛かると轟音と共に黒煙が立ち込める。

どう見ても避けられない上に直撃したのは間違いない。だが黒煙の中から何かが飛び上がり、突き抜けて来た。黒い長髪を風に靡かせて一直線に真っ直ぐ、敵である異形者の方へと肉薄しその刃を左から右へ掛けて水平に振り翳しては肉体を薙ぎ払う様に斬り裂いた。


「蒼穹ッ──!!」


鋭い一撃が命中し異形者は炎へ包まれていく。

冴月も地面へ降り立つと振り返ってその様子を見下ろす。


「や…やはり……貴様が…焼却…者……青き炎を操る…紅色の……ッ…。」


異形者は何かを言い残そうとしたが燃え尽きて消えてしまう。そして冴月も刀を鞘へ収めると共に術式を解いて、周囲を見回した。先程纏っていた黒いコートも消えている。


「……天舞音の言う通りだった。この学校には異術者が居る…そうじゃなかったらアイツは現れない。教師なのか生徒なのか…それは未だ解らないけど。」


冴月はそう言い残すと背を向けて部室棟の方へ歩き去って行った。

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「改めまして、彼女が倉本光織さんで…こっちが平井和歌奈!私の友達!!」


部室へ戻ると有紀を仲介し冴月と和歌奈はお互いに向かい合っていた。和歌奈は首元まで伸びた右色の髪を後ろで結んで小さなポニーテールを作っていて、あどけなさの残る可愛らしい顔付きに青色の瞳が良く似合う。


平井和歌奈ひらいわかなです。宜しく。」



「倉本光織…宜しく、平井さん。」


握手を交わすと冴月が小さく。

和歌奈の印象は何処か大人しい様な雰囲気でそれでいて繊細だという事を何処と無く彼女は感じていた。すると有紀は2人の合間へ入って肩を組む様な姿勢になるとお互いを見て微笑む。


「さぁーて!後は入部届け出せば我らオカルト同好会は晴れて部活と認められるって訳で!!今日は臨時で歓迎会を──」



「…ごめんなさい、私は行けない。」


冴月は有紀へそう呟くと一礼し、鞄を手に取ると部室から歩いて出て行ってしまった。


「え、えぇ……マジ?」


呆気に取られた有紀を見た竜弘は「ドンマイ」とだけ口添えして冴月の後を追った。


「待ってよ冴月!冴月ってば!!」



「何…態々追い掛けて来なくても良いのに。それにあまり冴月、冴月ってギャーギャー叫ばないで、バレるから。」



「ごめん…。それよりアイツが話してた…冥府の力って何?」



「お前は何でも知りたがるし…首を突っ込む。好奇心の塊か死にたがりか何かなの?……冥府の力は普通の人間なら絶対に持つ事の出来ない特別な力。これが有れば死徒や異形者、変異体をも焼き払う事が出来る。」



「冴月はどうやって…そんな力を……?」


竜弘の声に彼女が立ち止まると振り返って左手を見せて来る。白い肌をした細く可憐な手の中指に青い装飾の付いた銀色の指輪が付いていた。


「指輪?」



「……これが有るから私は力を使える。この指輪、ステュクスが私の力の源。ねぇ、もう良い?そんなにジロジロ見られるとこっちが恥ずかしいんだけど。」



「あ、あぁ……ごめん…ありがとう……。」


再び歩き出すとその足で2人は玄関へと向かって行く。冴月という少女は自分達と異なる存在である事を改めて竜弘は再認識させられた。

彼女は人並み外れた力を持ち、そして死徒を初めとする存在と1人で戦っている。

それを知っているのは竜弘ただ1人だけしかいない。

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綾崎市の街外れにある廃墟と化した教会。そこに1人の男が大型のステンドグラスの前へ立っていた。

ホコリが被った長椅子に蜘蛛の巣があちこちに張られた内部は長年使われていない事を現していた。

色採り取りのガラスに描かれた柔和な笑みを浮かべた洋風の女性を見ている彼のその姿は首から下が黒い服、胸には十字架を下げた上に足元も黒い革靴を履いたその姿は神職関係の人間とも見て取れる。茶髪寄りの髪色に加えてハイライトの無い左右の黒い瞳がただ真っ直ぐそれを見つめていた。


「……ねぇ首謀者マインドマスター、いつまでそうしている気?そんなガラス絵の何が面白いのよ?」


壇上から離れた所に有る長椅子へ腰掛けている金髪の女性が彼へ話し掛ける。髪は腰程までの長さが有り、先端部はそれぞれ縦ロールに巻かれている。その服装は谷間の空いた白いフリル付きの紫色のドレスで赤いハイヒールを履いていた。やや吊り上がった紫色の瞳は真っ直ぐ彼の背中を見つめている。


魔女ストレーガ、お前には解らないか?この美しさが。これこそヒトが生み出した芸術、美の結晶だ。ヒトは素晴らしい芸術を生み出す……絵画や彫刻、建物や像…音楽もだ。」



「…そういうのモノなのかしら?私にはゲージュツだとか言われても解らないけど。」


そうやり取りをしていると右目を黒い髪で隠した別の少女がドアを開けてその姿を現す。長袖の白い上着と黒のスカートに黒のロングブーツ。その瞳は赤く輝いていた。後ろ髪は腰まで伸びていて、先端は赤いリボンで結ばれている。彼女の足音に気付いた首謀者がゆっくりと振り返った。


「…戻ったか。どうだ?街の様子は。」



「…目立った変わりは無い。けど、信徒の1人が放った亡者を何者かが討滅したらしい……微かだけど残滓を感じ取った。」


そう呟くと魔女が呆れた顔をして溜め息をつく。


焼却者インシネイター…私達からすれば邪魔者以外の何者でもないじゃない。」



「我々同じ冥府の力を持ちながら…それを我々へ差し向け、同胞を葬り去る……やはり我々と彼等は相容れぬ存在の様だ…。」


首謀者はそう話すと2人を見ながら小さく頷くと

黒髪の少女が前へ出て彼を見つめ、口を開いた。


「…焼却者が計画の支障に成るのなら私が排除する……それで良い?」


そっと彼女が赤い鞘の刀を彼の前へ見せると首謀者は幾度か頷き、そして決断を下した。


「いや、まだお前の出番は後だ…刀姫メイデン。先ずは信徒達に探らせろ…相手が何処の誰でどういう術を使うのか……それが解る迄は我々は身を潜め続ける。」



「……解った。それが指示なら従う。」


刀姫と呼ばれた少女は頷くと刀を下ろし、近くの壁へ寄り掛かった。

この3人は果たして何者なのか。

唯一解る事とすれば彼等は間違い無く、敵対する者達であるという事だけだ。

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